シリーズ:データドリブン経営

経理部門から始めるサステナビリティ経営の推進

  • 2024-04-26

はじめに

少し前までは、企業はサステナビリティを意識した活動に取り組むだけで、投資家や消費者からプラスの評価を得ることができていました。環境に配慮した活動は営利を求めるだけの活動より高尚な活動であるととらえられ、投資家や消費者はそうした活動を加点評価していました。「やっていると褒められる活動」と言い換えてもよいでしょう。

しかし近年では、サステナビリティを意識した企業活動を行うことは、もはや当たり前の活動となりつつあります。GSIA(Global Sustainable Investment Alliance:グローバル・サステナブル投資白書)の2022年レビューによると、サステナビリティを意識した投資の存在感は年々増しており、ニッチな関心事から、主要な考慮事項の1つへと急速に進化していることが見て取れます。特に日本においてはその急拡大している状況が顕著で、今後は「やっていないと非難される活動」となることが予見されます。

図表1:地域別持続可能な投資資産の成長(現地通貨ベース、カッコ内は期間成長率)、2014-2022

こうした状況を受け、日本でもサステナビリティ経営を意識した動きが活発化しています。しかし、実態としてはCSRD(Corporate Sustainability Reporting Directive:企業サステナビリティ報告指令)対応や統合報告書など、「開示のための取り組み」にとどまっている企業が多いのが現状です。

起点は投資家や消費者のニーズにあるため、そうしたステークホルダーへの開示対応はもちろん必要ですが、単に現状を開示するだけでは意味がありません。その開示結果がステークホルダーの興味関心を引く魅力的な内容となるように、経営そのものを変えていくということが、サステナビリティ経営の本質です。

経理のサステナビリティ経営への関わり方

サステナビリティ経営の実現のためには、企業の経理部門の関与は不可欠と考えられます。その理由は以下3点です。

  1. 単独の部署で取り組む活動ではないため、全社横断での活動を支える部署が必要となること
  2. 従来取り扱っていなかった情報を収集する仕組みが必要となること
  3. 財務数値との関連性を明確にした分析・報告が必要となること

1. 全社横断での活動を支える部署が必要

サステナビリティは企業の中の1部門だけで完結する活動ではありません。例えば、戦略部門は企業のサステナビリティに関する全体的な目標と方針を定め、これを経営戦略に統合していきます。研究開発部門はこの戦略に従って環境負荷の低い製品を開発し、製造部門はさらにサプライチェーン全体での環境負荷の低減に取り組みます。マーケティング部門はこうした自社のサステナビリティに関する取り組みを分かりやすく消費者に伝え、魅力を感じてもらえるような広報活動を行います。経理部門はこれらの取り組みの結果を集計して投資家をはじめとするステークホルダーに正しく開示し、その結果を受け止めて経営戦略に反映させる必要があります。

もちろんサステナビリティ対応の専門部署を新たに立ち上げても良いですが、大企業の中に新たに各部署とコミュニケーションできる横断系部署を新設することはかなりのコストがかかります。したがって、既存の部署に新たな役割を付与し、部署間での協力とコミュニケーションを促進する方が迅速に活動を推進することができるでしょう。

2. 従来取り扱っていない情報を収集する仕組みが必要

どのような事業を営むかによって、サステナビリティ経営の方向性は変わってきます。

製造業ならば、再生可能エネルギーを導入し、環境負荷の少ない原材料や生産プロセスを採用する必要があります。小売業ならば、サプライヤーからの製品情報を収集し、持続可能な原材料や生産手法に基づいた商品を提供するよう努めなければなりません。具体的には、エコラベルやサステナビリティ認証を持つ商品を積極的に取り扱うなどが考えられます。

また、消費者が製品を選択する際に、その製品が環境や社会にどのような影響を与えるかを理解できるような表示や配置にするなどの情報提供も必要となります。リサイクルプログラムの推進や、使用済み商品の回収サービスの提供など、循環経済への貢献も小売業にとって重要な役割です。

ただしどの事業にも共通することとして、自社の現在地を正しく捉え続け、経営に活かしていく必要があります。この文脈において、非財務情報、特にサステナビリティ情報の取り扱いは経理部門が担うべきですが、その理由は、経理部門が企業の財務情報を管理し分析する専門知識とシステムを既に有しているためです。

経理部門は、正確な財務データの収集、記録、分析に長けており、これらのスキルは非財務情報の管理にも応用可能です。サステナビリティ情報の効果的な収集と分析は、経営戦略の策定やリスク管理、投資家や顧客とのコミュニケーションに不可欠です。経理部門がこの役割を担い、サステナビリティ情報の統合的な管理と分析を行えば、これを経営戦略に反映させるプロセスがスムーズになります。また、既存のシステムとの統合を通じて、情報の一貫性と信頼性を保つことができます。

