
LIBOR移行対応アップデート―ハイライト(2022年6月1日~7月15日)
今号ではFRBが公表したLIBOR法の施行案、英国FCAによる英ポンドシンセティックLIBORの公表停止時期にかかる市中協議のほか、米ドルシンセティックLIBORを巡る議論について取り上げます。
今号では、ARRCによるターム物SOFRの管理機関の決定、欧州におけるレガシーエクスポージャーの現状、FCAによるシンセティックLIBORの使用範囲と米ドルLIBORの使用制限にかかる市中協議について解説します。
米連邦準備制度理事会(FRB)のRandal Quarles副議長は、先日行われた米国下院金融サービス委員会の公聴会において再度、LIBOR移行に関する質問に回答しました。Quarles氏は、2022年以降、新規契約にLIBORを使用することは、安全性と健全性の観点から懸念があるとし、FRBは「新規契約にLIBORを使用しないように金融機関を監督する」と改めて発言しました。また、担保付翌日物調達金利(SOFR)はLIBORに代わる「最良のレート」であるかという問いに対しては、「FRBの考えは、銀行が移行に備える必要があるということであり、特定のレートに移行しなければならないということではない」と答えました。Quarles氏は、同公聴会においてLIBORのタフレガシー契約の問題について質問された際、「これに対処するには、法律に拠る以外に方法はない」と改めて述べています。
議会の公聴会は、質疑応答の時間が限られており、常に深い詳細な議論ができるわけではありません。市場参加者が米ドルLIBORに代わる適切な代替金利指標を自由に選択することができるというQuarles氏の譲歩は新しいものではありません。しかし、以前も触れたように、市場参加者はこのような発言一つをとって、信用感応度の高い金利指標(CSR)への全面的な支持表明と捉えるべきではありません。米国代替参照金利委員会(ARRC)が先般開催したSOFRシンポジウムにおいて、ニューヨーク連邦準備銀行(FRB NY)総裁のJohn Williams氏とイングランド銀行(BOE)総裁のAndrew Bailey氏が厳しく警告したように、現実はもっと複雑です。
デリバティブ市場では、SOFRは米ドルLIBORに代わる主要な金利指標になると考えられています。SOFRは、国際スワップデリバティブ協会(ISDA)のIBORフォールバックプロトコルの対象となる米ドルLIBORを参照するデリバティブ取引のフォールバック金利として指定されています。
同様に、中央清算機関(CCP)は、既存のLIBOR契約を、SOFRに基づく市場標準のオーバーナイト・インデックス・スワップ(OIS)取引に事前転換(pre-emptive conversion)することを提案しています。
一方、キャッシュ市場の状況はやや複雑です。SOFRは現在、さまざまなキャッシュ商品で採用されているARRC推奨のフォールバック条項のフォールバック金利として指定されています。また、適切なフォールバック条項がない既存契約への対応策として、ニューヨーク州法や今後連邦法になるであろう立法的救済策の対象となる既存契約のフォールバック金利となります。単一の「セーフハーバー」、つまり代替金利指標としてのSOFRの特定は、既存契約の予測可能性と公平な取り扱いを促進することから、このような法律にとって現実的に必要なことかもしれません。キャッシュ市場の商品とそれに対するデリバティブヘッジを(代替金利指標としての)SOFRに合わせることも望まれます。
しかし、キャッシュ商品の新規発行においては、複数のオプションが利用可能になりつつあります。これらには、さまざまな種類のSOFR(単純平均、前決め、後決め複利、あるいはターム物SOFRを含む)やCSRなどの代替金利指標が含まれます。実際、これらのオプションは、既存契約の事前移行においても利用可能ですが、企業は、事前移行またはフォールバックにかかる全ての当事者が、そのような金利がどのようにして導かれ、異なる経済シナリオ下でどのように挙動するのか、また会計や税務への影響や使用にかかるその他のリスクについて詳細を理解するようにしなければなりません。これは事前移行にかかる経済的条件が「標準的な」SOFRフォールバックと異なる場合には、より重要になるでしょう。
