
AIを当たり前に使う社会では、通信環境は「つながる」だけでなく、そのネットワークの利活用を効率化したり、新たなサービスを創出したりすることによって顧客体験を高めていくことが求められます。
PwCコンサルティングは、通信事業者に向けてAI戦略の立案や実行、それに伴う組織や事業の変革を支援しています。
テレコム業界の変革「Telecom transformation」をテーマとするシリーズの第4回目は、AI領域のプロフェッショナルとともに、通信事業者のAI戦略と、今後の事業のあり方と課題について語りました。
(左から)外園 雄一、岡田 太郎
▼プロフィール
PwCコンサルティング合同会社
ディレクター
外園 雄一
聞き手(ナビゲーター)
PwCコンサルティング合同会社
ディレクター
岡田 太郎
岡田:
外園さんは、大手通信事業者のシステム部門に在籍し、そのころからAIに関わる業務に携わってきた経験があります。AIは、今でこそあらゆる企業が注目するテーマですが、通信業界ではいつごろからAI活用に取り組んできたのでしょうか。
外園:
私は新入社員で通信事業者に入社し、情報システム部門でサーバーの運用やシステム開発のプロジェクトに従事しました。当時からAIを活用したシステムを複数担当していましたので、今ほどではないにしても注目されている技術の1つだったことは間違いありません。通信業界内ではチャットボットの活用やお客さまの属性に合わせたサービスの提供など、さまざまな形での効率化やサービスの品質向上におけるAI活用が進み始めていました。
岡田:
直近では生成AIの普及やAIエージェントの登場によってあらゆる業種でAI活用の取り組みが加速しています。AIによる既存業務の効率化や、AIを使った新たなサービスの創出などの点で、通信事業者のビジネスモデルが再構築され始めているのもまさに今という状況なのかなと感じます。
外園:
そうですね。通信事業者は、安定的かつ広範囲で「つながる」ことが大きな価値でしたが、各社の努力によって接続そのものの価値はコモディティ化されています。ユーザーに新たな価値を提供する一手として、AIの期待は高まっていると感じます。
PwCコンサルティング合同会社 ディレクター 外園 雄一
岡田:
通信事業者はどのようなAI戦略を掲げているのでしょうか。
外園:
戦略の方向性は各社で異なりますが、共通しているのは、LLM(大規模言語モデル)の開発や投資、AIによる既存業務の効率化などです。また、通信事業者は膨大な量のデータを扱い、生成AIの時代ではデータセンターの利用も増えます。そこで使われるエネルギーは環境負荷要因になるため、CO2排出量をどうやって減らし、どう抑えるかといったカーボンニュートラルの施策を考えたり、AIでコントロールしたりするといった取り組みも共通しています。
岡田:
私は、通信におけるUI・UXが根本的に変化すると思いますね。「ヒトがAIに仕事を奪われた」と言う前に、もっと新しい「ヒト」の体験をどう実現するかを深く考えなければならない。
ユーザーの体験はどのように変わっていくでしょうか。
外園:
LLMの進化によってAIアシスタントを利用したサービスが拡充し、顧客体験が向上すると思います。通信事業者が持つ膨大なデータを活用して、パーソナライズしたサービス、即時対応、言語の壁の撤廃、セキュリティなども進化し、さらには、生成AI活用ならではの新たなサービスも生まれると思います。
岡田:
通信事業者の中期計画におけるAI戦略にはどのような方向性がありますか。
外園:
各社の中期経営計画などを見ると、6Gなど次世代通信の到来を見据えてインフラ機能を拡充していく戦略、通信事業と別の事業の組み合わせによって新たなAIサービスを生み出していく戦略、AI技術を持つ企業との提携や投資に注力していく戦略などがあります。
岡田:
そのような戦略を推進していくためには、かなり多様なケイパビリティを集めなくてはならないし、リソースの振り分け方や組織体制なども変わっていきますね。
外園:
そうですね。従来の通信事業では、店舗やオンラインでの携帯電話端末の販売や、コンタクトセンターでの問い合わせ対応などに一定のリソースを割いてきました。今後はユーザーの生活に深く入り込むことや、ユーザーの情報をどれだけ多く、どのような方法で取得するかが重要になっていくはずです。
これら業務を全て自社で行うのは難しいため、M&Aや業界外企業との提携などによってインオーガニックの技術を取り込む動きがより加速していくと考えています。
PwCコンサルティング合同会社 ディレクター 岡田 太郎
岡田:
AIを当たり前に使う社会へと変わっていく中で、事業ポートフォリオや組織体制を変革していくためにはどのようなポイントがありますか。
外園:
これは通信事業者に限りませんが、ポイントは2つあると思っています。
1つ目は、市場の変化に速く、幅広く対応することです。市場の変化や各社の事業戦略に合わせ、人材や組織の転換、人の育成とマネジメント、顧客接点、顧客体験の再定義を進めていくことが重要で、その過程では、通信業界以外の業界や企業との連携も必要になるでしょう。
2つ目は、信頼性の担保です。例えば、ユーザーからの問い合わせ対応をAIに任せた場合、本当にその内容が正しいのか、信頼性はあるかといった課題があります。AI活用のガイドラインを持ち、社内で一定のガバナンスや検証の基準を作り、自分たちでウォッチする必要があります。
岡田:
通信業界全体で見ると、事業の変革や新たな事業創出に対してコンサバティブな姿勢がややあると思っています。安全と安定が重要なインフラ事業者としてはその姿勢が不可欠ですが、コンサバであるが故に自らを変化させていく積極性やスピードが制限されやすいのではないかとも感じています。
外園:
それも、もしかしたら日本企業全体に共通しているのかもしれません。例えば、AI活用で新たなサービスを提供する場合、外販するサービスに自社として責任を持たなければなりません。そこになかなか踏み込めない要因の1つはコンサバな姿勢にあると思います。
岡田:
通信事業者それぞれが戦略を実行していくのに加えて、業界横断型の新たな仕組みを作ることも求められますね。
外園:
そうですね。業界全体では、各社の組織再編や新たな競合の登場などを考慮する必要があると思っています。端末に関しては、AI機能をハードやネットワークで提供するのか、アプリで提供するのかによっても通信事業者の競争領域や価値が出せる分野が変わり、端末メーカーとの関係性も変わります。そのような動向も通信事業の再編や業界としての仕組みづくりに影響すると考えています。
岡田:
ユーザー向けのサービス開発では、生成AIが普及することによって提供価値の質やスピードが向上する可能性があります。これは変化としては良い方向と言えますね。
外園:
そうですね。ただ、前述した信頼性の担保という点で、生成AIから得られる回答は間違いが発生する可能性があるのが現状です。生成AIがインターネット上にある間違ったデータや古いデータを参照してしまうため、ユーザーに提供する最終的なアウトプットは人が確認する必要があります。これから精度が高まっていくとしても、現時点ではまだ間違いを見抜けるのは人であり、生成AIはツールとして見なければならないと思っています。
岡田:
AI活用が広がるほどガバナンスの重要性も高まっていくわけですね。
外園:
これは外販のみならず、社内でのAI活用も同じです。自社のクローズドな環境でAIを使っていたとしても、ガバナンスが効いていなければ、従業員の意図とは関係なくユーザーやクライアントの重要な情報を無意識にAIに与えてしまう可能性があり、これは従業員の倫理観に問いかけるだけでは防げません。
岡田:
AIが原因のインシデントは増加傾向にあります。例えばAIの意思決定による倫理違反、公平性の欠如、プライバシーやセキュリティの侵害、ハルシネーションに代表される誤情報のインシデントも多発していますね。AI利活用に駆り立てられるあまり、AIに対するガバナンスがおろそかになっている面があります。実際にレピュテーションの低下や、最悪の場合はサービス停止や顧客離反、株価下落のリスクも増えています。このため、透明性や説明可能性、追跡可能性を考慮した仕組みや取り組みが求められます。
外園:
まずはガイドラインを作り、それに沿ったガバナンスをしっかり行うことが大事です。社内活用のインシデント対策については、AI活用のリスクを理解するとともに、自分ごとと捉える意識の醸成も重要です。
これらは自社の取り組みだけでは不十分で、セキュリティ・リスク分野の専門家の支援が必要だと思っています。私たちPwCコンサルティングは、PwC Japanグループ、そしてPwC グローバルネットワークも含めて企業経営の守りの支援における豊富な実績があるため、ガバナンスのお目付け役や、信頼を守る用心棒的な立ち位置で協力できることが多いと思っています。
岡田:
通信事業者の共通の方向性としてLLMの開発や投資にリソースを投じていく流れがあります。一方で、通信事業者はスマートフォンなどユーザーと直接関わるデバイスやUX領域にもリーチできるのが強みです。デバイス領域ではこれからどのように変わっていくと考えていますか?
