多様化・複雑化するサプライチェーン時代に求められるセキュリティリスク管理

  • 2025-05-29

はじめに

現代のビジネス環境において、サプライチェーンの役割は単なる物資の供給にとどまらず、企業の競争優位や事業継続性、さらには社会的信頼の基盤として重要性を増しています。とりわけ近年、グローバル化やデジタル技術の急速な進展に伴い、サプライチェーンの構造はかつてないほど複雑化し、従来のリスクに加えて新たな脅威が顕在化しています。特に、情報セキュリティの観点では、かつての「自社中心」の対策ではもはや十分ではなく、サプライチェーン全体を見据えた包括的なアプローチが求められます。

本稿では、サプライチェーンに関与する企業の中でも、特にマネジメント職を対象に、情報セキュリティ対策の重要性とその実践的な方策について多角的に論じていきます。業務の実行責任と組織の橋渡し役を担うマネジメント職だからこそ、現場視点と経営視点の両方を踏まえた判断が不可欠です。

第1章:サプライチェーンを巡るリスク環境の変化

1-1. リスクの多様化と顕在化

かつてのサプライチェーンリスクは、自然災害や地政学的リスク、品質不良や納期遅延といった従来的な課題が主流でした。しかし現在では、より多次元的・構造的なリスクが企業活動を脅かしています。

例えば、環境面では気候変動に起因する異常気象の頻発や感染症拡大により、物流や工場稼働が想定外の影響を受けています。地政学的には、ロシア・ウクライナ紛争や米国情勢に代表されるように、国際的な政治的緊張が部品供給・貿易・物流に制限を与え、あるいは輸出規制によって製品の開発・販売戦略に大きな見直しを迫っています。

他方、上記と同様に広範囲に影響を与えるものとして注目されているのは「デジタルリスク」です。これはサイバー攻撃や情報漏えいだけでなく、クラウドサービスの停止、データセンター障害、さらにはAI誤作動による自動化処理のミスといった、新たな領域にまで波及しています。米国の大統領令やNIST SP800-171、英国のSupply Chain Security Guidance、そして日本の経済安全保障推進法など、国家レベルでの法規制も拡大・強化されつつあり、これらに対する準拠義務やガイドラインの把握・対応も企業の大きな課題となっています。

1-2. Nthパーティリスクのブラックボックス化

サプライチェーンはしばしば1次・2次の直接取引先のみを意識して管理されていますが、実際の攻撃者は「セキュリティが比較的弱い4次先・5次先の取引先(Nthパーティ)」を標的とし、そこを足掛かりに本命企業に侵入するケースが増えています(図表1)。

例えば、業務委託先の開発ベンダーが利用するオープンソースソフトウェアに重大な脆弱性があり、そこを経由して社内システムに侵入された事例もあります。このように、自社では契約しておらず、直接の関与がないにも関わらず、間接的な関係性によって重大なリスクが流入してくる構造は、極めて深刻です。

さらに、グローバル化により調達先や委託先が海外に広がっている場合、現地の法制度や政治情勢、文化的背景の違いが、セキュリティレベルやガバナンスの一貫性を保つ上で大きな障害となります。このような環境では、「可視化の困難性」と「統制の限界」が常に共存し、マネジメント層にとっては極めて判断が難しいテーマとなります。

図表1:Nthパーティのリスクが与えるイメージ

1-3. サプライチェーン攻撃の実態とインパクト

独立行政法人情報処理推進機構(IPA)の「情報セキュリティ10大脅威2025」にも挙げられているとおり、攻撃者は近年ますますサプライチェーンを標的とするようになっています。その理由は単純明快で、「直接攻撃するよりも、周辺の脆弱な組織を突破口とする方が容易だから」です。

以下のようなシナリオが典型的です:

  • 攻撃者はまず、標的企業と業務提携のあるITベンダーやシステム開発会社を調査
  • 次に、そこに脆弱性があることを確認し、マルウェアや不正アクセスで感染
  • その後、標的企業との通信経路・データ共有ポイントを通じて本体にアクセス

