
Worldwide Tax Summary 2025年4月号
本稿では、海外税制(米国、EU、ベトナム、国連)の動向を解説しています。(月刊国際税務 2025年4月号 寄稿)
2020-03-09
第2回では「コマーシャルDDとオペレーショナルDD」と題して、それぞれの実施概要や留意点について解説しました。第3回では、どのように事業構造分析を行っていくのかについて、解説したいと思います。
まずは、ビジネスDDにおける事業構造分析の位置づけについて言及しておきたいと思います。ビジネスDDの目的は、第1回で解説したように対象会社の将来計画を精緻化することです。将来計画の精緻化には、対象会社の深い理解が不可欠です。対象会社の事業構造を外的要因、内的要因の視点で分析を行うことで、対象会社を深く理解することが可能となります。
事業構造分析を行うにあたり、その前段として業界構造分析を行うことで業界全体のメカニズム、競合の動向について整理していきます。業界構造分析では、4つの視点から分析をしていくケースが多いです。①市場成長性、②市場シェア、③バリューチェーン/ビジネスプロセス、そして④新規参入リスクです。これら業界構造分析を基にしながら、事業構造分析として対象会社の競争力を考察します。また、定性的な観点にフォーカスしがちですが、財務面での分析も必要となってきます。それでは、それぞれ詳しく解説していきたいと思います。
まずは、1つ目の市場成長性の分析について解説していきたいと思います。最終的には、市場規模の将来見通しという定量的なアウトプットとして分析結果を整理していくことになりますが、進めるにあたり2つのステップを踏んでいきます。
第2回でも一部言及しましたが、対象となる市場を明らかにすること(セグメンテーション)をまず始めに行います。例えば、アパレルであればSPAとして事業展開するプレイヤーと、ラグジュアリーブランドとして路面店や百貨店等を主要チャネルとしているプレイヤーでは、業界の括りは同じであっても捉えるべき市場の動向が異なることは、想像に難くないと思います。
対象となるセグメントを明らかにした上で、市場成長性について分析を進めていきます。重要なのは背景を詳らかにしていくことです。実務的には、出版されているレポートなどを参考にすることもありますが、レポートなどがない場合には、市場のキードライバー(何によって売上や利益が左右されるか)を明確にし、キードライバーを踏まえてモデルを作成することもあります。また、市場規模や成長率といった数字が分かったから終わりではなく、どういったメカニズムでもって市場規模が変動していくのかまで深掘りします。
市場規模が変動する要因は、当然ながら市場によって全く異なります。したがって、闇雲に分析するのではなく、仮説をもって検証することが重要です。製品やサービスの特徴を踏まえながら仮説を立てていくことがポイントであり、その仮説を定量的な分析や、エキスパートインタビュー等によって検証します。よくある落とし穴は、「過去がこうだった」ということを基に将来の見通しを立ててしまうことです。要因を洗い出すことは重要ですが、その要因を踏まえた上で「将来はどうなりそうか?」という視点を忘れないことが肝要です。また、市場規模は用途先市場の影響を強く受けますが、他にも規制による影響、代替品による市場縮小、法人向けビジネスサービスであれば人材不足の影響など、市場規模に影響を与える要因は幅広く存在します。それらを構造的に捉え、市場規模を変動させるメカニズムとして理解することが重要です。
また、立ち上がったばかりの市場であれば、その成長余白がどのくらいあるのか(浸透率はどの程度なのか)という観点からも検証する必要があります。これまで市場拡大を牽引してきたのは、どういった顧客層かということを紐解いていくことで、市場規模の上限を見通すことができ、成長余白を把握できます。その上で、仮に他の顧客層にも浸透していきそうなのであれば、異なる顧客層も購買すると考える背景まで踏み込み、より精緻に成長余白に対する見立てを持つことができます。
