M&Aを成功に導くビジネスDD(デューデリジェンス)の進め方【第6回】事業計画とビジネスDD/PMIとビジネスDD

2020-05-13

はじめに

第5回までは、ビジネスDDにおける分析の観点や留意点について解説してきました。第6回では、それら分析を踏まえた事業計画の策定、DD等のエグゼキューションの先にあるPMIに向けビジネスDDで実施すべきことについて解説していきたいと思います。

(1)ビジネスDDにおける事業計画の位置づけ

まずは、ビジネスDDにおける事業計画の位置づけについて解説したいと思います。ビジネスDDでは、一般的にはEBITDAまでのPLについて事業計画を策定することが多く、それはバリュエーションを行う上でのインプットとなります。言及するまでもなく、その重要性は非常に高いです。そのため、第5回までで解説したような分析内容が漏れなく織り込まれている必要がありますし、策定された事業計画の前提条件を十分に説明できる必要もあります。また、ビジネスDDでは対象会社が策定した事業計画を基に、修正を加えていくアプローチを取るケースが多いですが、対象会社(セルサイド)とのバリュエーションに対する認識の違いを理解するうえでも、重要なインプットとなります。

なお、確かにビジネスDDではPLにフォーカスすることが多いものの、場合によってはFDD(財務DD)チームとも連携しながら、BS・CFについても確認をしておく必要があります。例えば、対象会社がベンチャー企業であり先行投資を未だ続けていくような段階、業績が悪化しており資金繰りに懸念が見られるような場合です。これらのようなケースでは、PLのみならずBS・CFも見ておくことが必要になります。

ビジネスDDにおける事業計画は、(第1回でも言及がありましたが)スタンドアローン、シナジーの2つの観点から策定していきます。スタンドアローンでは、ビジネスDDの分析結果を織り込むのは当然ながら、シナジーの想定効果額についても事業計画に織り込むことが重要です。筆者の経験では、事業計画を保守的に策定しようとするあまり、シナジー定量化に十分なリソースを割かないケースが多いように思います。実行しようとしているディールによって得られる果実は何か、そのバリューを定量化することこそが、そのディールを評価する上で最も重要なはずです。

(2)事業計画策定の概要

それでは、策定プロセスを中心に事業計画策定の概要について解説したいと思います。ビジネスDDで策定する事業計画は、先ほど少し言及したように、スクラッチで作成するケースはあまり多くなく、通常は対象会社が策定した事業計画をベースにして進めます。往々にして、対象会社が策定した事業計画はアグレッシブであり、バイサイドの見立てと異なるケースが多いです。ビジネスDDの分析結果に基づいて修正をかけていくことで、「修正事業計画」として策定します。

もう少し具体的に見ていきましょう。まずは、対象会社から提示される事業計画の分析を行っていきます。売上やコストがどのようなロジック(計算式)で作成されているかを詳らかに分解(因数分解)していきます。そうすることで、対象会社が策定した事業計画の前提条件や考えが見えてきます。また、他のデータを組み合わせて様々な観点から見ていくことも重要です。例えば、営業人員ひとりあたりの売上高推移、顧客あたり単価、もう少し角度を変えると顧客数の増加ペース(率)などです。顧客数の増加ペースが加速しているのに営業人員数が横ばい、といったケースではその蓋然性にやや疑義が生じることは想像に難くないでしょう。様々な角度で分析することによって、対象会社の事業計画の蓋然性のみならず事業成長の伸びしろを見ていくこともできます。

対象会社の事業計画の分析が終わったら、いよいよビジネスDDの分析結果に基づいて修正を加えていきます。基本的には、対象会社の事業計画のロジックを踏襲していき、各パラメーターをビジネスDDの結果に基づいて修正していきます。しかし、事業特性を踏まえた時に適さないと判断されれば、バイサイドで独自にロジックを組み立てることもあります。筆者の経験では、国内のディールよりも新興国を対象にしたクロスボーダーでのディールに多いように思います。独自に組み立てる時は、各パラメーターを対象会社の開示資料でもって検証しうるのかを確認する必要があるでしょう。ロジックは事業特性に合致したものである必要があります、このあたりはビジネスDDの経験を積んでいくと勘所を押さえられるようになります。経験が浅いうちは、豊富な知見を持つ専門家等を起用してアドバイスを求めることも一案です。

なお、対象会社が事業計画を策定していないケース、もしくはそのロジックの開示が遅々として進まないケースには、バイサイドにてスクラッチから策定する必要が出てきます。そのような時には、同様に売上やコストを因数分解していき、各因数(パラメーター)の設定をビジネスDDの分析結果に基づいて行っていきます。

