スマートワーキングキャピタルの実現―データドリブン経営による運転資本改革

はじめに

増大する先行きの不透明感

昨今の世界経済の成長の鈍化および不確実性の高まりは、日々の業務において実感としても強く感じられるほどに経済活動に暗い影を落としています。IMFが2019年10月に発表した「IMF世界経済見通し※1」において、2019年の世界経済の成長率は、世界金融危機以降で最も低い3.0%と予測されています。

また、2018年以降、アメリカ合衆国と中華人民共和国における貿易関税の応酬、いわゆる米中貿易戦争も未だ終息の見通しが立っていません。

さらに、サプライチェーンが相互に、またグローバル規模で関連し合う今日のビジネス環境において、日本から遠く離れた欧州や中東での地政学的リスクの高まりは、日本企業の経済活動にも少なからず悪影響を与えており、世界経済と同様、日本経済の先行き不透明感はこれまでにないほど、高まってきている状況にあります。

求められるキャッシュ管理

経済の不確実性が高まる中、多くの日本企業がリスク耐性を高めるための施策に取り組んでいます。

さまざまな施策の中で、最も有効な手段の一つとして挙げられるのがキャッシュの確保です。

キャッシュをどれだけ効率的に創出し、創出されたキャッシュをどれだけ効果的に運用しているかは、企業価値や時価総額に対しても直接的な影響を及ぼし、さらには会社の格付け評価にも加味される重要な経営指標となっています。

また、昨今のM&A市場の成熟に伴い、上場企業には時価総額をより強く意識した企業経営が求められており、日本証券取引所グループが2018年に発行した「コーポレートガバナンス・コード(2018年6月版)」においても、企業価値の向上が強くうたわれていることからも、キャッシュ管理の重要性が高まってきていると言えます。

運転資本改善によるキャッシュの創出

企業経営においてキャッシュ管理の重要性が増してきている中、どのようにキャッシュを創出し、そのキャッシュをいかに効率的に運用していくかは、最も重要な経営課題のうちの一つとなっています。

本業による稼得利益の増大、遊休資産の売却など、これまでも多くの企業でキャッシュ創出に向けた多くの取り組みがなされてきました。

一方、これまでキャッシュ創出手段として捉えられることが少なく、また多くの企業においてキャッシュ創出の余地が残る領域として、運転資本の改善によるキャッシュ創出を挙げることができます。運転資本によるキャッシュの創出は、他の資金調達手法と比較しても、調達コストが格段に安いキャッシュ調達手段になります。

デジタル時代のデータドリブン経営による運転資本改革

運転資本の改善は古典的な経営課題であるため、これまでも多くの企業が運転資本改善に取り組んできています。

しかしながら、運転資本改善に取り組むにあたり、今日のビジネス環境は従来までのビジネス環境と比較して大きく変化しています。

最も大きな変化は、テクノロジーの進化によってもたらされた分析手法および分析のアプローチの飛躍的な進化です。それらは、運転資本改善に取り組むビジネス環境としては、強い追い風となっています(図表1)。

具体的なテクノロジーの進化としては、取り扱いデータの大容量化、処理速度の高速化、分析データの多様化、分析コストの低コスト化が挙げられます。それらは運転資本改善を実現するための分析範囲および深度を大幅に拡大させ、取り組みの成果たるキャッシュの創出額を大幅に拡大することに寄与しました。

これまで何度も運転資本改善に取り組んできた企業も含めて、運転資本改善にあらためて取り組むタイミングとしては、今は絶好の機会であると言えます。

PwCでは、これらのテクノロジーを最大限活用したデジタルインテリジェンスによって、多くの企業の運転資本改善を支援してきました。

本稿においては、PwCがこれまで培ってきた改革実現の3本柱とそれを支援するデジタルインテリジェンスを融合したデジタル時代の新しいソリューション「スマートワーキングキャピタル」についてご紹介します。

