LIBOR移行対応アップデート―ハイライト(2021年8月1日~8月15日)

今号では、欧州における立法的救済策の進捗状況、ARRCが推奨するキャッシュ商品のフォールバックレートとスプレッド調整のプロトタイプの公開開始、そしてシンガポールにおけるレガシー契約の移行にかかる取り組みについて解説します。

1.欧州における立法的救済策の進捗状況

欧州委員会(EC)は、欧州法(European law)の対象であるスイスフランLIBOR契約の代替金利指標としてスイス翌日物平均金利(SARON)ベースの金利指標を、ユーロ圏無担保翌日物平均金利(EONIA)契約の代替金利指標としてユーロ短期金利(€STR)ベースの金利指標を指定する施行規則のドラフトをそれぞれ公表しました。両ドラフトに対するコメントの受け付けは2021年8月31日までとなっています。

今回の代替金利指標の指定は、欧州ベンチマーク規則(EU BMR)の改正により可能となったものです。この代替メカニズムは、2021年初めに米国ニューヨーク州で可決され、現在は連邦レベルで検討されている法案と同様の機能を有するものであり、金利指標の恒久的な公表停止に対処するための適切なフォールバック条項がない契約にのみ適用されます。

この規制の下でスイスフランLIBORは、対応するテナーにかかる(日次)複利平均SARONに置き換えられ、SARONとスイスフランLIBORとの経済的差異を反映したスプレッド調整が付加されます。当該規則で規定されているスプレッド調整値は、国際スワップデリバティブ協会(ISDA)がLIBORを参照するデリバティブ契約のIBORフォールバックの一部として実施しているものと同様です。

先に行われたスイスフランLIBORの法定代替案に関する協議(原案)とは対照的に、現行ドラフトでは、適用対象を特定の日付以前に締結された契約に限定していません。同様に、ECは当初、不動産消費者ローン、一般消費者ローン、中小企業ローンのみを適用範囲に含めることを検討していましたが、現行ドラフトにそのような制限はなく、代わりにEU BMRを参照し、適切なフォールバック条項がないという条件に基づいて、はるかに広い適用範囲を規定しています。その他の原案との相違点としては、法定代替案は、最も一般的に使用されているスイスフランLIBORの3カ月テナーを参照する契約だけでなく、1カ月、3カ月、6カ月、12カ月の各テナーを参照する契約にも適用されるということです。

EONIAは、€STRに8.5ベーシスポイント(bps)の固定スプレッド調整を加えた金利に置き換えられます。ECは、当該施行規則の作成にあたり、ユーロ・リスク・フリー・レート(RFR)に関するワーキンググループの要請に応えました。同ワーキンググループは、デリバティブや担保契約(CSA)に相当量のEONIAエクスポージャーが残る中、移行が完了していないレガシー契約により潜在的な混乱や契約履行に対する疑問が生じる可能性があり、人的負荷の高いアドホックな対応が必要になるのではないかという懸念を表明していました。

PwCの見解

EONIAの法定代替に関するECの立法案は、ユーロRFRに関するワーキンググループの要請から1カ月もたたないうちに公表され、非常に速やかであったと言えます。この要請へのECの対応は、議会(lawmakers)が未修正の契約を深刻なリスクとみなしていることの証左と言えるかもしれません。市場参加者は、LIBORベースの契約移行にあたり、立法的救済策を第一の解決策とする計画を立てるべきではありませんが、議会と規制当局はともに、金融の安定性にかかるリスクへの対処に注力しているように見受けられます。

EONIAの代替金利を規定する立法案に、スイスフランLIBOR参照契約には含まれていた、金融機関が顧客に代替が迫っていることを通知するという明確な要件が存在しないことは注目すべき点です。しかし、最終版のテキストにこのような規定が含まれるかどうかはまだ分かりません。

引き続きLIBOR公表停止前に可能な限り契約を積極的に修正することが、レガシー契約の望ましい移行オプションとなります。フォールバック条項、シンセティックLIBORの見通し、あるいは立法的救済策があったとしても、LIBORの公表停止時において未対応のレガシー契約数が少ない市場参加者の方が、多い市場参加者に比べて、複雑な問題に直面することは少ないでしょう。

一方で、公的セクターは、このような複雑さを最小限に抑える重要性を認める傾向にあるようです。英国では、シンセティックLIBORの使用範囲に関する制限が、当初考えられていたよりも緩やかになる可能性があります。米国では、適切なフォールバック条項を含まないレガシー契約に立法的救済策を提供しようとする取り組みが、ニューヨーク州にとどまらず連邦議会にまで及んだことで、より多くのレガシー契約が(救済策の)対象となりつつあります。そして今回ECが提出したドラフトは、監督当局が以前示唆していた範囲より対象が広くなっています。

