各国サイバーセキュリティ法令・政策動向シリーズ

(6)アメリカ

  • 2025-04-30

はじめに

各国サイバーセキュリティ法令・政策動向シリーズでは中国・台湾、インド、シンガポール、メキシコ、ブラジル、米国の近年(主に2023年から2024年にかけて)におけるデジタル・サイバーセキュリティの動向および将来の見通しについて解説します。本シリーズは、グローバル展開している国内企業のIT、サイバーセキュリティ、法務部門の責任者、デジタル政策・規制動向に関心を持つ責任者を対象としています。主要国・地域で進むデジタル政府化の取り組み、セキュリティ法規制、あるいはAI規制のような最新動向を早期に把握し、対応に優先順位を付けたい、向こう数年で発生しうるリスクを理解したいという方への一助になることを目指しています。

第6回目として取り上げる米国は、2024年は選挙イヤーであったこともあり、サイバーセキュリティ・インフラストラクチャセキュリティ庁(Cybersecurity and Infrastructure Security Agency:CISA)等から選挙に関するディープフェイク、偽情報、セキュリティに関するニュースリリースが数多く発行されていることは注目に値します。

なお、第一期トランプ政権のもと設立されたCISAを含めた連邦政府全体にわたって、米国の戦略等がどのようになるのかは2025年以降も注視を要するところです。

3 その他(AI)

3.1 米国におけるAI政策動向

米国では、2023年10月、「AIの安全、セキュアで信頼できる開発・使用(Safe, Secure, and Trustworthy Development and Use of Artificial Intelligence)」というタイトルの大統領令第14110号※16が発出されました。この大統領令は政府機関に対して、AIの使用について一定の義務を課すだけでなく、民間部門に対しても一定の義務を課すという内容のものでしたが2025年1月発足のトランプ政権により破棄されました※17。このように議会で包括的なAI規制法を定める動きは今のところないため、個別法対応であることには変わりありません。その後のAIに関する戦略等は以下のとおりです。

3.1.1 大統領令第14117号

2024年2月、大統領令第14117号「懸念国による米国人の大量の機密個人データおよび米国政府関連データへのアクセスの防止(Preventing Access to Americans' Bulk Sensitive Personal Data and United States Government-Related Data by Countries of Concern)」※18が発表されました。
これは、生成AIの学習のために、米国人の機微な個人データおよび米国政府関連データが懸念国によってアクセス・収集されることを防ぐことを目的とし、国際緊急経済権限法(IEEPA)、国家緊急事態法(NEA)等を根拠法として、同データにかかる一定の取引を禁止または制限する、懸念国が所有管理する海底ケーブルの免許の適否について審査する、特に個人健康データやヒトゲノムデータなどに関連するヘルスケア市場の事業体について懸念国によるアクセスを可能にする援助の提供を禁止するための規制等を講じることを検討する、などを定めるものです。

3.1.2 OMB覚書M-24-10 ※19

OMB覚書M-24-10「政府によるAI使用のガバナンス・イノベーション・リスク管理を促進する(Advancing Governance, Innovation, and Risk Management for Agency Use of Artificial Intelligence)」※20が、2024年3月、正式に公表されました。同案における省庁に対する主要な要請、その期限等は図表7のとおりです。

図表7:OMBの覚書における各省庁に対する要請・期限

テーマ 内容 期限など
AIのガバナンスの強化
  • AI最高責任者(Chief AI Officers:CAIO)の指名
    その任務は以下のとおり
    • 省庁内におけるAI使用の調整
    • AIイノベーションの促進
    • AI使用によるリスクの管理

60日以内

  • 各省庁においてAIガバナンス機関を設置
60日以内
  • 遵守計画の作成・公表

180日以内

2036年まで2年ごと

  • AIユースケースのインベントリの作成・公表。2024年からは安全性・権利に影響するAIの使用の有無・使用している場合のリスク管理を含める必要
施行中
責任あるAIイノベーションの推進
  • 各省庁による責任あるAIイノベーションに関するAI戦略の作成・公表
  • 責任あるAIイノベーションができる環境の整備(ITインフラ、データ、サイバーセキュリティ・人材・生成AIに留意)
365日以内
AIの使用によるリスクを管理
  • 安全性・権利に影響するAIについて最低限のリスク管理プラクティス(別述)の実装、プラクティス違反のAIの使用停止
2024年12月1日まで
  • 使用している安全性・権利に影響するAIについて定期的なリスクの見直しを実施

