LIBOR移行対応アップデート―ハイライト(2021年4月16日~30日)

今号では、フォワードルッキングなターム物SOFRの提供開始とその使用における留意点、英ポンドLIBORを参照する新規商品の発行停止に向けたワーキンググループの動向などについて取り上げます。

1.フォワードルッキングなターム物SOFR

シカゴ・マーカンタイル取引所(CME)は、フォワードルッキングなターム物SOFR(担保付翌日物調達金利)の提供開始を発表しました。SOFRは財務省証券を担保としたオーバーナイトの借入コストを広く反映した翌日物金利であることから、ターム物SOFRはSOFR先物の取引価格から算出されています。

CMEのターム物SOFRには、1カ月物、3カ月物、6カ月物があり、当初のライセンスはキャッシュ市場の取引に限定して付与することになっています。規制当局や米国代替参照金利委員会(ARRC)を始めとしたワーキンググループは、LIBOR移行においてフォワードルッキングなターム物金利が重要な役割を担うとは考えていません。しかし市場参加者の多くが、ターム物金利により、金利計算期間の開始時に支払利息を知る必要がある特定のローン商品(貿易金融取引など)の移行が容易になる可能性を指摘しています。

ARRC委員長であり、モルガン・スタンレーの機関投資家向け証券担当副会長であるTom Wipf氏は、CMEの発表直後にPwCが実施したオンラインセミナー「Around the World Perspectives on the End of LIBOR(LIBOR廃止に向けた世界の展望)」に登壇し、今回の発表を米ドルLIBORからの移行における重要なマイルストーンとして歓迎しました。また、CMEのターム物SOFRが、ARRCが4月20日に発表したフォワードルッキングなターム物SOFRの利用に関する指針を支持するものであり、この指針に沿ったものであることを認めています。Wipf氏は、2021年初めのARRCの発表と同様に、フォワードルッキングなSOFRターム物金利を正式に推奨する前に、SOFRデリバティブ市場の厚み(depth)と流動性の発展を引き続き注視していくとしています。

PwCの見解

2021年初めにARRCが当初の目標であった2021年第2四半期末までにフォワードルッキングなターム物SOFRを正式に推奨することはないと発表した際、一部の市場参加者の中でこの遅れはターム物金利が実現しないことを暗示しているのではないかという懸念が広がりました。今回のCMEとARRCの発表により、このような懸念は払拭されるでしょう。

ARRCが発表した正式な推奨の延期を、ターム物SOFRの可能性を完全に否定するものと見る向きも一部にはありました。しかし、ARRCのこの慎重なアプローチは、米ドルLIBORの代替金利としてSOFRを最初に推奨した際の原則と一致しています。ARRCは公的セクターと同様に、フォワードルッキングなターム物金利を始めとしたあらゆる参照金利は、流動性が高く頑健な基礎市場に基づくべきであるという一貫した見解をとっています。CMEによるターム物SOFRの公表は、デリバティブ市場の価格から将来のレートを導き出すことが可能であることを示していますが、SOFRデリバティブの取引量は依然として米ドルデリバティブ取引全体のわずか一部です。

ターム物SOFRが正式に推奨されていないからといって、ターム物金利の新商品への使用が禁止されているわけではありません。また同様に、ARRCによる正式な推奨があったとしても、その使用が全面的に許可されるということでもありません。ARRCもCMEも、ターム物SOFRの役割は限定的と見ていることを明確にしています。英国ではすでに、英ポンド・リスクフリーレート・ワーキンググループ(Sterling RFR WG)が、英ポンド市場でのターム物SONIA(ポンド翌日物平均金利)の使用に関し同様の制限を提案しています。キャッシュ商品の推奨フォールバック条項に、米ドルLIBORが停止した時点での(ハードワイヤードアプローチにおける代替金利ウォーターフォールの)第一位の代替オプションとして、ARRCが正式に推奨するターム物SOFRが規定されているという点で、ARRCのターム物SOFRの「正式な推奨」は重要になっています。新商品におけるターム物SOFRの使用は限定的になることが予想されるとしても、既存契約をフォワードルッキングなLIBORからフォワードルッキングなターム物SOFRへの置き換えることには、運用上のメリットがあります。

