ESG/サステナビリティ関連法務ニュースレター(2026年9月)

環境省によるバリューチェーンにおける環境デュー・ディリジェンスの実践の公表

  • 2026-09-28

近時、日本を含む世界各国において、ESG/サステナビリティに関する議論が活発化する中、各国政府や関係諸機関において、ESG/サステナビリティに関連する法規制やソフト・ローの制定又は制定の準備が急速に進められています。企業をはじめ様々なステークホルダーにおいてこのような法規制やソフト・ロー(さらにはソフト・ローに至らない議論の状況を含みます。)をタイムリーに把握し、理解しておくことは、サステナビリティ経営を実現するために必要不可欠であるといえます。当法人のESG/サステナビリティ関連法務ニュースレターでは、このようなサステナビリティ経営の実現に資するべく、ESG/サステナビリティに関連する最新の法務上のトピックスをタイムリーに取り上げ、その内容の要点を簡潔に説明します。

今回は、2026年6月に環境省より公表された「バリューチェーンにおける環境デュー・ディリジェンスの実践」1(以下「本資料」といいます。)についてご紹介します。

1. 本資料公表の背景

EUでは2024年7月に適用対象企業にバリューチェーンにおける人権・環境に関するデュー・ディリジェンスを義務付ける企業サステナビリティ・デュー・ディリジェンス指令(以下「CSDDD」2といいます。)が発効(2026年2月にいわゆるオムニバス法案の成立により改正され、同年3月に改正されたCSDDDが発効)しており、2029年7月26日から適用が開始され、日本を含むEU域外の一部企業にも直接適用されるほか、直接適用されない企業であっても取引関係を通じて対応を要請される可能性があります。

したがって、日本企業においても、環境DDへの対応の重要性は高まっています。

一方で、環境省が令和6年度に実施したアンケート調査3によれば、環境DDを「実施している」と回答した企業は全体の36.0%にとどまっています。環境DDを実施していない理由としては「ISO 140014等の環境マネジメントシステム(以下「EMS」といいます。)で対応している」との回答が約47%で最多となっています。こうした状況について、本資料は、多くの企業が「自社の何が問題になっているのか分からない」「情報がなく方針に反映できない」という初期段階の課題に直面していることを示しています。

このような状況の中、環境省は、バリューチェーンにおける環境への負の影響・リスクの特定・評価等に取り組むモデル的な事例の創出を目指し、「令和7年度環境デュー・ディリジェンス推進支援事業」(以下「支援事業」といいます。)を実施しました5。支援事業は、OECDガイダンス6やCSDDDの要件を踏まえ、公募により選定された3社が主体的に環境DDに取り組み、事務局がこれを支援するという形で実施されました。

以上の経過を踏まえ、本資料は、2025年4月に環境省より公表された「日本企業による環境DD対応促進に向けた懇談会議論のまとめ」7を踏まえつつ、支援事業に参加した企業の実践事例を通じて、企業が環境DDの取組を進める際の参考となるように作成されました。

なお、本資料は、懇談会のまとめと併せて活用することが推奨されています。

2. 本資料の概要

本資料は、企業が実際に環境DDの取組を進める際の参考となるように、実践面に重点を置いて作成されています。その際、選定された3社の業種・バリューチェーン構造・EU規制との関わりや既存EMSの運用状況がそれぞれ以下のように異なっており、この3社が実践した工夫・実践事例の紹介がなされています。

  A社 B社 C社
業種 商社 製造・IT 建設
バリューチェーンの特徴 原材料生産から販売まで多層・広範 製品・サービスごとに多様 工事ごとに変動するプロジェクト型
EU規制との関わり8 CSDDD適用対象の見込み CSDDD適用対象の見込み CSDDD適用対象ではない
EMSの運用状況 自社・グループ会社中心、上流への適用は限定的 自社・グループ会社中心、上流への適用は限定的 国内事業・現場単位が中心、海外を含む全体への適用は限定的

また、本資料の基となった懇談会のまとめでは、日本企業による環境DDの実施において特に重要なプロセスとして、(ⅰ)負の影響の特定・評価、(ⅱ)ステークホルダーとの「意味のある」対話、(ⅲ)情報開示、(ⅳ)苦情処理の仕組みと是正・救済措置の4つを挙げつつ、環境DDはこれらが相互に関わり合う一連のプロセスであるため、取り上げた要素だけでなく全てのプロセスを実施することが重要であるとされています。

