Global IPO Watch―世界のIPO動向 2021年第3四半期

1. 2021年第3四半期(2021年7月から9月)レビュー

2021年第3四半期の株式市場は、混沌としたマクロ経済を背景としながらも、米国と欧州で好調に推移

米国と欧州の株式市場は、2021年第3四半期は上昇基調で推移しました。当四半期における株価指数の上昇は小幅にとどまったものの、S&P500とストックス欧州600指数は、混沌としたマクロ経済を背景としながらも、6四半期連続で上昇を記録しました。2021年9月における株式市場の下落は、中央銀行による金融引き締めの示唆、インフレ懸念、新型コロナウイルス感染症デルタ株の景気回復への影響の可能性、サプライチェーンの混乱など、複数の要因によって引き起こされました。2021年8月の中国の景気減速は、個人消費の低迷や、直前に生じた中国国内の不動産業における不祥事を反映したものでした。

世界のIPO市場は2021年第3四半期に平常化へ

世界のIPO活動は、2021年上半期に過去最高を記録した後、2021年第3四半期に減速し、四半期におけるIPO市場での株式発行総額は過去の水準に戻りつつあります。これは、主に、2021年の夏場における活動が総じて低調だったこと、(2021年第1四半期と比較して)SPACによるIPOが減少したこと、中国企業の米国でのIPOが足止め状態となっていることによるものです。2021年第3四半期における世界のIPOによる株式発行総額は1,123億米ドルとなり、前年(2020年)同期の1,223億米ドルに比べて減速したものの、欧州と英国では近年最もIPO活動が活発な第3四半期となりました。金融、テクノロジー、ヘルスケア、資本財、消費財など幅広い業種で多様な企業がIPO市場に参入しています。

2. 2021年第3四半期の世界のハイライト

世界のIPOによる調達金額
世界のIPOによる 調達金額

Dealogic社2021年9月30日現在のデータを利用して作成

世界のIPO件数
世界の IPO件数

Dealogic社2021年9月30日現在のデータを利用して作成

2021年第2四半期における世界のIPO調達金額の主要国・地域別内訳(%)
2021年 第3四半期における世界のIPO調達金額の地域別内訳(%)

Dealogic社2021年9月30日現在のデータを利用して作成

IPO

  • 2021年第1四半期から第3四半期まで累計での世界のIPOによる資金調達額は、2020年通年よりもすでに35%(1,150億米ドル)上回っています。
  • これにもかかわらず、2021年第3四半期のIPO活動は第2四半期から連続で減少し、512件のIPOにより1,123億米ドルが調達されました。
  • 2020年第3四半期(前年同期)と比べて、IPOの件数は増加したものの、IPOによる資金調達額は8%減少しました。
  • 米州のIPO活動は引き続きSPACに支えられており、米州のIPOによる資金調達額の30%(168億米ドル)はSPACのIPOによるものでした。
  • 2021年第3四半期における欧州・中東・アフリカのIPO活動は、2019年第3四半期と2020年第3四半期に見られた低調な水準を大幅に上回り、72件のIPOにより177億米ドルが調達されました。
  • アジア太平洋では、2021年第3四半期もIPOの勢いが衰えず、235件のIPOにより388億米ドルが調達されました。これを支えたのは韓国で行われた2件の大型IPOで、調達額は合計60億米ドルに達しました。

IPO後の増資(フォローオン増資(FO))

  • 2021年第3四半期は、835件のFOにより1,661億米ドルが調達されました(2021年第2四半期は889件のFOによる資金調達額は2,094億米ドル)。金融業の企業の株価のパフォーマンスは特に好調で、FOによる資金調達額の35%(583億米ドル)を占めました。
  • FOによる資金調達額が2020年第3四半期と比較して増加した地域は、米州のみでした。
  • 香港のテクノロジー業の企業におけるFOの減速が、アジア太平洋のFOの活動水準が低迷した顕著な要因となっています。

3. 2021年第4四半期(2021年10月から12月)の見通し

世界的な景気回復は、不確実性が存在するものの、緩やかなペースで継続する見込み

インフレの見通し、金融引き締めの見込み、世界的なサプライチェーンの混乱が、ロックダウン後の景気回復を圧迫しています。しかし、再開した経済活動にワクチン追加接種が追い風となり、2021年第4四半期以降も、緩やかなペースながら、景気の回復局面が継続すると予想されます。新たな変異型ウイルスの出現の可能性、インフレ懸念、中国のさらなる景気減速が、経済成長を阻害する最大のリスクとなっています。

