サプライチェーンのレジリエンスを高めるKPI管理の重要性

  • 2025-06-13

SCMレジリエンスの重要性と企業の対応状況

現在のビジネス環境は、消費者ニーズの多様化やグローバル競争の激化に加え、気候変動や地政学的リスクなどの外部環境の急速な変化が企業の事業ポートフォリオに影響を与えています。その結果、企業のサプライチェーン(SC)はますます複雑化し、調達部材の不足や生産計画の突発的な変更、輸配送の遅延といった問題が顕在化する状況となっています。

このような状況下で競争優位性を実現するためには、需要予測の精度を高めることは有効な手段の1つです。しかし、どれだけ予測技術が進化しても、100%の精度を達成することは不可能なことから、予測の不確実性を前提にした柔軟な対応策が不可欠になります。さらに、こうした対応策を迅速に実行できるようにするためには、環境の変化を敏感に察知し、適切な軌道修正を行うための意思決定プロセスと実行体制の整備が重要です。これにより、SCのレジリエンスを向上させることが可能になります。

しかし、グローバル化が進む中、いつどこで起こるかわからない突発的なトラブルに迅速に対応するのは困難です。混乱の程度にもよりますが、自社の想定した時間内に事態収拾が可能な企業はそう多くはないのではないでしょうか。このことは、多くの企業が変化の激しい環境に迅速に対応するための体制を十分に整えられていないことを示しています。つまり、企業は今後、変動リスクを考慮した柔軟な対応策を構築し、それを実行に移せる能力を身に付ける必要があります。

KPI管理との関係性からみる、SCMレジリエンスが進まない原因の考察

不確実性の高いビジネス環境への対応として、各企業はSCの効率的な運用を支援する計画系・実行系システムの導入を進め、需要予測に基づく需給計画の見直しや、現場のリアルタイムな状況の可視化を図るべく、実態に即したSCMプロセスの構築と見直しを通じて、SCのレジリエンス強化に取り組んでいます。にもかかわらず、企業がレジリエンスな対応を十分に達成できていない、あるいは達成を実感していない理由はなぜでしょうか。

PwCは、過去のプロジェクト支援の事例から、「経営層と現場との間に存在する意識のギャップ」が、データに基づく迅速な意思決定を妨げ、SCのレジリエンス向上を阻む大きな要因であると考えています。このギャップの背景には、経営層が現場に対して経営課題のための具体的かつ合理的な改善指示を出せていないケースが多く、その結果、現場は手探りで改善活動を進めることになります。これにより、高価なシステムを導入しても、経営課題の解決に至らない、あるいは解決までに多大な時間やコミュニケーションコストが発生するというジレンマを抱えています。

この課題を克服し、迅速な意思決定プロセスを構築して真のレジリエンス強化を実現するため、PwCが注目しているのが、「KPI(Key Performance Indicator)管理」です。従来のKPI管理といえば、過去のデータに基づく業績評価が主目的でした。外部環境や事業環境の変化が穏やかで、目標も比較的長期に設定されていた時代には、過去データに基づく評価が一定程度の効果を発揮していました。しかし、今日では、過去の成功体験が通用しないばかりか、変化への対応が遅れることにより、直ちに競争優位性を失うリスクすらあります。

まさに今、KPIは「過去の評価」から「未来予測」のツールへと進化を遂げる必要があります。これまでKPI管理が「過去の評価」にとどまり、企業に蓄積された膨大なデータが、「未来予測」に効果的に利用されてこなかった原因の1つに、KPIの設定と運用プロセスが、唐突に発生する変化への対応を考慮して十分に設計されていなかった点が挙げられます。しかし近年、IoTやAIなどのデータ処理技術の進化やリアルタイムデータ取得が容易になったことから、KPIを「変化の兆候を捉える」ためのツールとして利用できる環境が整ってきました。

PwCは、KPIを単なる評価指標としてではなく、「経営と現場でのコミュニケーションハブ」として再定義し、「変化の兆候を早期に捉える」ツールとして、運用プロセスとセットで構築することで、その真価を発揮できると考えています。

効果的なレジリエンス強化の手法 ―これから求められるKPI管理の要諦―

従来のKPI管理では、経営と現場のギャップを埋めることや急速な変化の兆候を捉えることは困難です。この課題を克服するために、今後のKPI管理には以下4つのポイントが求められます。

