M&Aを成功に導くビジネスDD(デューデリジェンス)の進め方【第5回】経営力をどう見るか

2020-04-22

前回は、企業/事業の競争力について考えました。また、これまでの連載では、DDにおいて、事業をどう評価するかを中心に記載をしてきました。今回は、「経営力」に焦点をあてたいと思います。ビジネスDDにおいて、経営力に関してどう評価していくか、何を論点としていくべきかを考えてみたいと思います。

(1)事業と経営、経営力

  • 最初に、事業と経営について定義をしておきたいと思います。例えば戦略においても「事業戦略」と「経営戦略」があります。企業の体制においても「事業体制」と「経営体制」があります。事業と経営の違いは何でしょうか。いろいろな考え方や定義があると思いますが、ここでは、事業とは収益を生み出す直接的な活動であり、経営とは事業を遂行する上で必要なすべての要素としたいと思います。誤解を恐れず言うならば、事業とはPLを中心に議論するものであり、経営とはPL、BS、CFのすべてにおいて、その関係も踏まえて議論するものだということです。
  • したがって、事業について考える際には、どのようにして収益を最大化するかというビジネスとしての視点が重要なのに対し、経営では、事業も包含したうえで企業の活動をどう最適化するかという視点が重要になります。具体的には、ガバナンス、ITシステム、組織人事、資本、税などが経営について考えるうえで、事業に加えて考えるべき重要なキーワードとなります。また、最近だとESGやSDG’sなども重要なキーワードでしょう。
  • ここで、事業と経営をM&Aの文脈から考えてみたいと思います。当然の事ながら、M&Aにおいて事業というキーワードは極めて重要です。多くのM&Aの目的が自社の事業を強化する(≒収益を最大化する、事業価値を最大化する)ことだからです。したがって、ビジネスDDにおいて、議論の中心が対象企業の行う事業に置かれることが多いのは当然のように思えます。
  • それでは、経営はどうでしょうか。経営力を「経営を行う能力」という定義をすると、M&Aにおいて、経営力を見極めることは極めて重要な意味を持つと思います。経営とは事業を遂行する上で必要なすべての要素であるということを考えると、M&Aを通じて事業を強化する為には、経営力がいかに大切かは自明だと思います。
  • しかしながら、ビジネスDDにおいて、対象会社の経営力について議論をする局面はそれほど多くないのではないでしょうか。例えば、「経営はM&Aの後に自社の役員を派遣するから問題ない」とか「システムをつなげば対象会社の経営状況は把握できるから問題ない」といった理解で、対象会社に経営力があるか否かについては議論が十分にされていないことも多いのではないでしょうか。事業の遂行を支えるのが経営です。したがって、ビジネスDDにおいても、経営力に関する視点は必要なのではないでしょうか。
  • 経営力に関する議論は、どちらかというと、PMIの議論の中でされることが多いかもしれません。PMIで議論が必要だということであるならば、PMIでの重要論点をあぶりだすことがDDでの目的の一つであることを勘案すると、ビジネスDDにおいて、経営力に関する意識はもっと強く持ってもいいのではないでしょうか。

