{{item.title}}
{{item.text}}
{{item.title}}
{{item.text}}
「エンタテイメント&メディア(E&M)ダイアログ」では、さまざまな分野のプロフェッショナルとの対話を通じて、変化が激しいエンタテイメント&メディア業界のトレンドを見極め、未来志向のアジェンダを設定し、健全に業界を発展させる取り組みを行っています。
今回は、年間ユニークユーザーが6,500万人を突破、年間16,000試合以上のスポーツ中継を中心としたスポーツメディア「スポーツブル」を中核事業とする運動通信社の代表取締役社長 黒飛功二朗氏をお招きし、PwCコンサルティング合同会社(以下、PwCコンサルティング)ディレクターの平間和宏が、コンテンツの「送り手」に求められる今後のビジネスのあり方について語り合いました。
平間:黒飛さんがスポーツブルを立ち上げたのは、インターネット広告費が初めて1兆円を突破した2015年でした。GAFAというワードがトレンドにもなった頃だと記憶していますが、OTT(Over-the-top media service)事業も台頭し始めた頃ですよね?
そのような折に大企業を飛び出し、栄枯盛衰が激しいオンラインメディアをゼロからスタートされ、今日では6,500万人のユニークユーザーを誇る日本最大規模のバーティカルメディアにまで成長させた黒飛さんの経営者としての慧眼、手腕には以前から注目していました。
この驚異的な事業グロースの成功要因にも大変興味がありますが、まずは、今日のメディア業界の構造変化について、黒飛さんの概観をお伺いしたいと思います。
黒飛:一番の変化点は、「動画ネット配信がスタンダードになった」ことです。特にスポーツ観戦の場合、人気の高いプロの大きな試合であれば、テレビ地上波や衛星放送を通じて視聴ができますが、マイナースポーツや身近なアマチュアスポーツの場合は、直接、試合会場に足を運ぶ必要がありました。近年、スマートフォンとOTTの浸透、さらに、撮影側のライブ配信に関するポータビリティもかなり進歩しています。「あのリアルイベント、どこかでライブ配信してないかな?」という感覚で、ニッチなコンテンツでも、ユーザー側から探してくれる行動が一般化しつつあり、「受け手」の選択肢がかなり広がりました。つまり、ライブ映像やアーカイブに関するニーズも急拡大している状態になっています。
これは通信やデバイスなどの技術進化、Z世代を中心としたSNS常駐化といった時代の流れもあるのですが、先ほど話に出たOTTをはじめとする全ての「送り手」である配信事業に関する方々の下支え、努力があってこそ、底上げされてきたものだと思っています。
左から黒飛 功二朗氏、平間 和宏
平間:動画ネット配信が浸透すれば、当然、資金力のあるOTT事業者や既存の大手メディア、大資本の新規参入者などによるサービスのバンドリング、ユーザーの囲い込みが激化していきます。魅力的なコンテンツを次々とリリースしARPU(Average Revenue Per User)を上げようと躍起になる一方で、受け手の可処分時間には限りがあります。市場原理、競争戦略のセオリーに照らし合わせて考えれば、先行した強大な競合プレーヤーが多数存在するレッドオーシャンに見えます。
黒飛:中長期視点で考えれば、そうかもしれません。しかし、市場としては、実は成熟途上と見ており、まだまだ“伸びしろ”はある。コンテンツ単位で競合することはあっても、ビジネス面での競合として直接ユーザーを取り合う状態にまでは至っていません。スマートフォンで動画コンテンツをどこでも誰でもカジュアルに楽しめる環境を作り、その視聴状態を一般化させる同志として、マーケットを盛り上げていく段階だと思っています。
平間:参入当時のマーケットを振り返ってみると、先行する巨大なプレーヤーも既に存在しており、やはり、相当練られた参入シナリオやグロース戦略があったと推察しますが、どのような事業構想をお持ちだったのでしょうか?
