
コラム‐GRC/ARCA Viewpoint コンダクトリスクに対する内部監査のアプローチ
金融庁が高い関心を寄せているコンダクトリスクの管理態勢について、管理に向けた内部監査の動向、アプローチ例、監査上の着眼点などの観点から解説します。
2022-04-11
金融機関において法令等の遵守が当たり前になる中で、必ずしも法令に違反しないが顧客等からの期待から乖離した行為を行うことで金融機関の行為について問題とされる事案が多々見られる。本稿ではそれらをコンダクトリスクの観点から整理し、営業部店におけるリスク管理のポイントを概説する。
まず、皆さんはコンダクトリスクの意味をご存じだろうか。あまり聞きなれない言葉かもしれないが、コンダクトリスクは過去10年以上に亘り海外においては重要なリスクとして認識され、本邦でも金融庁がコンプライアンス・リスク管理基本方針※1において取り上げたことで見聞きされた方もいると思われる。
コンダクトリスクとは、金融機関の「行為(コンダクト)」に係るリスクであり、必ずしも法令に直接抵触するものではないが、その「行為(コンダクト)」が顧客等のステークホールダーの当然の期待から乖離することにより顧客等に不利益が生じるリスクを指す。法令遵守(狭義コンプライアンス)、オペレーショナルリスクとの対比をそれぞれ行うことがコンダクトリスクに対する理解を容易にする。
法令遵守は何らかに依って立つ法令・法律が存在しそれらを遵守しないことにより金融機関等が法令違反として罰則、処分を受けるリスクであるのに対し、コンダクトリスクは形式的には法令に準拠しているが実質的に顧客等に不利益が生じるリスクを指す。
オペレーショナルリスクは自行(自社)が直接的に損失を被るリスクを主たる管理対象とするのに対し、コンダクトリスクはステークホールダーが損失(不利益)を被るリスクを指す。そしてそれらが最終的に自行(自社)のブランドや評判に負の影響をもたらしたり、法令が改正・強化されることで自行(自社)のビジネスにマイナスの影響が生じたりするリスクである。
コンダクトリスクの具体的な事例として典型的なものは、グレーゾーン金利や保険における不払い事案等であり、証券会社における上場区分に係る非公開情報(MNPI)を利用した市場取引事案(金商法に直接抵触するものでは無いが市場の健全性に悪影響を及ぼし、結果として行政処分を受ける)等も該当する。コンダクトリスクは銀行業務の様々な側面で生じる可能性がある。一般的には顧客等の保護、市場の健全性、有効な競争の視点で捉えられることが多いが、最近ではSDGs、ESGへの関心も高まる中で従業員やビジネスパートナーも含めたより広いステークホールダーに負の影響が生じるリスク全般を指して管理する例も見受けられる。
また、コンダクトリスクはステークホールダーが被るリスクであるため、過去には問題ないと考えられていたものが社会の関心やステークホールダーの期待が変化する中で金融機関との認識に乖離が生じた結果、発現する例が多く見られる(図表1参照)。
※1:「コンプライアンス・リスク管理に関する検査・監督の考え方と進め方(コンプライアンス・リスク管理基本方針)」平成30年10月
コンダクトリスクは一見、捉えどころのないように見受けられるかもしれないが、管理に重要な点は3つある。
まず、何を対象に管理をするかである。対象を特定する上ではアウトカムの概念を理解する必要がある。
アウトカムとは、ステークホールダーが得る結果(効果)を意味する。金融機関がステークホールダーに金融商品やサービスを提供することでステークホールダーは何らかの結果(効果)を得ることになるが、ステークホールダーが期待する結果(効果)から大きく乖離し不利益(損失)が生じる場合にコンダクトリスクは発現する。最近は、金融機関の提供する業務として地方創生やコンサルティングという言葉も使い、地域や顧客等の「課題解決」に焦点を当てるケースも多くみられる。将にそれらは、もたらすべきアウトカムであり、それらの未達がコンダクトリスクとなり得る。その意味で、具体的にコンダクトリスクを捉えるためには、まずステークホールダーの期待や金融機関がステークホールダーに提供する価値をアウトカムとして定義することが重要となる。