3. 財務数値との関連性を明確にした分析・報告が必要

このトレンドの発信は投資家・消費者からのニーズによるものです。特に投資家は、財務情報と組み合わせてサステナビリティ情報を取り扱い、投資の意思決定に役立たせることがニーズであるため、「財務情報だけ」「サステナビリティ情報だけ」で存在する状態は、ニーズを満たした状態とは言えません。相互の関連性を明確にした報告となっていることで初めてニーズを満たせるため、現在財務情報を管轄している経理部門がサステナビリティ情報も同時に取り扱い、強みである分析力を生かして相互の関連性を明確化する役割を担うべきでしょう。

現在、サステナビリティ関連の開示を進めている企業は増えてきていますが、財務情報の開示に対して遅れて開示することが多く、両者を統合した報告にはなっていないのが現状です。今後はこのタイムラグをなくすような要請、つまりサステナビリティ情報の早期提出が求められるようになることが予想されます。

ただし冒頭でも述べたように、財務情報と非財務情報とを「統合した報告」を行い、投資家に魅力をアピールするためには、「統合した経営」を推し進めることが不可欠です。将来的に早期開示の要請が予想されることも、もちろん対応を進める理由の1つになりますが、それがなくとも、自社の経営の意思決定に資する情報としての価値を高めるために、財務情報と非財務情報とを統合しておく必要があると言えます。

そうはいっても、なかなかイメージがつきにくいかもしれません。高度なものから考えると手が止まってしまうかと思いますので、イメージしやすい例を挙げてみましょう。

例えば、製造に使っていた固定資産が実は大量のCO2を排出していることが分かったとしましょう。市場ではその資産に対してどのような評価が下されるでしょうか。そのような資産に対するニーズが激減することにつながり、結果として資産としての価値が低減し、程度によっては当該資産の価値を減損処理しなければならないケースも考えられます。棚卸資産の期末評価に関しても同じことが言えます。その結果として、これらは財務諸表にインパクトを与えることとなります。

こうした事態を避けるためには、その固定資産から得られる期待収益という財務情報だけでなく、その固定資産が環境に与える負荷という非財務情報も組み合わせて購入や売却の意思決定をしていかなければなりません。どちらか一方だけの情報を用いて経営を進めてしまうと、正しい意思決定ができないケースが今後は増えてくるということです。これまでは環境への配慮は利益を追い求める活動とトレードオフの関係にあるものと考えられてきましたが、今後はそうではなく、社会的、環境的価値も考慮に入れたトレードオンとなる、包括的な意思決定が求められています。

サステナビリティ経営実現のためにできること

こうした取り組みの重要性が増していますが、こうした活動のために経理部の人員補強を検討する企業は多くないでしょう。人員は常に減少傾向にあり、増加の方向での検討はされにくいものです。では、どうするか。同じ人員数でより多いタスクを推進しなければならない場合は、期間を長めにとるか、効率性を高めるかしかありません。

期間を長めにとるためには、まずは将来的なトレンドに備えて早めに検討を始めることが肝要になります。対処にかける時間を長く取るためにも、他企業が様子見をしている間に動き始めるべきでしょう。こうした新ルールは常に先行者優位で構築されますので、対応が必要なことが明らかであるほど、早く始めることの重要性が増します。

カナダの経営学者であるヘンリー・ミンツバーグ教授の経営戦略論によれば、戦略は試行錯誤しながら形成されていくものです。将来から逆算して現在を定義すること(プランニング)も重要ですが、現在自分たちが持っている資産やスキルを活用してできることは何かを考え、まずはそこから始めるということ(クラフティング)もまた重要なことです。

効率性を高めるためには、ツールの導入も効果的です。大量のデータを捌くことに強みがある統計学習やAIは、財務情報を取り扱うだけでも有用であり、サステナビリティ情報を加えたより複雑な分析においては大いに役立つと考えられます。

しかしそのためにはまず、グループ全体として業務を標準化し、データを正規化し、分析に資する状態にしておかなければなりません。比較的規模の大きな企業においては既にERPが導入されていることかと思いますが、こうした基幹システムを拡張し、サステナビリティ情報の取り扱いも可能となるような対応ができれば、既存資産の活用という観点でも、財務情報との統合という観点でも望ましいと言えます。

また「財務情報と非財務情報とを統合した経営」の観点が出てきたので、やはり分かりやすさの観点から、イメージしやすい例をいくつか紹介しましょう。

  • 固定資産のマスタ情報として、取得価額と同じような感覚で、当該資産が生涯に環境へ与える負荷総量(例:CO2排出量)を登録するような仕組みが考えられます。そして当年度どれくらいの環境負荷を与えたかは、償却方法に連動して同じく伝票上計上され、償却費が財務諸表に集計されると同時に、環境負荷情報も別途集計されていくようなイメージです。廃却する際にリサイクル不可の場合は、別途資産除去債務のような処理をしておくなどの高度化も考えられます。
  • 取引先のマスタ情報の一部である信用情報に関しては、これまでの指標に加えてサステナビリティスコアのような指標を付与することも考えられます。取引先の選定や契約更新時のリスク管理にあたっても、こうした指標の重要性が増してくるでしょう。