黒飛:スポーツブルが配信サービスを開始した当時はまさにOTT元年ともいうべき時期で、先ほど、平間さんがご指摘されたとおり、既存の大手メディアも生き残りを賭けて、また、新進気鋭のアプリ事業者などが集客の目玉としてのキラーコンテンツを次々とリリースし、TVのCMをバンバン露出するような状態でした。そこに、同じ土俵に立って「コンテンツ勝負」を挑み続けることは得策ではないことは容易に考えられます。所謂、一発屋で終わるリスクも多大にあります。
そこで、事業を始める前に、何度も自身に“問い”を立てました。メディアやコンテンツという手段を通じて何が本来の提供価値であるべきなのか、と。昨今では当たり前に語られるパーパスと呼ばれるようなものですね。もちろん、ビジネスですのでマネタイズの仕組みも重要な要素ではあるものの、メディアの本質を因数分解していくと、他のビジネス領域と比べて突出しているのが「社会性」の部分だと気が付きました。ですので、最初から「社会」という視点・視座に立って、事業グロースが可能な仕組みを考え抜きました。
また、事業のドメインについても、人間活動の根源には「運動」が必ず含まれますが、近年、ウェルビーイングの観点でもスポーツの役割、重要性が高まっており、事業の目指すべき方向性を「日本を世界が憧れるスポーツ大国にする」というビジョンとして掲げることにしました。
平間:新聞やテレビもジャーナリズムの観点では独立性、中立性、信頼性などのスタンスは大変重要ですし、文化教養を支える担い手としての公共性を保持する側面もあります。社名に「通信社」を冠したことに強い意志を感じます。そして、通信社と名乗ってはいるものの、いままでのようにストレートニュースを迅速に、かつ一方的に伝えることだけを使命とせず、これからのメディア事業として新たなあり方、提供価値を真剣に考え抜いた、ということですね。
PwCコンサルティングでも「社会における信頼を構築し、重要な課題を解決する」というパーパスを掲げており、従来のコンサルティング業務領域に留まらずに、社会に向けた積極的な価値共創の実践をしていますが、起業当初から、事業活動の中軸に「ソーシャルバリュー」の発揮を位置付けるというのは大きな英断であったと感服しました。
スポーツブルといえば、「高校野球を地方予選から全試合配信」していることで大きな注目を浴びましたが、当初は、なぜ、「アマチュアスポーツ」、しかも、地方予選から“ライブ配信”するのか、ステークホルダーからも理解され難かったのではと推察します。今も多種多様な、しかも小規模な大会や地方予選まで、網羅的に配信されているのは、ビジョンやミッションに基づく「グラスルーツ」を大切にされているからでしょうか?
黒飛:日本ではどのアマチュアスポーツでも目標となる大会、聖地があります。「夏の風物詩」といえば、甲子園であり、甲子園球場に集う熱量は凄まじいものがあります。そして、その聖地を目指したアスリートは必ず「部活動」を通じた忘れがたい熱中体験を持っています。さらに、選手を支える親御さんをはじめ関係者、ブラスバンドや応援団、母校のOB、OGの応援熱も非常に高い。この熱狂ストーリーは全国大会の決勝戦だけで繰り広げられるものではなく、当然、地方予選などにも熱いドラマがたくさんありますが、ローカルテレビ局ではエリア限定で決勝戦などが放送されてはいるものの、ネット上ではそのコンテンツが視聴できない、また一回戦などは映像化すらされていない手付かずの状態でした。アマチュアスポーツであっても、それぞれの挑戦や葛藤、挫折や成長といった感動ストーリーがあり、観る人をワクワクさせ、感動を与える素晴らしいコンテンツに昇華できるはずと確信していました。
平間:高校野球以外でも、サッカーやバレーなど学生スポーツの熱中クラスターは多数存在しているので、コンテンツラインナップの拡充が可能ですね。私自身も部活に熱中した経験があるため、今でも母校の試合はOBとして大変気になりますし、子供の試合で実際に応援に行けない場合でも、ライブ中継をしてくれるのであれば必ず見たい。このお話は非常に腹落ちします。
黒飛:さらに、スポーツ中継以外にも、事業の多角化を試みました。例えば、さまざまなスポーツの魅力を電子マンガ形式でお届けすることで、興味関心を持ってもらい、「観てみよう」「やってみよう」という気持ちを醸成できるかもしれません。これは、子供の部活離れや、スポーツの人口の裾野を広げることにも繋がればと考えています。