少なくとも1年ごと

大きな変更後は必ず

3.1.3 OMB覚書M-24-18 ※21

OMBは、AI大統領令に基づき、2024年9月、OMB覚書M-24-18「政府における責任あるAIの導入を推進する(Advancing the Responsible Acquisition of Artificial Intelligence in Government)」※22を公表しました。概要としては、前述のOMB覚書M-24-10に準拠する形で政府使用のAIを調達しなければならない、というものです。

3.1.4 その他のAIにかかる動き

前述のOMB覚書だけでなく、前述のAI大統領令に基づき、国立標準技術研究所(NIST)によるNIST SP800-218A「生成 AI とデュアルユース基盤モデルのための安全なソフトウェア開発プラクティス(Secure Software Development Practices for Generative AI and Dual-Use Foundation Models)」※23の作成(2024年7月)、商務省によるIaaSに関するNPRM(規則案公告)「重大な悪意あるサイバー活動に関する国家緊急事態に対処するための追加措置の実施(Taking Additional Steps To Address the National Emergency With Respect to Significant Malicious Cyber-Enabled Activities)」※24の公表(2024年1月)などの取組みが進められています。

また、DoDでは、2020年にはAI倫理原則(「責任」、「公平性」、「追跡可能」、「信頼できる」、「管理可能」という5つの原則を掲げる)※25、2022年にはDoD責任あるAI戦略および実装パスウェイ(DoD Responsible AI Strategy and Implementation (S&I) Pathway)※26を公表し、軍事分野でのAI戦略の実装を着々と進めています。

4 日本企業への示唆

米国では前述のようにIoTに関連するセキュリティ法規制も近年増えています。これは最終製品だけでなく、部品も含めたサプライチェーンに範囲が及ぶ法規制が増えていくことも示唆しています。日本企業にとってもある日突然、自社製品が規制対象になってしまうリスクがあるため、SBOM(ソフトウェア部品表)、HBOM(ハードウェア部品表)を使用して常時管理するなどの対策が必要になります。

※1 原文は、https://www.federalregister.gov/documents/2021/05/17/2021-10460/improving-the-nations-cybersecurity
(2025年1月31日閲覧)

※2 NCSについては2023年報告書参照

※3 原文は、https://inl.gov/content/uploads/2023/08/National-Cybersecurity-Strategy-Implementation-Plan-WH.gov_.pdf
(2025年1月31日閲覧)

※4 2025年1月から政権が変わったため、本計画が今後1年ごとにアップデートされるか、計画の内容が予定どおりに遂行されるかについては今後の状況を見ていく必要があります。

※5 https://www.hsdl.org/c/view?docid=887913
(2025年1月31日閲覧)

※6 原文はhttps://bidenwhitehouse.archives.gov/wp-content/uploads/2024/05/National-Cybersecurity-Strategy-Implementation-Plan-Version-2.pdf
(2025年4月4日閲覧)

※7 https://www.state.gov/wp-content/uploads/2024/07/United-States-International-Cyberspace-and-Digital-Strategy-FINAL-2024-05-15_508v03-Section-508-Accessible-7.18.2024.pdf
(2025年1月31日閲覧)

※8 原文は、https://www.govinfo.gov/app/details/DCPD-202400358
(2025年1月31日閲覧)

※9 原文は、https://obamawhitehouse.archives.gov/the-press-office/2013/02/12/presidential-policy-directive-critical-infrastructure-security-and-resil
(2025年1月31日閲覧)

※10 原文は、https://www.federalregister.gov/documents/2024/06/21/2024-13810/white-house-council-on-supply-chain-resilience
(2025年1月31日閲覧)

※11 原文は、https://www.federalregister.gov/documents/2021/03/01/2021-04280/americas-supply-chains
(2025年1月31日閲覧)