ARRCは、フォワードルッキングなターム物SOFRの将来における管理機関としてCMEグループを選定したことを発表しました。ターム物SOFRの推奨は、2021年5月初めに発表した一連の市場指標に関する進展次第で決定されるため、ARRCはまだ正式な推奨はしていません。CMEグループは2021年初めよりフォワードルッキングなターム物SOFRの公表を(キャッシュ商品に限定した使用を想定して)開始しています。ARRCの正式な推奨は、ARRCが提案するキャッシュ商品のフォールバック条項において、米ドルLIBORが公表停止した際の第1の代替オプションとしてARRCが推奨するタームレートが規定されているという点で重要となっています。
CMEグループが将来の管理者に選ばれたことで、ターム物SOFRに関する不透明感が軽減しました。ARRCの正式な推奨を待っている状況ではあるものの、すでにターム物SOFRは公表されており、市場参加者はその特性や挙動を知ることができるでしょう。
繰り返しになりますが、ARRCによるターム物SOFRの正式推奨は、現時点で市場参加者がキャッシュ商品の契約でCMEグループのターム物SOFRを使用するにあたって明確に必要とされているわけではありません。しかし、多くの貸し手は、市場の注目を集めてまで、ARRCの推奨前にターム物SOFRを使用する価値があるか疑問を持つでしょう。ARRCがCMEグループのターム物SOFRを正式に推奨すれば、新商品への使用率はほぼ間違いなく上昇すると考えられます。
幸いなことにARRCの正式な推奨はそれほど先のことではないかもしれません。米国の金融規制当局が2022年以降の米ドルLIBORを参照する新規取引を事実上禁止していることを踏まえると、翌日物であるSOFRに連動する商品の流動性は今後6カ月ほどでさらに高まると考えるのが妥当でしょう。そうなればARRCは、ターム物SOFRを承認するために必要な基準が満たされたと結論づけることができます。
ターム物SOFRが新規商品に広く採用されるようになれば、信用感応度の高い金利指標に対する風向きも変わる可能性があります。ターム物金利は以前より、運用のしやすさを重視する一部の市場から望まれてきました。金利計算期間の開始時に利息額を把握できることから、ターム物SOFRは、LIBORのようなフォワードルッキングな金利を使用するのと(経済的に同一ではないにしても)実務的には同じように感じられるでしょう。日次の後決め複利計算を行うことの複雑さを懸念して、フォワードルッキングな信用感応度の高い金利の使用を望む市場参加者もいます。少なくともその中の一部は、ターム物SOFRが利用可能になれば、好ましい代替金利として検討するかもしれません。
欧州中央銀行(ECB)はニュースレターを発刊し、銀行におけるユーロ圏無担保翌日物平均金利(EONIA)、EURIBORおよびLIBORの既存契約(レガシーエクスポージャー)に関する2020年12月の評価結果を公表しました。今回の評価結果からは、2019年末に実施した前回調査と比較して、LIBORまたはEONIAを参照する契約数が大幅に減少していることが判明しました。一方、LIBORまたはEONIAを参照する契約金額の減少は約11.5%にとどまり、EURIBORへの契約金額に至ってはわずかに増加しています。
当該ニュースレターでは、銀行のEONIAに連動する預金や債券の削減が明らかに進んだ一方で、ローンや非清算デリバティブについては大きなエクスポージャーが残っていることが指摘されています。EONIAとLIBORの公表が停止する2021年12月31日より後に満期を迎える契約の場合、適切なフォールバック条項の欠如は大きな移行リスクを伴うことになります。実際、2021年12月31日より後に満期を迎える長期のEONIAを参照する契約の41%、LIBORを参照する契約の53%には、それぞれの金利指標の恒久的公表停止に対応する適切なフォールバック条項が含まれていません。EURIBORも同様で、適切なフォールバック条項が含まれていない契約は67%に上ります。
ECBは、銀行は金利指標改革に対する「準備状況を徹底的かつ継続的に評価」し、レガシーエクスポージャーの削減に取り組むべきと強調しています。また銀行に対しては、新規契約におけるLIBORの使用を可能な限り早急に中止するよう求めており、その進捗状況を注意深く監視していくことを示唆しています。
