LIBOR移行対応アップデート―ハイライト(2021年5月1日~15日)

今号では、期間中に行われた業界イベントにおける規制当局や業界関係者の発言や、フォワードルッキングなターム物SOFRに関する動向、シンセティックLIBORにかかるセーフハーバー規定を巡る議論について取り上げます。

1.ARRC主催 SOFRシンポジウム:RFR採用への主張

米国代替参照金利委員会(ARRC)は、第2回 SOFRシンポジウム:The Final Yearを開催しました。本シンポジウムでは始めに、金融安定理事会(FSB)のOSSG(Official Sector Steering Group)共同議長であるイングランド銀行(BOE)総裁のAndrew Bailey氏とニューヨーク連邦準備銀行(FRB NY)総裁であるJohn Williams氏によるディスカッションが行われました。この後に企業の貸し手、借り手、業界団体の代表者が参加して行われたパネルディスカッションでは、担保付翌日物調達金利(SOFR)の貸出金利としての利用や、フォワードルッキングなターム物SOFRの見通しなど、ローン市場の動向が議論されました。

Bailey総裁は冒頭のスピーチにおいて、英ポンドLIBORからSONIA(ポンド翌日物平均金利)への移行がデリバティブとキャッシュ市場の両方で進んでいること、フォワードルッキングなターム物SONIAの限定的な利用への期待、LIBORに代わる新たな信用感応度の高い金利指標をめぐる議論に言及しました。そして信用感応度の高い金利指標の多くが、LIBORの流動性の低さやストレス時の急激なレート変動の原因であったコマーシャルペーパー(CP)市場や譲渡性預金(CD)市場を参照していることから、「信用感応度の高い金利指標は、本当にLIBORの欠点を解決するものなのか」という疑問を投げかけました。また「小さく、縮小していく市場」に頼るよりも、リスク・フリー・レート(RFR)が頑健かつ最も理にかなった代替オプションであると述べています。

Williams総裁も同様のポイントに触れ、金融システムを長期的に支える頑健な基礎を持つ基準金利としてSOFRを採用するよう求めました。Bailey総裁が述べたように、市場参加者に対して、「私たちがこれまで解決しようと懸命に努力してきた状況(脆弱な基礎に基づいた金利指標の広汎な利用)に戻ってしまう」可能性のある選択をしないよう注意を喚起しました。

この後に行われたパネルディスカッションでは、LIBOR移行においてこれまで考えられてきた事業会社の役割ついて参加者が異議を唱えました。第1に、フォワードルッキングなターム物SOFRの必要性と要望について、パネル参加者の一人は、全ての事業会社がそのようなターム物RFRを求めていると考えるのは誤りであることを指摘しました。最近の商業市場や消費者市場での取引では、SOFRが貸出金利として利用されており、後払いでも前払いでも、複利計算での運用は成功しています。第2に複数の参加者が、現時点において銀行はSOFRに基づくローンはおろか、それに関する情報さえ提供する準備ができていないことを多くの事業会社が認識していると指摘しました。AFP(Association of Financial Professionals)のトレジャリーサービスのディレクターも、下院金融サービス委員会での証言を引用し、この意見に賛同を示しました。最近実施された調査では、調査参加者の多くが米ドルLIBORからSOFRへの移行について(銀行に)問い合わせをしても、「行員から詳細な提案や導入時期の説明を受けることができなかった」と回答しています。

PwCの見解

この数カ月におけるLIBOR移行にかかるニュースでは、フォワードルッキングなターム物RFRや信用感応度の高い金利指標(CSR)に関する話題が目立って取り上げられています。SOFRシンポジウムや同じ週に行われた国際スワップデリバティブ協会(ISDA)の年次総会での発言は、LIBORを消滅へと追い込んだ根本的な問題を再確認させるものでした。特定の金利指標のテナー(の金利値)の算出に使用される資金市場の日次実取引の減少をめぐる問題と、その結果として求められる管理者判断(management judgement)については、長い間議論されてきました。現在検討されているCSRは、管理者判断に依存しないと期待されてはいるものの、景気循環のある時期に基礎市場の流動性が枯渇し、市場の混乱や金利の急激な変動を引き起こす可能性といった別の問題の解決策となるかは不明です。現在提案されているCSRの多くは、LIBORの基礎市場(CD、CP、大口定期などの短期無担保のホールセール資金貸借市場)を引き続き参照していることから、LIBORと同じいくつかの問題に直面していると言えます。

