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近時、日本を含む世界各国において、ESG/サステナビリティに関する議論が活発化する中、各国政府や関係諸機関において、ESG/サステナビリティに関連する法規制やソフト・ローの制定又は制定の準備が急速に進められています。企業をはじめ様々なステークホルダーにおいてこのような法規制やソフト・ロー(さらにはソフト・ローに至らない議論の状況を含みます。)をタイムリーに把握し、理解しておくことは、サステナビリティ経営を実現するために必要不可欠であるといえます。当法人のESG/サステナビリティ関連法務ニュースレターでは、このようなサステナビリティ経営の実現に資するべく、ESG/サステナビリティに関連する最新の法務上のトピックスをタイムリーに取り上げ、その内容の要点を簡潔に説明して参ります。
今回は、EUの腐敗の防止に関する指令(Directive (EU) 2026/10211)(以下「本指令」といいます。)について紹介します。
2026年5月31日、EUにおいて、新たな腐敗の防止に関する指令が発効しました。腐敗は、組織犯罪等を助長し、法の支配・民主主義・平等・基本的人権を損なうため、EUではその予防・撲滅が重要な課題となっています。本指令は、より効率的かつ効果的に腐敗に対処することを目的として、EU加盟国間で腐敗犯罪の定義を調和させるとともに公的部門・民間部門の双方を対象に犯罪類型・制裁水準・予防枠組みを大幅に強化するものです。
これまで、EUにおいては、腐敗・汚職分野の規制として、民間部門に関する腐敗行為の犯罪化に関する要件を定めた2003年の理事会枠組決定(2003/568/JHA)や一定の腐敗行為を対象とする1997年の欧州共同体公務員又は欧州連合加盟国公務員が関与する汚職行為と闘うための条約2等が存在していました。しかし、これらの既存の規制では、EU加盟国ごとに腐敗・汚職の犯罪の定義や適用範囲にばらつきがあり、異なる管轄当局間での捜査・訴追の協力に隙間が生じていました。本指令は、腐敗分野における犯罪を包括的かつ一貫した枠組みへ再構築するため、既存の規制を置き換えた新たな指令として制定されました。
また、本指令は、腐敗の防止に関する国際的な枠組みである国連腐敗防止条約(UNCAC3)の国際基準を取り込み、EU法秩序を最新化したものとなっています。本指令は、司法・内務分野にオプトアウトを有するデンマークを除き、全てのEU加盟国に適用され4、各加盟国は、本指令を国内法化することが求められます。
本指令においては、腐敗に関して主に以下の内容を犯罪化しており、EU加盟国は、本指令で定義される犯罪を国内法化することが求められます。本指令に定める犯罪類型のうち、特に重要な犯罪の概要について紹介します。
| 対象となる犯罪類型 | |
| 自然人及び法人が処罰の対象となる類型 | 自然人のみが処罰の対象となる類型 |
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公的部門においては、既存の規制である欧州共同体公務員又は欧州連合加盟国公務員が関与する汚職行為と闘うための条約2条及び3条と同様に、故意に贈収賄を行うことを規制しています。本指令では、公的部門における腐敗犯罪に不処罰が生じないよう、公務員(public officials)の概念が明確化され、より広い概念となっています。
本指令における、公務員とは、EU加盟国における国及び地方機関の公務員のみならず、EUの機関や国際裁判所を含む国際機関で働く者も含まれます(Article2(2))。
EU及びEU加盟国において、多くの者が正式な官職に就かずに公的機能を行使しているという実態を踏まえ、任命、選任又は契約に基づき、公的な行政又は司法の正式な職にある者や公的権限を付与され又はその公的サービス機能の遂行に関し公的機関の管理・監督に服する全ての公的サービス提供者も「公務員」と定義しています(Article2(2))。したがって、正式な公務員の職に就いていない場合であっても公的機能を行使する者であれば「公務員」に該当し、公的部門における贈収賄として処罰される可能性が生じることになります。
民間企業の役員や従業員が経済・金融・事業活動の過程でその職務上の義務に違反して行う行為は、民間企業の利益を損なうだけでなく、財・サービスの購入に関する競争を歪め、潜在的競争者及び一般公衆を害し得るものです。そのため、本指令においては、これらの害悪を防止するため、故意に、経済、金融、事業又は商業活動の過程で行われた場合の贈収賄を規制しています。
