シリーズ:生物多様性とネイチャーポジティブ

2022-03-25

第2回:ビジネス活動における生物多様性 ・自然資本対応の動向と枠組み


生物多様性条約第15回締約国会議(COP15)第2部の開催を控え、生物多様性や自然資本(Nature Capital)への注目が高まっていることは前回お伝えしたとおりです。その中で、企業としてどのような取り組みをしていけばよいか、そのための代表的なイニシアティブや枠組みを紹介します。

1. 生物多様性・自然資本にかかる主要イニシアティブ

気候変動に関連するリスクへの対応をわかりやすく対外的に開示し、第三者格付機関から評価を受けるために、TCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)、CDP、SBT(科学に基づく目標設定)といった格付・イニシアティブにコミットする企業が日本でも増えてきました。

2023年以降は、自然資本についてもリスクと機会に関するコミットメントと情報開示が求められるようになります。ここでは、生物多様性・自然資本について主要なコミットメント・情報開示として3点紹介します。いずれも2022年以降に新たな枠組みやガイダンスなどが公表される予定となっていることから、2022年はネイチャーポジティブにとって重要な1年になると言えるでしょう。

①自然関連財務情報開示タスクフォース

自然資本などに関する企業のリスク管理と開示枠組みを構築するため、TCFDに続く国際的組織として、自然関連財務情報開示タスクフォース(Taskforce on Nature-related Financial Disclosures:TNFD)が2021年6月に設立されました。

TNFDは、2019年世界経済フォーラム年次総会(ダボス会議)で着想され、資金の流れをネイチャーポジティブに移行させるという観点で、自然関連リスクに関する情報開示フレームワークを構築することを目指しています。

世界の資金フローを自然に対してネガティブなものからポジティブなものへ転換することを支援するために、TNFDでは増加する自然関連のリスクについて企業が報告および行動するためのフレームワークを提供することとしています。2022年3月には初回のベータ版フレームワークが公開されています。今後は数回の改訂の上、2023年9月に正式なフレームワークが公開される予定です。

②SBTN

科学に基づく目標を設定するネットワーク組織であるScience Based Target Network(SBTN)では、生物多様性、気候、淡水、土地、海洋といった自然のあらゆる側面を対象に統合したSBTsへの最初の一歩として、Science Based Targets(SBTs) for Natureに関するガイダンスを2022年に一般公開する予定です。

それに先立ち、2020年9月には草案が公開されています。企業が今すぐに取り組める内容を含めて提示することで、ネイチャーポジティブな未来に向けて企業を後押ししています。

③CDP

英国に本拠地を置く国際環境NGOであるCDPは、2022年から生物多様性に関連して、「気候変動」「水セキュリティ」「フォレスト」「生物多様性」の4つのテーマについての質問を始めると発表しました。

その準備段階として、2021年10月のコンサルテーションでは「気候変動質問票2022」への追加質問項目案が提示されたほか、2021年11月のコンサルテーションでは「金融セクター質問票2022」において生物多様性モジュール追加案として同様の項目が提示されました。

なお、2022年からの設問については、SBTNが提示する「SBTs for Nature」と連動した質問になる予定です。

2. ビジネス活動における生物多様性・自然資本リスクとは

企業が生物多様性・自然資本対応を進めるにあたっては、企業が直面する自然関連のリスクと機会を理解することが重要なポイントの1つとなります。2022年3月に公表されたTNFDのベータ版フレームワーク(v0.1)では、自然関連リスクについて大きく「物理リスク」と「移行リスク」の2つに分けて整理がされています。「物理リスク」とは、自然システムに障害が発生した場合に生じるリスクのことで、自然生態系の機能停止に伴い引き起こされる「急性リスク」、それからより長期的な変化により引き起こされる「慢性リスク」に分けられます。

「移行リスク」は、組織や投資家の戦略や経営と、その事業を取り巻く環境の変化との間に生じるミスアラインメントから起こるリスクのことで、「法規制リスク」「市場リスク」「技術リスク」「評判リスク」からなります。

さらに、組織自体のリスクを超えた、経済全体に対する重要なリスクを「システミックリスク」として整理しています。個々の機能不全ではなく、システム全体の崩壊によって生じるリスクであり、1つの損失が他の損失を連鎖的に引き起こすという点が特徴です。