外部委託先の業務端末がランサムウェアなどに感染することで標的企業に波及する事例には注意が必要です。こうした攻撃のインパクトは、単なる情報漏えいにとどまらず、生産停止、納期遅延、信用失墜、株価下落など、経営上の深刻な損失へとつながります。

IPAのシミュレーションでは、個人情報漏えいが5,000,000件に達した場合、想定損失額は3,800億円超とされており、情報セキュリティが単なるIT管理の問題ではなく、企業価値全体に直結する経営リスクであることが明らかになっています。

1-4. 現場の声から見るセキュリティ対策の課題

現場担当者からは以下のような悩みが多く聞かれます:

  • 「チェックシートを配っているが、自己申告ベースなので信頼できない」
  • 「どこまでの範囲を対象にすべきか分からない。2次先?再委託先?」
  • 「統一基準が現場に合わず、導入が進まない」
  • 「取引先が数千社もあるので実行するだけで膨大な工数がかかる」

これらはまさに、“納得感のあるガイドライン”と“実効性のある推進体制”の両立が求められている証左です。セキュリティ対策は「形式」ではなく「実態」に基づいたものでなければならず、そこにこそマネジメント職の力量が問われます。

1-5. 製品原価に占めるソフトウェア構成比率の高まり

近年の製造業においては、製品の高度化とともにソフトウェアの占める割合が急激に増加しています。自動車業界を例にとると、車両1台あたりに搭載されるソフトウェアの行数は数千万行に達し、ハードウェアよりもソフトウェアが製品価値の中核をなすケースが増えています。

こうした状況下では、サプライチェーン上のどこかで使用されるソフトウェアに含まれる脆弱性が、そのまま製品全体のリスクへと直結するリスクが存在します。特にオープンソースソフトウェアの活用が一般化する中で、「誰が」「どのように」ソフトウェアを管理しているのかを可視化することは極めて重要であり、これを怠れば重大なセキュリティ事故を招きかねません。

1-6. IT/デジタル統制や規制に関する法制度の変化への対応困難性

情報セキュリティやデータガバナンスに関連する法制度やガイドラインは、世界各国で日々進化しており、それらを正確に把握・適応することは企業にとって極めて難易度の高い課題です。特にグローバルに事業展開をしている企業においては、EUのGDPR、中国のサイバーセキュリティ法、米国の輸出管理規制、日本の経済安全保障推進法など、多種多様な法的枠組みに準拠する必要があります。

これらの法制度は改正のスピードも速く、技術と密接に関係しているため、単に法務部門に任せるのではなく、IT部門・経営陣との連携が不可欠です。マネジメント層は、法制度の変化を先取りし、リスクベースで対応方針を策定する柔軟性と、グローバルな視座が求められます。

第2章:情報セキュリティの再定義

2-1. 境界なき時代のセキュリティ原則─ゼロトラストの必然性

従来のセキュリティモデルでは、社内ネットワークは「安全な領域」として信頼され、外部との境界にファイアウォールなどを設置する“境界防御モデル”が主流でした。しかし、クラウドサービスの活用、リモートワークの拡大、そして取引先や委託先とのデータ連携が増えたことで、「信頼できる内部」と「信頼できない外部」という二項対立の前提自体が崩れつつあります。

2-2. 多層防御モデル:技術・組織・人の統合的アプローチ

情報セキュリティ対策は単一の対策で成り立つものではなく、複数の層で構成される「ディフェンス・イン・デプス(多層防御)」が基本で以下の3層が特に重要です:

  • 技術的対策:技術導入による可視化と即応性の確保
  • 組織的対策:ガイドラインなどの作成、周知、訓練
  • 人的対策:リスク認識レベルの平準化、eラーニングなどの定期実施

これらを包括的に機能させるためには、各施策が孤立せず、相互に関連しながら「情報のライフサイクル全体」を守る視点が必要です。

2-3. リスクベースアプローチと“濃淡”の必要性

サプライチェーン全体を100%カバーしようとする試みは、実務上極めて非効率であり、リソースの浪費を招きます。そこで近年注目されているのが「リスクベースアプローチ」です。これは、保有する情報資産の重要性、関連システムの業務影響度、委託先の信頼度などに応じて、セキュリティ対策の濃淡を意識的に設けるという考え方です。

