地政学リスクに迅速に対応出来るレジリエントなサプライチェーン構築のポイント

  • 2024-01-09

近年、地政学的事象が企業のサプライチェーンに影響を及ぼす事例が多く見られます。

例えばロシアによるウクライナ侵攻の際、現地に拠点を設けている企業は従業員の退避や拠点封鎖の対応に迫られ、直接的に拠点を設けていない企業も調達先や物流ルートの変更といった対応が求められました。エネルギー価格の上昇や、食料品価格高騰も多くの企業の物流・生産に係るコストに影響を及ぼしています。

米中の半導体を中心とした電子部品に関連する競争もサプライチェーンに影響を及ぼしています。2022年10月に米国は新たな対中半導体輸出規制を発表し、半導体および半導体関連製品の一部を幅広い対象として、中国企業に対する輸出を原則禁止としました。同規制は現在も改定され続けており、日本も足並みをそろえる形で先端半導体に関する23品目を輸出管理の規制対象とする措置を講じていることから、日本企業は左記規制を順守する必要があります。

また、イスラエルとパレスチナの紛争に関連しては、今後地中海からインド洋をつなぐ物流ルートが不安定化し、左記航路の物流リードタイムの延長や物流費の高騰につながる可能性があります。この争いが長期化すれば、次のオイルショックを招く可能性もあります。

このように地政学的事象は既にサプライチェーンに大きく影響を及ぼしています。しかし、大半の企業では地政学リスクへの対応が十分になされていないのが現状です。本稿では、まだ地政学リスク対策を十分に行えていない企業が今後対策を行うにあたり、考慮すべき点について解説します。

地政学リスク対策を進める上での困難

一部の先進企業は既に地政学リスク対応部門を設置していますが、部門内での検討内容を具体的な実行施策まで落とし込めている企業は限られています。また多くの企業では、地政学リスク対策部門を設けていないのが現状です。地政学リスク対策が進まない要因としては以下の事柄が考えられます。

地政学リスク的要因

  • 蓋然性評価の難しさ
    地政学リスクとして考えられる事象はいくつもありますが、どのリスクも発生蓋然性を評価することは困難を極めます。多くの企業は事前に対応すべき地政学リスクの特定ができず、結果として事象が起きてから対応する「事後対応」のみに陥ることがほとんどです。
  • 影響度評価の難しさ
    地政学的事象の発生により生じる影響は多岐にわたります。地政学リスクからの直接的な影響に留まらず、その後二次的、三次的に発生する事象が及ぼす影響についても考える必要があります。しかし、自社のサプライチェーンがどのような影響を受けるのかを網羅的かつ定量的に予想することは困難です。そのため、企業は投資に必要な判断を下すことができず、地政学リスクに向けた事前対策を講じることに難しさを感じます。

組織的要因

  • 地政学リスクに対する経営層と現場の認識のギャップ
    地政学リスク対応の重要性を経営層が実感していても、現場は必ずしもそうではありません。多くの場合、各部門の担当者は地政学リスク対策の必要性を認識できていません。そのため、経営層が地政学リスクに対してサプライチェーンに係る施策や方針を打ち出そうにも、各方面の現場担当者からは費用対効果などを理由に強い反対意見が生じ、地政学リスク対応が思い通りに進まない場面が散見されます。
  • 対応部署の多さ
    地政学リスクの影響はサプライチェーンの広範囲にわたるため、その対策にあたっては多くの部署を巻き込む必要があります。実際に地政学リスク対策に着手すると、関連する各部署は細かい課題のレベルで利害が相反する可能性があります。こうした利害相反には全社的な観点での調整が求められますが、関係者の説得は容易ではなく、プロジェクト推進の難易度が高くなります。関係者が多いことが、地政学リスク対策の推進が難しくしている要因の1つと考えられます。

