
IPビジネスを拡張する「ファンダム」のチカラ
社会学者の中山淳雄氏をお招きし、PwCコンサルティング ディレクターの平間和宏と、ライセンスビジネスを踏まえたIP利活用シーンの拡大・深耕に向け、「ファンダム」の捉え方や今後の業界展望について語り合いました。
メディア環境の変化、特にコンテンツディストリビューションの多様化により、映画やアニメ、マンガなどのコンテンツビジネスが活況であり、関連するキャラクターIP(Intellectual Property)の利活用シーンも拡大しています。近年、そのムーブメントを支える一つの事象として「推し活」や「ファンダム」にも注目が集まっていますが、音楽業界におけるアーティストのような「ヒトIP」とは異なり、コンテンツビジネスでは、川上の作品制作から映像パッケージとしての企画・拡販とファンダムの関係性についていまだ解像度が低く、新たな勝ち筋が見出せていない状態が続いていると言えます。
そこで、今回のダイアログでは、社会学者の中山淳雄氏をお招きし、PwCコンサルティング合同会社(以下、PwCコンサルティング)ディレクターの平間和宏と、ライセンスビジネスを踏まえたIP利活用シーンの拡大・深耕に向け、「ファンダム」の捉え方や今後の業界展望について語り合いました。
※対談者の肩書、所属法人などは掲載当時のものです。本文中敬称略。
左から中山 淳雄氏、平間 和宏
平間:
私たちが子供の頃、キャラクターのシールやカード、プラモデルなどのおまけ付き食玩に夢中になった記憶があります。今日でもコンビニエンスストアやスーパーマーケットに行けば、話題のキャラクターとコラボレーションした消費財を多数手に取ることができますし、外食チェーンなどでも話題の作品とのタイアップ施策が絶え間なく実施されています。近年、アーティストやアニメコンテンツの世界的なヒットなどもあり、今後もさまざまな領域でヒットIPのタイアップ利活用シーンの拡大が期待されています。
海外でも圧倒的に強みがあるアニメを中心に、従来の映像コンテンツビジネスの流通経路を紐解くと、製作委員会による映像化企画から映像パッケージ作品として世に送り出す側を「川上」から、ゲームなどへの他フォーマット化や企業とのコラボ施策、マーチャンダイジングなどの「川下」へライセンス展開していくことが主流でした。中山さんはこれらの従来の川上~川下型のライセンスビジネスについて、近年の潮流をどのようにお考えでしょうか?
中山:
アニメに関して言うと、私は「パッケージアニメ」製作委員会モデルだと考えています。基本は映像販売を行いますが、15年くらい前まではDVDなどのパッケージ化が中心軸でしたよね。ここ5年で配信サービスにファーストウィンドウが移っていますが、これまでの名残りで、いまだに「売り切り」でパッケージ派生モデルの域を出ない例も多いです。一方で、原作マンガが連載終了していても、展示会・テーマカフェなど映像作品に留まらない展開が続き、結果として幅広いファン層を獲得しさらに楽曲なども含めて海外展開もするといった息の長いライセンスビジネスとしての成功例も出ています。その中で、アニメ製作委員会がそうしたファンに直接タッチしていくような仕掛けは、まだまだ手探り状態といったところでしょう。
平間:
デジタルディストリビューションの多様化により、過去作品も海外で視聴してもらう機会が広がりましたし、これは不可逆的なエコシステムの進化と言えますね。また、映像作品化の起点も、従来のマンガやライトノベルに留まらず、オンラインゲームや縦読みのウェブコミック、キャラクター作品がSNSによってバズることで映像企画された例もあり、製作委員会の顔ぶれにも変化が出てきました。海外展開も見据えた議論となると、日本のお家芸はやはりアニメとゲームであり、これらのパッケージ拡販によるヒットが今後も重要であることは疑う余地がありません。「手探り」とご指摘がありましたが、マーチャンダイジングなどのライセンスビジネス拡大も見据えた「展開力」や「持続力」を持つ強いIPを生み出す視点は、マネタイズ面やマーケティング戦略の策定においても極めて重要だと考えています。私たちは広島大学 脳・こころ・感性科学研究センターにご協力いただき、映像コンテンツの「ストック型」の価値向上に向け、「感情惹起と余韻形成メカニズム解明」に向けた共同研究を進めていますが、関連グッズ購入などに直結する「行動余韻」が生じるメカニズムが見えてきました。作品側が備える重要因子だけでなく、受け手の個人特性による「ファン化」のメカニズムにも着目しています。中山さんはビジネス視点において「ファンダム」をどのように捉えていらっしゃいますか?