(1)経営から現場までのシームレスなKPIストーリー

「経営と現場でのコミュニケーションハブとしてKPIを活用する」ことについて考えます。そのためには、経営が注視している財務目標から、現場がフォーカスする活動系KPIの相関関係を明確にすることが重要です。

最初に、経営の重要な財務目標であるROIC(投下資本利益率)に着目します。ROICは企業が投資した資本に対して得られる利益を示す指標であり、事業の収益性を測る重要なバロメーターです。事業ポートフォリオ戦略において、各事業のROICを評価することは、資本配分の最適化や投資領域の優先順位を明確にするために欠かせません。

次に、ROICを要素分解し、売上・コスト・投下資本の3つの財務KGIに基づいて、現場の活動系KPIまでのロジックを構築します。具体的には、売上をKGI(Key Goal Indicator)とした場合、受注件数の増加と受注単価の向上という2つのKSF(重要成功要因)を設定し、それに基づいて、結果系KPI、要因分類、活動系KPIまでの因果関係を整理します(図表1)。

図表1:業界汎用的なKPIツリーイメージ

上図は、わかりやすさを重視して業界汎用的なKPIツリーを示していますが、実際のビジネス環境では業界や事業の特性に応じたKPIが必要です。例えば、自動車業界の場合、内燃自動車から電動自動車への移行が進む中で、部品構成の変化による供給先の見直しや、既存パーツの終息(EOL)に伴うアフターパーツ・アフターサービスの不足などといった特有の課題があり、これらの課題に対して適切なKPIを設定する必要があります。つまり、KPIツリーを「経営と現場でのコミュニケーションハブとして活用する」ためには、経営から現場までのロジックツリーを作る過程で、経営層が注視する財務目標から現場が実行する活動に至るまでの一貫したストーリーを描くことに加えて、汎用的なKPIの適用だけではなく業界や事業の特性に応じた指標を設定することが求められます。こうして、経営と現場の間で共通の理解を促し、迅速かつ正確な意思決定を支援する基盤を築くことが可能になります(図表2)。

図表2:業種別のトレンド・課題と管理すべきKPI例

(2)KPI管理要素の拡大への対応

SC関連のKPI管理は、現代の事業環境の変化とともに急速に変化・拡大しており、企業はこれに迅速に対応する必要があります。以下にKPI管理の重要な要素を示します(図表3)。

  1. SCのカバレッジ変化:
    SCのオペレーション参照モデルであるSCOR*では、定期的なSCプロセスの見直しが行われています。SCORの最新のバージョンでは、顧客体験の重要性が高まるにつれて、アフターサービスを含めた、より広範囲なサプライチェーンを可視化し、管理していく必要性が高まっています。
    *SCOR:SC Operations Referenceの略。欧米で広く使用されているモデル。
    最新のバージョンはSCOR Digital Standard
  2. 非財務指標の追加:
    企業価値の向上やサステナビリティへの意識の高まり、ESG投資の拡大などを背景に、企業は財務指標だけでなく、非財務指標にも積極的に取り組みが求められています。SCにおける環境負荷の低減、倫理的な調達など、非財務指標のパフォーマンスは、企業の長期的な持続可能性やブランドイメージに大きく影響します。
  3. 未来形KPIの追加:
    従来のKPI設定では、「在庫回転率」や「納期遵守率」といった、過去の業績を評価する指標が中心でした。しかし、レジリエンス強化には、これらの指標に加えて、「需要変動予測精度」や「代替調達ルート確保率」といった、将来のリスクや変化に対応できる能力を測る指標を取り入れることが重要となってきます。

図表3:SC関連KPIの管理要素の広がりと、管理が必要な活動系KPI例

現状、多くの企業において、管理KPIを長年見直しされていないケースが散見されますが、変化の激しいビジネス環境に適応するためには、最新の情報を常に把握し、KPIの見直しや入れ替えを積極的に行うことが求められます。