引き続き堅調なIPOパイプラインの一方、投資家は銘柄の選別を強め、IPO価格に敏感に

投資家は、膨大な案件のパイプラインの中から選択できるようになったため、銘柄の選別を強め、IPO価格に敏感になっています。これは、最近になって購入の辞退や取引規模の縮小が一部で見られたことに表れています。発行体は、複数の強固なKPI、強力なガバナンスおよびIPOへの早期からの準備により裏付けられた魅力的なエクイティストーリーを示すことができなければ、IPOやアフターマーケットで成功するチャンスが増えないでしょう。投資家にとっては、アフターマーケットでの株価のパフォーマンスも重要な検討事項の1つであり、これが結局はIPOの価格決定と発行体の全体的な質に関係してきます。このような状況にもかかわらず、2021年第4四半期には多くの発行体がIPO市場に参入しようとしており、IPOパイプラインは活況を呈することが予想されます。

SPAC投資家による償還権の行使が増えるにつれて、世界的にSPACに対する市場のムードは冷え込んでいます。これには欧州市場も含まれ、2021年10月にユーロネクストのアムステルダム証券取引所で大型のSPACによる上場が行われるまで、2021年7月以降新たなSPACのIPO価格の決定は見られませんでした。しかし、2021年第3四半期には多くのSPACの合併取引(De-SPAC)が完了し、SPAC内に買収のための多額の資金が保有されている中、現在はSPACの合併取引に焦点が移っています。

投資家は引き続きESGを重視

ESGは、依然として、投資家の意思決定プロセスにおいて重要な検討事項となっています。PwCが最近実施したESGの推進に関するグローバル投資家調査によると、投資家は、企業に対して、ESGを戦略の中核に据え、「ネットゼロ」(訳注:温室効果ガスの大気中への正味排出量をゼロにすること)という目標への明確な道筋を示すよう期待していることが明らかになりました。また、投資家は、ESGに関連する優先的な課題に対して企業の取組みが十分でない場合、何らかの行動を起こす可能性があります。

4. 米州— 2021年第3四半期の概要

米州のIPOによる調達金額
米州の IPOによる調達金額

Dealogic社2021年9月30日現在のデータを利用して作成

米州のIPO件数
米州の IPO件数

Dealogic社2021年9月30日現在のデータを利用して作成 

ビジネスサイクルの成熟化に伴い、経済成長は緩やかなものに

米国では、景気回復が続くと予想されるものの成熟期に入るため、そのペースは鈍化するでしょう。米国消費者信頼感指数が2021年9月に3カ月連続で下落したことや、米国非農業部門雇用者数が最近減少したことなど、他の指標からも、投資家心理が脆弱なことが示されています。インフレ率の上昇と米連邦準備理事会による利上げの開始時期の見込みについては、引き続き注目が集まります。

米国では、2021年上半期に記録的なIPO活動があった後、2021年第3四半期のIPO活動は低調に推移

2021年第3四半期の米国のIPO市場は、ここ数四半期と比べて減速したにもかかわらず、多様な業種にわたる多くの案件のパイプラインにより、390億米ドルの通常のIPOと168億米ドルのSPACによるIPOの価格決定が行われました。最近になってSPAC投資家の償還権の行使が増加していることは注目すべきであり、このアセットクラスに対する投資家の投資意欲が減退し、現在はSPACの合併取引に焦点が移っていることを示しています。

ブラジルのIPO市場は記録的な年に

ブラジルでは、2021年第3四半期において17件のIPOの価格決定が行われ、51億米ドルが調達されたことから、同国のIPO市場は記録的な年になろうとしています。しかし、投資家はブラジルにおける政治リスクの高まりや、政局がIPO市場へ与える影響を懸念しています。

