
マネー・ローンダリング等に関するリスクの特定・評価方法について―リスク評価書策定の留意点―
金融庁は、「マネロン等対策の有効性検証に関する対話のための論点・プラクティスの整理」を公表しました。リスク評価書の策定に当たっての留意点を解説します。
2024-03-05
企業会計基準委員会(ASBJ)において、予想信用損失(ECL)に基づく新たな金融商品の減損基準の開発に係る検討が進められている。折しも日本では、ゼロゼロ融資の返済が本格化し、インフレ率や金利が上昇傾向にあることから、企業の倒産件数も増加傾向にある。海外金融機関の状況・事例を踏まえると、国内金融機関には、開発中の新基準に沿った引当のための態勢整備を適切に進めることで、適時適切な開示を実現するとともに、途上与信管理や融資ポートフォリオのパフォーマンス管理などの能力向上につなげていくことが期待される。
2020年に導入されたゼロゼロ融資(実質無利子・無担保融資)の受け付けが22年9月に終了し、利子免除期間の終了に伴う利払い負担の増加もある中で、中小企業の倒産が増加している。国内では約15年ぶりに中長期ゾーンの金利が上昇傾向にあり、それに伴って企業の今後の支払金利負担や資金繰りの懸念も出てきている中で、今後、さらなるデフォルト増加の可能性も考えられる。
また、コーポレートガバナンス強化に関連する議論の中では、銀行に限らず上場企業全般におけるPBR(株価純資産倍率)やROE(自己資本利益率)の低迷を指摘する声があり、企業価値向上や資本効率改善に関する期待が高まっている。銀行の対応としては、目先の期間収益ではなく、長期的な企業価値を引き上げていくための戦略・施策が欠かせない。融資戦略においても、長期的な融資ポートフォリオの評価をベースに、個別融資先(点)だけではなく、サプライチェーン(線)や地域(面)での価値創造を念頭に置いた戦略性のある対応が必要となっている。
さらに、社会的なインフラとしての側面を有する銀行にとっては、サステナビリティーの要素は切っても切れない関係にある。気候変動をはじめとするサステナビリティーに関する環境変化の影響やその対応は、業種や地域によっても異なる。気候変動等の融資先への影響を取り込んで長期の信用力を分析した上で、融資方針等に反映していくことが期待される。
これらの要素は、融資について、よりフォワードルッキングな分析・評価・対応が求められる要因となっている。
ステップ |
検討事項 |
1 | ECL(IFRS基準)とCECL(米国会計基準) のどちらのモデルを開発の基礎とするかの選択 |
2 | 金融機関の貸付金に適用される会計基準の開発 (国際的な比較可能性を確保することを重視し、国際的な 会計基準と遜色がないと認められる会計基準、すなわち、 IFRS第9号を適用した場合と同じ実務及び結果となると 認められる会計基準) |
3 | ステップ2を適用する金融機関の貸付金以外への適用の検討 |
4 | 金融機関に適用される会計基準の開発 (IFRS第9号を出発点として、適切な引当水準を 確保したうえで実務負担に配慮した会計基準) |
5 | 一般事業会社に関する検討 |
6 | 公開草案の公表 |
(出所) ASBJ審議資料
ここで、ASBJにおいて行われている金融商品会計基準の改正に関する議論の現状について触れておきたい(23年12月までの状況等に基づく)。新基準の開発に当たっては、図表1の六つのステップで検討が行われており、ステップ1において、IFRS第9号「金融商品」の相対的アプローチを採用したECLモデルを開発の基礎として検討を進めていくことが決定されている。
現在、ステップ2において議論されているECLモデルの主な特徴は二つある。
一つ目は、金融商品の当初取得時以降に信用リスクに著しい増大があった場合(ステージ2)に、金融資産の全期間のECLを引当金として計上することである(信用リスクが著しく増大していないステージ1の場合は12カ月のECLを計上する)。これは、取得時点対比で見た評価時点の相対的な信用リスクの悪化の程度によって債権を分類する必要があることから、相対的アプローチと呼ばれている。なお、信用リスクの著しい増大の有無は、債権単位のデフォルト確率を比較して判定する必要がある。
二つ目は、ECLの測定に対して、将来予測情報を考慮することである。過去のマクロ経済指標と信用リスクパラメーター(デフォルト確率(PD)等)の相関関係から統計モデルを構築し、当該モデルに将来のマクロ経済指標を投入することによりECLを推計する。将来のマクロ経済指標については、複数のシナリオを用いる。