(3)変化の兆候を早期に検知を行う仕組み

KPIは、「経営と現場でのコミュニケーションハブ」として機能するだけでなく、もう1点の重要な要素である「変化の兆候を早期に捉える」役割も担っています。

KPIを使いこなせていない企業によくみられる状況として、経営層から現場までが同じKPI管理画面を共有しているケースが挙げられます。しかし、注目ポイントや情報の粒度は、それぞれの役割で異なることから、役割に応じた適切な画面を作成することが重要です(図表4)。

図表4:経営と現場で管理が必要なKPIの違いと、求められる可視化要件

例えば、財務KGIは経営層が主に活用する一方、活動系KPIは生産や調達などのオペレーション部門の部門長や担当者が活用します。各役割によって必要なデータの視点が異なるため、特定の目的に特化したKPI画面(可視化の要件)を設計することが、素早く実態を把握するために重要です。

また、KPIダッシュボードを設計する際には、情報を詰め込み過ぎず、必要な情報を厳選することが大切です。情報過多は、重要な情報を見落とすリスクを高め、早期検知の妨げになる可能性があるため、シンプルで状況を把握しやすい画面設計が重要です。詳細情報を確認する場合には、用途に応じたシステム間の使い分けが有効です。例えば、将来予測や計画の確認は計画系システムで行い、調達や物流プロセスの可視化や実績分析は実行系システムで確認するのが良いでしょう。

これらの要素を踏まえ、情報をシームレスに一元管理できるダッシュボードを構築することが、社内コミュニケーションの円滑化、そして迅速な意思決定に繋がります。財務KGIから活動系KPIまでの状況を可視化し、プロセス全体のボトルネックを素早く把握できるダッシュボードが求められます(図表5)。

図表5:財務KGIから活動系KPIまでのシームレスなダッシュボードイメージ

(4)改善活動の再現性

KPI管理における効果的なパフォーマンス改善には、設計やストーリー、早期兆候検知のポイントだけでなく、実行段階での再現性が重要です。現場担当者からは「KPIのデータをどのように分析すれば良いのかわからない」「KPIの測定結果をどのように改善に結びつければ良いのかわからない」といった疑問がしばしば挙がります。さらに、KPI間には依存関係が存在するため、あるKPIを改善しようとすると他のKPIが悪化するケースも少なくありません。例えば、在庫量削減と即納率向上のように、トレードオフの関係にあるKPIに関しては、バランスを取ることは容易ではなく、どのKPIを優先すべきか判断に迷うのも無理はありません。

このような課題を克服するためには、改善活動の再現性を高めることが不可欠です。経験豊富な担当者の直感やノウハウに頼らず、誰でも同じように実行できる標準化されたプロセスを構築する必要があります。これには、KPI管理のユースケース、想定される課題、改善方法などを文書化し、明確な指針やアクションプランを示すことが求められます(図表6)。

図表6:KPI改善のための手引きイメージ

これまでに解説した(1)から(4)のポイントは、KPI管理を効果的に運用するために欠かせません。KPIの設計から可視化、そして実行までの一連のプロセスを包括的に整備することで、変化の兆候を早期に捉えることが可能になります。結果として、経営層と現場のコミュニケーションを活性化させ、企業全体のSCレジリエンス向上を実現できると考えます。

PwCのソリューション紹介と活用オプション

企業がSCのレジリエンスを強化するためには、統合的なKPI管理が欠かせません。しかし、複雑な要素を統合するのは容易ではありません。そこで、PwCは、効果的なKPI管理のためのソリューションを提供しています(図表7)。

図表7:PwCのソリューションイメージ概要

このソリューションは、以下の2つの主要な要素で構成されています。

  1. 業界別KGI・KPIダッシュボード:
    業界特化型のダッシュボードを設計し、財務KGIと活動系KPIを一元的に可視化します。具体的には、財務指標を重点にする「財務KGIダッシュボード」、財務指標とSCの活動系KPIの因果関係を示す「因果パスダッシュボード」、そして日々の活動系KPIに焦点を当てた「活動系KPIダッシュボード」の3つで構成され、業界別の設計が可能です。3つが相互に連携することによりデータの一貫性を確保できる点が特徴です。
  2. 業界別プレイブック:
    業界のトレンドや課題に基づき、活動系KPIのパフォーマンス向上に繋がる指針やアクションプランを整理した資料を提供します。

