LIBOR移行対応アップデート―ハイライト(2021年11月1日~11月30日)

今号では、米国上院で開催されたタフレガシー契約に対する立法的救済策に関する公聴会の概要と今後予想される課題や検討事項、英国FCAによるシンセティックLIBORの使用を認める発表などについて取り上げます。

1.タフレガシー契約に対する立法的救済策について米国上院が公聴会を開催

米上院銀行委員会は、「The LIBOR Transition: Protecting Consumers and Investors」と題した公聴会を開催しました。金利指標の恒久的な公表停止に対応するための適切な契約条項のないLIBOR参照のレガシー契約(タフレガシー契約)に対処する連邦法の必要性について、多くの業界団体の代表者が議論し、質問に答えました。20の異なる業界団体が、委員会への書簡の中で、当該立法への支持を表明しています

公聴会では、Sherrod Brown委員長(民主党・オハイオ州)とランキングメンバーであるPatrick J. Toomey委員(共和党・ペンシルベニア州)が委員会メンバーとして宣言しました。公聴会の主な出席者は以下の通りです。

  • Tom Wipf: ARRC議長、Morgan Stanley マネージングディレクター
  • Andrew Pizor: 国民消費者法センター(National Consumer Law Center)のスタッフ弁護士
  • Christopher Giancarlo: 元米国CFTC議長、Willkie Farr & Gallagher LLPシニア・カウンセル
  • Michael R. Bright: CEO, Structured Finance Association

適切なフォールバック条項がない契約に対し、担保付翌日物調達金利(SOFR)ベースのフォールバック金利の指定により米ドルLIBORの(恒久的)公表停止に伴う訴訟リスクを軽減することについては、議員と業界の代表者は概ね合意しました。また、発行者もしくは代理人が代替金利指標を選択する裁量権を持つ契約においても、SOFRベースのフォールバック金利の選択に関して、立法によりセーフハーバーが提供されることになります。

委員会のメンバーは、新商品については、金融機関がそれぞれのビジネスモデルに適した金利指標を選択するオプションを持つべきであると強く主張しました。

PwCの見解

法律の制定はまだ先になります。しかし今回の公聴会では少なくとも、レガシー契約の法定フォールバックとそれに対応するセーフハーバー条項はSOFRのみに基づいて行われるべき、という1つの重要な問題について、議員と業界団体が共通認識に至ったことを示唆しています。これまでは、例えば消費者金融保護局(Consumer Financial Protection Bureau)が提案したレギュレーションZの改正案に対して、一部の市場関係者は、SOFR以外の代替金利指標の選択を法的に認めるべきと主張していました。しかし、セーフハーバー条項の適用を複数の代替金利指標に拡張するには、多少の課題があります。仮に、セーフハーバー条項が複数の代替金利指標を認めたとして、実際にそのうちのどれがカバーされるのかは不確かです。一方、既存契約のフォールバック金利をSOFRに限定することで、米ドルLIBORが公表停止した場合の経済的な影響に対する、法的な確実性と予測可能性が高くなります。

この法案は、今年初めにニューヨーク州で成立した法律をモデルとしていますが、新商品の発行に関する条項は含まれていません。新商品が参照する金利指標について議員や業界関係者は、金融機関のビジネスモデルに適した金利指標を自由に選択すべきだと繰り返し述べています。しかし、市場参加者は、このような議員のコメントが、信用感応度の高い金利指標(CSR)の広範な利用を認めるものと捉えるべきではありません。監督当局は、LIBORと同じような短所を持つ代替金利指標の使用を厳しくモニタリングすることをはっきりと表明しています。銀行が監督当局と協議を行う際、選択した金利指標の適合性に関する立証責任は銀行側にあります。

法案の審議は今後も継続されますが、下院歳入委員会、下院教育・労働委員会がそれぞれの管轄内の条項について意見を述べる可能性があり、法定金利指標の置換による税への潜在的影響や、連邦家族教育ローンプログラムの下で学生ローンの貸し手に支払われる特別手当(special allowance payments)に関する具体的な検討事項などがその対象に含まれると考えられます。

