5分でわかる!バイオマーカーの今

近年、製薬業界、特に抗がん剤分野におけるイノベーションが加速しています。製薬会社にとって、最も重要なイノベーションとは何でしょうか?それは、効果的かつ安全な薬剤を、適切な患者に届けることだと私は考えます。

効果的かつ安全な薬剤は、これまでにも多く出現

2000年代に出現した「分子標的薬」は、変異のある遺伝子のみに作用する薬剤で、それまでの抗がん剤に比べ、副作用を大きく軽減することが可能になりました。最近では、細胞分裂のブレーキとなるシステムを活性化させる薬剤「免疫チェックポイント阻害薬」や人工的に遺伝子を人体に導入する「遺伝子治療」といった、かつてはサイエンスフィクションのように思われていた画期的な薬剤が登場しています。

抗がん剤の効果は患者それぞれ。では適切な患者とは?

しかしながら画期的な薬剤が、全ての患者にとって有効であるわけではありません。上記のような抗がん剤は、患者を選びます。例えば、ある分子標的薬Aは、患者の腫瘍細胞のBというタンパク質に変異が認められた場合にのみ、劇的な効果が得られることが証明されています。また、ある免疫チェックポイント阻害薬Cにおいては、細胞表面にDというタンパク質が発現しているか否かで薬の効き目が大きく異なることが分かっています。

バイオマーカーにより薬剤の効果が見込める患者を特定

患者の身体的・経済的負担、そして医療費高騰の一因が高額な薬剤費であることを考えると、効果がある程度保証された状況でないと投与できないという考えは、納得のいくものです。そこで、薬剤が効く患者を表すしるし、すなわちバイオマーカーを見つけることが重要になります。Aの例ではB、Cの例ではDが有効なバイオマーカーということです。

バイオマーカーにおけるインベンションとイノベーション

ピーター・ドラッカーは「新しい科学技術を生み出すのがインベンションであり、市場を創出するのがイノベーションである」という言葉を遺しています。バイオマーカー領域では近年、彼の言うインベンションが一層の進化を遂げており、加えて加速度的なイノベーションが起こり始めていると言えます。

インベンションは豊富な情報収集が可能になり患者負担を軽減したこと

バイオマーカー検査の発展により、豊富な情報が得られるようになったことが、科学技術面での革新、すなわちインベンションです。具体的には、シーケンシング技術(Next generation sequencing:NGS※1)の発展により、多数の遺伝子について同時に情報を取得できるようになりました。さらには、これまでの組織切片だけでなく、体液など多種類の検体から高精度の遺伝子情報の取得が可能になり※2、非侵襲的で患者負担の軽い検査法の増加につながっています。これらにより、薬剤投与前の遺伝子情報だけではなく、薬剤投与期間中などについても継続的に大量の遺伝子情報を取得できるようになり、得られる遺伝子情報の豊かさが飛躍的に上昇するという効果を得ています。

NGSの保険適用により巻き起こったイノベーション

2019年にNGSが保険適用になってから、NGSは多くの実臨床の場で利用されるようになり、検査件数が飛躍的に増加しました。このため、より多くの実臨床データ、すなわち患者の治療歴や治療結果と紐づいたバイオマーカーデータが得られるようになりました。現在も保険適用の範囲は拡大しています。

バイオマーカーデータの質と量が向上する今後は製薬会社の競争に影響

こうしたインベンションとイノベーションにより、今後は患者から得られるバイオマーカーデータの質と量が飛躍的に向上することになります。これらのバイオマーカーデータを研究開発に生かすビジネスシステムを確立できるか否かが、製薬会社の競争の明暗を分けるでしょう。

※1:多くの遺伝子配列を同時に解読する(シーケンシングを実施する)技術。今までよりも早く、低コストで遺伝子配列が解読できる。またNGSパネルで数百といった遺伝子の情報が同時に取得できるにようになった

※2:がん組織の個体サンプルだけではなく、採取をするのに患者に負担をかけにくい血液などのサンプルでも高精度の検査ができるようになった

執筆者

PwCコンサルティング合同会社 シニアマネージャー 宋 云柯

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