LIBOR移行対応アップデート―ハイライト(2021年2月16日~28日)

今号では、LCHが公表した清算済みLIBOR取引の事前転換にかかる市中協議結果や、米国で進む米ドルLIBOR取引の立法的救済措置に関する議論について取り上げます。

1.LCH: 清算済みLIBOR参照取引の事前転換

ロンドン・クリアリング・ハウス(LCH)による市中協議の結果の概要が明らになりました。LIBOR公表停止前に既存の清算済みLIBOR参照取引を後決めリスクフリーレート(RFR)に転換(conversion)するというLCHが推進するプロセスを、市場参加者が支持していることが分かりました。このような事前転換(preemptive conversion)を行うことで、国際スワップデリバティブ協会(ISDA)のフォールバックを回避し、既存取引をオーバーナイト・インデックス・スワップ(OIS)と同じ特性を持つRFR参照スワップへ移行することが可能となります。

市中協議から分かった一つの重要な変化は、市場参加者が、スワップの変動金利側に(非複利の)スプレッド調整値を加算し、LIBORとRFRの経済的差異を勘案する方法を選好していることです。LCH は当初、転換後のLIBORスワップの保有者に、フォールバックスプレッドの現在価値に相当する価値移転分の現金交換を提案していました。シカゴ・マーカンタイル取引所(CME)も、同様の提案について市場参加者の意見を求めています

LCHは既存取引の転換を、実際にLIBORの公表が停止する直前、すなわちスイスフラン、ユーロ、英ポンド、日本円については2021年末、米ドルについてはそれ以降に予定しています。LIBORを監督する金融行為規制機構(FCA)では、清算済みの金利スワップと取引所取引のデリバティブは、LIBORを参照する既存取引のおよそ80%に相当すると想定しています

米国代替参照金利委員会(ARRC)のTom Wipf議長は、先般開催された米商品先物取引委員会(CFTC)のMarket Risk Advisory Committee(MRAC)において、中央清算機関による既存取引の事前転換はMRAC金利指標改革分科会が最も注目している論点であると発言しています。2021年末のユーロ圏無担保翌日物平均金利(EONIA)の公表停止に先立ち、LCHとユーレックス(EUREX)は2021年10月15日に既存のEONIA参照取引を事前転換すると発表しています。

PwCの見解

ISDAフォールバックにより既存のスワップ取引をRFR参照取引へ移行した場合、移行後の取引は現行のOISスワップとは異なるコンベンションに従うことになり差異が発生します。このような差異を補償するために、LCHは当初、スプレッドによる調整ではなく、現金補償による対応を提案していました。LCHは、会員がリスクマネジメントとヘッジの観点からスプレッド調整による処理を求めていることを認め、現金による補償を断念することになりました。この結果、補償金も当初予定されていた金額から大幅に減少します。

転換時にスプレッド調整を採用すると、転換後の既存取引と新規のRFR参照取引の間でコンプレッションができなくなりますが、同じ特性を持つ既存取引間のコンプレッションは引き続き可能です。また市場参加者は、スプレッド調整を採用することで、事前転換による既存スワップのリスクプロファイルの変化から生じるヘッジ会計の問題を回避できます。

事前転換により、転換後のスワップと新規のRFRスワップの金利計算のコンベンションは同一となります。すなわち、利払いは現行のOISスワップのコンベンションに従い金利計算期間の2営業日後に行われます。これは市場参加者にはオペレーション上の利点があり、中央清算機関にとってもリスク管理を簡素化するものではありますが、一部の借手から、変動金利を参照するローンとスワップのキャッシュフローを一致させるために、スワップにおいてもペイメントディレイ方式ではなく、ルックバック方式を用いたいという要望が出てくる可能性があります。このような顧客のニーズに応えた場合、清算不可能なスワップ取引が増加することで担保を差し入れるための資本が必要となり、結果的にはプライシングにも影響するでしょう。

この転換は、ほとんどのLIBORテナーの公表停止予定日である2021年12月31日に可能な限り近い時期に実施される予定です。また、米ドルLIBORスワップについても同様のプロセスを踏むことになると考えられ、2023年6月に近い時期の実施が予想されます。ただし、2021 年以降の米ドル LIBOR 商品の流動性の低下によって予定より早く転換が求められる可能性については、今後の動向が注目されるところです。

2.英ポンドLIBOR参照ローン:新規取引停止への道筋

英ポンド・リスクフリーレート・ワーキンググループ(Sterling RFR WG)は、2021年第1四半期末までに英ポンドLIBORを参照する新規ローンの取引を停止させるためのマイルストーンに関するQ&Aを公表しました。このマイルストーンは昨年7月から公表されていたこともあり、今回のQ&Aは、既存取引のポンド翌日物平均金利(SONIA)への事前移行は順調に進捗しているべきであると、市場参加者にくぎを刺したものです。したがって、緩和策と言えるようなものの提示はありませんでした。

Q&Aでは具体的に以下を提示しています。

  • 2021年末以降に満期日を迎える英ポンド建てローンは、新規、リファイナンスを問わず、2021年第1四半期末までに停止すること。対象にはレートスイッチ条項を備えたローンも含む。
  • 2021年第1四半期に交渉中のLIBOR参照ローンの契約は、同期間中に締結すること。
  • 英ポンドLIBORを参照する新規およびリファイナンスのマルチカレンシーローンについても、2021年第1四半期末までに代替参照金利に差し替えること。
  • 2021年第1四半期末までにRFR参照ローンを取引する態勢を整備できなかった貸手および借手は、2021年第1四半期以降、SONIA参照シンジケートローンに参加できない。