新規商品の場合、市場参加者は自社が使用を検討する参照金利のデューデリジェンスを行う義務があります。金利計算期間の終了時に複利金利計算を行う機能を実装するよりも、フォワードルッキングな金利(特に第三者が公表するもの)を参照するほうが運用が容易になるため、一部の関係者にとって大きな魅力になっています。このようなプラグ・アンド・プレイのソリューションを好む傾向からは、市場参加者がフォワードルッキングなターム物金利の特徴を持つ信用感応度の高い金利指標に興味を示す理由が分かります。特に現在の低金利環境において、フォワードルッキングなターム物金利の導入の容易さは、信用感応度が高いという特徴以上に魅力的に映るかもしれません。

ターム物金利の使用はこのような市場参加者の要望を満たすかもしれませんが、市場参加者はその詳細を慎重に確認する必要があるでしょう。基礎となる市場の流動性や代替金利指標の長期的な利用可能性だけでなく、組織内外のステークホルダーの見解も考慮しなければなりません。レートの種類、使用のコンベンションやその他の属性など、導入の適切性と実現性に関する見解は、借り手、貸し手、投資家の間で異なる可能性があります。組織内においては、デューデリジェンスの担当者は、財務、ヘッジチーム、法務、規制、コンプライアンス、コンダクト・リスク・チームなど、業務レベルでLIBOR移行の成功に向け協働している全ての人々の見解を考慮するべきです。

2.BSBYを参照する最初の債券の発行

バンク・オブ・アメリカ(BAC)は、Bloomberg Short-Term Bank Yield Index (BSBY)を参照する変動利付債(FRN)の初めての発行を発表し、LIBORの新たな移行フェーズに入りました。満期6カ月の10億米ドルの利付債は、BSBYの1カ月のテナーをそのまま参照しています。また、この発表が行われた週の後半には、初のBSBY-SOFRのベーシススワップが行われました。

BSBYは、米ドルの無担保ホールセール資金市場での取引と提示価格に基づいたインデックスであり、キャッシュ市場におけるSOFRに代わる米ドルLIBORの代替金利として期待され開発が進んでいる、信用感応度の高い金利指標の一つです。現在BSBYのほか、AMERIBOR、ICE Benchmark Administration(IBA)のBank Yield Index、IHS Markit Credit Rateなどのインデックスが市場参加者によって検討されています。

前述したPwCのオンラインセミナーにおいてTom Wipf氏は、「答えはひとつではない」としながらも、SOFR以外の指標金利を選択する際には、十分な検討を行うよう注意を促しました。また、比較的少数の取引から得られたベンチマークを使用することについて、LIBORが最終的に直面した問題の再発につながる可能性があるという懸念を示しました。

PwCの見解

信用感応度の高い金利指標を強く求める声があるのは確かです。BACによる比較的小規模な債券発行は、米ドルLIBORの代替金利指標としてのSOFRの劇的なシフトを示すものではなく、むしろSOFR以外の選択肢(信用感応度の高い金利指標を参照した新規発行)も可能であることを証明するものです。今後、数週間から数カ月の間に、他の企業も同様の試みを行うと考えられます。

しかし、信用感応度の高い金利指標の債券市場やローン市場におけるより広範な採用には、さらなるパズルのピースが必要になるでしょう。つまりデリバティブやヘッジ市場を並行して発展させる必要がありますが、これは一朝一夕で成せるものではありません。SOFRスワップ取引が開始したのはおよそ3年前ですが、SOFRデリバティブ取引の水準は残念ながら依然として低く、LIBOR移行に残された最後のハードルの一つとして挙げられています。さらに、会計基準設定主体が、信用感応度の高い金利指標をヘッジ会計の観点からどのように扱うかもまだ不明です。