これに対し、本資料は、懇談会のまとめで重要とされた4つのプロセスのうち、(ⅰ)負の影響の特定・評価及び(ⅳ)苦情処理の仕組みと是正・救済措置を中心に据えつつ、それらを支える基盤として「EMSとの統合」を新たに取り上げ、①負の影響・リスクの特定・評価、②EMSとの統合、③苦情処理の仕組みと是正・救済措置という3つの実践のポイントに整理しています。

以下では、本資料で整理・紹介されている、①~③の内容及び3社が実践した工夫・実践事例について説明します。

3. 実践のポイント①:負の影響・リスクの特定・評価

(1)実務上の工夫

本資料は、負の影響・リスクの特定・評価を進める上での実務上の工夫として、(ⅰ)入手可能な情報を最大限活用する、(ⅱ)重要性が高い(負の影響・リスクが重大である)と考えられる部分に焦点を当てる、(ⅲ)最初からすべてを把握しようとしない、という3点を挙げた上で、以下のように整理しています。

工夫 内容
(ⅰ) 既存データの活用 新たな情報収集の仕組みを一から構築するのではなく、既に社内に存在する情報を環境DDの文脈で再解釈する。
(ⅱ) 影響・リスクが生じやすい工程・地点への着目 バリューチェーン全体を網羅的に把握することが困難な中で、環境への負の影響・リスクが集中しやすい工程や地点に着目する
(ⅲ) サンプル的なSAQ まず「やってみる」ことを優先し、負の影響・リスクが大きいと考えられる一部の取引先を対象に、試行的な情報収集を行う

(2)負の影響・リスクの特定・評価の基本的な進め方

環境DDにおいて特定・評価すべき負の影響・リスクとは、企業に対する影響・リスクではなく、環境に対する影響・リスクを指すものであり、企業の外側に目を向けている点に留意が必要です。

また、十分な情報が揃っていない場合でも、(ⅰ)最も深刻で発生可能性の高い負の影響が生じ得る「事業領域の特定」と、(ⅱ)当該負の影響が生じ得る「事業領域の詳細な評価」を、適宜反復しながら段階的に進めることが有効であるとされています。

具体的なプロセスとしては、以下の4段階が示されています。

ステップ 段階 内容

【ステップ1】

自社等のバリューチェーン上において、最も深刻であり発生可能性の高い負の影響が生じ得る「事業領域の特定」

①バリューチェーン構造の把握 バリューチェーン上の関係先の業種や事業活動の内容、所在国・地域の情報を把握する
②環境課題に関する大まかな情報収集 国際条約や法令等を参考に、環境DDの対象となり得る環境課題を網羅的に認識し、バリューチェーンの負の影響・リスクについて机上で情報収集する

【ステップ2】

ステップ1で把握した当該負の影響が生じ得る「事業領域の詳細な評価」

③環境課題に関するより具体的な情報収集 アンケート調査や現地訪問等によって、自社等に固有の負の影響・リスクについて情報収集や、専門家へ相談する
④影響・リスク評価(優先順位付け) 深刻性及び発生可能性に基づき影響・リスクの優先順位を付ける

なお、本資料は、ステップ1を完璧に終えないとステップ2に進めないわけではなく、適宜反復しながら、段階的に進めることも可能であるとしています。

(3)支援事業における実践事例

本資料は、負の影響・リスクの特定・評価について支援事業における3社の実践例を挙げています。

企業 業種 実践内容
A社 商社
  • 業種・事業工程情報と外部データベースの位置情報を複合的に活用
  • リスクの高いサプライヤーを絞り込んだ上で、SAQによる詳細評価と、サプライヤーに対するエンゲージメント活動につなげる仕組みを設計
B社 製造・IT
  • 環境への負の影響・リスクが一般的に大きいと想定される製造業をモデルケースに選定
  • 既存のBOM(部品表)データで調達品とメーカーを紐づけた上で、外部ツールと社内の既存知見を組み合わせて、より納得感のある評価につなげた
  • 質問票(SAQ)を活用して、サプライヤーの実態に即した具体的なリスク情報を把握
  • 優先順位付けのため、並行して実施しているLEAP分析やTNFD開示等、環境DD以外の取組での評価データも活用
C社 建設
  • 既存の仕組みである、安全管理目的で作成が義務付けられている施工体制台帳を活用し、二次下請以下を含む全サプライヤーを把握
  • その結果、建設業特有の「一人親方」に関して、人権リスクも含めて把握すべき課題が存在する可能性を認識