外園:
方向性はいくつかあると思いますが、そもそもの課題として、取得する情報量が増えていくため、それを処理できるデバイスでの、処理能力のさらなる進化が必要だと思います。
岡田:
SFのような話になりますが、半導体の高度化やデータセンターの拡充などが進むと、UIも人間の五感に広がったセンサリング技術でさらにユーザーの情報が収集できるようになるかもしれません。例えば、今はウォッチやリングなどがありますが、コンタクトレンズのようなデバイスも普及していくかもしれませんね。データを収集するデバイスと、表示によって視覚や触覚など知覚させるデバイス、それぞれ発達することが重要です。
外園:
大きな流れとして、センサリングによって感覚情報を取れるようになった先は、感情に関する情報を取りに行くのだと思います。そのため、もっと脳に直結する部分にアクセスして情報が取れるようなデバイスの開発と利用が進むのではないでしょうか。デバイスが進化すると行き来するデータの量が増えますので、通信事業者はそのトラフィックを支えるネットワークとデータセンターを強化していくことが求められます。
岡田:
そこもAI活用の領域ですよね。ネットワークのどこが混雑するか、どこを、どう補強するのが良いかといった分析をAIを使いながら行っていくことができます。
外園:
そうですね。通信事業者は通話を基本としたネットワークを構築してきましたので、AI社会ではネットワークの再構築が必要になるかもしれませんし、デバイス経由のデータで顧客体験が変わっていくことを前提として各社の事業領域を見直すことが業界再編に結び付いていくのかもしれません。
岡田:
通信事業者に向けたPwCコンサルティングの支援はどのような強みがありますか。
外園:
2つの面があると思っています。
1つ目は、事業再編や他業界との連携に関する支援です。私たちPwCコンサルティングは、あらゆる支援活動において、部門や担当業界をまたいだプロジェクトを組みます。広範囲の知見を結集して支援の価値を最大限まで高めていることが私たちの強みの1つです。
2つ目は、AIに関する専門的な知見です。私たちは、PwC Japanグループとして多様な業界向けのAIの活用や開発を支援しています。また、AIソリューションを私たちの業務の中で積極的に活用しながら、その成功例、失敗例を踏まえた知見をクライアントに提供しています。さらには、前述したプロジェクト体制に加えて、外部の専門家との連携も常に行っているため、世界中のプロフェッショナルと協業しながら最先端のAI活用法を提案できます。
岡田:
AI活用は業界の壁や国境すらも超える世界的なテーマであるため、社内外に幅広いネットワークを持っていることが重要ですね。
外園:
そう思います。AIはその国や地域ごとに進化しているソリューションなどが多くあります。私自身もPwCのグローバルネットワークと連携して情報交換し、世界中のソリューションの中から、自身のクライアントへ最適なソリューションの提案を行っています。
岡田:
AIに関しては、PwCグローバルネットワークを通じて大手企業CEOにアンケート調査を行っています。調査を見ると、例えば、AI活用の推進の度合い、生成AIの活用方法や期待することなどが国によって異なることが分かり、そのようなトレンドを多面的に捉えながら成果が出やすい戦略や施策を考えることもできます。
外園:
そうですね。もう1つ加えると、私たちPwCコンサルティングは、特定のAIソリューションに限定しないで提案ができる点も、強みだと思っています。なぜなら、特定のソリューションに限定すると、それを利用したい、売りたいといったインセンティブが働き、提案の範囲・価値が限定的になる可能性があります。しかし、私たちはそれがありません。クライアントへの価値提供にフォーカスし、あらゆるソリューションを組み合わせながら、クライアントに必要な最適解を提供することができるのです。これはクライアントの満足度や企業価値向上につながる重要なポイントだと考えています。また、私自身も、クライアントの価値を突き詰めた上で、1から支援策を考え、設計し、伴走できることに面白さを感じています。
今後もテレコム業界やAI分野の専門家としてクライアントの企業価値を最大化し、社会の変革を推進していきたいと思っています。