地政学リスクに対応するためのポイント

では、どのように地政学リスクに対応すべきでしょうか。PwCは地政学リスクに対応するために特に重要なポイントは以下の3つであると考えています。

  • ステップを追った対策の検討
    地政学リスクとして考えられる事象は多岐にわたることから、手当たり次第に取り組むことは避けなければなりません。そこで、ステップを追った対策の検討が重要です。具体的には「①自社のサプライチェーン全体および考えうる地政学リスク全体を対象として、自社にとって重要性の高いサプライチェーンおよび地政学リスクを“広く浅く”検討し、その後、自社に影響する領域のみに絞り込む」と「②絞り込んだ領域に対して具体的な対策を“狭く深く”検討する」の2つのステップで検討します。
    “広く浅く“の検討において重要な点は、対策を行わない(捨てる)リスクを明確にすることです。限られたリソースを重要リスクに対してのみ振り当てることで、確実な対策の実現を狙います。
  • 全社一丸での取り組み
    地政学リスク対策に先進的な企業であっても、現場(各サプライチェーン部署)と経営層の間で地政学リスクに対する認識は異なるものです。全社で地政学リスクへの対応および認識を統一にするためには、地政学リスクに対応する担当者を現場に設置することが肝要です。地政学リスクを現場に浸透させ、その対策を現実的で実行可能なソリューションに落とし込むためには、現場と中央との橋渡し役になる人材を配置する必要があります。
  • 強力な意思決定
    地政学リスク対策を進めるにあたり、最も重要な要素は経営層による強い意思決定です。地政学リスクは不確実性が高い一方で影響も大きいという特性があり、現場や一部署の努力ではなかなか前に進めにくいです。経営層が意思決定し、その対策の重要性について従業員やステークホルダーに根気よく説いて回ることで、全社が同じ方向を向いて地政学リスクに向き合う土壌が整います。

地政学リスク対策の実現

自社のビジネス特性を踏まえて地政学リスクを分析したうえで、実際にサプライチェーンの変革に着手している事例もあります。ある製造業では、地政学的緊張の高まりを理由に、海外製造拠点を日本国内に移転させる拠点再編施策を実行しました。

この取り組みは多くの企業にとって参考になりますが、同様の対策を実行したとして、全ての企業が必ずしも期待した効果を得られるとは限りません。撤退の手続きを実施する場合、そのコストが膨大になることが考えられるためです。

例えば上記の例では、税収が減少することを理由に撤退を快く思わない地方政府に対し、個別に要人とコネクションを構築し、撤退交渉を進める必要がありました。現地に合弁企業の形式で進出している場合には、合弁先の企業とも交渉しなければなりません。従業員の権利を保護する手厚い規制がある場合は、撤退後の従業員の処遇を検討し、交渉を行う必要があります。そのほかにも、当該国へ進出時に協調したサプライヤが存在する場合は、個別に理解を求める必要があります。特に大企業の場合には、再進出や調達・販売を考慮し、当該国政府とのリレーションを毀損しない形での撤退方法を検討する必要があります。

このように、実際に地政学リスク対策を実行する場合には検討事項は多岐にわたり、膨大なコストが発生します。

従って、対策を実行する前に網羅的かつ客観的な観点から自社の地政学リスク対応状況を評価し、その結果に基づいて、自社に適合した地政学対策を選定することが重要です。

PwCコンサルティングのオペレーションズ部門では、企業における地政学リスク対策の実現のために「地政学×サプライチェーン簡易診断(以下、地政学簡易診断)」を提供しています。地政学簡易診断では、第三者的な立場からPwCが選定した地政学リスクに対して企業の対応状況を評価し、各社の企業理念やバリュー(価値観)を含めて、対応が必要な地政学リスクおよびその施策の選定まで包括的にサポートします。地政学リスクに対する対応状況およびサプライチェーンへの影響の度合いを定量的に可視化することで、説得力のある意思決定が可能となります。

また、PwCの豊富なサプライチェーン改革の実績や、戦略の立案から実行まで一貫したサービスを提供してきた経験を元に、全てのステークホルダーを巻き込んだ現実的な施策実現を支援します。その中でも代表的なソリューションを一部ご紹介します。

  • 調達リスク管理
    サプライヤの信用調査や履行評価といった「守り」のリスクと、従来考慮されなかった地政学リスクなどを含めた「攻め」のリスクを体系的に可視化・評価し、調達を改革します。二次、三次のサプライヤまで考慮に入れたリスク評価を行い、地政学的事象に伴う想定外の調達リスクやレピュテーションリスクを回避することを支援します。
  • 次世代SCMを活用した地政学事象の影響評価とシミュレーション
    クラウドサービスを活用することで、社内だけでなく社外のデータを広範に捉え、サプライチェーン全体を俯瞰できるサービスを提供します。これにより、特定の地域で地政学事象が発生した時に、調達先、製造工場、物流ルートを地図上に表示し、各拠点、各物流のコストやリードタイムを可視化することができるため、その影響度を即座に評価できます。加えて、代替策のシミュレーションを素早く行うことで、代替策を実施した場合のコストやリードタイムの増減を定量的に判断できるため、地政学的事象が起きてもすぐに手を打ち、影響を最小限にとどめることが可能となります。

PwCでは、上記のような診断サービスを提供するに留まらず、ソリューションに落とし込むところまで支援することが可能です。

本稿が地政学リスク対策を検討されている全ての読者の皆様にとって、その検討の一助になれば幸いです。

執筆者

安井 昌司

マネージャー, PwCコンサルティング合同会社

Email

田川 一樹

アソシエイト, PwCコンサルティング合同会社

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