ECの提案が予想以上に広範囲であっても、全ての顧客や取引先が、立法的救済策による契約の一方的な移行に賛成というわけにはいかないでしょう。すでにCSAの一部を€STRフラットに移行している市場参加者や、€STRディスカウントの対象となる清算デリバティブを保有している市場参加者は、CSAが€STR+8.5 bpsに移行した場合、(いろいろな金利指標の契約が混在する)複雑なブックに直面する可能性があります。このような場合、市場参加者は、均質な契約プールを構築するために、法定代替による移行後に、契約の見直しを検討することもあり得ます。

また、中には、ITの制約から1つの割引金利しか利用できない中小の市場参加者もいます。これらの参加者の多くは、中央清算機関(CCP)で採用されているコンベンションに沿って€STRフラットを好む傾向にあり、すでにCSAの積極的な移行を開始しています。たとえ立法的救済策が認可され法制化されたとしても、彼らはこの取り組みを継続するでしょう。

この結果、多くの市場参加者が引き続き、LIBOR公表停止前の契約修正や再交渉を進めることは間違いありません。とはいえ、この立法的救済策の広範な適用範囲について大半は安堵するでしょう。

2.Refinitiv社による米ドルキャッシュ商品のフォールバックレート公表

米国代替参照金利委員会(ARRC)の選定ベンダーであるRefinitiv社は、ARRCが推奨するキャッシュ商品のフォールバックレートとスプレッド調整のプロトタイプの公開を開始したことを発表しました。Refinitiv社は、解説用のファクトシートと計算の裏付けとなる手法も公開しています。これを受けてARRCは、公表を歓迎する声明を発表しています。

消費者向けキャッシュ商品のフォールバックレートは、ニューヨーク連邦準備銀行が公表している担保付翌日物調達金利(SOFR)平均値に基づいており、各テナーのスプレッド調整値とオール・イン・レート(SOFR平均値+スプレッド調整値)の両方が含まれています。また、ARRCが推奨する1年間の移行期間も含まれています。この移行期間は、米ドルLIBORの公表停止時にスプレッド調整値を一気に導入するのではなく、12カ月かけて段階的に導入することで、公表停止時にレートが(現行スプレッド水準からすでに決まっているスプレッド調整値にジャンプすることにより)急変するリスクを軽減させることを意図しています。

法人向けのフォールバックレートには、異なるコンベンションに基づいて計算されたスプレッド調整済みのSOFRレートなど、より広範なレートが含まれます。これらのレートは、後決め複利平均SOFR、後決め単純平均SOFR、前決め複利平均SOFRに基づいており、各テナーに対応するスプレッド調整値も含んでいます。またRefinitiv社は、スプレッド調整されたSOFRのそれぞれのバージョンについて異なるコンベンションを採用したレートを公表しています。これには、さまざまな期間のロックアウトやルックバック(オブザベーションシフトあり・なし)、および、これらについてSOFRをベースにしたバージョン(フロアあり・なし)などがあります。

ファクトシートには、フォワードルッキングなターム物SOFRをベースにしたフォールバックレートも後日追加される予定であることが記載されています。

PwCの見解

キャッシュ商品のフォールバックレートの公表は、過去数年で進化を遂げたさまざまな商品におけるRFRの使用に関する多様な計算コンベンションにより、複雑化しています。米ドル建てデリバティブの場合、ISDAフォールバックではLIBORの各テナー(のフィキシング)に対して1つのフォールバックが必要となりますが、Refinitiv社は最終的に7つのテナーに対して合計100以上の異なる組み合わせを公表する予定です。ポートフォリオの一部にでも米ドル建てキャッシュ商品のフォールバックを頼りにしている市場参加者は、自社のポジションを関連するRefinitivフォールバックに当てはめて確認することが推奨されます。膨大な数の組み合わせがあるとはいえ、サポートされない組み合わせがある可能性もまだ残っています。

消費者向けキャッシュ商品のフォールバックについて、現在の目安となる(indicativeな)スプレッド調整を(ローリングの)2週間単位で計算し公表することは、一部で混乱の原因となるかもしれません。市場参加者は、LIBORと比較した場合の異なる資金調達リスクをいかに適切に考慮するかを含め、RFRに連動した新規ローン金利をどのように設定するかという課題に取り組んでいます。金融機関は、Refinitiv社が公表しているレートが、消費者向け商品のグライドパス(侵入ルート)をサポートする目安となる(indicativeな)指標にすぎないことを、担当者と借り手の双方に理解してもらう必要があります。これらのレートは、新規ローンの価格設定のあり方に、魔法のような洞察を与えてくれるものではないのです。