2.シンセティックLIBORの準備完了

英国金融行為規制機構(FCA)は、1カ月物、3カ月物、6カ月物の英ポンドまたは日本円のLIBORを参照する全てのレガシー契約(清算デリバティブを除く)について、2022年1月から発表される予定のシンセティックLIBORの参照を認めることを表明しました。FCAは、これらの2通貨に関し、英国ベンチマーク規制(BMR)の権限をもって、2022年1月3日以降、ターム物リスク・フリー・レート(RFR)に基づいて算出したパネル銀行の提出価格に依存しない金利(シンセティックLIBOR)を公表するようICE Benchmarks Administration(IBA、LIBORの現管理者)に命じました。これは、LIBORの恒久的な公表停止に対処するためのフォールバック条項がない契約に対して、セーフティネットを提供することを目的としています。しかし、BMRの下では、シンセティックLIBORを新商品に使用することはできません。加えて、FCAは、米ドルLIBORの取り扱いに関し、既存のLIBOR参照ポジションのリスク管理にかかる限定的な例外を除き、2021年末以降の米ドルLIBORの新規使用を正式に禁止しました

またFCAは、シンセティックLIBORに関し市中協議で寄せられたコメントをまとめたフィードバックステートメントを発表しました。FCAは、業界関係者からのフィードバックを踏まえ、日本円のLIBORと東京ターム物リスク・フリー・レート(TORF)の間の日数の違い(day count differences)を考慮して、日本円シンセティックLIBORの計算方法を調整するとしています。

FCAの発表に先立ち、ユーロ・リスク・フリー・レートに関するワーキンググループ(Euro RFR WG)が欧州委員会に送付した書簡は、英国法の適用を受けない契約について、シンセティックLIBORの使用にリスクがないとは言えないことに改めて注意を喚起するものとなりました。英国議会では、シンセティックLIBORの使用に法的なセーフハーバーを提供する法案が最終段階まで進んでおり、年内にも成立する見込みとなっています。Euro RFR WG は、英国外でこのような法制がない場合、市場参加者とその顧客がシンセティックLIBORを契約に適用する際に、法的な不確実性に直面することを懸念しています。本書簡では、このような不確実性に対処し解決するために、可能であれば法定代替金利指標の指定という形で、ECが立法案を採択することが求められています。

日本では、日本円金利指標に関する検討委員会(CIC)が、タフレガシー契約の扱いに関する協議結果を発表しました。報告書では、タフレガシーに該当するキャッシュ商品(代替金利指標への移行経路がない商品)のセーフティネットとして、シンセティック円LIBORを検討することが提案されています。そして、訴訟リスクを軽減するためには、全ての契約当事者間での積極的なコミュニケーションが重要であることが強調されています。また、今回の協議では、当初デリバティブ取引は対象外であったものの、移行できないキャッシュ商品のリスク管理を目的としたデリバティブ取引においては、「契約当事者が、シンセティック円LIBORを利用する際の留意事項等も踏まえ、個々の契約内容や当事者の意向に基づき、シンセティック円LIBORを利用するか否かを判断すべき」と提案しています。

PwCの見解

最近の業界イベントでの議論によると、シンセティックLIBORを参照すると予想される実際の契約数は、現在のLIBORエクスポージャーの中で金額的には非常に重要な部分であるものの、おそらく比較的少数になると思われます。しかしながら、シンセティックLIBORはその使用が単発的なものであっても、さまざまなリスク、とりわけ法的なリスクを伴う可能性があることが明らかになってきています。セーフハーバーが少なくともある程度の保護を提供すると考えられる英国以外では、特にその傾向が強いように見受けられます。このような条項が適用されない契約におけるシンセティックLIBORの規制上・法律上の取扱いに関する不確実性は、レガシーエクスポージャーを(パネルLIBORの公表停止までに)可能な限り削減する動機となるでしょう。しかしながら、それは2021年末を間近にして、言うは易く行うは難しというものです。金融機関は少なくとも、契約に含まれる条項の意味を正確に理解する必要があります。契約書には、金利指標の置換トリガー事象の説明を含むフォールバック条項に、代表性喪失やLIBORの計算方法の変更に関する文言が含まれていることがあり、このような場合にはシンセティックLIBORを簡単に使用することができない可能性があります。