LIBOR移行は、他の大規模な規制や市場の変革と何ら変わりはないとも言えます。つまり、規制当局が市場の長期的かつシステミックな安定性に焦点を当てる一方で、銀行は必要な変更に伴う戦術上の課題に対応しようとしているのです。市場参加者にLIBOR移行を包括的でシステミックな問題として捉える余裕は必ずしもありません。それよりも、定期的に利息を支払う市場において翌日物金利を運用するためのよりミクロな課題に直面していると言えます。

とはいえ、前述のシンポジウムやISDA年次総会で成されたコメントは、信用感応度の高い金利指標やターム物RFRを完全に否定するものではありません。むしろ第1の選択肢としてRFRを強く推奨し、代替手段は絶対に必要な場合にのみ利用することを奨励していると言えるでしょう。

移行における企業の役割

人生において、白黒がはっきりつくことは滅多にありません。小規模な金融機関の中には、RFRでの取引機能の確立に苦労しているところもあれば、顧客との関係を管理するリレーションシップマネージャーが全ての法人顧客に対して明確かつ一貫したメッセージを伝えるのは難しいと感じている企業もあるでしょう。同様に、現在に至るまでLIBOR移行に全く注意を払ってこなかった事業会社もあると思われます。米ドルLIBORが事実上、新商品に利用できなくなるまで残された日数はあと229日(執筆時点)となっており、借り手側も貸し手側も、後れを挽回する時が来ています。

2.ISDA年次総会

ISDAの年次総会では、LIBOR移行が議論の中心となりました。初日には、英国金融行為規制機構(FCA)のEdwin Schooling Latter氏がLIBOR移行の「アクセルを踏むべき」と改めて呼びかけたほか、ISDAのIBORフォールバックプロトコルの最新情報、RFRや他の代替金利指標の流動性向上に対する展望などが取り上げられました。2日目の議題が他のトピックに移る前に、日本のLIBOR移行に関するパネルディスカッションが行われ、フォワードルッキングなターム物RFRの採用の可能性についても触れられました。

これまでのイベントと同様に、ISDAはソーシャルメディアを活用しリアルタイムで重要なポイントを発信しました。(出所:twitter.com/ISDA)

アクションを喚起する新たな呼びかけ

Schooling Latter氏は、LIBORの公表停止期限に触れ、市場参加者はさらなる期限延長を期待すべきではないと強調しました。これは特に、2021年末に新規発行終了の目標日が迫る米ドルLIBORに当てはまります。また、アジアなどの他の市場における米ドルLIBORの利用者に対しても移行作業の加速を訴え、これには香港金融管理局(HKMA)のArthur Yuen副長官も同様の意見を述べました。

シンセティックLIBOR

Schooling Latter氏は、シンセティックベースで公表するLIBORテナーに関するFCAの決定は、2021年第3四半期末か第4四半期初めになるだろうと示唆しました。同氏は、非清算または清算デリバティブがシンセティックLIBORを参照することが認められる可能性は低いだろうという考えも述べています。

RFRの流動性と他の代替金利指標の採用

ディスカッションや参加者アンケートにおいて、規制当局と市場参加者のいずれもが金利市場におけるRFRの広範な採用に対する支持を表明し、後決め複利平均RFRがほとんどのデリバティブで標準になると示唆しました。

日本におけるLIBOR移行

日本におけるLIBOR移行において、フォワードルッキングなターム物RFR役割については意見が分かれています。企業の借り手の需要はあるものの、基礎となる市場の流動性が引き続きの懸念となっています。