5. 欧州・中東・アフリカ— 2021年第3四半期の概要

欧州・中東・アフリカのIPOによる調達金額
欧州・中東・アフリカの IPOによる調達金額

Dealogic社2021年9月30日現在のデータを利用して作成

欧州・中東・アフリカのIPO件数
欧州・中東・アフリカの IPO件数

Dealogic社2021年9月30日現在のデータを利用して作成

欧州は不透明感が高まるも2021年第3四半期は堅調に推移

欧州では、前年(2020年)同期比でIPO活動が堅調に推移しました。2021年は、近年で最も活況な上半期を経て、一部で、特に9月の株式市場でボラティリティが高まったものの、第3四半期のIPO活動は好調を維持しました。また、欧州の株式市場は、複雑なマクロ経済環境の中、小幅な上昇で2021年第3四半期を終えました。2021年9月の株式市場の混乱は、主に、サプライチェーンの寸断、インフレ懸念、中央銀行による金融引き締めの可能性など、さまざまな要因によるものでした。2021年10月初旬、欧州の株式市場は、予想を上回る良好な企業決算を背景に回復し、同地域の複数の主要株価指数の週次パフォーマンスが2021年3月以来最高となりました。

投資家の警戒感が高まる中、最近のIPO活動は停滞

最近ではボラティリティが高まる買手市場で投資家が銘柄の選別を強めていることから、欧州の企業数社がIPO計画を保留にしました。それにもかかわらず、(本稿の執筆時である2021年10月)現在、十数社もの欧州のIPO候補企業がPDIE(Purpose Driven Innovation Ecosystem)に登録しており、発行体は、投資家の注目を得て需要を引き出すべく競争をしながら株式市場への参入を推し進めています。バリュエーションや投資案件の話題性など、アフターマーケットでの取引のパフォーマンスに対する期待が投資家心理へ重要な影響を与えます。投資家は、複数の強固なKPI、強力なガバナンス、計画性の高いIPOプロセスを特徴とする、質の高い投資ストーリーを求めています。

欧州におけるSPACのIPOは2021年夏に激減

米国のSPAC熱が欧州に波及した後、2021年7月以降の欧州のSPACのIPO市場には、10月初旬にアムステルダムおよびフランクフルトで行われたSPACのIPO各1件を除き、動きはありませんでした。欧州のSPACのIPO活動は、2021年上半期にピークに達しましたが、最も活況な拠点であるロンドンでさえ沈静化しています。いくつか顕著な例外はあるものの、パフォーマンスが低迷し、既存のSPACの多くがDe-SPACを完了しておらず、いまだに魅力的な投資機会を求め続けていることを考慮すると、投資家の需要は鈍化し、短期的にはSPACのIPOはほんの一握りになると見込まれます。

6. アジア太平洋— 2021年第3四半期の概要

アジア太平洋のIPOによる調達金額
アジア太平洋の IPOによる調達金額

Dealogic社2021年9月30日現在のデータを利用して作成

アジア太平洋のIPO件数
アジア太平洋の IPO件数

Dealogic社2021年9月30日現在のデータを利用して作成

インフレによる株式市場の急落にもかかわらず、2021年第3四半期もアジアのIPO活動は引き続き活況

2021年第3四半期末のアジアの主要な株式市場は、石油およびガスなど経済的に重要な商品価格の上昇により、急落しました。同時に、投資家は、世界的なインフレの継続とサプライチェーンの混乱によるコストの高騰が、特にアジアの製造業の多くに与える影響を懸念しており、投資家心理は非常に不安定です。しかし、2021年第3四半期のIPO件数や調達金額は2021年第2四半期の水準に近く、株式市場の混乱が続いているにもかかわらず、アジア地域のIPO市場は全体的に健全であり、IPO市場に対する信頼感が示されています。

中国不動産業の債務問題による景気先行きへの懸念

中国の不動産市場における流動性危機は拡大しており、債権者にとって債権を回収できなくなるリスクが増大し、中国経済に波及する恐れがあります。中国経済は、長い間、肥大化した不動産業に経済成長と雇用の創出を依存してきたため、不動産業の企業における債務を削減し、持続可能なバランスをとることが課題となっています。中国の規制当局が一貫して不動産業の債務を削減し続ければ、金融市場にも甚大な影響を及ぼし、中国経済に対する見方が変わるでしょう。

香港では、新型コロナウイルス感染症の拡大以降、IPO活動が最も低調な四半期に

中国の規制当局がハイテク企業の米国IPOに対する嫌悪感を示しているため、投資家は、中国以外のアジアの主要な資本市場のハブとしての香港の将来の地位について、依然として、不確実性があると考えています。中国内の発行体が海外の上場規制に関する明確な指針を求める中、この不確実性がIPOの大幅な増加を妨げている状況であり、この状況が早くても2022年初頭まで続くでしょう。

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主要メンバー

顧 威(ウェイ クウ)

パートナー, PwC Japan有限責任監査法人

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坂元 新太郎

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稲田 丈朗

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