中山 淳雄氏
中山:
私は従来の川上、川下という上下のファネルだけでファンダムを捉えてはいません。ライセンシーでもないのに拡散し関与するファンの振る舞いがバズの起点になっていく時代において、「BtoBのライセンシーとBtoCのファンが一緒に存在する」というイメージを持つことが、ファンダムを理解する上で重要だと考えています。作品を起点にファンが生まれますが、自走するUGC(User Generated Content)、つまり共創活動を行うスーパーファンの存在、そして、彼らが生み出す情報や二次創作コンテンツにより、さらなるフォロワーが生まれます。これは、企業側のマーケティング活動とは異なる、貴重な波及効果を生み出します。さらに、時には制作サイドにその熱量が循環し、後続作品などにも影響を与える存在となり、作品群の外観を拡張する動きとなることもあります。そして、その輪に加わるように、自社商品やサービスと作品の世界観などをマッチさせるようなライセンシーとパートナーシップを組むことにより、より広く作品が認知され、大きなムーブメントが起きた事例もあります。感度が高い企業は、既に今までのマス的アプローチの宣伝/販促やブランディング手段とファンダムの向き合い方が異なることに気が付いていますが、一方で、「ファンだから買ってくれる」という安易な消費/購入モデルの乱発には、キャラクターや世界観は好きでもその「運営」によってファン離れが起きるというリスクも潜んでおり、ファンダムのタイプや活性度合いなどの見極めに対してもっと注力すべきと考えています。
平間:
元来、エンタテイメントコンテンツは、「流行っているから見てみよう」といった動機で選ばれることが多く、特に近年のOTTサービスはレコメンデーション機能や評価コメントがあることから、「予告編やサムネイルが面白そう」というヒューリスティックな選択要素が強いサービスや商材だと言えます。また、倍速視聴やスキップ、途中離脱なども容易です。こうした視聴環境下において、作品視聴をきっかけにファンになってもらい、ファンダムの中核を担うコアファンへ、さらには活性度合いの高いファンダムと共創関係を構築するには、どうすればよいとお考えですか?
中山:
音楽アーティストなどのヒトIPを例に考えると、「音楽配信サービス」の台頭や海賊版被害の多発のために、早めに音楽ライブやファンクラブ、物販へとモデルシフトしました。アーティストとの関与機会を提供する中で、ファン同士の結束も増幅され、そのコミュニティへの帰属意識が高まる特別な体験へと昇華され、ファンダム活用モデルの一つの型が早めに形成されました。日本でも、2007年の国産動画配信サービスの登場によりオタク的な活動が外交的に変化し、コミュニティの形成が加速され、2017年頃からは対象との新たな関係性に基づく「推し活」が世に広く一般化していきました。近年、さらにSNSの進化・発展により、マンガやアニメを起点としないキャラクター作品が川下起点で生まれ、濃度の高いファンダムによって局所的に盛り上がり、それが先見性のある企業とのコラボレーションによって露出が高まった結果、映像作品化され、キャラクターIPとして一般化していった事例も出てきています。このようなファンダムの力を無視できなくなった2020年代においては、作品の作り手や送り手側が受け手の存在を意識し、「公式」をあえて宣言し、「切り取り」や「二次創作」をある程度許容することで、作品の周辺部、つまり「余白」への積極的な関与を促し、作品を「見てもらう」だけではなく、「いじってもらう」ことを前提とした手法が一般化してきました。
平間:
近年、加速している消費サイクルに合わせ、作り手や送り手側もデータオリエンティッドにテンプレート型作品を量産し、機動的にリリースしていく必要性に迫られているのも事実です。これらの方式を否定するものではありませんが、どうしても作品タイプがコモディティ化し、既視感のある作風が増えてしまうリスクもあります。そうなると、受け手の期待値も下がっていく、没入できる作品が減っていく、ファンダムの熱量も高まらないという地盤沈下になりかねません。そこで「余白」を含める、「いじってもらう」余地を残す、という視点は大変興味深いですね。
今回の議論のテーマである川下利活用シーンの拡大を想定した場合、ビジネスとしての「展開力」や「持続力」に優れた作品タイプ(例えばジャンルやシナリオ、キャラクターラインナップ、さらに普遍的なテーマ、共感メッセージ、キャラクター自走力など)に加え、ファンダムを生み出すための作品が持つ「没入力」の価値、さらに「ファンダムとコラボする」という視点を持ったライセンシーとのパートナーシップ戦略における余白も大変重要であると考えます。製作委員会モデルでは、初期ヒットを狙うマーケティングは可能ですが、一部のライセンサーとして委員会に加わることがあっても、作品の継続力や展開力を下支えするファンダムの力やライセンシーの協力は必要不可欠と言えますね。