(2)ビジネスDDにおける経営力の評価

  • それでは、ビジネスDDにおいて、どう経営力を評価していくべきかについて考えてみましょう。ビジネスDDにおいて、経営力の評価で必要な事項は大きく2つあると思います。一つは、事業計画実現の蓋然性を左右する、事業遂行を支える「経営基盤の確認」、もう一つは、投資後に自社の経営水準に見合う経営力を整備するために必要な「経営資源の明確化」になります。この二つを行う究極的な目的は一つになるかもしれません。それは投資後に想定しているシナジーを確実に実現させることです。投資後のシナジーが想定したほどは実現せず、最悪の場合、減損につながるというケースは少なからず見受けられます。そのようなことを回避するためにも、ビジネスDDで対象会社の経営力について、きちんと把握することは重要になると思います。
  • 「経営基盤の確認」ですが、具体的には、ビジネスDDではどのようなことを分析していくべきでしょうか。「経営層の実力」「ガバナンス」「ITシステム」「組織人事」「サステナビリティ」などが主な項目だと思います。そのうち、「ITシステム」はITDDで、「組織人事」は人事DDで、「サステナビリティ」は文字通りサステナビリティDDで主に実施することになると思います。したがって、ビジネスDDでは、対象企業でITシステムなど、それらの項目について、通常業務として対応する体制や人材が十分に整っているかを確認することになります。そのため、経営力に関して、ビジネスDDでは、主に「経営層の実力」「ガバナンス」についてみていくことになります。
  • それでは「経営層の実力」はどう分析していくべきでしょうか。実際、分析はなかなか難しいと思いますが、よく実施するのは、現時点の経営層が中期経営計画や単年度計画などをどの程度達成できたかです。結果から判断するということになります。当然、外部環境変化等もあり、必ずしも「計画未達だから経営力がない」とはなりません。しかしながら、度々計画未達となっている場合には、対象会社の経営層になんらかの課題が存在していると考えたほうがいいでしょう。その場合は、経営層の交代も含め、何らかの抜本的な改善が必要となります。これはPMIの際には大きな項目となります。仮に対象会社の経営層よりも経営者として優れた人材が自社に見当たらない場合、外部から招聘してでもそのM&Aを実施すべきか、経営層の実力が不足していることが致命的な問題点となるかをよく検討することが必要です。
  • 「ガバナンス」についてはどうでしょうか。「ガバナンス」も様々な意味で使われる言葉です。ここでは、「ガバナンス」を経営を行う上で必要な仕組みと定義します。その仕組みはダッシュボードのようなBIツール(ビジネスインテリジェンスツール)、会議体といった目に見える仕組みと、求心力といった目に見えない仕組みに分けられます。目に見える仕組みに関しては、そもそも仕組み自体が存在するかを確認します。次に、その仕組みが有効に機能しているかを見極めます。例えば、BIツールだと、BIツールが存在するか、存在している場合、それをどういう風に活用しているかをヒアリングなどを通じて、明らかにしていきます。会議体ではそもそも会議体は必要かつ十分に設定されているか、無駄な会議体は存在していないかを見ていきます。また、会議体の出席メンバーが必要なメンバーで構成されているかも見ていく必要があります。よくあるのが、BIツールはあるが使っていない、会議は報告会になっており、実態は会議で議論や意思決定が行われていない、どの会議も同じメンバーが出席しており議論が偏っているといった状態です。これでは仕組みが機能しているとは言えないでしょう。目に見えない仕組みに関しては注意が必要です。属人的なものが多く、ある時点では機能していても人が変われば簡単に機能しなくなることが多いからです。ある部長の元では一体感があり業績も良かった部署が、部長が変わった途端に業績が悪化していくといったことは現実に少なからず見受けられます。このようにして浮かび上がった課題に対して、投資後に対応可能かどうか、対応に必要な手間や費用はどの程度なのかを検討してくことが求められます。
  • また、対象会社本体だけではなく、子会社や関連会社に関しても上述のような視点でガバナンスについて分析することが必要です。特に注意が必要なのが、対象会社本体と子会社や関連会社との関係です。一言でいうと、活動を把握しきれなくなる土壌はないかということです。子会社管理規程などはあるか、KPIは適切に設定されているか、経営状態をタイムリーにモニタリングできるか、対象会社本体との一体感、グループ意識はあるかなどを確認していくことになります。
  • ここで難しいのが、管理とガバナンスは異なるということです。必ずしもすべてにおいて強い管理状態が良いということではありません。自由度や柔軟性が企業の活力につながっている場合があります。特に新しい発想を求められる事業やスピード感が重要な事業に関しては、強い管理状態がマイナスに働くことも多々あります。すなわち「適切さ」ということが重要になります。その適切さは企業や事業のステージ(立ち上げ期、成長期、成熟期、衰退期など)や位置づけによって異なります。その都度、どのようなガバナンスの状態が望ましいのかを考えていくことが求められます。そのうえで、過不足に関してはPMIでどう対応していくかを検討してくことになります。

今回は、ビジネスDDにおける経営力に関して考えてみました。次回は今回も触れた事業計画とビジネスDD、PMIとビジネスDDの関係性について考えてみたいと思います。

このコンテンツはPwCアドバイザリー合同会社のプロフェッショナルによるM&A情報・データサイトMARR Onlineへの寄稿記事です。詳細はこちらからお読みください(要登録/無料)。なお、執筆者の肩書などは執筆時のものです。

本ページに関するお問い合わせ

We unite expertise and tech so you can outthink, outpace and outperform
See how