
ゲノム医療とPatient Centricity ―認定遺伝カウンセラーの立場から―「newsletter 第1回:先端技術とその落とし穴 ゲノム医療と倫理的・社会的課題」
現在注目を集めるゲノム医療は、その性質から解析や利用に際して倫理的・社会的な課題が指摘されています。ゲノム情報活用の広がりや、それにまつわる倫理的・社会的課題の基礎知識について紹介します。
患者中心の医療を実現するアプローチとして、患者サポートプログラム(Patient Support Program: PSP)の重要性が注目されています。今回のニュースレターでは、有効なPSPの提供のために製薬企業をはじめとするステークホルダーにはどのような取り組みが求められるのかについて解説します。
諸説ありますが、HIV/AIDSの治療法の開発がまさにPSPの起源ではないかと考えています。
1980年代初頭に感染者が発見されてから、40年余りが経過していますが、発見当初はAIDSは発症すると半数が1年で、そのほとんどが2年以内に死亡する病気でした。しかし今では治療の進歩によって、HIV/AIDSの病状と予後は大きく改善の一途をたどっており、「コントロール可能な慢性感染症」と定義されるようになりました。*1
これは、この40年の間にいわゆるPatient Centricの考え方の要素がふんだんに取り込まれた結果ではないかと考えています。Patient Centricityに資する取り組みとして、主に下記4つがあげられます。
日本の医療においてほかの先進国と比べて特徴的な点として、「国民皆保険制度」と「フリーアクセス」があげられます。高額療養費制度もあるため、経済状況に比較左右されず多くの患者が必要な医療を得ることができます。
一方で、治療においては、患者の身体的負担や経済的負担、精神的負担は小さくなく、患者のみならずその家族にも大きくのしかかっています。
そのような患者やその家族のQoLの実現に向けてサポートが必要という考えから、PSPが求められます。
欧米では、以前よりPSPやPatient Centricityの取り組みが進んでいます。国民皆保険制度やフリーアクセスを特徴とする日本の医療制度とは異なりますが、医療へのアクセスのサポートや、患者教育、テクノロジーを活用した遠隔モニタリングやデータジェネレーションの取り組みがなされています。また、患者のサポートだけではなく、より良い医薬品の開発の観点から患者の声を治験に生かすPatient and Public Involvement(PPI)の活動も盛んです。欧米においては、このような活動を通じて医療システムをサポートすることが「社会的価値」として評価されています。
患者中心のPSPとは、患者とその家族を中心として、製薬企業のみならず、医療従事者、医療機関や民間保険会社、テクノロジー企業など、患者に関わる全てのステークホルダーが連携し、患者の声を反映しながらQOL向上に寄与する包括的なサポートを提供するものです。
また、PwCが考える患者中心のPSPにおいては、確定診断がついている患者のみならず、未病や予防という観点から、不調を訴える人や健常者もサービスを提供する対象に含まれています。また、治療のみでなく、生活を送る上で必要なサポートも対象としています。直接治療にあたる医師、薬剤師、看護師などの医療従事者にとどまらず、必要な医薬品を供給することで投薬治療を支援する製薬企業、生活を支える介護職、行政機関などもステークホルダーの一員として位置付けています。その上で、治療効果の向上やステークホルダー間の情報共有を実現するテクノロジー企業やデータサイエンス企業も加われば、より価値あるヘルスケアエコシステムを構築するプラットフォームとしての機能を発揮できると考えます。
製薬企業では、例えば、PSPの取り組みの1つとして、自社の注力領域や対象薬剤の服薬コンプライアンスを向上するための施策を実施しているケースの場合対象が「患者」ではなく「自社製品を服薬している患者」になってしまっているのではないでしょうか?
もちろん、ソリューションを提供するにはコストがかかるため、その費用を捻出するにも自社製品の売上にどれぐらいインパクトを出せるかが重要な評価指標になるのは仕方のないことかもしれませんが、その結果、ROIが見込めず、ソリューション開発を途中で断念する、ソリューションを提供しても十分に利用されないということはないでしょうか?