また、未来の有名アスリートの卵たちも、時には落ち込んだり、悩んだりしています。そんな時、憧れのトップアスリートの真摯な想いや実体験を「リアルボイス」として聞くことができる音声配信サービス事業をコロナ禍のタイミングで始めました。さらに、学生スポーツの応援コミュニティ運営の支援も事業化していますが、「新たな繋がり、絆を生む」仕組みを提供することで、スポーツカルチャーを盛り上げたいという想いを大切に、利用していただく方の声に耳を傾けながらサービス運営しています。
株式会社 運動通信社 代表取締役社長 黒飛功二朗氏
平間:PwCでも毎年、「スポーツ産業調査」を発刊していますが、その中でも、近年のオリンピックやW杯を筆頭にワールドワイドなスポーツイベントの放映権高騰トレンドや、欧米のカレッジスポーツのマーケット盛況を伝えています*1。日本においても10代の野球、サッカー、バレー、バスケットボールプレーヤーだけでも1,000万人を超えますし、「スポーツが好き」も8割を超え、部活動の所属率も未だ6割近いため、アマチュアスポーツを事業の柱に据えることは日本でも大きな可能性を感じます。選手だけでなく、その関与者も母数とした場合は数千万人規模の巨大なマーケットといえるでしょう*2。
大切な“あの試合”をライブで届けてくれるという唯一の価値提供により、スポーツブルのサービスへのエンゲージメントスコアは非常に高いのではないでしょうか。このことを裏付けるように、サービス告知や集客プロモーションを今までほとんど実施されてこなかったとお聞きしますが、これもオンラインメディアビジネスにおけるグロースの定石に囚われずに、コミュニティ運営支援など密度の濃さを意識されたという点で大変興味深いです。
黒飛:当社が他のメディアやIP事業者と異なる点として、放送事業でいう番組表を作る「編成」という概念がないという点だと思います。グラスルーツを支えるプラットフォームとしては、地方予選なども網羅すると、多いときには1日300試合を中継する日があるため、試合会場×中継(+アーカイブ)×視聴者をダイレクトに繋ぐための機動性に優れた運営の仕組みを構築する必要がありました。それがスポーツブルの「プラットフォーマー」としての役割でもあり、この唯一無二のロングテールモデルを成立させている点こそが、差別化要因、強みの一つだと考えています。一つ一つのコンテンツのPV数は小さいかもしれませんが、積み上げることで膨大な接点が生まれます。そして、ライブ視聴の場合は、TV番組同様のフォーマットで動画CMを流しているので、広告スキップもされ難いです。また、フリクエンシー(接触頻度)が高い媒体のため、広告主に対しても定点で深い広告コミュニケーションをしていただけるメリットも提供できます。
平間:その辺りのお話をお伺いすると、デジタルマーケティングのプロフェッショナルでいらっしゃる黒飛さんですので、当初から視聴データやユーザー動向などを活用したデータオリエンティッドなマーケティング活動をされていらっしゃるようにお見受けしますが?
黒飛:当然、ユーザーの行動分析などベーシックな観測、分析は実施していますが、それとは別に、弊社には大切にしている「感謝接点」という特有の考え方があります。
例えば、お子さんの試合を観戦した親御さんから、「おかげで息子の引退試合を応援することができました」といった自筆のお手紙をいただいたことがあります。社員の皆も大変喜んでいましたし、目の前の仕事へのモチベーションにも直結しますよね。他にも感謝のお言葉を直接いただく機会が多く、このような目に見える形のフィードバックをいただけるようなメディア接点を「感謝接点」と定義しており、質的なデータとしてサービスへのフィードバックにも利活用しています。
平間:このような動的フィードバックは、ビジョンやパーパスへの再ループにも繋がり、社員をはじめステークホルダーにとっての強力なエンゲージメント向上という好循環が出来上がりますね。
黒飛:この事業を立ち上げる前であれば、ビジョンやパーパスは「あった方がよい」という程度の認識でした。しかし、スポーツブルの立ち上げから考え方が180度変わりました。それらは私たちにとって事業の根幹を愚直に指し示す「なくてはならないもの」であり、守らねばならない意思決定の中核要素だと思っています。これは、サービスを利用していただくユーザーからだけでなく、賛同していただけるさまざまなアライアンスパートナーも含めたステークホルダーからの「感謝」も含んでいます。これが、事業運営におけるモチベーション、血液、原動力になる。
