不正調査開示事例データベースにおける分析

第1回:調査報告書から見る不正の傾向と考察

  • 2024-05-01

はじめに

上場企業などで重大な不正が発生した場合、調査委員会などを設置して事実解明を行うという実務が定着しています。PwCリスクアドバイザリー合同会社は、2020年から2023年までの間に上場企業が開示した不正行為に対する調査結果を、TDnet(適時開示情報伝達システム)などの公開情報を基に集計しました。開示された不適切事案の集計結果とそれに対する分析について、5回にわたって紹介していきます。

前提条件

本稿は、2020年1月から2023年12月にかけてTDNet上で公表された不正行為に関する調査の開示情報を対象とし、2024年3月末時点で開示されている最終報告書やその他開示資料から読み取れる範囲で集計しています。
集計年は暦年とし、調査の最終結果の開示日を基準にしています。また、同一案件に対して複数の調査報告書が開示されている場合はそれぞれ1件として集計しました。
なお、今後の開示結果に応じて集計範囲が変更される可能性があります。

行動制限緩和で不正開示は増加傾向

2020年から2023年までの4年間で、243社が計299件の不正行為に関する調査結果を公表しています(表1)。

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)が世界的に拡大していた2020年から2022年までの調査の開示件数は、年間70件前後で推移していました。四半期ベースでみると、2020年3Qの報告件数が集計対象期間を通じて最も少なく、7件に留まりました。その直前の同年4月7日から5月25日にかけては緊急事態宣言の発出に伴う行動制限により、従前の方法での調査実施が困難になった可能性があります。

一方、2023年には計98件の調査報告書が開示され、前年までの3年間の年平均件数(67件)を上回っています。コロナ禍においては、在宅勤務の浸透で従業員の相互牽制が弱まった上、内部監査や会計監査もリモート化され、不正行為の発見が従来に比べ困難だったと言われています。2023年5月8日に行動制限が解除され、出社や対面コミュニケーションが増加したことで不正行為が顕在化したほか、不正行為に対する調査を実施・再開しやすい環境となったこともあり、報告書の開示が増加した可能性があります。

不正抑止は経営層の意識から

不正行為に関する調査結果書を開示した243社のうち、初回の調査対象とは別の種類の不正行為が発覚し、2回以上調査報告書を開示したのは25社でした。このうち80%にあたる20社は、不正行為に経営層*1が関与しており、調査報告書の開示が1回だった企業(同一事案について複数の調査報告書を開示した企業を含む)の約41%(218社中90社)に比べ、高い割合となっています(表2)。

これは、経営層が不正行為に関与している企業は、コンプライアンス意識が希薄な組織風土を背景とし、不正行為防止のための組織体制や仕組みが脆弱になっていたり、不正行為を防止するための内部統制が無効化されたりしていると考えられます。

不正の種類

本稿では、不正を以下の5つに分類しています。

①会計不正

財務諸表不正と資産の不正流用が当該分類に含まれます。

財務諸表不正には、収益の前倒し計上や繰り延べ計上による収益の過大・過少計上や、本来計上すべき費用を認識していないことによる費用の過少計上が代表的な例として挙げられます。一方、資産の不正流用には、従業員による現預金の横領や商品の窃取などがあります。

②品質不正

品質不正の主な類型としては、検査不正(検査の不実施・不適正な実施、検査結果の改ざん・ねつ造、無資格者の登用など)、製法不正(産業標準化法など品質に関連する法令や、第三者認証規格、取引先との合意に反する材料の使用や作業工程など)、届出・表示不正(当局への届出不対応や届出文書の改ざん、公的規格違反など)が挙げられます。

③競争法違反

日本の独占禁止法、米国の反トラスト法(3つの法律とそれらの修正法から構成)、欧州競争法などへの違反が該当します。

各国の競争法に係る法令は異なるものの、公正かつ自由な競争の促進による市場の競争機能の活性化という基本的な考え方は共通しており、代表的な規制対象としてカルテルや入札談合が挙げられます。

④贈収賄

主に公務員に対し、その職務に関して便宜を図ってもらうことを目的に賄賂を送ったり、公務員が賄賂を受け取ったりすることが贈収賄に該当します。第三者を通じた間接的な賄賂の授受や、賄賂の提供または利益供与の約束合意も、一般的には規制対象となります。

贈収賄を規制する主な法令として、日本の刑法および不正競争防止法、米国の海外腐敗行為防止法(FCPA)、英国の贈収賄禁止法(UKBA)が挙げられます。このほか、国際的な規定として、経済協力開発機構(OECD)の国際商取引における贈賄の防止に関する勧告、国際連合(UN)の腐敗防止条約、国際開発金融機関(MDBs)の制裁手続(Sanction Procedures)があります。

⑤その他法令違反など

その他の法令違反としては、利益相反取引や違法配当などの会社法違反、インサイダー取引などの金融商品取引法違反が挙げられます。また、各種ハラスメントも本分類に含まれます。

