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前回のコラムではゲノム医療の拡大とそこに生じる倫理的・社会的課題について紹介しました。この課題をを解決するキーパーソンとして、「認定遺伝カウンセラー」(Certificated Genetic Counselor、以下CGC)という専門職が活躍しています。今回は、架空の症例を用いて遺伝カウンセリングやCGCの役割をご紹介します。
1歳の男の子じろう君は、生後10カ月の時に口の中を切って血が止まらなくなったことをきっかけに血友病Aと診断を受けました。現在は定期的に病院に通い注射の治療を受けています。じろう君の容態が安定してきた頃、じろう君の今後の治療や、血友病Aと遺伝の関係について気になり、じろう君のご両親はCGCが所属する遺伝外来を訪れました。
図表1に示すように、血友病Aとは、出血を止めるための「凝固因子」が不足する病気です。けがをした際血が止まらなくなったり、関節内出血で肘や膝に強い痛みが出たりといった症状が現れます※1。
この病気は「X連鎖遺伝形式」という遺伝形式(次世代への伝達の仕方)を取ります。血友病Aの原因となる遺伝子の変化を持つ人は、男性は発症、女性は保因者(自身は発症しないが、遺伝性疾患や体質を次世代に伝える可能性がある人)となるか、または男性より軽い症状で発症します。男女ともに、その重症度や発症時期はさまざまです※2。じろう君が血友病Aの診断を受けたことで、母親のはなこさんは血友病Aの保因者である可能性が推測され、その血縁者にも保因者や発症者がいることが考えられます。
図表1:血友病Aの概要とX連鎖遺伝形式
このように子どもの誕生を機に家族の遺伝的な背景が明らかになるケースでは、親をはじめとする家族がこの結果を予期していないことが多いです。遺伝カウンセリングでは、この戸惑いに対し耳を傾け家族の不安を受け止めるとともに、家族の中で医療を必要とする人がそこにアクセスできるよう支援する必要があります。
遺伝カウンセリングでは、家系図聴取、解釈、情報提供、心理支援の4つのステップで、来談者の気持ちを受け止めるとともに、意思決定を支援します(図表2)。
図表2:遺伝カウンセリングのステップ
まず、予約時の電話やカウンセリングの初めに「家系図聴取」を行います。患者さん本人だけでなく、ご家族の病気についても聴き取りを行って、家系図と呼ばれる図を作成することで、家族がどんな病気につながる遺伝子の変化を持っているかを確認します。家系図の記載方法は図表2の右側に示すように標準的な記載方法が定められています。
続いて、聴取した情報から、この家系がどのような遺伝背景を持つのかを解釈します。家系の中で誰が病気を持つのか、あるいは保因者である可能性があるのかを検討します。
聴取・解釈をした内容をもとに、来談者に情報提供を行います。病気の診断直後は戸惑いもあり、カウンセリング時に説明を繰り返したり、新たに生じた疑問に答えたりする時間が必要です。患者さんご自身だけでなく、ご家族に関する情報提供も行います。遺伝性疾患の診断を受けて「家族への影響が心配」というのはよく聞かれる不安です。不安をなくすことは難しいこともありますが、明らかになっていること、そうでないことを整理し、何が不安なのかを明確にするだけでも気持ちが落ち着くことがあります。情報提供自体が心理支援にもなり得ます。
心理支援では、来談者の不安に寄り添い、病気や家族の遺伝的背景を受け入れていくことを助けます。病気の告知は大きなショックを伴うほか、遺伝性疾患では病気と生涯付き合う必要や、家族への影響があることから不安を抱える来談者も多いです。来談者の不安に寄り添い、対話を通して心理的なケアを行うことが求められます。
図表3:Case.1 小児が血友病Aと診断されたケース
図表3左側に示したとおり、Case.1では、じろう君(Ⅲ-1)が血友病Aと診断を受けました。ご両親(Ⅱ-1,2)に話を聴くと親族が血友病Aを持つとの話は聞いたことがないことが分かりました。また、じろう君の叔母にあたるはなこさんの妹(Ⅱ-3)が婚約中のことで、じろうくんの病気についてどう伝えるか迷っているとのことでした。
Case.1では、じろう君がX連鎖遺伝形式を取る血友病Aと診断を受けたことから、じろう君の母方の家族が原因となる遺伝子の変化を共有している可能性があります。血友病Aは1/3が新たな突然変異によって起こるとされ※3、家族で共有していない可能性もあります。ただ、現時点ではじろう君の両親から聴取した内容であり断定することはできません。血縁者を適切な診断や治療に結び付けるためにはこの情報を彼らに伝える必要がある一方で、その伝え方やタイミングは個別のケースで検討する必要があります。
じろう君の母方叔母(Ⅱ-3)は、じろう君の母方祖母(Ⅰ-2)が血友病Aの保因者と明らかになった場合、同じく保因者である可能性が1/2です。保因者か否かを明らかにするには、本人が遺伝学的検査を受ける必要があります。
じろう君のご両親が将来、子どもを設ける場合の発症確率も計算可能です。血友病Aを引き起こすF8遺伝子の変化が家族で共有されていた場合、男児の場合は1/2で血友病Aを発症、女児は保因者となり、合計すると1/4の確率で血友病Aを発症することになります。
聴取・解釈をした内容をもとに、来談者に情報提供や心理支援を行います。ここでは会話形式でカウンセリングの例をご紹介します。
はなこさん:
「私の遺伝子が息子に受け継がれて病気を起こしたと言われました。息子に申し訳ない気持ちです」
たろうさん:
「遺伝の問題は妻のせいではないと思うのですが、妻が自分を責めている様子で心配です」
CGC:
「はなこさんは、じろう君の病気についてご自身を責めてしまうのですね。はなこさんから遺伝子の変化を受け継いだ可能性があるのは事実です。ただ、それは『はなこさんが何かをしたから』というものではなく、全くの偶然です。ご自身を責めてしまうことは自然な心の動きではありますが、少なくとも科学的には、ご自身を責める必要は全くありません。たろうさんのおっしゃるとおりですよ」
はなこさん:
「私や、私の家族も検査をした方がいいのでしょうか。家族にどう伝えるかも悩んでいます」
CGC:
「検査やご家族への情報共有は必ずしなければならない、というものではなく、あくまでご自身で決断していただきたいと思っています。その決断を医師や私もサポートしますから、一緒に考えていきましょう」
たろうさん:
「女性も症状が出ると聞いたので、妻もできる検査はした方が良いのかなと思っています。」
はなこさん:
「私自身は今まで大きな病気に罹ったこともなくて、検査に意味があるのかな、と思ってしまいます」
CGC:
「はなこさんが検査を受ける意味は大きく3つあります。はなこさん自身のため、次のお子さんを考える際の参考とするため、そしてご家族のためです。陽性だった場合、現在は症状が出ていなくても定期的な検診を受けたり、少しでも症状が出たときにすぐに対処したりすることができます。将来妊娠を希望される場合はそのお子さんが1/4の確率で血友病Aを持つほか、妊娠・出産にあたって出血への対処が可能です。また、血友病Aを引き起こす遺伝子の変化をご家族と共有していることを念頭に、ご家族の健康管理やライフプランの検討に役立てることができるかもしれません」
はなこさん:
「私もそうですし、家族のことも心配なので、検査を受けてみたいと思います。ただ、妹が婚約中なのが気がかりで…妹にはまだ話していないのですが、母も不安がっています」
CGC:
「妹さんのご結婚に際して、遺伝の話は非常にデリケートな問題ですよね。妹さんが血友病Aの保因者かどうかは現時点では不明、はなこさんのお母さんが保因者と明らかになった際に1/2の確率で保因者ということが分かり、ご本人が検査を受けると保因者か否かを明らかにすることができます」
はなこさん:
「息子が遺伝病といわれたことで妹も保因者ということかと思ったのですが、私自身も含め、検査してみないと分からないのですね。結婚してから『あの時どうして言ってくれなかったの』という話になっても困りますし、伝えたほうがいいのか…」
CGC:
「妹さんは現時点で症状もないとのことですし、急いで検査を受けなければならないわけではありません。いつ、どのようにお伝えするか、悩ましいですよね。妹さんや、そのパートナーの方も含めて来談いただくことも可能です。まずははなこさんの検査結果次第ではありますが、メリット/デメリットを考えて、検査を受けるか否か、そのタイミングも含めて考えてみてもよいかもしれません」
はなこさん:
「今日のお話と私が検査を受けることを、まずは母に伝えてみようと思います」
たろうさん:
「私の親族にも伝えたほうが良いのでしょうか。妻が悪くないというのは良く分かっているのですが、僕の両親がどう受け止めるかと思うと…」
CGC:
「ご家族への伝え方には迷いますよね。はなこさんのご家系には健康上のメリットがあるのでできればお伝えいただきたいのが医療者としての意見です。一方で、たろうさんのご家系にはそのようなメリットはないので、そもそも伝えるか否か、伝えるタイミングや伝え方も納得がいくようにじっくり考えていくのでどうでしょうか」
たろうさん:
「必ず言わなければいけないというものではないのですね。少し安心しました。じっくり考えてみます」
Case.1で示したような、一人の遺伝性疾患の診断を契機に家系全体に影響が出るケースは他にもあります。医療的には診断・治療が望ましくても、さまざまな背景からそれをためらったり、その方法やタイミングを調整する必要が出たりすることは珍しくありません。CGCは患者さんやご家族の話を聴き、正確で分かりやすい情報提供を行う中で、本人やその周囲の人々がインフォームド・チョイス(十分な情報提供を受けた上での自律的な意思決定)を行うことを支援します。遺伝学的検査を受けるか受けないか、家族にどう伝えるのか、検査結果をどう使うのかを決めるのには、正しい情報とともに決断を支援するための心理支援が欠かせません。倫理的・社会的課題が起こりやすいゲノム医療の分野でPatient Centricityを実現し、患者さんやご家族の生活を支援するために、伴走者としてCGCの存在が必要とされています。
次回は、昨今ゲノム情報活用の進歩が目覚ましい腫瘍の領域をテーマに、ゲノム医療やそこで生じている課題について解説します。
※1 Konkle BA, Nakaya Fletcher S. Hemophilia A. 2000 Sep 21 [Updated 2023 Jul 27]. In: Adam MP, Feldman J, Mirzaa GM, et al., editors. GeneReviews® [Internet]. Seattle (WA): University of Washington, Seattle; 1993-2025
※2 Bennett RL, Steinhaus KA, Uhrich SB, et al. Recommendations for standardized human pedigree nomenclature. Pedigree Standardization Task Force of the National Society of Genetic Counselors. Am J Hum Genet. 1995;56(3):745-752
※3 福嶋義光、『改訂第3版遺伝カウンセリングマニュアル』、南江堂、2016、p.331
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