複数の当事者間での調整を必要とするシンジケートローンでは、相対ローンに比べて移行の進捗が遅れています。そのため、シンセティックLIBORがそのような契約のセーフティネットとして機能することが期待されています1 。また、適切なフォールバック条項を持たない債券も同様に影響を受けると思われます。このような契約を修正するための努力は、2022年早々にも強まるでしょう。シンセティックLIBORの公表は2022年1月に開始される予定となっていますが、実際には2022年の最初の変動金利の更改日が後戻りできない境界線となります。当然のことながら、年初に近い金利更改日を持つ契約を優先して修正していく必要があります。

結局、シンセティックLIBORは一時的な救命措置に過ぎません。日本円のシンセティックLIBORは1年間しか公表されず、英ポンドのシンセティックLIBORの使用は将来のある時点で大きく制限される可能性があります。企業は、顧客との契約において、シンセティックLIBORがどこで、どのように使用されているかだけでなく、救命胴衣がしぼんでしまう前に、これらの契約を他の代替金利指標に移行する、もしくは、代替となる修復方法を見つける必要があることを、顧客に伝える必要があります。

1(PwC Japanグループ注)シンジケートローンの移行進捗が遅れていることをもって、安易にセーフティネットとしてのシンセティックLIBORの使用を期待しているものではないことに注意。国内においては、2021年3月8日の金融庁・日本銀行共同声明において、「2021年12月末までに円LIBORからの秩序ある移行を実現するためには、シンセティック円LIBORに安易に依拠することがあってはならず、シンセティック円LIBORの利用に当たっては、移行あるいはフォールバック条項の導入に向けて顧客への説明及び契約改定に向けた顧客交渉をしっかりと進めたもとで、タフレガシーに限定され、いわばセーフティネットとして利用されるべきものである」との期待が示されており、この期待は、2021年11月25日公表の金融庁・日本銀行の共同文書でも踏襲されている。なお、「タフレガシーとしてシンセティック円LIBORの利用を検討し得る契約」については、2021年11月19日に日本円金利指標に関する検討委員会から公表された『「本邦におけるタフレガシーへの対応に関する市中協議」取りまとめ報告書』にその指針が記載されている。

3.LIBOR移行に係る金融安定理事会(FSB)の声明

金融安定理事会(FSB)は、「年末までに完全な準備ができるように緊急に行動すること」を、市場参加者に求める声明を発出しました。FSBは、望ましい選択肢として契約の積極移行を提唱し、翌日物RFRが主要な代替金利指標として機能すべきであると指摘しています。特に懸念されているのは、主要な金融市場だけでなく、新興市場や発展途上国でも、米ドルやその他のLIBOR(ローカルIBORs)が引き続き使用されていることです。

声明では、CSRについては名指しで言及されてはいないものの、代替金利指標は、「LIBORの弱点を再導入しないため」に特に頑健である必要があるとしています。

PwCの見解

LIBORからの移行は、主にLIBORを公表している5つの国・地域における業界団体や監督当局によって進められてきました。推奨されるマイルストーンや信用スプレッド調整の計算方法などの技術的な決定に関しては、国際的な協調と調整に重点が置かれています。全てではないものの、その他の国・地域の監督当局も、2021年以降の米ドルLIBORの新規商品における使用を禁止するなど、これに呼応するガイダンスを発表しています。