種類別では会計不正が多い傾向

2020年から2023年までの不正の種類別の発生件数は以下のとおりです。

※1つの事例で複数の不正の種類に該当する場合はそれぞれの不正の種類ごとに集計しています。

会計不正の件数を年間ベースでみると、2020年が43件、2021年が38件、2022年が45件、2023年が50件と、他の不正の種類に比べて多いことが分かります。上場企業は常に株価や業績を維持することへのプレッシャーから、利益を実態よりも良く見せたいという誘因が働きやすい状況にあります。各証券取引所の上場規程*2では、財産に関する重要な事項であって投資者の投資判断に著しい影響を及ぼす情報についての開示が求められており、会計不正に関する開示が多くなっていると考えられます。

業種別ではサービス業が最多

本レポートが対象とした調査報告書(計299件)の開示企業を、証券コード協議会が定める業種の中分類(33業種)ベースで集計したところ、上位10業種は表4のとおりでした。

サービス業が58件(19%)と最も多く、情報・通信業が33件、卸売業が26件、電気機器が24件、建設業が24件、機械が19件と続いています。ただし、上記業種は上場企業数が多い点には留意が必要です*3。各業種の企業数を母集団とした場合、業種別の不正行為の発生比率は、建設業16%、サービス業11%、電気機器10%、卸売業9%、機器9%、情報・通信業6%となっています。

不正発生件数で上位の業種について、業界の特徴や不正の手口からその背景を考えてみます。

サービス業

  • 有形商材がない

サービス業の不正の特徴として、架空の業務を受発注したり、業務を水増ししたりするケースが多く見られます。サービスの提供の有無は、後から実在性や期間帰属について確認することが難しく、証憑への異存度が高くなるため、これらの手口が実行しやすい可能性があります。この傾向は、情報・通信業にも当てはまります。

  • 人手不足(人員構造が複雑)

サービス業は、他の業種に比べ離職率が高い傾向にあり、慢性的な人手不足に直面しています*4。適正な人員の確保や配置が行われず、適切な職務分離ができず、1人に権限が集中すると不正発生リスクは高まります。

情報・通信業(卸売業、建設業と共通)

  • 業務委託先が関与する不正行為が多数

情報・通信業における不正の手口に関する特徴として、業務委託先が絡んだ不正が多いことが挙げられます。経済産業省の統計情報によれば、2021年には情報・通信業に属する企業の約78%が外部委託を行っています*5。業務委託先との共謀による不正については、内部統制の限界があり、発見することが困難であると考えられます。自社の従業員が外部委託先と共謀して架空の業務を行ったり、発注金額を水増しして業務委託先からキックバックを受けたりするのが典型例です。なお不正発生件数の多い業種3位の卸売業と5位の建設業も、業務委託先との共謀による不正が多くなっています。

また、工事進行基準を利用した売上計上時期の操作も多くみられます。これは会計上の見積りの要素を含む売上計上基準であるため、不正リスクが高い領域であると考えられます。

電気機器、機械

  • 品質不正の割合が高い

品質不正が多く起きた業界には、電気機器(品質不正の割合:33%)、機械(品質不正の割合:26%)などが挙げられます。具体的には、施工や監理に関する資格の不正取得、製造工程における公的規格基準や社内検査基準、顧客と合意した仕様書などの非遵守、データの改ざんが多く見られました。

これらの不正行為が発生する背景には、厳しい納入期限があるというだけではなく、製造現場における品質コンプライアンスに対するガバナンスが効きにくい状況があると考えられます。閉鎖的で同調圧力の強い組織風土では、製造部内または製造部に対する品質保証部のチェックが効きにくくなります。品質不正が発覚したある組織では、「製造一軍、品証二軍」というスラングが存在しているほど製造部の発言力が強く、品質保証部のチェック機能が十分に発揮できなかったケースもあります*6。また不正行為が長期にわたって行われている場合には、過去の業務関与者が上の立場になっていくというケースも見られ、ガバナンスが効きにくい状況の代表的な例といえます。

(品質不正に関する詳細記事はこちらの関連記事①関連記事②をご覧ください)

*1 本稿における経営層とは、取締役、執行役、執行役員を指します。
*2 例えば、東京証券取引所の上場規程第402条第1号arでは、適時開示が必要な場合として「当該上場会社の運営、業務若しくは財産又は当該上場株券等に関する重要な事項であって投資者の投資判断に著しい影響を及ぼすもの」と定められています。
*3 東京証券取引所が発表した業種別上場株式数・時価総額(2023年12月末)を参照:サービス業14%、情報・通信業16%、卸売業8%、電気機器6%、建設業4%、機械6%
*4 厚生労働省が発表した雇用動向調査(R4)に関する統計、帝国データバンクの統計データ(2023年4月付)を参照
*5 経済産業省が統計した2021年情報通信業基本調査を参照
*6 「品質不正を抑止するための組織風土醸成」を参照

執筆者

那須 美帆子

パートナー, PwCリスクアドバイザリー合同会社

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平尾 明子

ディレクター, PwCリスクアドバイザリー合同会社

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満行 毅

シニアマネージャー, PwCリスクアドバイザリー合同会社

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山本 せかい

マネージャー, PwCリスクアドバイザリー合同会社

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渡辺 淳

マネージャー, PwCリスクアドバイザリー合同会社

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朱 子穎

シニアアソシエイト, PwCリスクアドバイザリー合同会社

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