図表1 TNFDのリスクの考え方

出典:TNFD, 2022.「The TNFD Nature-related Risk & Opportunity Management and Disclosure Framework Beta v.0.1 Release」を基にPwC作成
https://tnfd.global/wp-content/uploads/2022/03/TNFD-beta-v0.1-full-PDF-revised.pdf (2022年3月17日閲覧)

事業会社はこれらのリスクを認識し、低減していくことが求められます。しかし、「ネイチャーポジティブ」を実現するためには、ただリスクを回避低減するだけでは十分ではありません。

3. ビジネス活動における生物多様性・自然資本配慮のステップと考え方

SBTs for Natureでは、企業が「ネイチャーポジティブ」に貢献するために、以下の基本要素に取り組むことを推奨しています(図表2参照)。また、これらの基本要素に関する取り組みについて、先述のTNFDなどの枠組みにあわせた開示・報告をしていくことが企業に求められてくると考えられます。

図表2:「SBTs for Nature」の5つのステップ

基本要素

概要

分析・評価

はじめに既存のデータを収集・補完し、バリューチェーンに広がる影響や自然への依存度を推定する。その上で、目標設定のための滞在的な「課題領域」とバリューチェーンの所在をリスト化する。

理解・優先順位付け

分析・評価の結果を理解して、 行動を起こすべき重要な課題や所在についての優先順位を付ける。直接操業からバリューチェーンを取り巻くランドスケープまで、さまざまな「影響を及ぼす範囲」にわたる行動を検討する。

計測・測定・開示

優先順位の高い目標や所在のベースラインデータを収集する。これまでのステップのデータを利用し、地球の限界と社会の持続可能な目標に沿った目標を設定し、それを開示する。

行動

一度目標を設定した後、SBTN行動の枠組み (AR 3T: 回避、軽減、復元、再生、変革)を活用して計画を立て、持続可能でない自然の利用や喪失による重要な影響への貢献を始める。

追跡

最後に、目標への進捗状況をモニタリングし、 必要に応じてアプローチを調整する。

出典:Science based targets network,2020.“自然に関する科学に基づく目標設定 企業のための初期ガイダンスエグゼクティブサマリー”.
https://sciencebasedtargetsnetwork.org/wp-content/uploads/2021/03/SBTN-Initial-Guidance-Executive-Summary_Japanese.pdf (2022年3月8日閲覧)

最初に行うことは、自然を対象にバリューチェーン全体における影響と依存度を評価し、優先順位を付けることです。特に以下の2点について考慮して、検討する必要があります。

  • 直接操業している場所やバリューチェーン全体の生物多様性、生態系サービスに対する重要な影響と依存性
  • ビジネス・人・自然界に関連するリスクと機会の評価

評価から優先順位付けまでが完了したら、次に目標を設定します。この時に、本連載の第1回で紹介した「ポスト愛知目標」など、国際的な目標を考慮に入れることが重要です。

続いて実際に「行動」のステップに移ります。企業が自然への配慮を行い、ネイチャーポジティブになることを目指すために、マイナスの影響を削減しプラスの影響を強化できるような行動を体系的に検討する必要があります。なお、体系的な行動の詳細は、AR3Tフレームワークとして整理されています(図表3参照)。まずは、企業活動による影響をできるだけ回避・低減し、その上で自然の再生および回復に貢献する、さらに複数のレベルで潜在システムの変革に貢献するというステップで構成されています。

図表3 AR3Tフレームワークの考え方

出典:Science based targets network,2020.“自然に関する科学に基づく目標設定 企業のための初期ガイダンスエグゼクティブサマリー”を基にPwC作成
https://sciencebasedtargetsnetwork.org/wp-content/uploads/2021/03/SBTN-Initial-Guidance-Executive-Summary_Japanese.pdf (2022年3月8日閲覧)

これらのポイントを念頭に取り組むことで、ネイチャーポジティブに配慮することができると考えられます。

PwCでは、これらのフレームワークやツールを活用しながら、生物多様性・自然への影響依存の評価、方針・戦略の策定、目標設定、施策実行など、生物多様性支援サービスを包括的に提供しています。

詳しくは生物多様性に関する経営支援サービスページをご覧ください。

執筆者

磯貝 友紀

パートナー, PwCサステナビリティ合同会社

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服部 徹

シニアマネージャー, PwCコンサルティング合同会社

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小峯 慎司

マネージャー, PwCサステナビリティ合同会社

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中尾 圭志

シニアアソシエイト, PwCサステナビリティ合同会社

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