1 PwCのアプローチ

運転資本改革実現の3本柱

PwCによる運転資本改革実現の3本柱は、以下の3つの要素から構成されています。

(1)可視化による課題の特定

(2)最適化に向けた業務改善

(3)改善に向けた仕組みの構築

(1)可視化による課題の特定

改革を実現するにあたっては、改善すべき課題の特定が必須のプロセスとなります。従来までのアプローチでは、大量のデータを限定的な処理能力の中で時間をかけて分析したとしても、得られる成果は表層的な課題の把握にとどまり、改善に向けたアクションにつながらないケースが散見されてきました。

一方、PwCのスマートワーキングキャピタルによるアプローチは、課題の特定プロセスの中心に、「現状の可視化」を最重要プロセスとして位置付けています。現状を幅広く、細かく可視化することで、効果的に課題の特定を行っていきます。

さらにスマートワーキングキャピタルの可視化による課題の特定プロセスは、従来のアプローチとは異なり、仮説立案から検証までのプロセスにかかる時間が圧倒的に短縮されています。結果として、仮説立案から検証を何度も、そしてさまざまな角度から実施することが可能となっています。

生産から出荷業務の可視化による課題の特定

運転資本改革における最も重要なプロセスとしては、生産から出荷に係る業務プロセスが挙げられます。

日本企業においては、伝統的に製造業が盛んなこともあり、厳格な在庫管理がなされている企業も多く存在しています。

しかしながら、多くの企業で行われている在庫管理の目的は、本稿で想定している在庫管理の目的と大きく異なっている状況にあります。

一般に多くの企業で実施されている在庫管理の主眼は、いかに欠品を生じさせないか、またいかにして工場の稼働率を高く保つか、という視点から在庫管理の目的が設定されるケースが多くなっています。

これらを在庫管理の目的とし、またそれに応じたKPIが設定されている場合、実現される在庫水準は比較的高い水準となることが多く、運転資本改善という観点からは、むしろマイナスの影響を与えているケースが少なくありません。

PwCのスマートワーキングキャピタルにおいては、従来からの在庫管理手法を踏襲しながら、デジタルインテリジェンスを活用し、従来からの在庫管理の目的と運転資本の改善という目的を整合させて、より最適な在庫管理を実現してきました。

具体的には、まず棚卸資産回転日数などを業界水準と比較することによって、在庫などの棚卸資産の効率性を明らかにします。

その上で、事業別、取引先別、在庫の種別、SKU※2別などに在庫の入出庫および残高水準を分析し、改善余地の大きい領域を特定していきます。

分析の一例を示すと、改善余地が大きいと特定された領域において、出荷量の多寡と出荷量のバラツキに応じてSKU単位で在庫をプロットし、在庫の全体像を把握していきます。

改善施策は、上記の出荷量の多寡および出荷量のバラつきに応じて、SKUをグルーピング化し、適切な安全係数(=1-欠品率)を設定し、適正在庫水準を算定します(図表2)。

算定された適正在庫水準を実現するため、生産/調達ロットの見直しや生産/調達スパンの短期化などを行うとともに、業務に即したKPIを見直し、在庫の削減を支援します。

販売―回収業務の可視化による課題の特定

販売から回収に係る一連の業務プロセスにも大きな改善余地が残されています。

販売から回収に係る当該業務プロセスから発生する運転資本項目の代表的な科目としては、売掛金が挙げられます。

一般に、売掛金は販売とともに計上され、回収をもってその残高が消滅します。しかし、これらの変動および売掛金管理の効率性は、直接的には会社の利益に影響を与えません。

その結果、利益を重視する多くの企業にとって、売掛金の回収、特に回収期日からの遅延について厳格に管理している企業は少ないのが現状です。

実際、PwCが運転資本改善を支援してきた多くの企業においても、売掛金の回収に係るKPIは設定されておらず、また実質的な管理も行われていません。

PwCのスマートワーキングキャピタルにおいては、まず売上債権回転日数などを業界水準と比較することによって、売掛金などの売上債権の効率性を明らかにします。

また、契約上定められた回収期日と実際の入金日を比較することで、実際の入金が契約どおりに行われているか、行われていない場合、事業や地域別に比較し、一定の偏りがあるか否かを確認し、改善余地の大きい領域を特定していきます(図表3)。