民間部門における贈収賄については、一部のEU加盟国において既に犯罪化されていましたが、本指令により、EU加盟国全域において、以下の2つの類型が一律で犯罪化されることになります。
不当な利益を得る目的で公的意思決定者に対する影響力を行使することは、公行政の適正な機能を著しく阻害し得るものです。本指令では、このような害悪に適切に対処するため、能動的及び受動的な影響力取引を新たに犯罪として規制しています。これらの行為は、影響力が虚偽であるか、影響力が行使されたか否か又はその影響力が意図した結果をもたらしたか否かにかかわらず、犯罪を構成します。
EU全体で腐敗を防止するため、EU加盟国は、本指令で定義される犯罪に対する刑事上及び非刑事上の制裁の類型及び水準を国内法化することが求められます。
本指令は、EU加盟国に対し、犯罪類型に応じ、個人に対し、原則として懲役3年~5年の範囲を含む刑罰の最低水準の導入を求めています(Article12)。
犯罪類型 |
最低水準 |
公的部門における贈収賄で公務員により行われる作為又は不作為が当該公務員の職務に違反する場合 |
最高刑を少なくとも5年の自由刑とする |
公的部門における贈収賄で公務員により行われる作為又は不作為が当該公務員の職務に違反しない場合 |
最高刑を少なくとも3年の自由刑とする |
民間部門における贈収賄 |
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影響力取引 |
また、腐敗犯罪に対しては、非刑事上の措置に一般的抑止効果があり、有罪となった者の再犯を減少させると考えられています。そのため、本指令は、罪を犯した個人が、その行為の重大性に釣り合う刑事上又は非刑事上の措置の対象となり得ることを確保することも求めています。具体的な措置としては、以下のものが挙げられます。
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(i)公職への就任 (ii)公的サービス機能の行使 (iii)当該加盟国が全部又は一部を所有する法人における地位の保有 (iv)関連する犯罪を生じさせ、又はこれを容易にした事業活動の遂行 |
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本指令は、EU加盟国に対し、以下の場合に法人に対する制裁を定めることを求めています(Article13)。
類型 |
構成要件 |
1 |
①法人内の指導的地位にある者(個人として又は当該法人の機関の一部として行動する者)が ②法人の利益のために ③以下のいずれかに基づき
④本指令に規定する犯罪類型のうち公的職務の違法な行使以外の犯罪が行われた場合 |
2 |
①法人内の指導的地位にある者による監督又は管理の欠缺により、 ②当該者の権限下にある者が ③当該法人の利益のために ④本指令に規定する犯罪類型のうち公的職務の違法な行使以外の犯罪を実行することが可能となった場合 |
本指令による法人の責任については、法人の代わりに賄賂の約束・供与・申出を行う媒介者を利用することにより、法人が責任を回避することはできないことが明記されています(前文(27))。海外で事業を行う際には、現地の慣習をよく知る現地のエージェントが利用されることがありますが、現地のエージェントが慣習に倣って、本指令における犯罪を行った場合も法人が責任を負うことになります。EU域内で現地のエージェントや関連法人により腐敗行為が行われるなど、法人自体が直接的な行為を行っていない場合であっても法人が責任追及を受け得る点に留意が必要です6。
本指令において法人に対する罰金の額は、当該行為の重大性及び当該法人の個別的・財務上の事情に比例したものとすることとされていますが、以下の犯罪については、それぞれ罰金の最高額が次の水準を下回らないことをも求めています(Article14)。本指令に基づき、法人に対する罰金は、その世界売上高を考慮するか、又は固定的上限額に基づいて算定されることになります。
犯罪類型 |
最低水準 |
| 公的部門における贈収賄 Bribery in the public sector (Article3) |
(i)犯罪が行われた事業年度の直前の事業年度又は罰金を科す決定が行われた事業年度の直前の事業年度における、当該法人の全世界売上高の5% 又は (ii)4,000万ユーロに相当する金額 |
| 民間部門における贈収賄 Bribery in the private sector(Article4) |
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| 財産の横領 Misappropriation(Article5) |
