1.はじめに

日本企業がM&Aに積極的にかかわるようになってほぼ20年が過ぎ、日本のM&A市場は成熟期を迎えています。

本業以外による成長も、事業拡大戦略の重要な手段として受け入れられています。M&Aが盛んになるのに伴い、関連する用語や手続きなどもよく知られるようになりました。そんな新しいトピックの一つが「PMI(Post Merger Integration=買収後の統合)」です。

しかしPMIの定義は未だに難しく、10人に聞けば10とおりの説明が返ってくるでしょう。私たちはコンサルタントとして、PMIのチェックリストがほしいといわれることがよくあります。PMIの中のいくつかの活動についてはチェックリストを提供できますが、PMI全体は一つのコンセプトであり、ケースバイケースでカスタマイズすべき検討事項を幅広く含んでいます。一つの方策で全てに対応できるわけではありません。

PMIが不十分なためM&A案件の4分の3以上は期待どおりの成果が得られない、と世界的にはよくいわれます。日本でもそうなのでしょうか?答えはおそらくイエスです。経験的にいえば、幅広いPMIが実施されているのは全案件の1~2割に過ぎません。ただし、日本のM&A市場の独自性を考慮する必要があります。日本の市場は(成熟市場に比べると)小規模な案件が数多くあるのが特徴です。もっと大きな案件の場合(例えば100億円超の規模)、近年は約7割が「インアウト案件」と呼ばれる複雑な海外投資ですが、そこではPMIの意味がさらに不明確です(合併がない、統合先がない)。これは外国企業の経営が日本企業の最大の課題であることを物語っており、それが結果的によくある「おまかせ」アプローチを招くなどして、統合プロセスを遅らせることになります。多くの場合、そうした企業や事業は本当の意味で統合されることも好業績を上げることもなく、買収側企業はその事業を閉鎖なり売却なりすべきか、それとも「再PMI」を進めるべきかというジレンマに陥るケースが増えています。

しかし、M&Aに際してPMIが十分になされない理由はそれだけではありません。米国では多くの文献でPMIの重要性が説明されています。企業の価値を守り、評価の指標となるパフォーマンスを実現するためのシナジー効果を加速する上で、PMIは極めて重要であり、これは買収当初から株主に伝えられることも少なくありません。米国の場合は日本と違い、買収先事業の評価のためにビジネスプランが最も頻繁に使われます。米国の案件ではまた、積極的な評価のためには一定のシナジーが考慮されます。つまり、M&Aの後には「いつもどおりの事業」という選択肢はなく、シナジーを迅速に形にすることが求められます。それができなければ、投資は効果なしとすぐに判断されるでしょう。従ってPMIがどうしても必要になるのです。日本では特に最初の頃、そうしたシナジーはあまり考慮されず、それが「買い持ち」の傾向につながります。さらに、シナジーはメリットと同意と見なされることが多く、クロスセルによる売上増やコスト削減に限定されがちです。

日本のビジネス界においてM&Aは引き続き重要な役割を果たすでしょう。実際、国内市場集中度やグローバリゼーション度で日本のさまざまな産業部門を分析すると、ほぼ全ての産業が将来、国内市場の統合または対外投資の増加を通じてM&Aの圧力にさらされそうな様相です。M&Aをめぐる競争が激化すれば、力強いPMIの重要性がいっそう増すでしょう。

本稿では、PMIのさまざまな側面を検討します。PMIそのものの定義、戦略を明確化し、PMIのロードマップや設計図を作成する重要性、シナジーの検討方法、そして支配力の発揮のしかたについて論じます。さらに、コーポレートやインフラ機能の効果的な統合のヒントを分析し、最後に、実施済みのM&A案件をどう解決するか、再PMIの不安がどこで頭をもたげるかについて論じます。

本稿では3つの重要な視点や提言に焦点を当てます。

  1. 売上だけに限定されない幅広いシナジーの考え方など、成長に向けた明確な戦略ビジョンや設計図を描く
  2. 価値に基づく優先的アプローチに従って統合プロセスを加速し、20%の施策を80%の成果に結びつける。シナジーが十分見込めない場合でも、「ディスシナジー」に対する防衛は徹底させ、減損のリスクをコントロールする
  3. グローバルに発想・計画し、異文化理解を高めるとともに、人材やコミュニケーションを重視して意欲を向上させる(あるいは意欲の喪失を阻止する)

多くのグローバル企業の経営者が、M&Aを登山に例えて、買収契約の時点では2合目までを登ったに過ぎない、後の8合分が大変なのだ、といいます。本稿が、頂上に到達するまでの知見を提示できれば幸いです。

主要メンバー

吉田 あかね

代表執行役, PwCアドバイザリー合同会社

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鈴木 慎介

パートナー, PwCアドバイザリー合同会社

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