5.コンプライアンス態勢

1.コンプライアンス態勢の整備

コンプライアンスとは、単に法規制を遵守することのみを意味する訳ではありません。法規制を守ることは当然であり、コンプライアンス経営が重点を置くべきは、企業経営上のリスクを回避するために社内管理規程などを整備し、それらの社内ルールを適切に運用するため、高い企業倫理に基づいた判断を行うことを企業経営上の行動規範として定めるところにあります。

したがって、コンプライアンス経営で遵守すべき規範には、「法律・条例などの法規制」は当然のこととして、「社内管理規程などの社内規範」や「企業倫理などの社会的・倫理的規範」も含まれます。

コンプライアンス経営が必要とされ、またそれを推進することが合理的であると考えられるようになってきた背景としては、(1)「行政指導による事前規制」から「司法による事後規制」へという社会的価値観の変化、(2)会社を単位とした「組織主義的価値観を重視する社会」から「個人主義的価値観を重視する社会」への変化、(3)グローバル経済の進展に伴うルールの複雑化などが要因として挙げられます。

コンプライアンス経営の具体的な進め方としては、コンプライアンスの意義や重要性を会議や社内報などで繰り返しアナウンスすることや、経営理念の中の項目の1つに盛り込むなどの方法が考えられます。

上場審査の際には、企業グループの経営活動に関係する法規制、監督官庁などによる行政指導にどのように対応しているのかが確認されます。また、関係する法規制を遵守するための体制として、内部監査、監査役監査などの監査項目に、経営活動に係る法規制などの項目が反映されているかどうかも確認されます。
そのため、企業は経営活動に関係する法規制を十分に理解することはもちろんのこと、改正があった際には適時にその内容を把握できる体制を整備しておく必要があります。新規事業を始める場合には、事業面だけではなく、当該事業を始めた場合にどのような法規制の対象となるのかなど、コンプライアンスの面からも検討しておく必要があります。

例えば、アフィリエイトプログラムで使用されるバナー広告をウェブサイトなどに掲示するにあたっては景品表示法、CtoCプラットフォーム型ビジネスを展開するにあたっては資金決済法に着目する必要があります。そのため、関連する業種・業態の企業は証券会社とも相談の上、速やかに規制当局に相談を行うことが望ましいといえます。

なお、過去に法令違反があった場合には、上場審査に際して、当該違反に伴う法的瑕疵(かし)の改善状況や、再発防止体制の整備状況について確認されることになります。

また、上場後にインサイダー取引が行われないように、上場申請を行うまでにインサイダー情報管理体制を整備しておく必要があります。具体的にはインサイダー情報管理規程の策定、売買管理部署の設置、役職員向けの勉強会の開催などが求められます。

2.反社会的勢力との関係排除

IPOマーケットは反社会的勢力の資金源として悪用される懸念があるため、上場審査に際しては、「反社会的勢力と関係がないこと」および「反社会的勢力と継続的な関係を持たないための組織的な仕組みが構築されていること」が確認されます。

また、取引所への上場申請書類の1つとして、反社会的勢力との関係がないことを示す確認書の提出が求められます。

1.反社会的勢力とは

「反社会的勢力」とは、政府指針において 「暴力、威力と詐欺的手法を駆使して経済的利益を追求する集団または個人」と定義されています。

反社会的勢力が上場を目指している会社と関わりを持ち、株式上場を通じて直接資金を得る、あるいはマネーロンダリングの手段として利用することなどが起こり得るため、反社会的勢力との関係の有無は、上場審査における重要事項の1つとなっています。

2.反社会的勢力との関係

東京証券取引所は、以下のような会社は株式上場をするには不適切であるとしています。

  • 申請会社の企業グループ、役員又は役員に準ずる者、主な株主および主な取引先等(以下、「申請会社グループ及び関係者」)が反社会的勢力である場合
  • 申請会社グループ及び関係者が資金提供その他の行為を行うことを通じて反社会的勢力の維持、運営に協力もしくは関与している場合
  • 申請会社グループ及び関係者が意図して反社会的勢力と交流を持っている場合  

出典:東京証券取引所「新規上場ガイドブック」

上場企業は、会社の経営活動や意思決定に反社会的勢力が直接関与していないことのみならず、間接的にも関係していないことを示す必要があります。

3.反社会的勢力を排除する取り組み

反社会的勢力が会社の経営活動に何らかの形で関与することを完全に排除するには、協働するステークホルダーとの取引が合理的であるか、定期的にモニタリングする必要があります。また、新規取引を開始する場合には適切な確認を行うとともに、問題発生時の対処方法を明確にするなど、反社会的勢力を排除するために必要な体制を、上場申請する企業が自らの手で構築する必要があります。具体的には、新規取引を開始する際に信用・素性調査を行ったり、契約書に反社会的勢力排除条項を追加したりすることが挙げられます。

