
ゲノム医療とPatient Centricity ―認定遺伝カウンセラーの立場から―「newsletter 第1回:先端技術とその落とし穴 ゲノム医療と倫理的・社会的課題」
現在注目を集めるゲノム医療は、その性質から解析や利用に際して倫理的・社会的な課題が指摘されています。ゲノム情報活用の広がりや、それにまつわる倫理的・社会的課題の基礎知識について紹介します。
近年、製薬業界、特に抗がん剤分野におけるイノベーションが加速しています。製薬会社にとって、最も重要なイノベーションとは何でしょうか?それは、効果的かつ安全な薬剤を、適切な患者に届けることだと私は考えます。
2000年代に出現した「分子標的薬」は、変異のある遺伝子のみに作用する薬剤で、それまでの抗がん剤に比べ、副作用を大きく軽減することが可能になりました。最近では、細胞分裂のブレーキとなるシステムを活性化させる薬剤「免疫チェックポイント阻害薬」や人工的に遺伝子を人体に導入する「遺伝子治療」といった、かつてはサイエンスフィクションのように思われていた画期的な薬剤が登場しています。
しかしながら画期的な薬剤が、全ての患者にとって有効であるわけではありません。上記のような抗がん剤は、患者を選びます。例えば、ある分子標的薬Aは、患者の腫瘍細胞のBというタンパク質に変異が認められた場合にのみ、劇的な効果が得られることが証明されています。また、ある免疫チェックポイント阻害薬Cにおいては、細胞表面にDというタンパク質が発現しているか否かで薬の効き目が大きく異なることが分かっています。
患者の身体的・経済的負担、そして医療費高騰の一因が高額な薬剤費であることを考えると、効果がある程度保証された状況でないと投与できないという考えは、納得のいくものです。そこで、薬剤が効く患者を表すしるし、すなわちバイオマーカーを見つけることが重要になります。Aの例ではB、Cの例ではDが有効なバイオマーカーということです。
ピーター・ドラッカーは「新しい科学技術を生み出すのがインベンションであり、市場を創出するのがイノベーションである」という言葉を遺しています。バイオマーカー領域では近年、彼の言うインベンションが一層の進化を遂げており、加えて加速度的なイノベーションが起こり始めていると言えます。
バイオマーカー検査の発展により、豊富な情報が得られるようになったことが、科学技術面での革新、すなわちインベンションです。具体的には、シーケンシング技術(Next generation sequencing:NGS※1)の発展により、多数の遺伝子について同時に情報を取得できるようになりました。さらには、これまでの組織切片だけでなく、体液など多種類の検体から高精度の遺伝子情報の取得が可能になり※2、非侵襲的で患者負担の軽い検査法の増加につながっています。これらにより、薬剤投与前の遺伝子情報だけではなく、薬剤投与期間中などについても継続的に大量の遺伝子情報を取得できるようになり、得られる遺伝子情報の豊かさが飛躍的に上昇するという効果を得ています。
2019年にNGSが保険適用になってから、NGSは多くの実臨床の場で利用されるようになり、検査件数が飛躍的に増加しました。このため、より多くの実臨床データ、すなわち患者の治療歴や治療結果と紐づいたバイオマーカーデータが得られるようになりました。現在も保険適用の範囲は拡大しています。
こうしたインベンションとイノベーションにより、今後は患者から得られるバイオマーカーデータの質と量が飛躍的に向上することになります。これらのバイオマーカーデータを研究開発に生かすビジネスシステムを確立できるか否かが、製薬会社の競争の明暗を分けるでしょう。
※1:多くの遺伝子配列を同時に解読する(シーケンシングを実施する)技術。今までよりも早く、低コストで遺伝子配列が解読できる。またNGSパネルで数百といった遺伝子の情報が同時に取得できるにようになった
※2:がん組織の個体サンプルだけではなく、採取をするのに患者に負担をかけにくい血液などのサンプルでも高精度の検査ができるようになった
PwCコンサルティング合同会社 シニアマネージャー 宋 云柯
現在注目を集めるゲノム医療は、その性質から解析や利用に際して倫理的・社会的な課題が指摘されています。ゲノム情報活用の広がりや、それにまつわる倫理的・社会的課題の基礎知識について紹介します。
生成AIの利用機会の増加に伴い実現可能なこと・不可能なことが明確になる中、実施困難なタスクや業務を解決するテクノロジーとしてAI Agentが注目を集めています。製薬企業において期待される活用事例と合わせ、AI Agentの特徴を解説します。
後発医薬品は多くの患者にとって欠かせない存在になっています。しかし、近年の品質不正問題を端緒として後発医薬品の供給不安を招いており、今も解消の目処が立っていません。後発医薬品の供給不安の現状とその背景に迫り、今後の展望を考察します。
従業員のウェルビーイングを向上させることは、メンタルヘルスの不調を予防し、生産性を高めることにつながります。ウェルビーイングの概念を説明し、経営へどのように活かすことができるかを解説します。