これは、私たちにとって『“CRAZY FOR SPORTS” もしスポーツに神様がいるのなら、『ありがとう』と言ってもらえる会社、事業でありたい」というアイデンティティとして明文化しており、社内にも深く浸透しています。
平間:ここまでの圧倒的な事業成長は、創業者としての黒飛さんの強いアントレプレナーシップの賜物ともいえますが、加速度的に変化する不透明な市場環境において、持続的な事業グロースを達成する手段として有用な「フライホイール型」の経営、しかもかなりユニークなモデルで実践されていると強く感じています。
まず、何よりも事業ドメインの中核、ど真ん中に「ソーシャルバリュー」を据え、ビジョン、ミッション、アイデンティティとしてコミットした。そこから、キードライバーとなるアマチュアスポーツの「ライブ配信」を展開し、「独自の顧客体験」を構築、「感謝接点」が生まれ、「動的フィードバック」のループ構造を創り出した。この一つ目のビジネス・サイクルの成功によって、市場において差別化可能なケイパビリティを構築したといえます。
さらに、事業を持続・発展させるために「コミュニティ活性化」「ステークホルダーエンゲージメント」「パートナーシップ拡大」「周辺事業拡大」という二巡目、三巡目以降のサイクルを機動的に推進することで、ビジョン、ミッション、アイデンティティをより色濃く具現化できる、という強固で軸のブレない安定経営を実現されているといえるでしょう。
私たちも新規事業構想の策定や事業グロースのご支援をする機会が多いのですが、「本質的な問いを立てること」「ソーシャルバリューの視点から提供価値を考えること」など、どのようなフライホイールモデルが構築可能かを探究するフェーズにおいて試行錯誤をもっと増やした方が、より大きなイノベーションに繋がる可能性がありそうです。
PwCコンサルティング合同会社 ディレクター 平間和宏
黒飛:試行錯誤は確かに大切ですが、社会の視点を持った以上、「儲からないからサービスは止めよう」という発想では無責任です。そのためにも、安易な事業拡大よりも、同じ志を持った人たちと“共に事業グロース”をしていく視点が大変重要だと思っています。
これからの経営には必ず長期視点が必要です。日本は少子高齢化が社会課題の一つではありますが、それでもスポーツやヘルスケア、教育分野は100年後も決してなくなることはないでしょう。私たちはアマチュアスポーツの感動、熱量、使命などを伝え、支える重要なディストリビューターでもあり、このインフラ自体をより強固にすることで、さまざまなパートナーとも一緒に成長が可能だと信じています。
創業当初に誓った「日本を世界が憧れるスポーツ大国にする」というビジョンの実現に向けた長い道程はまだ始まったばかりですので、仲間を増やしながらチャレンジを続けていこうと思っています。
平間:素敵ですね。御社にお邪魔しましたが、若い社員の方がとても活き活きと仕事に取り組んでらっしゃる姿が印象的でした。まさにイノベーションが起きている現場という躍動感、熱量を感じました。
今回聞かせていただいたお話には、これからのメディアに強く求められるソーシャルバリューや事業の継続性、組織運営の観点でも大変貴重な示唆が数多く含まれていました。
本日は、どうもありがとうございました。
株式会社 運動通信社 代表取締役社長
黒飛功二朗
大手広告会社を経て、2015年に運動通信社を設立。「日本を世界が憧れるスポーツ大国にする」という社のビジョン実現に向けて、中核事業の「スポーツブル」のグロースを自らリード。現在、スポーツアセットを中核に漫画事業、プレミアム音声サービス事業、学生スポーツ応援コミュニティサービス事業、ファンビジネスDXツール事業など“スポーツメディアコングロマリット”として事業多角化を展開中。
*1 PwC「スポーツ産業調査2023」
https://www.pwc.com/jp/ja/knowledge/thoughtleadership/sports-survey2023.html
*2 笹川スポーツ財団「数字でみるスポーツライフ 子ども・10代」
https://www.ssf.or.jp/thinktank/sports_life/data/child2015_01.html
E&M業界の企業に対するビジネスコンサルティングサービスを提供してきた経験と知見を生かし、本シリーズではE&M業界からさまざまなゲストをお招きし、対話を通じてE&Mの未来に向けたインサイトをお届けしていきます。