そもそもソリューションのターゲットは明確になっているでしょうか?ソリューションの提供対象者として確かに「製品を利用している患者」というターゲットの置き方もありますが、BtoCの観点、つまり生活者に向けたサービスとして検討する必要があります。患者の治療フェーズや居住地といったデモグラフィック等々、さまざまな観点を整理してペルソナ像を定義し、各ペルソナ層/群に対してどのようなサービスの提供が最も有用であるかを考える必要があります。
また、サービスの提供において、多くの場合、売上にインパクトがないため予算がつかない、取り組みの予算を対象薬剤の売上の一部として取得していることが多いのではないでしょうか?その場合、薬剤がパテントアウトした際に、そのソリューションは提供が難しくなってしまいます。ソリューションを継続的に提供していくためにも、今後は薬剤の売上の一部で賄うという考えから脱却し、新しいビジネス戦略、モノ売りからコト売りにシフトしていく必要があると言えます。
PSPを実現するには、特に「治療」というフェーズにおいては、製薬企業の視点ではなく、患者の視点と医療従事者の視点を優先する必要があります。また、医薬品(モノ)ビジネスとは異なる、ソリューション(コト・トキ)ビジネスのマインドへの変革として、BtoCの観点を盛り込む必要があります。また、PSPの普及においては診療報酬でのインセンティブ付与も重要であることを考えられるため、製薬企業だけが変わるのではなく、製薬企業から働きかけることで、政策・法規制を変えていくことと、患者が自身の疾患に対する自分事化を高め、より治療へのEngagementや医療への参画を高めることで、よいサイクルが実現できると考えます。
前段でもご説明しましたが、開発したソリューションを持続可能にし、時代に応じて更新していくためにも、こうした取り組みを製薬企業1社が単体で実施していくのは難しいでしょう。ソリューションで患者をサポートするとともに、どのような付加価値の高い体験を提供するか、また、その結果どのような還元を受けるのかを含めて、中長期な視点でソリューションを検討する必要があると言えます。上記を実現していくためには、非製薬企業との協業も必要になってくるのではないでしょうか。また、持続可能という観点では、無償でソリューションを提供し続けるというのは限界があります。付加価値の高い体験の提供が可能になることで、受益者(=患者)から利用料を得るといった考え方も今後必要になってくると考えます。
PSPの取り組みにおいて、製薬企業単体で可能な施策もありますが、医療従事者との連携は必須と言えます。
昨今人材不足等を背景に医療従事者の働き方改革が議論されていますが、例えばPSPのソリューションにより、医療従事者の業務負荷の軽減に寄与することで、例えば、服薬状況や日々の体調などがデータで連携されることで、来院間の状況等が簡単に可視化されることで医療従事者との患者間でコミュニケーションの時間が増えれば、結果として患者はよりよい医療を受けることができるのではないでしょうか。
患者への直接の貢献だけでなく、患者がソリューションを利用することで、各ステークホルダーにどのようなメリットがあるのかも併せて検討が必要と考えます。
以前インタビューをさせていただいた医師の方がおっしゃっていたことでかなり印象的だったのが、1つの疾患領域において、複数の製薬企業が同じようなアプリを個別に持ってきて一緒にやってほしいというが、そもそも医師が見ているのは、△△疾患の患者であって、○○薬剤を利用している患者ではなく、同じようなものを色々持ってこられても実臨床下では浸透しきらないということでした。確かに、疾患によっては、治療薬の切り替えや複数薬剤の併用もあり、各社個別のソリューションではなかなか定着しないでしょう。
もちろん、薬剤の特徴に個別に対応したソリューションの場合もありますが、同じようなソリューションが他薬剤でも活用できるのであれば、例えば協業して導入していくというのも1案なのではないでしょうか。
患者の視点で考えると、疾患によって、治療フェーズによって、薬剤によってアプリを切り替えるといったことほど煩わしいことはないはずです。
1つの疾患に複数の薬剤が存在するように、PSPにおいても1つのソリューションで全ての患者の課題を解決できるわけではありません。前段でも触れたとおり、患者のペルソナや治療フェーズに応じて必要なソリューションは異なるため、ターゲットを明確にし、BtoCの観点でソリューションを検討する必要があります。また、継続的にソリューションを提供していくためにも、いわゆる薬剤の売上の一部で賄うような考え方から脱却し、新しいビジネスモデルを検討する必要があると考えます。
日本の医療はやはり「国民皆保険制度」と「フリーアクセス」が他の先進国と比べても特徴的な点になっています。患者が質の高い医療を比較的安価で受けやすい状況のため、PSPのような支援が当たり前のように無償で提供されると思われがちです。製薬企業側は有償でも利用したいと思ってもらえるソリューションの提供を考える必要があり、患者自身も自身の病気に対して主体性を持ち、社会の健康増進に貢献するといったマインドセットや、医薬品以外の+αについて多少なりとも利用料を支払うという意識を醸成することが求められるようになると考えます。
また、欧米と比較して、日本においてはドラッグラグの問題が再燃しています。冒頭でもご説明したように、患者の声を盛り込んだ医薬品開発も重要なPatient Centricityの要素です。患者自身も課題を整理し、製薬企業と協業していくことが必要になり、患者自身のリテラシーの向上やマインドセットの変革が求められていると言えます。そのためには政策の観点でもどのような変革が必要なのか、ルール/規制の見直しや策定を含め、製薬企業の働きかけが重要になってくるでしょう。
須田 真澄
シニアマネージャー, PwCコンサルティング合同会社
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