メタバースの登場により非連続に進化するスマートシティ

2022-04-26

変化する都市の在り方

私はスマートシティというテーマに市場の黎明期から関わり、すでに10年以上経ちましたが、これから先10年のスマートシティの議論はこれまでとは抜本的に異なるものとなり、またその在り方は非連続的に変化すると考えています。そう考えるようになったのは、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の世界的なパンデミックが契機となります。ただ、それ自体というよりも、そこから一気に加速した都市のDXや生活のオンライン化、さらにはXR(クロスリアリティ)やメタバース市場の隆盛のインパクトの大きさに他なりません。つまり、スマートシティの潮流が変わるというよりも、私たちの住む社会そのものが大きく変化することに伴い、それを支える都市の在り方も大きく変化する可能性があるということです。

メタバースがもたらすもの

私自身の働き方も2020年の初頭から完全オンラインに切り替わりました。この2年半程リモートワークが続いており、まさにニューノーマルと言える生活を送っています。これは私の周りだけの話ではありません。このような生活のオンライン化というトレンドは世界中に浸透し、その流れに拍車をかけるように2021年の後半から一気にメタバースが市場のメインストリームに躍り出てきました。

私はメタバースの進展というのは、私たちの住む物質世界の全てを覆す可能性を持つ、大きなテーマであると考えています。そして、メタバースはこれまでのスマートシティの在り方を大きく変えるでしょう。これまでのスマートシティは、データ利活用を高度化するなど、実在するリアルな都市をスマート化するというのが基本的なコンセプトでした。例えば都市に多種多様なセンサーが設置され、それらから得られるデータを共通の基盤を通じてステークホルダー同士が相互に共有する。そして、さまざまな課題を解決するサービスアプリケーションを生み出し、暮らしの利便性を高めるというものでした。私たちは引き続きこの世界観を追い求める必要がありますが、一方で、メタバースの利用がさらに進展した場合に、私たちは改めて、都市を全く違う視点で見直す必要に迫られると考えます。人間に与えられている時間は1日24時間であり、メタバース内での活動時間が増えるということは、相対的に現実の都市空間での活動時間が減るということを意味します。言い換えるならば、リアルな都市に対する需要が減り、不動産業、建設業、機器・設備産業、交通産業・エネルギー産業などの需要の多くが一義的に減少することを意味します。

都市の脱物質化

ここまでお読みいただいた方の中には、「本当にメタバースの利用は、それほどの影響力を持って進展するのか」という疑問をお持ちになる方もいると思います。私たちは今後、一体どれほどメタバースを利用するのでしょうか。それによって、都市の在り方はどのように変わっていくのでしょうか。現時点では、それは誰も分かりません。しかしながら、その行方を占うヒントはあります。

私はこの約2年半、オンラインで仕事を続けていますが、都心部のリアルな都市で過ごす時間は減りました。私自身の仕事のスケジュールを見返すと、仕事柄、1日の生活の中で、おそらく平日は平均して5時間、あるいはそれ以上、オンライン会議ツールでクライアントやチームメンバーと会議をしています。その時に私の肉体は自宅の部屋のPCモニターの前に座ってはいますが、私の精神は概念的には物質世界にはおらず、オンラインのデジタル世界の中にいるに等しい状態にあると捉えています。私と画面の先の会話の相手は、その瞬間はオンライン空間という世界を共有しているようなものです。社会全体でも同様の傾向があるのか、統計的には分かりませんが、このサンプル数1のファクトを冷静に分析する必要があると考えます。リモートワーク自体も、まだ社会全体の中では一部かもしれませんが、さまざまなオンライン会議ツールを提供している企業が提示しているビジョンを見ても、このオンライン体験が、気づけばそのまま3D空間化され、いわゆるメタバースにおける活動にシームレスに移行することは容易に想像できます。現在オンライン会議ツールを気軽に利用しているように、誰もが3DCG空間のメタバースツールを利用するようになったら、私たちは「都心に出勤してオフィスで会議をする」ような、実在する物質世界としての都市を利用することが日常のスタンダードな体験とは考えなくなるでしょう。

メタバースと共存するスマートシティ

メタバースと共存するスマートシティは多くの社会課題を解決するポテンシャルがあります。これまでの私たちの生活は物質空間への依存が強かったのかもしれません。リアルの都市は無尽蔵に縦横に拡がり、その床面積を増大させてきました。これからはメタバースを活用することで、限られた現実世界の空間と資源を有効利用することが可能になります。都市には自然豊かな広場が増え、都心のビルの中はエンターテインメントの場として生まれ変わるかもしれません。また、建物を維持するためのエネルギーや、人やモノが移動するための燃料も減るかもしれません。2022年3月、国際エネルギー機関(IEA)は、リモートワークの導入が進めば、原油の使用を1日あたり数十万バレルも抑えられると述べました。メタバースの活用は脱炭素や、資源の収奪を目的とした紛争など、私たち人類が直面する大きな課題とも無関係ではありません。

また、オンラインで参加できるメタバースではさまざまな理由で外出が難しい人も遠隔で働くことができます。すでにメタバース上で接客をするような新たな雇用も生まれています。このようにメタバースはサステナビリティやインクルージョン&ダイバーシティにもよい影響をもたらすことが可能です。

フロンティアへの積極投資

私たち人類は、過去、さまざまなテクノロジーが誕生した際に、その普及に疑念を抱きながらも、結果としてそれを社会全体のインフラとして利用するようになったという経験をたくさんしてきました。メタバースについては、ハードウエアが日進月歩で進化し、コンテンツも充実してきます。さらには通信速度、コンピューターの処理速度が増すなど、普及を後押しする要素には事欠きません。そして何よりも、利用者の慣れが1番大きな要因となるはずです。今では、子どもたちの世代でもオンライン会議ツールを活用することは、当たり前になっています。期せずして、この約2年半、学校生活や行事、習いごとなどをオンラインで実施するようになってきています。こうした世代が社会の中心を担う年齢になる頃には、メタバースを利用した生活はさらにハードルの低いものになると考えられます。

また、メタバースは日本の産業にとっても、変革につながりかねない大きなテーマでもあります。いずれもまだ仮説の域を超えない部分はありますが、産官学のあらゆるセクターが、メタバースがもたらす変革について積極的に検討し、投資をしていくことは、決して早すぎることは無いと考えます。そして、このコラムがメタバースという新しいテーマを取り入れた次なるスマートシティの在り方を模索する一助となれば幸いです。

執筆者

石井 亮

ディレクター, PwCアドバイザリー合同会社

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