PwCの見解

規制当局や業界のリーダーたちは、RFRが将来の市場の中心になることを確信しているようです。また、少なくとも米国市場では、フォワードルッキングなターム物RFRや信用感応度の高い金利指標の一部が補助的な役割を果たすと見受けられます。しかし、どの代替金利指標が、どの程度広く採用されるかに対する見解は市場参加者の間でも引き続き異なるでしょう。

代替金利指標の利用(選択)についてであれ、異なる商品におけるRFRベースの金利計算に関するコンベンションについてであれ、コンセンサスを求める企業からの声が引き続き私たちにも届いています。コンセンサスの形成には時間が必要ですが、市場にはそのような時間的余裕はありません。米国や英国だけでなく、世界の規制当局がLIBOR移行の必要性について声を強める中、企業は特定の代替金利指標の適合性を評価し、その選択の根拠を監督官庁はもとより、重要な顧客に説明する準備を進める必要があります。多くの銀行が、金利の選択肢を評価するためのフレームワークとガバナンスを確立し、コンダクトリスクを管理する必要に迫られるでしょう。

3.ターム物SOFR:鶏が先か、卵が先か、それともデリバティブが先か

ARRCは、フォワードルッキングなターム物SOFRの推奨を決定するにあたって注視しようとしている定性的指標一式を公表しました。ARRCは以前に、正式なターム物SOFRを推奨する能力は、ターム物SOFRの計算の基礎となるデリバティブ市場の頑健な流動性、すなわちSOFRベースのデリバティブ取引量の継続的な増加、SOFRベースの商品のマーケットメイキングの進展、SOFRに連動したキャッシュ商品発行の継続的な増加に依存すると宣言していますが、今回公表された指標もこの内容に沿ったものになっています。ARRCは、市場参加者が米ドルLIBORからSOFRに移行していく中で、これらの定性的指標は満たされると確信しており、これにより委員会は「比較的早い時期にSOFRベースのタームレートを推奨する」ことができるだろうとしています。

シカゴ・マーカンタイル取引所(CME)は、すでにフォワードルッキングなターム物SOFRを公表(キャッシュ商品に限定して利用)していますが、ARRCはまだ、ターム物SOFRの推奨を行っていません。ARRCの正式な推奨は、ARRCが提案するキャッシュ商品のフォールバック条項において、米ドルLIBORが公表停止した際の第1の代替オプションとしてARRCが推奨するタームレートが規定されているという点で重要となっています。

PwCの見解

多くの市場参加者が、具体的な定量的指標や閾値が示されていないことに不満を抱くでしょう。SOFRを参照するデリバティブ取引の流動性がどの程度高まれば、正式なターム物SOFRの推奨が可能になるのでしょうか。その答えは、結局のところ「そのような推奨を可能にするほど頑健になったとき」ということのようです。同時に、「比較的早い時期に」ターム物SOFRを推奨する可能性が明確に示されたことで、ARRCの正式な推奨が延期されるとターム物SOFRの可能性が完全に否定されてしまうのではないかと懸念していた参加者は安心できるでしょう。

この状況は、いわゆる「鶏と卵」の問題を彷彿とさせます。ターム物SOFRには、SOFRを参照するデリバティブ取引が必要です。SOFRを参照金利とするローンを始めとしたキャッシュ商品の増加に従い、キャッシュ商品をヘッジするヘッジ手段への需要が増すことで、SOFRを参照するデリバティブ取引も増加していくと考えられます。一方、SOFR参照ローンを大幅に増やすためには、ターム物SOFRが必要であると指摘する市場関係者も少なくありません。つまるところ私たちは循環的な依存関係と共にあると言えます。ARRCがSOFR参照ローンの増加を条件としたのは、鶏が卵を踏み潰さないようにする措置であるとも考えられます。フォワードルッキングなターム物RFRを多用すると、翌日物RFR、つまりバックワードルッキングな(後決め複利)平均RFR、ひいてはこれら後決めRFRをベースにしたデリバティブの動きが弱まることが懸念されます。そうなると、フォワードルッキングなターム物RFRの頑健性が損なわれ、キャッシュ市場での広範な採用には適さなくなる恐れがあります。