例:

  • 顧客の個人情報を大量に扱うサービス提供先:詳細なリスク評価+現地監査
  • 業務委託契約が一時的・限定的:簡易評価+共通ガイドラインの適用

このように、統一的な“モノサシ”ではなく、現場の状況に応じた“フィット&ギャップ”で対応する姿勢が、納得感と実効性の両立を可能にします。

また、濃淡の判断には「影響度×発生確率×検出困難性」などを組み合わせたスコアリング手法も有効で、ツールを活用することで効率的なリスクの優先順位付けが可能です(図表2)。

図表2:濃淡を判断するスコアリングのイメージ

第3章:マネジメント職に求められる役割

3-1. 経営と現場をつなぐ推進者としての責任

サプライチェーンセキュリティを強化する上で、マネジメント職は“橋渡し役”として重要な位置付けにあります。現場で起こっているセキュリティ上の懸念や課題を経営層へとフィードバックし、同時に経営方針や全社ガイドラインを現場で実行に移す役割を果たします。

この際に必要なのは、「なぜこの対策が必要か」「どの業務にどのような影響があるか」といった“納得感のある説明”です。例えば、チェックリストの運用やリスク評価の提出を求める際にも、背景にある脅威の具体性(例:取引停止事例、情報漏えいによる損失)を示すことで、関係者の理解を得やすくなります。

3-2. 部門横断のリーダーシップ

セキュリティ施策はIT部門だけで完結するものではなく、調達部門、事業部門、法務部門、経理部門など多くの部署との連携が不可欠です。特に取引先選定や委託業務に関わる現場では、セキュリティ対策が実行フェーズで頓挫することもあります。

マネジメント職には、部門横断での調整役として、関係部門との合意形成を担い、トラブルが起きた際にはリカバリーや責任分担を指揮する役割が求められます。また、社内のセキュリティ推進体制の一翼を担い、必要に応じて外部パートナー(SIer、監査法人、法務アドバイザーなど)との対話にも参加することが望まれます。

3-3. 説得・教育・巻き込みの3点セット

特にセキュリティの成熟度が低い組織では、「なぜ今これをやらねばならないのか」を説明する機会が数多くあります。マネジメント職には、以下のような3つのスキルが必要です:

  • 説得力:数値・事例を使いながらセキュリティ投資の意義を説明できる力
  • 教育力:現場担当者やパートナー企業への丁寧な指導・育成スキル
  • 巻き込み力:経営層や関連部署をプロジェクトに引き入れる調整力

特に、「情報セキュリティはコスト」ではなく「経営の保険・価値創出要素」として捉える文化づくりを管理職が率先して行うことが、組織全体の成熟を加速させます。

第4章:実効性あるセキュリティガバナンスの構築

4-1. サプライチェーンガイドラインの策定と活用

セキュリティガイドラインは、取引先とのやり取りを標準化するための「共通言語」です。単なる文書として終わらせず、実際の業務運用にどう落とし込むかが重要です。例えば以下の要素を含めることで実効性が高まります:

  • 取引先の分類(重要取引先、一次委託、再委託など)
  • 必須項目(ログ管理、アカウント管理、脆弱性対応など)の明記
  • 対応状況の確認方法(自己診断、第三者監査、提出資料)

ガイドラインは「全体の基準」として配布しつつ、各部署・取引形態ごとにカスタマイズした運用ルールを設けることで、柔軟性と実効性を両立できます。

4-2. 情報共有と共助体制の整備

セキュリティ対策は“競争”ではなく“協調”がカギとなります。業界ごとに形成されている情報共有分析センターや、官民連携のセキュリティ推進協議会などに参加し、ベストプラクティスや脅威情報を平時から共有することが、有事の被害最小化につながります。

また、自社と取引先の間で「共助モデル」を設計し、以下のような関係性を構築することが理想的です:

  • 指摘されたリスクに対し、代替策や技術支援を提示
  • 定期的な対話の場(セキュリティレビュー会議など)を設置
  • インシデント発生時の情報共有と早期対応フローの確立