2つ目は、市場シェアです。現在の状況と過去からの推移を切り口にしていくことで、その業界がどのような競争をしているのかを炙り出していきます。また、その際にはどういうプレイヤーが市場に存在し、そのプレイヤーがどのような戦略で事業を展開していっているか/いこうとしているかについて理解することが求められます。例えば、寡占市場なのか、もしくは分散型(フラグメンテッド)な市場であるのかによって、その競争環境は大きく異なるでしょう。プラットフォームビジネスのようにトッププレイヤーが大きな市場シェアを握るような構造の場合には、(トップシェアでないプレイヤーは)市場成長よりも高い成長を達成していくことは難しいのではないかと想定されますし、逆にフラグメンテッドな構造であれば、競合同士は棲み分けているのか、そうであるならば背景にあるメカニズムはなにかといった観点からの深掘りが必要です。現在の状況というスナップショットで分析していくことも重要ですが、プレイヤーの戦略や過去からの推移も見ることで、将来の見通しに対する示唆を得ていくことができます。
3つ目は、バリューチェーン/ビジネスプロセスです。バリューチェーンの観点では、売り手(仕入れ先)と買い手(顧客)とのパワーバランスを紐解いていきます。例えば、数少ない顧客によって成立している業界であれば当然ながら価格交渉力の強さから売価下落など収益性は下がっていくリスクは相対的に高いでしょう。顧客サイドの圧力によって売価下落が発生するケースもありますが、当該業界の競争激化によって価格競争が発生するケースもあります。需給バランスが崩れた際に、生産キャパシティを埋めるために安価で受注するプレイヤーが現れることもありえます。さらに、原価の変動をどこまで価格に転嫁しうるのかについても検証していく必要があるでしょう。昨今は人材不足がどの業界でも発生しており、特に労働集約型の事業である場合については、人件費の上昇分をどこまで顧客へ転嫁できるのかを検証していきます。
また、ビジネスプロセスの観点では、各プロセスにおける競合の取り組みを整理していきます。そうすることで、業界における付加価値の源泉や大きなトレンドを把握していく上での示唆を得ることができますし、プレイヤーごとの戦い方(競争優位を産み出している仕組み)の違いも炙り出されていきます。特に、高い市場シェアを握っているトッププレイヤーの戦い方を詳らかに見ていくことで、その業界における勝ちパターンも見えてきます。また、2番手・3番手プレイヤーと、トッププレイヤーの戦い方がどのように違うのかという観点でも分析を行う必要があるでしょう。
4つ目は、新規参入プレイヤーによる競争激化等のリスクです。特に製造業においては技術的な観点からの分析も必要となるケースもあるためハードルが高いように思われますが、丁寧に分析していく必要がある重要な論点です。分析していくにあたり、新規参入しうるプレイヤーがいそうか、仮に参入した時のハードルはどの程度か、という2つの観点で見ていくことが多いです。
デスクトップリサーチやエキスパートインタビューを通じて新規参入の可能性を見ていくことになりますが、外形的な情報から初期的に見立てを持つことはできます。相応の規模の市場が急速に成長している場合、市場での勝ち組プレイヤーが定まり切っていない場合など、新規参入を考えているプレイヤーにとって魅力的な市場であり、勝ち残っていく余白が残されている時には、特に注意して分析を進めていくべきです。
もう一つの観点、参入時のハードルです。ケイパビリティ(技術やオペレーションなど)、アセット(ノウハウやデータなど)、顧客基盤といった様々な要素が参入時のハードルとなりえますが、重要なのは模倣の難易度です。言い換えるならば、その市場において先行者へ追いつくことの難しさです。また、社会インフラ関連など公共性が強い業界、求められる技術水準が非常に高い業界では、その業界における実績がなければ参入すること自体が困難な場合もあります。
これまでの業界構造分析の内容に基づき、事業構造分析として、分析の内容が対象会社にどのような影響を与える可能性があるのかについて考察を深めていきます。
業界構造分析で得られた分析結果のなかでも、市場シェア、バリューチェーン/ビジネスプロセス、新規参入リスクについて対象会社の状況を見ていきます(市場成長性については、対象会社が受ける固有の影響が大きい場合には、同様にみていきます)。市場シェアでは、対象会社がどの位置にいるのかを見ていくことになりますが、特に寡占市場において2番手・3番手プレイヤーとなっている場合には注意が必要です。過去推移から見ていくことで、その2番手・3番手のポジションを継続できているのか、継続できているのならば、その背景を深堀していくことで、今後も安定して得ていくことができるのかについて示唆を得ることができるでしょう。