一方で、コンダクトリスクを単にステークホールダーの期待への未達リスクとして理解すると、ステークホールダーの最善の利益を意識し、注意義務を持って取り組んだ結果、うまくいかなかった取り組みもコンダクトリスクとなるのかと思われるかもしれない。実際にはコンダクトリスクはそれらすべてを含むものでは無く、あくまで金融機関に瑕疵や不作為が生じている場合、更に多くはステークホールダーに何らかの不利益が生じている場合に限られる。
能動的なコンダクトリスク管理を行うために、金融機関の考えるアウトカムをステークホールダーに対する約束(方針)として開示することも一案となる。
次は、コンダクトリスクが生じる条件を理解することにある。コンダクトリスクが生じる条件として金融機関とステークホールダーの間に何らかの利益の相反(対立)が生じていることが挙げられる。
凡そ、金融機関の業務は顧客等のリスクを負担することで金利収入や手数料を得ることで成立している。無条件にリスクを金融機関が負うわけではなく一定のリスクやコスト負担を顧客に求めるのは当然の行為と言える。ただ顧客等の負うリスクやコスト負担が「合理的な水準」を超えていたり、リスク負担が顧客等に偏っていたりする場合にコンダクトリスクとして発現することになる。
これらについては広義の適合性の観点から顧客等がリスク、コストを負担する資力を有していること、商品サービスの内容を十分に理解していること、そもそも提案している商品、サービスが顧客等の期待するアウトカムと整合していることを担保することが管理上の要点となる。あるべき方向性としては、それらのリスクやコストの負担が金融機関と顧客等の間でバランスされており、顧客等の利益が最大化されたときに金融機関の利益も最大化される状態に近づけることにあると考える。一般的には、代理店や仲介業者等、金融商品やサービスを提供している金融機関と顧客等の間に介在する機関が存在するなど、金融機関と顧客等の距離が遠くなる場合に、関係者が増えることから利益の相反は生じやすくなる。
3つ目のポイントは、コンダクトリスクが生じるもう一つの条件であり、それは合理的な水準に係る透明性の欠如(情報の非対称性とも言う)である。合理的な水準を一義的に定義するのは難しく、現実にはステークホールダーの得る効用の大きさはステークホールダー毎に異なる。
その中で重要となるのはステークホールダーが金融機関と取引を行う際に十分な情報を得たうえで自身の判断軸・基準で意思決定を行うことにある。通常、金融機関は取引を行う際には重要事項等の説明を行うことで説明責任を果たしているが、ここで求められるのは同意や署名を得ることに留まらず、ステークホールダーのおかれた時々の状況を踏まえ、判断できるだけの情報を与え、意思決定をサポートすることにある。
最近は、手数料等のコスト構造についての開示を行う金融機関も見受けられるように、顧客自らが負担するリスクやコストと期待されるリターンや効果の合理性を判断することの一助となる例も見受けられる。
以上、コンダクトリスクとその発生の構図について記したが、それらを管理する際にはリスク発生の要因を理解し、要因に対する打ち手を講じる必要がある。リスク発生の要因として図表2でリスクドライバーとして記載した事項が典型的な例として挙げられる。これらについての説明は割愛するが、それらに対する打ち手としてライフサイクルによる管理が重要な視点となる。
コンダクトリスクはステークホールダーの期待への未達リスクということで表現したが、これらのステークホールダーの期待は、その時々の環境(社会環境、ステークホールダーの置かれた状況の両方)に応じ変化する。また金融機関の金融商品は販売して完結するものではなく、その後の顧客メンテナンス(アフターフォロー)が重要である。