4. 実践のポイント②:EMSとの統合

(1)ギャップと3つの視点

本資料は、環境DDのプロセスとEMSのプロセスは別々に取り組むのではなく、環境DD方針を明確化した上で、これを起点として自社のEMSのPDCAサイクルに組み込むことによって、全社的なリスク管理システムに統合した上で、包括的に実施することが有効であると述べています。

また、自社のEMS運用と環境DDで求められる対応にギャップが生じている場合には、そのギャップを認識・整理することが必要とした上で、既存EMSを環境DDで求められる対応へと発展させるための重要な視点として、以下の3点を挙げています。

ギャップの視点 内容
適用範囲
  • EMSの適用範囲が自社単体の国内事業や事業所単位である場合、環境DDの適用範囲(国内外・バリューチェーン全体)に漏れが生じていないか
マネジメント対象
  • 企業自身への影響・リスクだけでなく、企業が環境に与える実際・潜在的な負の影響をマネジメント対象としているか
意思決定・是正
  • ビジネス上の関係先における環境への負の影響に対しても影響力を行使しているか
  • 環境DDプロセスに取締役会が関与しているか

(2)支援事業における実践事例

EMSとの統合の実践事例として、以下の2つが紹介されています。

企業 業種 実践内容
B社 製造・IT
  • 環境DD方針のドラフトの作成等、環境DDの運用体制確立に向けた取組を実施
  • ISO 14001と環境DDの統合に向け、自社のみならず関連子会社も含めた検討を実施
  • ガバナンス構築など従来のISO/EMSでは見落とされがちなポイントを確認
C社 建設
  • 環境へのリスクが大きく、かつ協力を得られた海外関係会社・取引先を対象に試行的SAQを実施した結果、負の影響・リスクの状況や原因を具体的に把握

5. 実践のポイント③:苦情処理の仕組みと是正・救済措置

(1)課題と解決のヒント

本資料は、環境DDにおける「苦情処理の仕組みと是正・救済措置」は、負の影響を把握・対応し、その結果を環境DDプロセス全体の見直しにも反映していくことが必要とした上で、苦情処理の仕組みと是正・救済措置を効果的に実施するための課題と解決のヒントを、以下の3つの視点に整理しています。

視点 課題 解決のヒント
対象範囲 苦情受付が自社の直接操業に限定され、サプライヤー等が実質的に利用できない 苦情受付の対象を想定される負の影響・リスクの範囲と整合させ、国際的な要件を参照し、既存の取り組みを見直す。
プロセス 苦情対応が「個別案件の処理」にとどまり、環境DDの有効性評価やプロセスに反映されていない 苦情を負の影響・リスクの特定・評価にも反映させ、環境DD見直しのインプットにも活用する
ガバナンス 苦情対応が担当部門のみで完結し、経営層・取締役会が関与できるしくみになっていない 案件の重大性に応じて、経営層・取締役会に報告し、是正・救済の内容を判断する仕組みを用意する

(2)支援事業における実践事例

B社は、既存の全社的な苦情処理メカニズム及びEMSを踏まえて、環境DDの要請事項に沿ったあるべき苦情処理のあり方への改善に向けての検討を実施した結果、環境に関する方針の中でDDが求める是正・救済プロセスや取締役会の関与についての記載が不十分であるという課題が明らかとなり、今後見直しを検討するとの事例が紹介されています。

(3)苦情処理の実効性確保の要件及び是正・救済活動の類型

本資料は、苦情処理の仕組みと是正・救済措置を検討する上で参考となる、国際的な要件・類型についても紹介しています。

ア まず、実効的な苦情処理の仕組みを設計・運用するにあたっては、国連「ビジネスと人権に関する指導原則」9が示す以下の8つの要件を踏まえることが重要とされています。

要件 説明
正当性 苦情処理プロセスの当事者がメカニズムの公正な遂行に干渉できないように、責任の所在を明らかにする
利用可能性 アクセスを困難にし得る、認知不足や使用言語等の問題及び報復に関する恐れ等に対応する
予測可能性 所要時間枠は、時に柔軟性が必要だが、可能な限り尊重されるべき
公平性 弁護士や市民社会組織等から、苦情申立人が支援を得られるような環境を用意する
透明性 通報対応の進捗情報や、通報全体の件数や傾向、事案等の開示
権利適合性 人権への懸念を提起しない苦情についても、人権への関わりを持つかどうか注意する
持続的な学習源 再発を防止するため、苦情の頻度、パターン及び要因を定期的に分析する
関与と対話に基づくこと 一方的に苦情処理の結果を決定するのではなく、対話を通じて合意による解決に至ることに焦点を当てる