では、どのような事項を修正点として織り込んでいくべきでしょうか。ビジネスDDで得られた結果は万遍なく織り込むべきですが、よくある事項として挙がるものは、市場規模の変動、自社のシェア変動、営業パイプラインの積み上げ状況、価格競争のリスク、コストサイドで言えば原料費の増減、人員増加による影響、採用コスト増などです。もちろん、全ての要素を網羅的に定量化することは難しく、一定の仮定を置いたり、推計したりすることが必要になります。修正点を織り込む際には重要なのは、「こういったことが将来の変化点として起こることが想定される時、これだけバリュー(EBITDA額)に影響がある」ということを明らかにすることです。また、当然のことではありますが、ビジネスDDの分析結果と修正事業計画は整合している必要があります。不整合がないかを修正事業計画を策定しながら確認していくことも併せて重要です。

策定していく上での細かい留意点などについては、次回(第7回)でより詳細に具体例を交えながら解説していきたいと思います。

(3)PMIに向けたビジネスDD

次に、PMIに向けビジネスDDで実施しておくべきことについて解説したいと思います。大きく2つの観点があり、一つ目はオペレーション継続上の懸念点の洗い出し、二つ目はディールの目的、即ち「何を買いに行きたいのか?」ということに対する懸念点の洗い出しです。

なお、昨今重要性が高まってきているSDGs等のサステイナビリティ面、実際に統合していく上では企業カルチャーや経営の意思決定に係る価値観の相違など、ともすると分析しにくい事項についても検証していくことが重要です。本稿では、より実務的な観点から解説をしていきますが、こういった事項についてもマネジメントインタビュー等で明らかにすることで、よりスムーズにPMIの実行に移すことができます。

一つ目のオペレーション継続の懸念点ですが、買収後のスムーズな統合のボトルネックになりうるもの、統合作業において過大な費用が発生する可能性があるもの、そもそもオペレーションが滞ってしまうリスクがあるものを中心に見ていきます。第5回「経営力をどうみるか」でも触れた部分でもありますが、本稿ではもう少し細かい視点について解説したいと思います。具体的に見ていくケースがある事項は、経理関連(決算サイクル、取得可能なKPIデータ等)、営業プロセス、サプライチェーン、キーマンの特定とノウハウの脱属人化、システムの接続可否および費用(ITDDとの連携が必要)といったことです。また、他にも金融業であれば与信管理の仕組みなども該当するでしょう。こういった項目における課題を洗い出しておくことができれば、スムーズなPMIに資することができます。

筆者の経験でも、創業オーナー社長の退陣に伴うディールにおいて、買い手企業が「社長がいなくなった際には、どのような影響があり、どのような手当てが必要となるのだろうか?」と懸念されていました。マネジメントインタビューやQAリスト、資料リクエストを通じて、対象会社の営業オペレーション等を細かく棚卸していきました。なお、特に同業他社におけるディールの場合には、独占禁止法などの各種規制に抵触する可能性もあるため、弁護士等の専門家へ確認後、クリーンチームを組成するなどの対応が必要になるケースもあります。

二つ目は、ディールにおける目的に対する懸念点の洗い出しです。例えば、買収によって中小企業向けの営業チャネル獲得を企図しているならば、想定していたような規模感・業種・所在地の顧客をどの程度抱えているのかといった量的な側面に加え、顧客とのつながりの強さ(訪問頻度等)といった質的な側面の両面から検証していくこととなります。

また、見落としがちなのが組織図や業務分掌、権限といった要素です。これらを整理していきながら買収後に実行していきたいこととの紐づけを検討していくと、どのタイミングでどのような人を巻き込むべきか、具体的な進め方のイメージが湧きやすいです。

ただし、筆者の経験では「このディールは、何を買いに行きたいディールなのか」というディールの目的が明確になっているケースはそこまで多くないのが現状です。販路を買いにいくのか、技術を買いにいくのか、規模拡大により投資余力を広げるのかなど、ディールの「目的」を明確にすることが、大前提であり、最重要とも言えます。自社の戦略におけるディールの目的、即ちディールを通じて自社に足りないアセット・ケイパビリティをどのようにして補うのか、これを可能な限りシャープに持っておくことが意味のあるディールの成功に繋がると考えます。

本稿では、ビジネスDDにおける事業計画の位置づけ及び概要、PMIに向けたビジネスDDの実施内容について解説しました。次回は、事業計画について、より実務的な観点から留意事項などについて具体例も交えながら解説していきたいと思います。

このコンテンツはPwCアドバイザリー合同会社のプロフェッショナルによるM&A情報・データサイトMARR Onlineへの寄稿記事です。詳細はこちらからお読みください(要登録/無料)。なお、執筆者の肩書などは執筆時のものです。

執筆者

高橋 正幸

シニアアソシエイト, PwCアドバイザリー合同会社

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