そのため、コンダクトリスク管理においては金融商品・サービスの企画・開発、販売、販売後の顧客メンテナンス(アフターフォロー)、商品改廃について一連の流れ(これを「商品・サービスのライフサイクル」という※2)で仕組みや体制について有効性を検証し、必要な改善措置をとることが重要となる。購入しているのは想定していた販売ターゲット層なのか、実際の顧客の購入目的は想定していたものと同じなのか、実現しているリターンや晒されているリスクは事前に想定していたものであるか等の視点でモニタリングを行い、適時に必要な措置(顧客等へのアプローチ方法の見直し、インセンティブ制度の見直し、販売差し止め・商品改廃等)を取ることが必要となる。これらのプロセスは繰り返し実施する必要がある。
最近は他業態での品質管理(特に市販後モニタリング)の概念を取り込む形で金融商品・サービスのライフサイクル管理を実現している金融機関も見られる。また営業現場の観点からは現場の創意工夫や柔軟な対応を可能とする権限委譲(自由度の付与)や本部・本店に対する意見具申機能の充実も有効である(図表3参照)。
※2:ライフサイクル管理には「商品・サービスのライフサイクル管理」に加え、採用、育成、評価、異動・昇進、退職の「人のライフサイクル管理」もある。
最後に、営業部店長はこれらのコンダクトリスクに対して何をすべきかについて記載する。
コンダクトリスクのコンダクトとは「行為」を指すように、実際に顧客等に接しているのは営業部店の現場であり、そこで顧客等に対する「行為」が日々発生している。
現場の管理者として営業部店長がコンダクトリスクを未然に防止したり、早期に対応したりすることは、顧客等や自行(自社)を守る上で重要な役割・責任となる。
営業部店長がコンダクトリスクを行う上で心掛けるべき事は、まず顧客等のステークホールダーに焦点を当てることである。本部・本店から提供されるターゲット情報や商品・サービス、キャンペーン等の支援、更には予算・目標達成を起点に考えがちになるかもしれないが、それらをどの顧客に提供するのか(売り易い顧客は誰か)を考えるのではなく、まず顧客等の課題や実現したいことは何かを考え、達成すべきアウトカムを明確にイメージすることが必要である。この順番は重要であり、両者ともに表面的には適合性も説明責任も満たされるわけであるが、その結果として実現される「アウトカム」には大きな差が生じる。
営業部店長は、それぞれが所在する営業部店が抱える個々の顧客等の課題や期待を理解し、何を価値提供するのかを考え、それを職員に伝えていくことが期待される。また、自らそれを率先垂範し、周りの職員の見本となる必要がある。
職員が安心して顧客等と向き合うことが出来るように、心理的な安全性を含めた双方向コミュニケーションを確立し、正しい行動をとった結果生じた失敗であれば、一定程度は許容する必要がある。また、内発的動機づけの観点から現場で実直に顧客等と向き合っている職員を正当に評価することも重要である。
コロナ禍で銀行の使命や存在意義を実感した行員も多いと思われるが、改めて、金融機関の地域における存在意義や使命を再確認し、目前の目標達成など短期志向に陥らない営業部店環境を整備し、あるべき行動を導くカルチャーを醸成することが期待される。
求められる行動とは、法令遵守(狭義コンプライアンス)で言われる、「やって良いこと・ダメなこと」の峻別ではなく、「ありたい姿、その為のあるべき行動」の具現化とその実現である。
コンダクトリスク発生の原因は先述の通り本部・本店の制定した仕組みや制度に係るものが多くあるが、その根本にはそれらを許容し、誘発する組織カルチャーの存在が挙げられることも多い。
最後に、銀行組織の中で顧客等と接点を最も持つ営業部店のカルチャーを形作るのは、そのリーダーである一人ひとりの営業部店長であることを申し添え本稿を終えたい。なお、本稿の意見に亘る部分は著者の私見であり筆者の所属する組織の公式な見解ではないことを申し添えさせていただく。
※本稿は、銀行実務 2022年4月に掲載された記事を転載したものです。
※本記事は、銀行研修社の許諾を得て掲載しています。無断複製・転載はお控えください。
※法人名、役職などは掲載当時のものです。
金融庁が高い関心を寄せているコンダクトリスクの管理態勢について、管理に向けた内部監査の動向、アプローチ例、監査上の着眼点などの観点から解説します。
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