上記はあくまでイメージですし、まだ統一的な処理基準が定まっていない現状でここまでの処理を作りこんでしまうことはやや過剰でしょう。基準の公開に合わせて、ERP側がこうしたバージョンアップをすることも考えられます。

しかしこうしたデータは、突然新たなデータベースを構築するわけではなく、財務報告用に貯められている既存のデータに追加情報として組み込まれることは間違いないでしょう。リープフロッグ現象という例もないわけではありませんが、一足飛びを目指すのではなく、まずは着実にグループ内の情報をタイムリーに扱える情報基盤を整備することもまた重要です。

サステナビリティ経営の位置づけを理解する

法令が整備され切ってから対応を始めるのではなく、早期にサステナビリティ経営実現のための対応に着手するにしても、ツールを活用して効率化を志向するにしても、コストはかかります。しかしその意思決定を行う際に短期的な効果を期待すると、基本的には「投資しない」という結論になってしまうでしょう。

これらの対応は冒頭に述べたようにプラスの活動というより、将来のマイナスを未然に防ぐ活動と言った方が正確です。位置づけとしては、IIRC(International Integrated Reporting Council:国際統合報告評議会)の国際統合報告フレームワークが定めるところの「社会・関係資本」の維持・向上施策といった方が近いかもしれません。

かかるコストは試算できても、それによってどれほどの損失を回避できるかは、どうしても確度の低い見込み値となります。そのような財務数値だけではなく、自身が所属する業界のトレンドなども加味しながら、将来への備えとしての投資と位置付けるべきです。

とはいえ、何度も述べているようにこうした活動は投資家・消費者の環境配慮への機運の高まりによるものです。消費者もやみくもに企業努力を求めているわけではなく、環境への配慮のために相互に協力したいという意思を持っており、グローバルで消費者のおよそ8割(日本はおよそ5割)は環境に配慮した製品やサービスを利用するにあたって5%以上の追加費用を払う覚悟があるという調査結果があります。

図表2:消費者の持続可能な製品に対する追加費用の許容割合

消費者は環境に配慮した製品やサービスを生み出す企業を応援するために、少なくとも5%程度の価格向上は許容すると言っているということです。もちろん、そこにはグリーンウォッシュなどはなく、本当に環境に配慮した結果発生した費用であること、そしてそのことを疑義無く消費者が信じている状態が前提となります。

また、統合報告書に代表されるように、経理部門はこれらの活動が確かに環境への配慮によってもたらされたものであることを投資家や消費者に訴求し、企業の若干の財務状態の悪化が投資家にとってはポジティブに映るような報告書の作成を行う義務を負っています。単に「サステナビリティ活動への投資をしました」というだけでは不十分です。環境への投資は、投資家の関心事項であり、彼らの関心に応えていることをしっかりと示していく必要があるのです。

おわりに

東証は2025年から英文での開示を義務付ける方針です。理由は考えるまでもなく、海外投資家からの投資を受けやすくするためです。そして、海外投資家が今何に注目しているかはここまで述べたとおりです。

とはいえ、時価総額の大きい会社ほど、すでに英文開示実施率は高い傾向にあります。IR説明会資料によると、時価総額1,000憶円以上の会社では86.4%の会社が既に英文開示をしています。(株式会社東京証券取引所 上場部 プライム市場 英文開示義務化に向けた実態調査集計レポート<2023年8月末時点>)。

既に対応を進めている企業にとって、この東証の要求は「いまさら何を」というものに映るかもしれません。ただし、これから対応する企業からは対応負荷が高いため、対象範囲を限定する、同日開示ではなく事後的な開示とするなどの負荷軽減策要望が出ている状態です。既存の日本語の内容を英訳するという対応であっても負荷の高まりを懸念する声が挙がっている状態であり、果たしてサステナビリティを意識した経営や、その結果を正しく投資家や消費者に伝える活動がスムーズにできるでしょうか。

サステナビリティ経営を実現し、差別化を図り、その結果を投資家や消費者に適切に伝えられなければ将来的に資金調達がしづらくなることは想像に難くありませんので、この大きなトレンドに備えて動き出しておく必要があるでしょう。

※『H.ミンツバーグ経営論』(ヘンリー・ミンツバーグ著、ダイヤモンド社、2007年)

執筆者

榊原 徹哉

ディレクター, PwCコンサルティング合同会社

Email

{{filterContent.facetedTitle}}

{{contentList.dataService.numberHits}} {{contentList.dataService.numberHits == 1 ? 'result' : 'results'}}
{{contentList.loadingText}}

{{filterContent.facetedTitle}}

{{contentList.dataService.numberHits}} {{contentList.dataService.numberHits == 1 ? 'result' : 'results'}}
{{contentList.loadingText}}

本ページに関するお問い合わせ