欧州市場における米ドルLIBORのエクスポージャーの大きさを考えると、2023年まで米ドルLIBORの公表が継続することは、米国だけでなく、欧州の企業にも猶予を与えることになります。リスク・フリー・レート(RFR)に基づいた新たな米ドル商品の開発が進む中、米ドルLIBORを参照する既存取引に対処する時間的余裕が生まれたことで、銀行は他の金利指標に連動する既存取引の移行を加速することができるでしょう。適切なフォールバック条項が含まれていない契約の割合の多さも、緊急性を高める要因となるはずです。
残された時間が約7カ月となった今、企業は取り組みを遅らせることはおろか、現在と同じペースで続けることもできません。修正プロセスには時間と資源が必要となります。例えば、デリバティブ取引をサポートする担保契約(CSA)に関して、EONIAからユーロ短期金利(€STR)への移行は、多くの企業にとってかなり困難なものとなるでしょう。バイサイドの顧客の多くは移行プログラムの立ち上げが遅れているほか、優先順位付けや処理能力(経営資源)の問題を抱えている企業もあるため、カウンターパーティとは複数回にわたりコミュニケーションをとる必要があるかもしれません。
企業に対して「フォールバック条項の導入に向けた取り組みを強化する」というECBの要請は、欧州ベンチマーク規制(EU BMR)が銀行に重要な金利指標の公表停止に向けて頑健な計画を立て、その計画を契約書に反映させるよう求めていることと一致しています。EU BMRは具体的な契約上のフォールバックまでは求めていませんが、ユーロRFRに関するワーキンググループ(EUR WG)におけるEURIBOR契約にかかる€STRベースのフォールバックに関する推奨は具体的な指針となるでしょう。ECBが直接、強固なフォールバック条項の必要性を訴えていることから、EUR WGの推奨を聞き流している企業は、規制当局から厳しい指摘を受けることになるかもしれません。
英国金融行為規制機構(FCA)は、シンセティックLIBORの使用に関する制限と、2021年末以降1、(新規取引において)米ドルLIBORの使用を禁止する新たな権限の行使案について市中協議文書を公表しました。当該市中協議への回答期限は2021年6月17日となっています。
2021年金融サービス法の一部として英国ベンチマーク規制(UK BMR)に加えられた改正により、FCAは、再交渉や修正が困難な既存のLIBOR参照契約の問題に対処するための追加権限を得ました。これらの契約に伴うリスクを軽減するために、FCAは、特定の英ポンドおよび日本円のLIBORをシンセティックベース、すなわちパネルバンクからの呈示に頼らない算出方法で、継続的に公表することを義務付けようとしています。
市中協議案の第1部では、シンセティックLIBORの参照が認められる契約の種類と範囲を決定する際にFCAが考慮する要素が説明されています。提案されている検討事項は多岐にわたりますが、全般的にはシンセティックLIBORの使用を制限することで生じる消費者保護と市場規律にかかるリスクに関連するものとなっています。FCAは、適切なフォールバック条項が含まれない既存契約の規模とその性質、およびそのような契約がどの程度修正されると合理的に予想されるかについての考慮事項を説明しています。また、シンセティックLIBORの計算の裏付けとなる金利指標の流動性への潜在的な影響も、FCAの意思決定における検討要素となります。
市中協議案の第2部は、公表が停止する金利指標の新規商品への使用に対する制限に関する内容となっています。ここでは、金利指標の使用を制限することが、金融の安定性、秩序あるベンチマークからの移行、そしてシステム全体のオペレーショナルリスクにどの程度影響を与えるかという点を中心に検討されています。
いずれの場合も、FCAは、国際的な整合性を考慮するとともに、シンセティックLIBORの使用範囲または新規商品におけるLIBORの使用制限に関する基準を市場に明確に伝えることができるかどうかという観点から検討するとしています。
FCAは、シンセティックLIBORの既存契約への使用を具体的にどのように認めるか、またLIBORの新規使用をどのように制限するかについての決定案を2021年第3四半期に諮問する予定です。両問題に関する最終ガイダンスの公表は、2021年第4四半期に予定されています。