SOFR参照ローンに対する準備状況と意欲のレベルは市場のさまざまなセグメントで異なると思われます。大規模な金融機関は、SOFR参照の変動金利住宅ローン(ARMS)のように、後払いまたは前払いで複利計算されたSOFRを推進することを躊躇しないでしょう。一方、中小の金融機関の中には、ターム物SOFRの正式な推奨を待つ姿勢を示しているものもあります。

市場参加者が新規取引において公表されたターム物SOFRを利用するのに、ターム物SOFRに関するARRCの正式な推奨が明示的に求められているわけではないことに留意する必要があります。しかし、多くの金融機関が、注目を集めてまでARRCの正式な推奨前にターム物SOFRを利用する価値があるのかと疑問に思うでしょう。

PwCの見解

今回のWGの推奨に驚くようなことはなく、これまでの市中協議の結果や他の法域のワーキンググループによる推奨とも整合しています。金融機関は、可能な限り将来に備えた契約の締結に最大限の努力をすべきでしょう。

現時点において、EURIBORの公表を停止する計画はなく、市場参加者は一般的に、少なくともあと3年から5年は公表が継続されることを予想していると思われます。EURIBORは2019年後半以降、管理者である欧州マネーマーケット協会(EMMI)により観測された取引、公式化された計算、関連する取引に基づくパネルバンクの呈示金利に依拠する新たなハイブリッド手法に従って計算、公表されています。しかしLIBORと同様に、多くのテナーは実際の取引ではなく、パネルバンクの呈示に大きく依存しています。欧州証券市場監督機構(ESMA)は、EURIBORの公表条件である「(指標金利としての)代表性」を2021年第4四半期に(それ以降は年1回)評価することになっていますが、その評価結果は、EURIBORの公表継続に対する企業の期待の妥当性について、何らかの示唆を提供するでしょう。

主たるフォールバックオプションとしてのフォワードルッキングなターム物€STRに対する推奨は、各国の消費者法を遵守するという市場参加者のニーズを反映したものです。多くの法域では、個人顧客に対する取引の透明性の確保を目的とした規制により、期初に金利を把握することが求められています。リテール市場ではEURIBORが広く利用されているため、契約書の修正は簡単ではないものの、将来の移行作業を容易にするための重要な投資になると言えます。

5.シンセティックLIBORの利用に対するセーフハーバー規定

英国財務省(HMT)は、シンセティックLIBORの利用に関連する法的なセーフハーバーの可能性に関する市中協議の結果をまとめて公表しました。経済担当政務次官は、英ポンドRFRワーキンググループからの問い合わせに回答する書簡の中で、HMTは「LIBORから他の金利指標に移行することが困難な契約にかかる契約上の不確実性や紛争の潜在的なリスクに関して、移行から生じる可能性のある混乱を軽減する」ための法律制定を検討することを認めています。

PwCの見解

さらなる法律を「時間が許せば」導入するというHMTの注意書きを一蹴する市場参加者もいるかもしれません。実際この注意書きは、立法プロセスにおける現実と制約を反映していると思われます。一方で、訴訟リスクは非常に現実的な問題です。このようなリスクを軽減する法案の提出が遅れれば遅れるほど、法律の成立が間に合わなくなるリスクが高くなります。

残された期間が数カ月となった今、市場参加者がシンセティックLIBORを参照する既存契約に関連する訴訟リスクに対応するための主なオプションは、当該既存契約の削減であることに変わりはないでしょう。

※本コンテンツは、PwCが2021年5月に発刊した「LIBOR Transition Market update: May 1-15, 2021」の一部を抜粋し翻訳したものです。

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