その上で、改善余地の大きい領域については、個別の取引までブレークダウンし、売上債権効率化の余地を探索します(図表4)。

一つ一つの個別の取引ごとに回収が遅れている原因は多岐にわたります。一方で、これまでのPwCの支援経験に基づけば、一見すると多種多様に思える回収遅延の原因も、単一もしくは少数の根本原因に集約される傾向にあります。

例えば、販売後の請求書発行業務が販売担当者の業務ととして定められているケースでは、販売担当者が請求書を起票するタイミングが仮に1カ月遅れた場合、販売先からの代金回収は1カ月以上遅れることになります。そのようなケースであっても、契約上の入金期日から入金が遅延していることが管理されているケースは少なく、また管理が必要だという認識がなされていないケースも非常に多くの企業で散見されます。

上記のケースにおける財務的影響を試算してみると、仮に全ての売上債権の回収が1カ月遅れた場合、月商相当額の資金を借入などで調達する必要があり、財務的な負担は非常に大きなものとなっています※3。

なお、同様のアプローチは調達から支払いに係る、いわゆる買掛金管理においても適用することが可能です。

(2)最適化に向けた業務改善

PwCでは、可視化により特定された課題をその根本原因にアプローチすることで解決します。

既に述べたとおり、運転資本が過大となる原因は、少数の根本的な原因に集約されるため、当該領域に対して改善施策を講じることで、多くの副次的な原因が解決されるケースが非常に多くなっています。

PwCでは運転資本の改革にとどまらず、数多くの企業の業務改善および事業再生を支援してきました。それら業務で培った実行力を最大限生かし、業務改善を実現しています。

(3)改善に向けた仕組みの構築

業務を改善し、PwCの推奨するスマートワーキングキャピタルを実現するためには、経営層および現業部門を巻き込んだ“One Team”の組成が欠かせません。一般に、運転資本改善は財務上の問題と捉えられがちですが、実際の改善にあたっては現業部門との協力体制を構築するなど全社的な取り組みとしていくことが非常に重要です。改善に取り組む領域によって関与すべき部門とその役割は変化します。しかしながら、どのケースにおいてもマネジメントが改善に対してオーナーシップを持つとともに、組織横断な改革チームを組成することが非常に重要と言えます(図表5)。

2 スマートワーキングキャピタルによるキャッシュ創出実績

PwCは、これまで幅広い業界で運転資本改革によるキャッシュ創出を支援してきました。運転資本全体を対象としたプロジェクトにおいては、30%を超える改善を実現しています。

運転資本改革にあたっては、大規模なシステム投資は不要であり、従来までの仮説検証プロセスに係っていた多大な時間が大幅に削減された結果、運転資本改善の効果を実感するまでに、早いケースではプロジェクト開始から数カ月というクライアントも存在しています。

スマートワーキングキャピタルの実現により、現状分析から課題の特定を効果的、効率的に進めるとともに、根本原因の解決および効果の定着化については、これまでの業績改善、事業再生で培ったPwCのノウハウが最大限発揮されています。

3 おわりに

PwCでは、運転資本の改善がどの程度見込めるか、実際のクライアントのデータを用いて無料で診断するサービスを提供しています。サンプルとして特定の業務領域、もしくは特定の拠点におけるデータを頂ければ、数週間で運転資本改善余地を試算し、それに基づいた実際の運転資本改善サービスについての提案をしています。

PwCのスマートワーキングキャピタルにご興味があり、無料の削減余地診断をご希望される方は、下記の連絡先までお問い合わせください。


※1 IMF,2019.「IMF世界経済見通し 2019年10月」

※2 Stock Keeping Unitの略。在庫の最小管理単位。

※3 仮に、企業の売上高が1,200億円だとした場合、1カ月の売上債権の回収遅延は、100
億円の借入が必要であることを意味します。


執筆者

森野 智博

パートナー,PwCアドバイザリー合同会社

吉澤 秀則

シニアマネージャー,PwCアドバイザリー合同会社