中山:
製作委員会の中にも商慣習やパワーバランスもあるでしょうから、映像パッケージビジネスのリクープにとどまらず、ご指摘のようなファンとの新たな関係性づくりや川下の活用シーンの拡大を狙ったビジネスチャレンジに踏み込めるかどうか、今までの強みが弱みになってしまうことも含めてどう考えるか、という局面に来ていると言えます。世界のライセンス市場の5割超をリードする米国では、「クッキー・カッティング・アプローチ」で、余白のない契約でガチガチに作品を縛るため、合理的でスピーディーな量産が可能なモデルではあるものの、持続的で多様なファンダムは生み出され難い土壌であるとも言えます。事実、緩いライセンスコントロールゆえに、コラボやライセンスから新しい創発的な事例が生まれやすいのは日本型の特徴です。欧米型に追従してグローバルマーケットでの存在感を高める方向も重要ですが、日本の高い作品力とユニークなファンダムが密接に結びついたストック型の価値を追求する独自発展モデルの磨き上げによって、新たな活路を見出せるように思います。
平間 和宏
平間:
ここまでのお話を踏まえると、アニメやゲームなどのIPビジネスにおけるストック型価値創造の視点では、これまで切り離されて語られていた「作品」と「ファンダム」の関係性を以下のような構図でまとめることができます(図表1)。
まず、作品側が持つべきIPビジネス要件として、起点となる作品タイプには、「展開力」と「持続力」が求められます。そして、ファンダムを生むための深い好意や自己投影、共感、さらに余韻形成といった「没入力」因子を作品側が保持していることが問われます。これらの因子により、「見て、楽しむ」一過性の受動的なファンから、他者への推奨や自発的な情報発信など「繋がり」を生みだす「共振力」、さらに、作品周辺への強い関与を求め、イベント参加・購買などの「行動力」が増幅されると、熱狂度合いが高まり、ファンダム形成による経済圏が創出されます。この熱狂を理解する企業が親和性の高い共創型コラボレーションでファンダムを加速させることも可能です。これらの熱狂により作品群へのフィードバックループが生じ、作品からスピンアウトしたキャラクター自体がIPとしても自走、継続したビジネス機会を生み出すというプロセスが存在していると言えます。
実は、私たちは既にこのような仮説に基づき、コンテンツ投資やライセンス契約、さらには作り手への利益還元などにおいても有用な「作品力×ファンダムの定量的評価」手法などの開発にも着手しており、今後も IPホルダーやライセンシーの皆さんとの幅広い議論、実証実験なども進めていこうと考えています。
図表1:作品とファンダムの関係性
中山:
面白い図ですね。作り手側が作品を持続・展開していくことを追求しながら、そこからキャラクターや世界観を抜き出してファンダムも行動・共振していく、いわば「裏」のようなモデルが存在する。その表裏一体なファンダムとの関係性で作品世界もまた影響を受けるということですね。
一方的に与えられ、見て終わる作品ではなく、その世界に入り込んだり、自身の経験や願望を登場するキャラクターに重ね合わせたり、そのような作品との特別な関わりを持てることが「没入」ですし、そこにもこれからの時代は「余白」を意識する必要があるのかもしれませんね。一方で、巨匠と呼ばれるアニメ監督の作品には、ファンと共振することなく自らが欲したものをひたすら創り上げ、ファンはそれを追随することで喜びを得るといったものもあります。このように、アーティストや作風によってファンダムのタイプは異なるはずです。
近年、デジタルマーケティングの進化によって色々なことが可視化できるようになった結果、「作品ファースト」でなく「商品ファースト」になってしまい、作品を発展させる前にアニメを商品として最大化するにはどうすればいいかと考える傾向にあります。そのため、売上が高まるコラボになることを優先してしまいがちです。情報洪水の中で作品の消費スピードが速まり、ファンダムが醸成されぬまま、忘れ去られてしまった貴重なIPも数多くあるでしょう。これらに新たな光を当て、適切なパートナーを見つけて世に再度送り出すことは重要ですね。
平間:
日本のアニメ、ゲーム作品は「没入力」の視点で考えると、質、量共に優れた作品が数多く存在しており、世界的なキャラクターIPとして成立しているケースも多数あります。また、近年のヒット作も粒揃いで、世界には局所的に強いファンダムが生まれている可能性もあります。今後も世界に誇れる強さを維持できるようにも思えますが、将来に向けた課題はどのあたりにあるとお考えですか?
