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これまで、高齢化などに伴う医療費の増大に対し、薬価の低い後発医薬品の普及を推進し薬剤費の負担軽減を図る施策が推進されてきました。今では、後発医薬品は多くの患者にとって欠かせない存在になっています。しかし、近年の品質不正問題を端緒として後発医薬品の供給不安を招いており、今も解消の目処が立っていません。本コラムでは、後発医薬品の供給不安の現状とその背景に迫り、今後の展望を考察します。
昨今、後発医薬品はコスト面と環境への規制が比較的緩やかなことから世界的に中国やインドからの原薬調達が加速しており、日本においても後発品の原薬の約7割を中国とインドからの輸入に依存しています。つまり潜在的に経済安全保障上の供給不安のリスクが存在しています(詳細は、製薬企業の観点から考察した経済安保推進法~医薬品の安定供給に向けて~を参照)。また国内に目を向けると、近年、複数の後発医薬品企業で承認された手順とは異なる製造方法や試験などが発覚し、当局や都道府県により薬機法違反による業務停止命令や、業務改善命令などの行政処分が下されています(図表1)。
日本製薬団体連合会によると、2024年5月現在、医薬品全体の23%に当たる実に3,906品目に出荷停止または限定出荷による供給不安が発生しており、そのうち後発医薬品は2,589品目(約66%)を占めています*1。
国は骨太の方針である「経済財政運営と改革の基本方針2021」にて、後発医薬品の数量ベースでの使用率を2023年に80%とする目標を掲げ、その使用を後押ししてきました*2。社会的要請を背景に、医薬品メーカーは急速な事業拡大の機会を得ましたが、比較的中小規模で生産能力が限定的な企業の乱立を招いたともいえます。2022年4月時点で後発医薬品を供給する企業は約190社まで広がっています*3。先発医薬品を主とする企業と違い、後発医薬品を主とする企業は、もともと低く設定されている薬価が薬価改定により更に下落し、それによる収益の逓減から、比較的収益性の高い新規後発医薬品の薬価収載を繰り返すことで利益を追求してきました。また、薬価基準に収載される医薬品は少なくとも5年間は継続して製造販売し、常に一定量の在庫を確保することが安定供給の要件として求められています*4。加えて、市場からの撤退である「薬価削除」にも関連学会との協議など一定の手続きを経る必要があることから、一般の消費財と異なり、一度上市した医薬品については簡単に手を引くことができません。結果として、需要に限界がある後発医薬品を多数抱えることになり、業界全体として少量多品目生産でないと企業活動が維持しにくい状態に陥っているといえます。2023年9月時点で後発医薬品企業の上位9社が全体数量の半数を製造しており、残りは約180社が低いシェアで競争している状況です。さらに、後発医薬品の789成分中166成分は8社以上が供給している過度な競争状態となっています*5。比較的中小規模の企業が多いことも相まって、次第に生産計画の実行が困難となり、現場において医薬品の製造を最優先した独自手順による製造プロセスや試験方法が生じやすい土壌を生むことになったといえるでしょう。一度、業務停止命令などの行政処分が下ると、他企業への注文が増加しますが、生産余力が十分でない後発品メーカーには短期間での増産が難しく、結果として供給不安が生じるという負のスパイラルに陥っています(図表2)。
では、後発医薬品業界にはどのような姿が求められているのでしょうか。2024年5月に公表された国の「後発医薬品の安定供給の実現に向けた産業構造の在り方に関する検討会」報告書の中では、今後5年程度の集中改革期間で「製造管理・品質管理体制の確保」「安定供給能力の確保」「持続可能な産業構造」の3つの柱が掲げられています(図表3)。
上記の3つの柱の実現に向けて、例えば検査体制の品質向上を目指すには複雑な規制や基準を満たすための専門知識を有する人材が必要であり、安定供給能力の確保には生産ラインの拡大や製造や品質管理プロセスの改善などが必要です。そして、持続可能な産業構造とするためには、産業全体としての過当競争状態の是正と収益構造の改善が必須といえます。中小規模が多い後発医薬品企業では人材、資金力、技術力が相対的に不足しているケースが多く、個社による各種プロセスや収益構造の適正化には限界があるのが実情です。そのため、業界の構造的課題の解決に向けて個社単独ではなく、企業間連携の強化や業界再編が求められている状況にあります。そのうえで、筋肉質な収益構造への転換をしつつ、更なる成長施策として新たな海外市場の開拓やバイオシミラーを始めとする低分子以外の後発医薬品市場への参入などが期待されています。
海外に目を向けてみると、グローバル後発医薬品企業は大手企業に集約されており、売上規模は日本の後発医薬品大手企業の6倍程度となっています(図表4)。特に、米国では医療費抑制の背景から世界に先駆けて後発医薬品の使用が普及し、多くの企業が乱立した結果、個社ベースの利益は低下傾向にありましたが、資金力に余力のあるグローバル後発医薬品企業が、医薬品原薬製造企業などの買収を行うことで、規模を拡大させ業界再編が進みました。これら企業は自社の研究開発への投資や他社との提携、買収による外部資源の活用により、既存の後発医薬品の販売というビジネスだけではなく、新薬開発や薬物を体内の特定の部位に効率よく届けるための薬物送達技術(Drug Delivery System)の向上といった価値を付加し、差別化を図りつつ安定した売上・利益の確保につなげています。米国政府も後発医薬品の承認・審査プロセスを短縮化することで市場競争を促進し、企業の集約化を支援しました*6。