潜在的なコンダクトリスクもハードルとなる可能性があります。画一的なLIBORベースの融資の世界では、誰もが(おおよそは)同じ境遇にありました。複数の金利が存在する環境においては、借り手の状況は自身のローンがどの金利に基づいているかによって大きく左右される可能性があります。将来の不況時に信用感応度の高い金利指標が不利な方向に動いた際、金利の動きについて透明性のある説明を受けたか、また、特にSOFRを参照しているローンを保有している同業他社と比較して公正な取引であったかどうか、疑問に思うかもしれません。

このような不確実性の中で、ARRCがSOFRを熱心に支持していることは理解できると言えます。長期的には、イノベーションにより信用感応度の高い金利指標を含む多くの現実的な代替案が出てくるのはほぼ間違いありません。しかし短期的には、SOFRが米ドルLIBORの新規発行を停止するという規制当局の期待に応えるための最も現実的で直接的な道筋を示していると考えて良いでしょう。

3.LIBOR移行に関するSECのコメント

米証券取引委員会(SEC)のコミッショナーであるHester Peirce氏は、先日開催された業界イベントにおいて、SECは引き続きLIBOR移行の進捗状況を注視し、市場参加者による既存エクスポージャーの積極的な移行を奨励すると改めて言及しました。また、先に公表したリスクアラートに基づく形で、LIBORを参照する長期エクスポージャー、オペレーションの準備状況、情報開示の妥当性、潜在的な利益相反などを懸念事項として取り上げました。Peirce氏は、LIBORからの移行は金融機関だけでなく、より広範な市場全体の課題であるとし、米国や他の金融規制当局が再三述べているように、米ドルLIBORへの依存をやめ、代替金利指標への積極的な移行に注力することを市場参加者に呼びかけました。

PwCの見解

SECの活動が活発化することで、米ドル市場におけるLIBOR移行が加速する可能性があります。米連邦準備制度理事会(FRB)、連邦預金保険公社(FDIC)、米通貨監督庁(OCC)は、認可する銀行にしか影響を与えることができませんが、SECはより広範な上場企業や投資家に対する直接的な影響力を持っています。SECのこの問題への注目は、LIBOR移行が金融セクターだけでなく、あらゆる種類の組織に影響を及ぼすものであるという事実を強調するものです。

特にローン市場においては、借手企業における移行のペースが遅いことが全体的な移行の進捗を妨げているという懸念があります。SECが金融規制当局と協力して移行を進めようとしていることは、LIBORを参照する既存エクスポージャーの積極的な移行に関し、借り手を巻き込むことにあまり成功していない貸し手にとって追い風となるかもしれません。また、SECが乗り出してくれば、LIBOR移行を金融サービスの問題として捉えていた借手企業や投資家においても自分ごととして問題の理解が進むと期待されています。

4.英ポンドLIBOR レガシー契約の移行:パズルのピースは揃いつつある

Sterling RFR WGは、英ポンドLIBOR商品の新規発行終了の目標日が経過したことを受けて、英ポンドLIBORを参照する既存エクスポージャーの移行を促進するためのガイダンス提供に改めて注力することを示しました。同WGは、企業がLIBORを参照する既存エクスポージャーの積極的な移行を実行可能な範囲で完了するための目標期日を2021年第3四半期に設定しています。

Sterling RFR WGは、相対スワップ取引を積極的に移行するアプローチと、国際スワップデリバティブ協会(ISDA)のIBORフォールバックに依存するアプローチの長所と短所を比較した一連の検討事項を公表しました。大規模なポートフォリオの場合、積極的な移行には時間がかかる可能性があることを認めつつも、LIBOR公表停止日前のスワップ取引の移行には明らかなメリットがあることを示しています。また、フォールバックで移行したスワップのコンベンションが現在の市場コンベンションと整合しないことのほか、オペレーショナルリスク、ヘッジ対象との整合性、流動性への配慮などを指摘し、選択肢を綿密に検討している市場参加者は、早期に商品を積極的に移行することにメリットを見出し得ると示唆しています。