また、本資料は、苦情対応の終了時に、これらの要件が満たされていたかについて、苦情申立人にアンケート等で確認することが望ましいとされています。

イ 次に、本資料は、環境分野における是正・救済活動についても紹介しています。

具体的には、OECDは「予防的な是正・救済」「復元・修復」「補償・オフセット」の3類型を示しており、UNDPは、環境被害への対応に当たっては、「回避」「軽減」「復元・修復」の順に優先的な対応を検討すべきであると整理しています。UNDPが示す考え方は以下のとおりです。

優先順位 活動 考え方
1 回避 回避可能な環境被害はすべて回避する
2 軽減 環境被害を完全に回避できない場合に、基準値から軽減する
3 復元・修復 環境被害を回避・軽減できなかった場合に、最終手段として行う

The takeaway

本資料の特徴は、環境DDへの対応に当たっては、全てのプロセスを一度に整備しようとするのではなく、まずは、負の影響・リスクの特定・評価から着手し、段階的に取組を発展させることの有効性を示している点にあります。

本資料が示す3つの実践のポイントは、各企業がCSDDDの適用対象となるか否かにかかわらず、多くの日本企業が環境DDに取り組む上で共通して参考になるものと考えられます。実際、C社はCSDDDの直接適用対象ではないものの、発注者等からの期待・要望に応える形で、環境DDの検討に着手しているとされています。

既存のEMSを保有している企業ほど、「EMSで対応している」との認識のみで環境DDへの着手を止めてしまうリスクがある点には注意が必要です。本資料が示す3つのギャップ(適用範囲・マネジメント対象・意思決定/是正)を手掛かりに、自社のEMSと環境DDで求められる対応との差分を点検することが有用と考えられます。苦情処理の仕組みについては、環境DDの検討が進んでから整備すればよいと考えるのではなく、負の影響・リスクの特定における情報源としても機能する重要なプロセスとして、初期段階から整備を進めることが重要です。

CSDDDをはじめとする環境DD関連規制の国内法化や適用開始が本格化する可能性があることを見据え、自社が規制対象になった場合や取引先からの要請があった場合などに備え、自社のEMS・ガバナンス体制・苦情処理の仕組みを改めて整備しておくことが望まれます。CSDDDについては、欧州委員会が、DDに関するガイドライン及びリスク評価のガイダンスを2027年7月までに発行する予定とされています10。しかし、当該ガイドライン等の公表や適用開始時期の確定を待ってから対応を検討するのではなく、それまでの期間を活用して、早期に自社の体制整備に着手しておくことが重要であると考えられます。

1 https://www.env.go.jp/content/000409705.pdf

2 CSDDDの概要については、当法人の2024年9月ニュースレター「EUのコーポレート・サステナビリティ・デューディリジェンス指令(CSDDD)の発効と日本企業の対応」及び2026年2月ニュースレター「欧州議会によるオムニバス法案(CSRD及びCSDDD等の規則簡素化法案)の承認」をご参照ください。

3 アンケートの詳細は、日本企業による環境デュー・ディリジェンス対応促進に向けた懇談会の資料「第2回・資料1」(https://www.env.go.jp/policy/policy/j-hiroba/post_173_00003.html)を参照してください。

4 EMSの国際規格を指します。

5 支援事業の詳細については、環境省ウェブサイト(https://www.env.go.jp/press/press_00174.html)を参照してください。

6 「責任ある企業行動のためのOECDデュー・デリジェンス・ガイダンス」

7 https://www.env.go.jp/content/000310912.pdf

8 本資料公表時の適用関係である点に注意が必要です。

9 https://www.unic.or.jp/texts_audiovisual/resolutions_reports/hr_council/ga_regular_session/3404/

10 https://www.jetro.go.jp/biz/areareports/special/2025/1102/b3bff3ed16162d72.html

環境省によるバリューチェーンにおける環境デュー・ディリジェンスの実践の公表

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執筆者

北村 導人

パートナー, PwC弁護士法人

山田 裕貴

パートナー, PwC弁護士法人

小林 裕輔

パートナー, PwC弁護士法人

日比 慎

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