国は業界再編における企業間の連携・協力を推進する手法として、複数のモデルを提示していますが*1、現場からは単純なコンソーシアム形成やM&Aは当事者のインセンティブが少なく動きづらいとの声も耳にします。薬価が下落していくことが明確な中での再編統合には及び腰になりやすく、また、単純な企業買収によっても医薬品の製造管理および品質管理の基準(GMP)などの規制の面から、製造シナジーを生み出すには時間を要することが予想されるうえに、新たな製造設備や品質管理可能な人材などの魅力的な資産以外の不要な資産も抱え込むリスクが存在します。
上述のような障壁が存在する後発医薬品業界にて業界再編を促すには、業界内外の観点から①「業界プレイヤーへのインセンティブ設計」と②「市場そのものの柔軟性向上」が必要でしょう。
1点目の「業界プレイヤーへのインセンティブ設計」については、個社の利益に直結するような政策的な仕掛けが必要と考えられます。例えば、安定供給されている後発医薬品や、複数企業間での過当競争を減らし製造効率化のための同種同効薬の統合に対する薬価の優遇措置や財政的支援策などです。2点目の「市場そのものの柔軟性向上」については規制を緩和し、ビジネス的にも魅力的な業界を醸成することが求められると考えられます。例えば医薬品の製造方法などの変更に係る薬事手続きや薬価削除プロセスの簡素化、後発医薬品は先発医薬品と同規格を取り揃える必要がある規格揃え原則の見直し、企業間で品目統合や生産調整などを実施する際に独占禁止法上に抵触する部分の見直しなど、いくつかの規制緩和が考えられます。市場の魅力度を向上させることで外部からの資金調達や人材流入につながり、業界再編の土壌醸成が期待されます。
上述の事業環境を踏まえると、短期的には品目成分ごとの集約化を目指し、大手企業が主導しての製造設備増強や人材確保のための事業譲渡の形で集約化が進むと想定されます。また、これまでの個社の慣習やしがらみに縛られることが少ない再生投資ファンドが主導しての再編統合は引き続き進むでしょう。その間に国は、上述の①「業界プレイヤーへのインセンティブ設計」や②「市場そのものの柔軟性向上」を実現するための規制緩和などを進め、業界再編に向けた機運を醸成させていくことが求められます。各後発品企業は将来的な品目成分ごとの集約化を想定し、自社のあるべきポートフォリオの検討や集約化によるシナジーの見極めが有用といえるでしょう。
中長期的に、これらの基盤が整備され、個社にとっての最適化が業界にとっての最適化につながる状態となれば複数企業によるコンソーシアムも現実的に進んでくると想定されます(図表5)。
後発医薬品の普及は、今後ますます少子高齢化が進展する日本において、医療費適正化の観点から不可欠です。しかし、後発医薬品業界は品質管理と安定供給の課題に直面しており、これらがすぐに解消される見通しは立っておらず、まさに社会課題の一つといえるでしょう。安定供給の課題に対して、安定供給および品質確保に関する各企業の情報収集や公開制度を整備し、この結果を薬価設定に活用する仕組みを試験導入するなどの動きが進んでおり*7、将来的な薬価優遇措置にもつながっていくものと考えられます。2024年7月には、厚生労働大臣自ら後発医薬品企業10社程度と面会するなど、業界再編に向けた歩みは始まっています*8。必要な患者に品質の確保された後発医薬品を安定的に届けられる体制作りに向け、本稿もその一助になれば幸いです。
PwCは、ヘルスケア業界のコンサルティングに加え、戦略策定や新規事業検討を含めたディールプロセス全般のコンサルティングにも知見があり、今後の後発医薬品業界の再編に向けてもさまざまな局面でクライアントを支援していきます*9。
*1:厚生労働省「後発医薬品の安定供給等の実現に向けた産業構造の在り方に関する検討会報告書(2024年5月22日)」https://www.mhlw.go.jp/content/10807000/001256227.pdf
*2:内閣府「経済財政運営と改革の基本方針2021」https://www5.cao.go.jp/keizai-shimon/kaigi/cabinet/honebuto/2021/decision0618.html
*3:日本ジェネリック製薬協会「ジェネリック医薬品業界の現状と課題 及び流通・薬価制度に関する提案(2022年9月22日)」https://www.mhlw.go.jp/content/10807000/000992273.pdf
*4:厚生労働省「後発医薬品の安定供給について(2006年3月10日)」https://www.mhlw.go.jp/bunya/iryou/kouhatu-iyaku/dl/05.pdf
*5:厚生労働省「後発医薬品の産業構造改革に向けた大臣要請(2024年7月4日)」
https://www.mhlw.go.jp/content/10808000/001271169.pdf
*6:保健医療経営大学紀要「アメリカにおける後発医薬品業界分析」https://researchmap.jp/yajima/published_papers/15536135
*7:厚生労働省「令和6年度薬価改定について~後発品等の安定供給~(2023年10月27日)」https://www.mhlw.go.jp/content/12404000/001161703.pdf
*8:武見厚労相 中核担う後発医薬品企業に奮起促す「業界再編への動き牽引を」安定供給「1成分5社が理想」https://www.mixonline.jp/tabid55.html?artid=76819
*9:PwCアドバイザリー合同会社「ヘルスケア/医薬ライフサイエンスサービスページ」
https://www.pwc.com/jp/ja/services/deals/pls-healthcare.html