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| 影響力取引 Trading in influence(Article6) |
(i)犯罪が行われた事業年度の直前の事業年度又は罰金を科す決定が行われた事業年度の直前の事業年度における、当該法人の全世界売上高の3% 又は (ii)2,400万ユーロに相当する金額 |
| 司法妨害 Obstruction of justice(Article8) |
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| 腐敗犯罪による利得 Enrichment from corruption offences(Article9) |
また、本指令は、行為の重大性に釣り合う非刑事の罰則・措置を含み得ることを確保するために必要な措置を講ずることも求めています。具体的な措置としては、以下のものが挙げられます。
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腐敗に効果的に取り組むためには、予防と取締りの双方の仕組みが必要であり、本指令の下で、EU加盟国は、幅広い予防的、立法的及び協力的措置を講ずることが奨励されています。いずれもEU加盟国に求めている予防措置等になりますので、民間企業に直接的な影響はありません。しかし、専門機関の設置などの以下の措置に伴い、EU加盟国における腐敗の取締等が強化されることが予想されます。
EU加盟国は、情報提供及び啓発キャンペーン等の適切な行動を取り、一般公衆及び民間部門に対し腐敗の影響及び有害性に関する認識を高めることとされています(Article20(1))。例えば、一般に開かれ、分かりやすい言語で行われる啓発キャンペーンやセミナーなどが行われることが想定されます。また、EU加盟国は、定期的に腐敗のリスクが最も高い部門又は職種を特定するための評価を実施し、当該部門又は職種における主なリスクに対処するための措置を策定するものとされています(Article20(5))
EU加盟国は、腐敗の予防及び対策に関する国家戦略を採択し、公表することとされています(Article21)。EU加盟国は、市民社会、反汚職機関又は組織単位、独立した専門家、研究者その他の利害関係者と協議して、国家戦略を策定することが奨励されています。
また、EU加盟国は、以下を含む腐敗の予防を任務とし、腐敗と闘うために必要な専門知識を有する機関を設置することとされています(Article22)。本指令は、必ずしも新たな機関や専門裁判所などの組織を創設することを求めているわけではなく、一つの機関又は組織に予防と取締りの双方の機能を担わせることで足りるとされています。
腐敗犯罪と闘うために必要となる複雑な越境捜査を踏まえ、EU加盟国は、腐敗犯罪を効果的に捜査・訴追できるよう、原則的には、①犯罪が全部又は一部がその領域内で行われた場合及び②犯人が当該加盟国の国民である場合に本指令に規定する犯罪に対する管轄権を確立するために必要な措置を講ずることとされています(Article18(1))。
上記①の「犯罪が全部又は一部がその領域内で行われた場合」については、犯罪がその領域内で使用される情報システムを手段として実行された場合(当該技術が自国領域内に所在するか否かを問いません。)にも管轄権を確立することを確保すべきことが明示されています(前文(33))。
本指令において、EU加盟国は、以下の場合に、領域外で行われた本指令に規定する犯罪に対する管轄権を拡張することできるとされています(Article18(2))。
本指令は、各加盟国が管轄権を拡張することを一律に求めているのではなく、各加盟国に管轄権を拡張するかどうかの決定を求め、EU加盟国が管轄権を拡張する場合には、その旨を欧州委員会に通知することとされています。そのため、各加盟国において管轄権を拡張するかどうか、本指令の国内法化の状況を注視する必要があります。
EU加盟国は、上記4の予防措置等の一部の内容を除き7、2028年6月1日までに本指令に適合させるために必要な法令、規則及び行政上の規定を国内法化することが求められます(Article37)。
これまでも一部の国においては民間部門における贈収賄の規制が設けられていましたが、本指令は、EU加盟国全域において、腐敗犯罪の最低基準を定めるものとなっており、民間部門における贈収賄や影響力取引がEU加盟国全域で犯罪化されることになります。特に、法人の責任については、法人の代わりに賄賂の約束・供与・申出を行う媒介者を利用しても、法人は責任を回避することはできないことが明記されていることから、日本の企業がEU域内で事業を行うに当たり、EU域内のエージェントを利用する場合には、一層の注意が求められます。