なお、このような取り組みを行う際には反社会的勢力のみならず、反市場勢力を排除する観点も必要です。

3.労務コンプライアンス

上場審査においては、人事・労務に関連する審査が以前より厳格化されています。具体的には、(1)労働基準法などの関連法規に準拠した勤務形態となっているか、(2)勤務管理状況や社会保険の加入状況など労務管理が適切に行われているか、(3)残業代の未払いがないか、(4)名ばかり管理職がいないか、などの個別具体的な事項についても確認されることとなります。なお、労務に関する問題が発覚した場合には、解決までに時間がかかるケースが多いため、慎重かつ早急に対応する必要があります。

1.労働関連法規

労務に関する重要な法令としては「労働基準法」「労働安全衛生法」「労働者派遣事業の適正な運営の確保及び派遣労働者の保護等に関する法律」「短時間労働者及び有期雇用労働者の雇用管理の改善等に関する法律」「雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等に関する法律」「障害者の雇用の促進等に関する法律」「高年齢者等の雇用の安定等に関する法律」があります。

2.公的保険

公的保険への加入は法律により義務付けられており、社会保険(健康保険、介護保険など)と労働保険(雇用保険、労働者災害補償保険)に分けることができます。

3.上場審査での取り扱い

上場審査において、論点となりやすい事項は会社の組織体制やビジネスモデルによって異なります。一般的には、36協定が適切に運用されているか、管理監督者の範囲が適切か(いわゆる名ばかり管理職※問題)といった事項が論点となります。時間外労働に関しては、本来支払われるべき割増賃金が払われていないような場合には、詳細な調査とともに、上場までに全て支払うことが原則求められます。公的保険については、特にパートやアルバイトの加入が漏れてしまっているケースに留意する必要があります。

※ 名ばかり管理職
名ばかり管理職とは、実質的な権限や処遇が付与されていないにもかかわらず、主に人件費の削減を目的に、形式上の管理職として任用することで残業代の支給対象から除外されている管理職のことを指します。名ばかり管理職と判断された場合には、過去にさかのぼって不支給としていた残業代などを清算する必要があります。そのため、自社の管理職が、管理職として必要な下記要素を満たしているか確認する必要があります。

  • 経営意思決定の関与
  • 人事上の各種権限
  • 勤怠の自由度
  • 報酬面の優遇

4.インサイダー取引規制

インサイダー取引とは、重要な会社情報に接する機会のある会社役職員などが、投資家の投資判断に著しい影響を与える未公表の会社情報を知りながら、その情報が公表される前にその会社の株式などを売買することを指します。証券取引が公正に行われるためには、投資判断の前提となる情報が、全ての投資家に公平に提供されなければいけません。そこで、一般の投資家が安心して証券取引を行うことができ、証券市場の公正性・健全性を担保するために、金融商品取引法においてインサイダー取引は規制されています。

6. 内部通報制度、公益通報者保護について

内部通報制度とは、企業内部の問題を知る従業員から、経営上のリスクに係る情報を可及的速やかに入手し、情報提供者の保護を徹底しつつ、問題を未然・早期に把握し、是正を図る仕組みを指します。公益通報者保護法を踏まえた内部通報制度は、企業のコンプライアンス経営を有効に機能させる上で重要な役割を担うものであり、上場準備会社においても十分な対応が必要となります。

上場審査においては、公益通報者保護法の遵守状況、内部通報制度の運用実態などが確認されます。具体的には、(1)通報者の保護状況、(2)社内外の通報窓口の設置状況、(3)窓口の周知状況、(4)監査役、社外取締役などへの報告体制などを確認されるのが一般的です。加えて、プライム市場およびスタンダード市場への上場を申請する企業は、コーポレートガバナンス・コードの原則2-5、および補充原則2-5①をコンプライ・オア・エクスプレインに対応させるよう、留意が必要です。

また、公益通報者保護法の一部を改正する法律(以下、「改正法」)が2022年6月1日付で施行されました。改正法は、常時使用する労働者の数が300人超の事業者に対し、「公益通報対応業務従事者」を選定することや、内部労働者からの公益通報に適切に対応する体制を整備することなど、その他必要な措置を講じることを新たに義務付けています(常時使用する労働者の数が300人以下の事業者については努力義務)。その中で、改正法における「範囲」については特に留意が必要です。公益通報対応業務従事者の範囲をどこまでにするか、範囲外共有(公益通報者を特定させる事項を必要最小限の範囲を超えて共有すること)を防ぐための体制をどのように構築するかは、事業者が改正法およびその指針を踏まえて判断しなければならないため、十分な検討が必要となります。

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