このように、ステップ2で議論されているECLモデルは、欧州を中心に適用されているIFRS第9号のECLモデルに近似している。なお、改正基準は現在審議中であり、適用時期は未定だが、準備には相応の期間を要すると考えられている。
ECLベースの減損をすでに導入している欧州や米国では、大手を中心に、財務報告のみならず、融資評価・審査、融資プライシング、途上管理などにおいてECLに基づく評価・管理が行われている。多くの銀行が、IFRS第9号や米国会計基準CECL(現在予想信用損失)の導入の際に、財務報告と経営管理(融資管理、リスク管理、バーゼル規制)について共通の評価インフラを整備した。
これにより、融資ポートフォリオの価値評価やそれに基づく与信運営について、対外的にも説明しやすくなった。経営管理と財務報告の基準に一定の差異はあるものの、データや計算エンジンなどの共通インフラを整えた上で、基準による差異を明確に整理するなどの工夫を通じて、説明能力を向上させることにつながった。
国際会計基準審議会(IASB)は、IFRS第9号の適用後レビューの過程において、利害関係者に対してIFRS第9号の適用状況に関する情報要請を実施している。欧州の銀行業界からIASBに寄せられたコメントレターを見ると、「従来のIAS第39号に比べて適時に損失を認識し、財務報告の利用者に、より有用な情報を提供している」「モデルの構築と更新は、IFRS第9号がなくても、リスク管理と規制の観点から本質的に必要であったため、対応コストが過度な負担になったとは考えていない」といった意見が見受けられる。ただし、ステージ判定(相対的アプローチ)については、信用リスクの著しい増大に関する銀行間の考え方や評価基準の違いを踏まえ、比較可能性の問題を指摘する声もある。
ECLモデルにおける環境リスクへの対応状況については、欧州中央銀行(ECB)が23年5月に公表した調査結果(注)によると、欧州51行の20%が環境リスクを何らかのかたちでIFRS第9号のECLに反映しているが、80%は反映していない(もしくは未回答)。ECLモデルにおける環境リスクへの対応は欧州においても発展途上と考えられるが、対応を進めるべきとの声も聞かれており、今後大きく進展が図られる領域と考えられる。
これらを踏まえると、欧米を中心とした銀行業界におけるECLモデルの定着と高度化への流れは不可逆的である。国内銀行、特にグローバルに活動する銀行においては、ECLモデルへの対応を通じて、財務諸表の比較可能性の向上やリスク管理の高度化を図っていく必要があると考えられる。
IFRS第9号の導入(18年)、CECLの導入(20年)を受け、欧米のグローバル銀行は数年をかけて図表2のような態勢整備を行っている。その上で、図表3のようなECLを統合した経営管理フレームワークが構築された。信用リスクパラメーター(PD、LGD=デフォルト時損失率、EAD=デフォルト時エクスポージャー)算定のベースとなるデータやモデルが共有化されていることから、財務報告と規制対応などで算定基準が異なる場合でも、その乖離の影響などが理解・説明しやすいかたちが志向されている。
従来、国内金融機関は、財務報告と(リスク管理を含む)経営管理を行うに当たり、信用損失や信用リスクに係る計数の整合性確保、乖離に関する明快な分析・説明に難しい面があった。これに対し、欧米金融機関は、IFRS第9号やCECLの導入を機に、財務とリスク(および融資実務)の統合を進め、経営管理の実効性、対外的な説明能力を向上させてきている。
国内金融機関においても、ECLに基づく減損を財務報告対応で終わらせることなく、財務報告と経営管理の統合に向けた契機と捉えるべきではないだろうか。データや計算エンジンなどの共通インフラを整備した上で、考え方やルールによる違いの部分を明快に整理しておくことにより、一貫性のある融資管理や内外説明を実現していくことが期待される。
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(注) 1~7はおおよその手順を示してはいるものの、対応内容や手順詳細は銀行によって異なる。
(出所)筆者作成(図表3も同じ)
(注)
“Overlays and in-model adjustments: identifying best practices for capturing novel risks” THE SUPERVISION BLOG
※本稿は、週刊金融財政事情 2024年2月6日号に掲載された記事を転載したものです。
※本記事は、週刊金融財政事情の許諾を得て掲載しています。無断複製・転載はお控えください。
※法人名、役職などは掲載当時のものです。
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