さらに、本指令では、法人に対する腐敗犯罪の罰金が全世界売上高を基準として算定されるほか、非刑事上の措置も多数規定されるなど全体として厳罰化が進みます。腐敗犯罪それ自体は、日本の不正競争防止法や米国のForeign Corrupt Practices Act(FCPA)等の既存の贈収賄規制と重なる部分がありますが、本指令により、EU域内で事業を行う企業にとって、腐敗犯罪の違反に問われた場合の影響は極めて大きくなることが予想されます。
なお、本指令において法人に対する制裁を決定するに当たっては、当該法人が腐敗犯罪を防止するための有効な内部統制、倫理・コンプライアンス体制を構築・運用していたことが考慮され得るものとされています(前文(29)、Article16)。そのため、EU域内で事業を行う日本企業においては、腐敗リスクの評価、第三者管理、役職員に対する教育研修、通報制度、モニタリングその他の実効的な腐敗防止コンプライアンス体制を整備・運用することが、違反リスクの低減のみならず、万一の執行局面における制裁軽減の観点からも重要となります。
以上のとおり、本指令は、EUにおける腐敗犯罪の定義を調和させるとともに、公的部門・民間部門の双方を対象に犯罪類型・制裁水準・予防枠組みを大幅に強化するものとなっています。管轄権の拡張など、各加盟国の決定に委ねられている部分も多く、国内法化されるまではEU域内に事業所を有する日本企業に対する影響は明らかでないところもあります。
本指令が国内法化された後は、EU域内で事業を行う企業にとって、腐敗犯罪の予防及び取締の環境が大きく変化することが予想されます。2028年6月を期限とする国内法化完了前であっても、腐敗犯罪の執行強化を見据え、腐敗予防に係る社内のコンプライアンス体制を改めて見直しておくことが望まれます。
1 正式名称はDirective (EU) 2026/1021 of the European Parliament and of the Council of 29 April 2026 on combatting corruption, replacing Council Framework Decision 2003/568/JHA and the Convention on the fight against corruption involving officials of the European Communities or officials of Member States of the European Union and amending Directive (EU) 2017/1371 of the European Parliament and of the Council(https://eur-lex.europa.eu/eli/dir/2026/1021/oj/eng参照)
2 Convention on the fight against corruption involving officials of the European Communities or officials of Member States of the European Union
3 United Nations Convention Against Corruption
4 デンマークについては既存の2つの文書が引き続き適用されます。
5 教唆及び幇助は、公的職務の違法な行使を除く犯罪類型を対象としています。また、未遂は、①腐敗犯罪による利得、②隠匿、③公的部門における贈収賄、民間部門における贈収賄、財産の横領、影響力取引のうち少なくとも1つの計3類型を犯罪化することが求められます。
6 米国のForeign Corrupt Practices Act(FCPA)を始めとする外国公務員贈賄に関する多くの規制においてもエージェント等の第三者を通じた贈賄行為は規制されており、実際にも処分事例が多数存在します。コンプライアンス体制構築の観点からも適切な第三者管理を行うことが肝要となります。
7 本指令においてEU加盟国に求められる措置のうち、腐敗リスクの最も高いセクター・職業を特定するための評価の実施及び主要リスクに対処する措置の策定(Article20(5))や腐敗防止に関する国内戦略の採択・公表(Article21)については、2029年6月1日が国内法化の期限とされており、他の措置と比べて長い転換期間が認められています。
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