¹ FCAの市中協議案の詳細については、「FCA consults on tough legacy powers - take two」を参照ください。
FCAは、新規契約において米ドルLIBORの使用を廃止することに対する米国銀行規制当局の期待に明示的に言及しています。今回の市中協議案でも示されているように、FCAは国際的な協調の必要性を繰り返し述べており、すでに実施されている米国のガイダンスに合わせることを検討しているようです。
シンセティックLIBORはさらに複雑です。FCAの市中協議案では、シンセティックLIBORの使用を取り巻く複雑な状況が解説されていますが、まだ謎は解けていません。最大の課題は、どの契約にシンセティックLIBORの参照を認めるかということではないかもしれません(多くの場合、その答えは比較的単純でしょう)。LIBORの参照を継続することが認められる契約の種類と範囲について広範な合意が得られたとしても、その「範囲」を完全に曖昧さのない法律用語で表現することはほぼ不可能とも言えます。
現在ニューヨーク州で導入され、連邦レベルでも検討されているARRCの立法的救済策が、商品の種類やその他の属性によって契約を区分することさえしていないことは示唆的と言えるでしょう。当該救済策は、FCAが市中協議案で説明している多くの検討事項に関係なく、フォールバック条項がない、または不十分である全ての契約を対象としています。
最終ガイダンスがどのような形になろうとも、企業はさまざまな結果に備える必要があります。ある程度の曖昧さが想定され、またそれによって法的な問題が発生する可能性もあります。現時点でまだ準備をしていない企業は、自社の契約、組み込まれたフォールバック条項、その他の契約上の特性を十分に理解しておかなければなりません。FCAの最終ガイダンスでは、単に修正が面倒な契約よりも、修正が実質的に不可能な契約が優先される可能性が高く、事前移行が可能なものについては、企業はあらゆる努力をするべきでしょう。また、LIBORが公表停止される前に修正できない契約については、シンセティックLIBORの継続的参照が許容されない(立法的救済策の範囲外となる)可能性を考慮しなければなりません。訴訟の可能性に備えて今から準備をしておけば、2022年初めの限られた時間の中で、困難かつ複雑な意思決定を行う必要性は減るはずです。
2021年末に向けて、銀行は契約の見直しや顧客アウトリーチ活動に注力しており、2021年の下半期には、さらにこれらの活動が活発化することが予想されますが、同時に処理能力の限界とリソース不足という課題が待ち受けています。
PwCのグローバルLIBOR移行支援チームは、今般クライアント企業に対する調査とラウンドテーブルを実施しました。このシリーズでは、業界の準備状況、銀行がフロントエンドの契約修正や顧客エンゲージメント活動に取り組む際に直面している課題、バックエンドシステムの複雑な変更に対処するために事務部門やIT部門がどのように連携しているか、外部ベンダーや市場インフラプロバイダーへの依存度をどのように管理しているか、などを明らかにしています。
詳細は、PwCのブログとポッドキャスト(英語)をご参照ください。
※本コンテンツは、PwCが2021年5月に発刊した「LIBOR Transition Market update: May 16-31, 2021」の一部を抜粋し翻訳したものです。
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今号では、カナダ銀行間取引金利(CDOR)の公表停止の発表と米ドルLIBORスワップの事前転換について解説します。
今号では米国財務会計基準審議会が発表したLIBOR移行ガイダンスの「サンセット日」を2022年12月31日から2024年12月31日に延長し、ヘッジ関係で使用できる金利指標のリストを修正し、SOFRに基づく金利を追加する提案の公開草案について取り上げます。
今号では米国におけるLIBOR法案の可決と、米国フェデラルファンド(FF)金利の引き上げによるSOFRレートの動き、ISDAのイベントにて業界関係者より発信された米ドルLIBORの公表停止に向けた対応などにかかるコメントを取り上げます。