このように、セキュリティガバナンスはガイドラインや評価制度だけでなく、日常的なコミュニケーションと信頼の積み重ねが成功の鍵を握ります(図表3)。

図表3:目指すべき取引先とのセキュリティ共助体制

第5章:ケーススタディとベストプラクティス

5-1. 失敗事例に共通するもの

サプライチェーンセキュリティのリスクは理論上の話ではなく、現実に大きな被害をもたらしています。自社の生産ラインにまで影響を及ぼした場合、金銭的な損失が数億~数十億円単位に上ることもある他、情報漏えいやそれに伴う信頼性の低下など、深刻な問題へとつながります。

こうした事例に共通するのは、「サプライヤーの脆弱性が自社リスクに直結している」という現実です。

5-2. 成功事例に見るベストプラクティス

一方で、企業は以下のような取り組みを行うことで、サプライチェーンのセキュリティを高水準で維持することが可能です。

  • 共助モデルの構築
    サプライヤーに対するセキュリティ評価ガイドラインを作成し、段階的な評価・支援を展開。定期的なレビュー会議を設定し、リアルタイムでの課題共有と助言を行う体制を確立。
  • 取引先の統合ガバナンス
    取引先に共通のセキュリティポータルをクラウド型などで提供。契約条件、評価結果、対応状況を一元管理することで、対応の濃淡がリアルタイムで把握可能に。

これらの対応に共通する特徴は、「セキュリティは個社で完結しない」ことを認識し、パートナーとの協調・共創を軸に据えている点です。

第6章:今後を見据えた展望と提言

6-1. サプライチェーンの現状評価

自社のサプライチェーンの概観を可視化した上で、各サプライチェーンを脅かすデジタルリスクに対する状況を評価することが重要です。これによってどこから手をつければ良いか分からない膨大なリスクに対して取り組む優先順位が明確になり、1つずつ確実に潰し込むことが可能になります。

6-2. サプライチェーンセキュリティの将来像

現在は各社個別で対策を行うのが一般的ですが、基本的なリスク対策を行う際には、「専門家による一括評価」や「自動評価・通知」が主流になると予測されます。自社のみの知見ではなく、専門家による幅広い知見を基にした診断、対策を行うことでより高度で効率的なセキュリティを実現することができます。

6-3. マネジメント職に求められる今後の姿勢

変化が激しく、先が読めない時代だからこそ、マネジメント職には以下のような姿勢が求められます:

  • 「正解を探す」のではなく「問いを持ち続ける」柔軟性
  • 社内外の声を傾聴し、納得感と実効性のバランスを取る力
  • 長期的視点と短期的行動を両立するビジョンと実行力

おわりに

サプライチェーンセキュリティは、単なる技術的な課題を超えて、企業全体の信頼性や競争力に直結する、現代のビジネス基盤を支える鍵となっています。技術の進化やリスクの多様化に伴い、これまで以上に迅速で柔軟な対応が求められる中、形式的なセキュリティ対策だけでは不十分です。企業は、サプライチェーンを構成する関係者と協調し、実効性ある施策を一歩一歩丹念に積み上げていくことが重要です。

特に、組織内部の人材育成と、外部パートナーとの信頼関係の構築が不可欠です。そのためには、マネジメント層がセキュリティの重要性を現場に浸透させ、従業員一人一人が自らの役割と責任を理解する文化育成が求められます。また、セキュリティは単なるコストセンターではなく、企業を守り、長期的な利益を生む“戦略的な投資”であることを再認識しなければなりません。

未来を見据え、変化し続けるリスク環境に対応するためには、定期的な評価と改善を怠らないことが求められます。これにより、企業はその価値を高め続け、競争力を維持することができるでしょう。サプライチェーンセキュリティはもはや企業単独での取り組みで完結するものではなく、パートナーシップを強化し、ともにリスクを認識し、管理していく協力体制が求められています。それこそが、企業の持続可能な成長を支える鍵となるのです。

執筆者

千葉 大輔

シニアアソシエイト, PwCコンサルティング合同会社

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SCMオペレーション改革/コラム・対談

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