中山:
日本は「海外売り切り×国内市場メイン」であり、優秀な限られたクリエイターの名人芸が作品の質を決めるという構造に強みがあります。しかし、それが忖度を生んだり、運び手が軽視されてしまったりという課題があるように思います。連載作家のように、創作を中心とした「先生」の周辺に製作委員会ができあがってサポートするため、作り手が直接海外へプロモーションに出かけたり、ファンとの交流を行ったりする習慣もありません。ライセンシーにある意味丸投げで、海外でもファンダム展開できるチャンスを自ら閉じているように見えてしまいます。
今、活躍しているのは家庭用ゲームとアニメ、マンガの3つです。それらが成功している理由は運び手の存在です。家庭用ゲームだけは運び手も自分たちでやっていて、マンガが今そこにチャレンジしている。アニメが広がったのは海外の運び手が頑張ってくれたからです。今日の議論のように、成功しているコンテンツの下流に作り手もちゃんと手を伸ばしていく意識が極めて重要です。もはやどちらが川下かも分からない時代において、ファンダムとの共創意識は必ず成長ドライバーになります。今の日本ブームは作られたものであり、自助努力でゼロから生み出したものではありません。ブームは必ず去るものと肝に銘じて、真摯に向き合いたいですね。
平間:
海外展開やファンダム利活用による企業コラボなどには大きなポテンシャルがありますが、現実問題として作り手やライセンサーの自助努力だけでは難しい面もあると思います。ヒットIPと消費財のタイアップは数十年前から存在し、これらは旬の著名人が広告CMに出演するマスマーケティングと同じ状況・同じ課題を包含しています。しかし近年、一部のゲームやスポーツ協賛においても、プロダクトプレイスメントやブランデッドエンタテイメントの発想で、ファンも交えたスポンサー企業とのより深く持続的なWin-Win関係を構築するケース、つまり脱テンプレート化の動きやタイアップ価値の再考が増えてきている点は朗報です。没入力に富み、ファンダム要件を満たしている、またはポテンシャルのある過去IPを現代に掘り起し、耐久財や地方創生ニーズなど、より多様なライセンシーとのマッチング、コラボレーションが円滑に進むことで、私たちもIPビジネスの新たな価値創造、業界の活性化に努めていきたいと考えています。
中山:
20年前のピークと言われていた頃よりも、今は日本のコンテンツが海外に広がっており、過去最高の追い風モードです。マンガ家やアニメーターなりたい人の数も増えており、これは明るい未来への希望ですよね。労働環境や待遇の是正などは喫緊の課題ですが、中長期的に考えて、業界を支える人財の地盤沈下は何としても避けなければなりません。
平間:
偉大な先人たちが築いてくれたアニメやゲームといった素晴らしい資産があったとしても、「世界でヒットしているから、このままでも大丈夫」という楽観論は危険ということですよね。新たな視点・視座に立ち、挑戦をし続けることの重要性を再認識することができました。
本日は貴重なお話をありがとうございました。
中山 淳雄 (なかやま あつお)
エンタメ社会学者Re entertainment 代表
エンタメ関連企業の役員を歴任、研究者(慶應義塾大学・立命館大学研究員)・政策委員(経産省コンテンツ主査、内閣府知財戦略委員)・協会理事(Licensing International Japan、ATP)などを兼任、日本のエンタメの海外展開をライフワークとしており、イベント登壇や書籍執筆も多数あり
社会学者の中山淳雄氏をお招きし、PwCコンサルティング ディレクターの平間和宏と、ライセンスビジネスを踏まえたIP利活用シーンの拡大・深耕に向け、「ファンダム」の捉え方や今後の業界展望について語り合いました。
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