Sterling RFR WGは、非清算の英ポンドLIBOR線形デリバティブに対するハードワイヤードフォールバックの運用に関する検討事項をまとめた文書も発表しました。本文書は、取引予約、リスク管理、会計、規制当局への報告、市場提供者の役割、取引停止のタイミングなどのインフラ要件の達成に必要なフレームワークと対応を示すものです。Sterling RFR WGのインフラに関するサブグループが主導して作成した本文書は、フォールバックはセーフティネットを提供するものの、それに伴うオペレーションの複雑さや必要な作業量は過小評価されるべきではないと参加者に考慮を促す内容となっています。

Sterling RFR WGのTushar Morzaria議長は、英国財務省(HMT)の経済担当政務次官に書簡を送付し、先般HMTが市中協議を行ったセーフハーバー規定の制定の可能性について最新情報を求めました。英議会上院は以前、シンセティックLIBORの使用に関するセーフハーバー規定の修正案を金融サービス法案の一部に含めることを否決しています。これに対してMorzaria議長は、市中協議の結果、このような措置に対する幅広い支持が確認されており、その導入には今、別途立法措置が必要であると政務官に向けて改めて言及しています。

このほか英ポンドLIBORの既存エクスポージャーの移行に関連するものでは、FICC(債券、為替、コモディティ)市場基準委員会(FMSB)が、既存の契約を別の指標金利に移行する際に考慮すべき価値移転とコンダクトリスクを解説するケーススタディ発表しています。このケーススタディでは、移行のタイミングやその後の金利動向に起因する価値移転リスク、キャッシュ商品と関連するヘッジ手段のフォールバックのミスマッチ、仕組債の移行に関し指定された計算代理人のように会社が裁量権を行使する必要がある場合の顧客間の不平等な扱いのリスクなどが示されています。

PwCの見解

LIBORを参照する既存エクスポージャーに関連するさまざまなシナリオ、商品、その他の考慮事項に向けたガイダンスは増加しています。しかし、公表停止まで残り8カ月となった今でも、移行を待つ契約は山積みとなっています。契約の積極的な移行が思うように進まない中、移行手段としてフォールバックに広く依存することは、2021年末の米ドル以外のLIBORの公表停止時に重大なオペレーショナルリスクを引き起こすのではないかという懸念が高まっています。

SECコミッショナーのHester Peirce氏は、前述したイベントでのスピーチにおいて、LIBOR移行をあまり大きな問題が発生しなかった2000年問題と比較し、「今から数年後、LIBOR移行にかかる厄介な問題に気づくことになるだろう」と示唆しました。このような問題は、大量のハードワイヤードフォールバックを処理するオペレーションの準備ができていないことが原因で起こる可能性があります。推奨されるフォールバック条項をカスタマイズしたことで、意図しない結果が発生したという最近の報告(例:CLOにおけるトリガーイベント、CRE CLOにおけるレートフロアの省略など)は、このような問題がすでに発生していることを示しています。

このようにパズルのピースが揃いつつある中、既存の英ポンド LIBOR発行体の移行に関する包括的なプランが完成に近づいています。現在、欠けているいくつかのピースは、タフレガシー契約の処理に関するものであり、英国ではシンセティックLIBORが主要な解決策になると期待されています。しかしながら、Morzaria議長の英国財務省への書簡は、この問題に関する議論の加速を促す一方で、シンセティックLIBORが不完全なソリューションであることを改めて認識させるものです。第一に、立法上のセーフヘイブンが間に合う保証はありません。仮に実現したとしても、画一的な解決策が全ての市場参加者に受け入れられることはないでしょう。シンセティックLIBORの参照が許容される契約の種類に対する見解は、さまざまな関係者間で異なる可能性があります。

時計の針がゼロを指した時、LIBORを参照する契約の大規模な残存ポートフォリオがもたらし得る運用上および法律上のリスクは、過小評価されるべきではありません。シンセティックLIBORのみに依存することなく積極的なエクスポージャーの移行を優先することは、企業がこれらのリスクを管理し、軽減するのに役立つでしょう。

※本コンテンツは、PwCが2021年4月に発刊した「LIBOR Transition Market update: April 16-30, 2021」の一部を抜粋し翻訳したものです。

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