このソリューションは、前述したKPI管理の(1)~(4)のポイントを全て網羅しています。

さらに、グローバル標準モデルであるSCORを参照し、共通のKPI名称や定義を効率的に標準化することで、グローバル横断でのKPI管理の整合性を確保します。SCORは150を超える指標を内包し、各指標の名称や定義を明確に示した「SCOR Dictionary」も提供されています。これにより、グローバルでのKPI管理をスムーズに進めることが可能です。

SCORはPwCコンサルティング(旧PRTM社)が開発したモデルであるため、社内に専門家が多数在籍しています。そのため、PwCは、SCORの開発者としての経験とその専門知識を活かし、企業のKPI管理の高度化を効率的に支援することが可能です。

このソリューションをどのように活用できるか、具体的な例を以下に示します。

  ソリューションの活用例 提案内容詳細
1

既に管理している

KPIの抜け漏れチェック

独自で網羅性の検証を行うことは難しいものです。PwCの業界別KPIサンプルを参考に、追加すべき観点を検証します。
2

改善活動加速化に向けた

オリジナルのプレイブック作成

自社でプレイブックを作成するには、多くの知見と工数が必要です。PwCの過去事例やクライアントの重点KPI・体制を基に、オリジナルの手引き作成を支援します。
3

KPIプロセスの成熟度診断と

改善検討

企業の内側からKPI管理プロセス上の課題を見つけることは困難です。クライアントの現状プロセスを分析し、プロセスの成熟度診断と解決策を提案します。
4 KPI設計およびソリューションの導入 事業部間やリージョン間において同一の定義でKPIを可視化するには、推進力と調整力が必要です。PwCの客観的な視点と専門知識を活かし、KPI設計から導入までを一貫してサポートします。

このソリューションは、企業の成熟度や課題に合わせて、柔軟にカスタマイズすることが可能です。ダッシュボードのみの導入や、プレイブックのみの活用など、部分的な導入も可能です。

最後に ―今回のコラムの総括と今後の展望―

SCのレジリエンス強化には、KPI管理の高度化が不可欠です。KPIを単なる過去の実績評価にとどめず、「変化の兆候を早期に捉え」「経営と現場でのコミュニケーションハブとして活用する」といった、従来の枠組みを超えた、戦略的な視点が求められます。

現状では、多くの企業が自社データのみを参照し、KPIを過去の実績を評価するための指標として活用しています。しかし、予測困難なVUCAな時代において、過去のデータ分析だけでは不十分です。変化の兆候をいち早く捉え、迅速かつ柔軟に対応するためには、外部環境の変化を組み込んだ未来志向のKPI設計が重要となります。具体的には、SC全体におけるリスク要因の変動、新たなテクノロジーの登場、競合他社の動向、法規制の改正、消費者ニーズの変遷など、多岐にわたる外部環境要因をKPI設定に組み込むことで、より精度の高い予測と機敏な対応が可能となります。

財務目標や非財務目標に影響を与える変動要因は、さらに複雑化していくことが予想されます。これらの複雑な要因間の関係性を分析し、KPIに反映するためには、AI分析などの高度な分析技術の活用が必須です。AI分析を活用することで、KPI間の相関係数や回帰係数を可視化し、因果関係を明確にすることで、より精度の高い予測やシミュレーションが可能となり、レジリエンス強化に大きく貢献します。変化のスピードが加速する現代においては、リアルタイムなKPIモニタリングと迅速な対応が不可欠です。これには、データに基づいた迅速な意思決定を支援するシステムやツールの導入だけでなく、それを支える人材の育成、実行体制の構築、ガバナンスの強化など、組織的な対応も同時に求められます。システムと人材、この両輪を整備することで、刻一刻と変化する状況に対応し、レジリエンスを維持することが可能になるのです。

今後は、KPIを戦略的に活用し、レジリエンス強化を実現できる企業と、従来型のKPI管理に留まる企業との間で、大きな差が生まれるでしょう。SCのレジリエンス強化、そして企業の持続的な成長を確実なものとするために、今からでもKPI管理の高度化に向けた取り組みを始めることが重要です。今回のコラムが、そのための行動のきっかけとなれば幸いです。

以上

執筆者

井上 朋季

マネージャー, PwCコンサルティング合同会社

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SCMオペレーション改革/コラム・対談

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