2021年以降のLIBORの使用、特に米ドルLIBORの使用については、移行に積極的に参加していない国や地域などもあり、大きな不確定要素が残っています。例えば、米国市場においては、何をもってLIBORの新規使用とするのか、銀行が取引相手に関連するガイダンスを遵守させる必要はどの程度あるのかなどが不確定であり、課題となっています。しかし一般的には、主要な金融市場における米ドルLIBORの新規使用は、2021年以降、ほぼ終了すると市場参加者は予想しています。一方、一部の新興国や発展途上国の金融機関がこれに追随せざるを得ないと考えるかどうかはまだ分かりません。

例えば、5つのLIBOR通貨間の通貨スワップは、2021年末に廃止されるか、代表性を喪失するため、現在は主にRFR対RFRの取引が行われています。しかし、これら5つの通貨は、多くの場合その他の通貨に対しても通貨スワップの片側を構成しています。このような契約では、LIBORからRFRへの移行はまだ初期段階にあります。

特定の法域を念頭に置いて設計された解決案を、より広範なグローバル市場に適用することによる課題は他にも多数あります。市場参加者は、2023年6月に予定されている米ドルLIBORの公表停止に向けて準備を進めていますが、世界の基軸通貨に対するエクスポージャーの大きさを考えると、現在直面しているこれらのクロスボーダーの課題の多くは拡大していくものと考えられます。

4.米ドルLIBORの「新規利用」の定義

米国連邦準備制度理事会(FRB)は、LIBOR移行に関する追加ガイダンスをFAQの形で発表しました。このガイダンスは、SR Letter 21-12の一部としてすでに公表されている、移行による規制資本への影響に関する一連のFAQを補完するものです。新たなガイダンスでは、2021年末以降の米ドルLIBORの「新規利用」とみなされる契約をより明確にし、新たなLIBORエクスポージャーの創出や既存エクスポージャーの満期延長は、安全性と健全性に対する脅威とみなされる可能性があることを改めて強調しています。

Loan Syndications & Trading Association(LSTA)は、ブログ記事においてFRBのガイダンスの要約を掲載し、規制当局は、米ドルLIBORに連動したアンコミットメントラインの引き出しが2021年以降に許容されるかどうかという問題にまだ対処していないことを指摘しています。また、2021年に引き受けられても2022年にならないと分配されない米ドルLIBORを参照したシンジケートローンの潜在的な問題について、FAQでは取り上げられていないともしています。

PwCの見解

米ドルLIBORの新規利用とみなされる可能性について、あらゆるシナリオに対応する明示的かつ包括的な規制当局からの青写真を期待している市場参加者は、その期待を抑える必要があるでしょう。他の分野でもそうであるように、米国の銀行規制当局によるガイダンスは、主に原則で構成されています。このような観点から、アンコミットメントラインの引き出しが、米ドルLIBORへのエクスポージャーを増加させるべきではないという規制当局の期待に合致するものであるかどうかを確認することは困難と言えます。その一方で、既存の LIBORベースのファシリティの延長が、慣例的に行われているのか、それとも契約上の義務を果たしているのか、すぐには分からない場合があります。銀行、顧客、監督当局は、このような判断をする際に、必ずしも意見が一致するとは限りませんが、そのような意見の相違は、普遍的に適用されるガイダンスではなく、二者間の話し合いで解決することになるでしょう。いずれにしても、SR 20-27に記載されている4つの許容されるケースに沿った、十分に管理・文書化された例外プロセス以外で、米ドルLIBORを使用することは、監督当局の特別な関心を引くことになると思われます。

LIBORの新規利用の定義以外では、LIBORの新規利用の禁止によるノンバンクの貸し手や他の規制されていないセクターへの影響がまだ不明となっています。一部の金融機関は、米ドルLIBORベースの商品を提供し続ける意欲をある程度は持っているかもしません。しかし、流動性と需要が徐々に他の選択肢に移っていく中で、そのような組織がLIBORベースの商品を提供し続けられるかどうかは、全く別の問題と言えるでしょう。

※本コンテンツは、PwCが2021年12月に発刊した「LIBOR Transition Market update: November 1-30, 2021」の一部を抜粋し翻訳したものです。

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