3.シンガポールにおけるレガシー契約の移行に関するガイダンスとタイムライン

シンガポールスワップオファーレート(SOR)およびSIBORのシンガポール翌日物金利平均(SORA)への移行に関する検討委員会(SC-STS)は、SORに基づくレガシー契約の移行に関する最新のタイムラインと推奨事項発表しました。同委員会は以前、2021年9月末までに、SORまたはSIBORに基づく一切の新規商品の発行を終了するという推奨スケジュールを提示していました。米ドルLIBORの公表が2023年6月まで継続されることにより、その計算インプットとして米ドルLIBORに依拠するSORの公表継続も可能な状況ではあるものの、このスケジュールは2021年初めに確定していました。

SC-STSはそのガイダンスの中で、シンガポール通貨庁(MAS)のサポートを受けて、既存のSOR契約をSORAに積極的に移行することを強く推奨しており、SORAはSORおよびSIBORに代わるRFRとされています。報告書では、2021年末まで一定期間の(取引)機会があることを踏まえ、その間、ベーシス市場の流動性を維持することで、SORとSORAのスプレッドの期間構造に関する価格の透明性を提供する必要があるとしています。

ベーシス市場の流動性は2022年に低下し、価格の透明性に悪影響を及ぼすと予想されますが、それに先立ってこの(市場価格の)透明性を利用すれば、借り手と貸し手は観察可能なスプレッドに基づいて公正な結果を交渉することができると考えられます。報告書では、SORベースの契約をSORAに移行する際に、適切なスプレッド調整を決定するための検討事項が商品タイプ別に示されています。ホールセール市場については、取引相手に、SOR-SORAベースのスワップ中間レートを「商業的に合理的な開始基準」として交渉することを提案しています。

リテール市場については、よりシンプルなアプローチが提案されています。銀行は、3カ月物の前決め複利平均SORAに、顧客に関するクレジットスプレッドおよびシンガポール銀行協会(ABS)が毎月発表する「調整スプレッド(リテール)」を加えた、標準的な「SORA変換パッケージ」を提供することが推奨されています。提案されたリテールスプレッド調整は事実上、ある時点でのスポットスプレッドを示していますが、法人向け契約の転換ではフォワードスプレッドを考慮することが期待されています。

PwCの見解

これまでLIBORに関する各国のワーキンググループや規制当局は一貫して、レガシー契約移行にあたっては(LIBOR公表停止前の)積極的な修正が好ましいと推奨してきました。その利点は、経済的帰結のコントロール、フォールバックの実施に伴うオペレーショナルリスクの軽減、潜在的な訴訟の発生への対応などが挙げられます。SC-STSガイダンスは、そのような積極的な移行を実施するための最も詳細な青写真を示しています。

経済的帰結をコントロールしたいと考えている法人市場参加者や熟練したリテール顧客は、引き続きレガシー契約の積極的な移行を追求していくと見られますが、早急に行動を起こす必要があります。フォワードベーシス市場に豊富な流動性がある限り、価格の透明性は、潜在的な価値移転を最小限に抑えるのに役立つでしょう。しかし、SC-STSが指摘しているように、この限られた機会は長く続きません。

リテール市場では、基本的に「事前定義済みの代替条項(predefined replacement terms)」(前述の標準的な「SORA変換パッケージ」)を推奨することで、貸し手にとっては顧客へのアプローチプロセスが大幅に簡素化される見通しです。人的負荷の高い長時間の交渉を行うよりも、標準化されたパッケージの「受けるか否かの二者択一(take-it or leave-it)」という特性は、貸し手と借り手の両方にとって魅力的であると考えられます。また、広く使われている事前定義済みの代替条項を用いるアプローチは、顧客の平等な扱いを促進することから、潜在的なコンダクトリスクに対する懸念を軽減するのに役立つとも考えられます。

しかし、画一的なアプローチでは、事前の期待に応えることができず、妥協が必要になることも多分にあるでしょう。例えば、ミッド・ポイント・レートの使用は、ビッド・オファー・スプレッドを考慮していないため、実際には貸し手にとって実質的なヘッジコストとなってしまう場合があります。また、提案されているアプローチは、不完全な経済的帰結と引き換えに、時間・リソースの節約とコンダクトリスクの管理が可能になることを効果的に示しています。

IBORフォールバック条項を批准している組織 (2021年8月14日時点)

※本コンテンツは、PwCが2021年8月に発刊した「LIBOR Transition Market update: August 1-15, 2021」の一部を抜粋し翻訳したものです。

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