※12 原文は、https://bidenwhitehouse.archives.gov/wp-content/uploads/2024/07/FY26-Cybersecurity-Priorities-Memo_Signed.pdf(2025年1月31日閲覧)

※13 原文は、https://www.cisa.gov/sites/default/files/2024-09/FY2024%20FOCALPlanPublicVersion%20TLP%20Clear%20508.pdf
(2025年1月31日閲覧)

※14 https://www.cisa.gov/2025-2026-cisa-international-strategic-plan
(2025年1月31日閲覧)

※15 https://www.cisa.gov/sites/default/files/2025-01/FY2024-2026_Cybersecurity_Strategic_Plan508.pdf
(2025年1月31日閲覧)

※16 原文は、https://www.federalregister.gov/documents/2023/11/01/2023-24283/safe-secure-and-trustworthy-development-and-use-of-artificial-intelligence
(2025年1月31日閲覧)

※17 https://www.whitehouse.gov/presidential-actions/2025/01/initial-rescissions-of-harmful-executive-orders-and-actions/
(2025年1月25日閲覧)

※18 原文は、https://www.federalregister.gov/documents/2024/03/01/2024-04573/preventing-access-to-americans-bulk-sensitive-personal-data-and-united-states-government-related
(2025年1月31日閲覧)

※19 このOMB覚書は、トランプ大統領による大統領令第14179号「人工知能における米国のリーダーシップへの障壁を取り除く(原文:Removing Barriers to American Leadership in Artificial Intelligence)」により策定されたOMB覚書M-25-21「イノベーション、ガバナンス、公共の信頼を通じて連邦政府によるAIの活用を加速する(原文:Accelerating Federal Use of AI through Innovation, Governance, and Public Trust(2025年4月3日公表))」 によって破棄されました。新覚書M-25-21と旧覚書M-24-10の大きな違いは、①最低限のリスク管理プラクティスについて、旧覚書では「権利に影響するAI」と「安全性に影響するAI」に分けて規律されていたのに対して、新覚書では「影響度の高いAI(High-Impact AI)」にまとめられた点、②新覚書では最低限のリスク管理プラクティスがシンプル化されアルゴリズムによる差別の緩和等が削除された点、③旧覚書では「安全性に影響するAI」に気候や環境に影響するAIも含まれていたのが新覚書では削除されている点です。 

※20 https://bidenwhitehouse.archives.gov/wp-content/uploads/2024/03/M-24-10-Advancing-Governance-Innovation-and-Risk-Management-for-Agency-Use-of-Artificial-Intelligence.pdf
(2025年1月31日閲覧)

※21 この覚書も、2025年4月3日に公表されたOMB覚書M-25-22「政府における人工知能の効率的な導入を推進する(原文: Driving Efficient Acquisition of Artificial Intelligence in Government)」 によって破棄されています。概要としては、前述のOMB覚書M-25-21に準拠する形で政府使用のAIを調達しなければならないというものです。

※22 https://bidenwhitehouse.archives.gov/wp-content/uploads/2024/10/M-24-18-AI-Acquisition-Memorandum.pdf
(2025年1月31日閲覧)

※23 https://nvlpubs.nist.gov/nistpubs/SpecialPublications/NIST.SP.800-218A.pdf
(2025年1月31日閲覧)

※24 https://www.federalregister.gov/documents/2024/01/29/2024-01580/taking-additional-steps-to-address-the-national-emergency-with-respect-to-significant-malicious
(2025年1月31日閲覧)

※25 https://www.defense.gov/News/Releases/release/article/2091996/dod-adopts-ethical-principles-for-artificial-intelligence/
(2025年1月31日閲覧)

※26 https://media.defense.gov/2022/Jun/22/2003022604/-1/-1/0/Department-of-Defense-Responsible-Artificial-Intelligence-Strategy-and-Implementation-Pathway.PDF
(2025年1月31日閲覧)

※本稿は、アレシア国際法律事務所の有本真由弁護士に調査協力いただきました。

執筆者

丸山 満彦

パートナー, PwCコンサルティング合同会社

Email

上杉 謙二

ディレクター, PwCコンサルティング合同会社

Email

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