バリューチェーン/ビジネスプロセスでは、こちらも同様に業界構造分析の内容を踏まえ、対象会社に与える固有の影響を見ていきます。業界全体のパワーバランスのなかで対象会社も同様に強い圧力を受けているのか、もしくは、対象会社固有の競争優位性によって打ち返すことができているのか、といったように丁寧に紐解いていきます。例えば、製造業では業界全体では買い手からの価格低下圧力があるなか、対象会社のみが顧客の上流工程(設計など)に入り込んでいることから、価格低下を避けられているケースもありえます。また、ビジネスプロセスの観点から競合の取り組み・動向を整理した内容を対象会社に照らし合わせてみることで、対象会社の強み・弱みのみならず、その背景を明らかにしていくことができます。
新規参入リスクについては、業界構造分析から抽出された新規参入プレイヤーにとっての参入障壁を踏まえながら考察していきます。対象会社が参入障壁となるであろう要素に強みを持っているのであれば、当然ながらそのリスクは低いと言えるでしょうし、その逆もまた然りです。見立てを得ることが難しいように思われがちですが、業界構造分析で、何が参入障壁となっているかをどれだけ丁寧に紐解いておくことができているかが重要であります。
あわせて、財務面での分析も必要です。細かい分析を積み上げていく訳ではなく、大枠の特徴を掴むことが重要です。大きく2つの観点から見ていくことが多いでしょう。1つ目は、コスト構造です。例えば、労働集約で人件費が重いのか、もしくは広告宣伝費が重いのか、PLの過去推移を見ていきながら特徴を掴んでいきます。2つ目は、BSの構造です。多くのCapex(Capital Expenditure:資本的支出、設備投資)を必要とするアセットヘビーな事業なのか、もしくは多くの在庫を抱えるリスクを取る必要がある事業なのか、こちらも同様に各プレイヤーのBSを見て行きながら事業の特徴を掴みます。思いのほか事業の特徴は財務に現れることが多く、定性面だけではなく財務のような定量面も見ていくことで重要な発見を得ることもあります。
業界構造分析を基に、対象会社の事業構造を明らかにしていく。その結果として、対象会社の事業はどういうメカニズムで成り立っているのかを理解していくことが可能となります。
以上、事業構造分析について解説しました。第2回でも言及しましたが、特に事業構造分析は案件によって分析アプローチの濃淡の付け方が異なり、案件の特徴を踏まえながら進めていく必要があります。第4回では、対象会社の競争力をどう見ていくのかということについて解説していきます。
このコンテンツはPwCアドバイザリー合同会社のプロフェッショナルによるM&A情報・データサイトMARR Onlineへの寄稿記事です。詳細はこちらからお読みください(要登録/無料)。なお、執筆者の肩書などは執筆時のものです。
シニアアソシエイト, PwCアドバイザリー合同会社
本稿では、海外税制(米国、EU、ベトナム、国連)の動向を解説しています。(月刊国際税務 2025年4月号 寄稿)
日本の物流業界は今、これまでにない大きな転換期を迎えています。精力的な動きをしている食品業界について、現状や課題、今後の方向性やあるべき姿などを解説します。(Logistics Today 2025年2月27日寄稿)
生成AIを中心に新たなテクノロジーがマーケットに展開され、HRテクノロジーへの期待が高まっています。PwCが実施した2つの調査結果を基に、HRテック導入の際の5つのポイントについて解説します。
PwC Japan有限責任監査法人が発表した、2030年に向けた中期経営ビジョン「Assurance Vision 2030」について、2025年の取り組みをご紹介します。(旬刊経理情報 2025年4月1日号 寄稿)
2025年のプライベート・キャピタルにおけるM&Aは、業界を統合するような取引や業界の再編によって2024年来の世界的に活発な活動が継続し、加速すると予想されます。
金融サービス業はマクロ経済情勢や地政学的緊張による不確実性に引き続き直面しているものの、メガディールの復活とディール金額の増大に伴い、2025年にはM&Aが活発化するとの楽観的な見通しが広まっています。
AIブーム、テクノロジーとビジネスモデルの継続的なディスラプションに伴い、テクノロジー・メディア・情報通信(TMT)分野のM&Aは2025年も活発に行われる見込みです。
消費者心理はパンデミック後のインフレと金利の急上昇から完全には回復していないものの、消費者市場のディールメーキングは2025年に回復の兆しを見せ始めています。