Sterling RFR WGは、SONIA参照ローンの推進のため、SONIAを参照する新規の相対ローン、シンジケートローンおよび英ポンド LIBORを参照する既存ローンの移行のベストプラクティスに関するガイドラインを併せて公表しました。このガイドラインは、Sterling RFR WGが過去数カ月で公表したガイダンスをまとめたものです。

PwCの見解

ARRCは、米ドルLIBORを参照する変動利付債(FRNs)の発行を2020年末までに停止するように求めていましたが、2021年前半においても発行は続いています。映画「パイレーツ・オブ・カリビアン」シリーズの第1作で、海賊船の船長バルボッサが若いエリザベス・スワンに海賊の行動規範の本質を解き明かす下りがあります。「規範とは、君たちが言うところの “ルール”というよりは“ガイドライン”と呼ぶべきものだ」。英ポンドローンに関して言えば、Sterling RFR WGが公表したガイドラインにおける2021年第1四半期末というマイルストーンは、(より厳しい)「締め切り」と呼ぶべきものです。

今回公に発信されたメッセージは、各社に個別に伝えられているとされるメッセージの内容と一致します。代替金利指標を参照するローンを推進しているのは、英国の規制当局だけではありません。目標期日の違いはあるものの、米国ではARRCが、アジア太平洋地域では各国のワーキンググループや当局が同様の期待を示してきました。世界的な大手金融機関は、各国当局から提示された個別のマイルストーンだけでなく、各法域で確立されつつある個別のコンベンションにも対応していかなければなりません。多岐にわたるマイルストーンや期限を守り、貸出金利をRFRに切り替えるため、特に大手銀行は多様なコンベンションに対応できる態勢を整える必要があります。

3.立法的救済措置:米ドルLIBOR参照既存取引

米連邦準備制度理事会のJerome Powell 議長は、下院金融委員会において、LIBORの恒久的な公表停止に備えた規定が全くない、または不十分である既存契約に対処するには、立法的救済案が最善の解決策であると証言しました。この法案の草案は、2020年10月にBrad Sherman下院議員が議長を務める下院の資本市場分科会で回覧されており、現在ニューヨーク州議会で検討されているARRCの提案に沿った形で立法化される見込みです。

またPowell 議長は、シンセティックLIBORをレガシーエクスポージャーに対する実効的な解決策として検討していないことに改めて言及しました。一方、英国ではパネル銀行の金利呈示に依存せずに算出するシンセティック英ポンドLIBORの公表がFCAによって現在検討されています。Powell議長は前回の証言でも、米国の訴訟環境を踏まえるとシンセティック米ドル LIBORによる対応は課題が多いと発言していました。実際、前回のハイライト(2021年2月1日~15日)でも言及したように、シンセティックLIBORに関連する訴訟リスクを懸念して、英国財務省もセーフハーバー規定の必要性を問う市中協議を行っています。

PwCの見解

ちょうど1年前、Powell 議長は連邦法による立法的救済措置は必要ないという認識を下院で示していました。しかし、現在ニューヨーク州議会で検討されているARRC提案の立法的救済措置を市場参加者が支持していることを踏まえれば、Powell議長が連邦法による立法的救済措置を支持することは意外ではなく、同様に支持を集めると考えられます。ただし、だからといって企業にとって立法的救済措置が既存契約を移行する主な手段になるというわけではありません。規制当局から業界団体に至るまで、LIBOR移行に取り組んできたほぼ全員が一貫して、既存取引の事前移行が全ての企業にとって最善の移行方法であるとアドバイスを続けてきましたが、これは妥当なことだと言えます。

4.SOFRの普及:米ドル建ローン

2021年2月にPwCが開催したウェビナーで実施したアンケート結果から、貸出金利として担保付翌日物調達金利(SOFR)を用いるために必要な態勢の整備状況は市場参加者によってまちまちであることが明らかになりました。全セクターの回答者のうち過半数が、年内のある時点までにSOFRが普及すると予想する一方で、およそ40%の回答者が可能な限りLIBORを参照金利として使い続けたいと回答しています。回答者のうち最も準備が進んでいるのは銀行であり、SOFRの普及は他の業種よりも1四半期ほど早いと予想しています。

2021年に新規に取引される米ドルローンの望ましい方向性については、回答者の大半がLIBOR参照ローンを前提としてARRC推奨のハードワイヤードフォールバック条項を希望しており、次いでターム物SOFR(利用可能になった場合)などのSOFRへのフォールバックが選ばれています。年内に信用感応度の高い金利指標(Credit Sensitive Rate:CSR)の使用開始を望む回答者は6%に留まりました。

SOFR がビジネスローンで普及するのはいつ頃になると思いますか?
2021年 に新規に取引する米ドルローンの方向性として望ましいのは次のどれでしょうか?

PwCの見解

アンケートの回答者は約200社からの250名と、サンプルサイズは限られており、今回の結果が市場全体の見解を表しているとは言えません。しかし回答結果から、市場参加者がSOFRの貸出金利としての利用が徐々に拡大すると考えていることが分かります。SOFRへの移行はもはや仮定ではなく、いつ移行するのかという問題になっています。ローン契約にSOFRへのハードワイヤードフォールバック条項を入れるにせよ、RFRを参照するローン契約に直接移行するにせよ、SOFRへの移行を引き続き主導するのは銀行です。とはいえ、年末までにどの程度SOFRローンが増加するかは需要と供給によるでしょう。

また、回答者の多くは信用感応度の高い金利指標が年内に米ドル建ローン市場に普及するとは考えていませんでした。この結果は、業界団体のイベントでのディスカッションや、近い将来の重要な時期(プライムタイム)までの実用化を一貫して疑問視してきたニューヨーク連邦準備銀行のCredit Sensitive Group(CSG)による議論から得られた洞察と一致しています。

※本コンテンツは、PwCが2021年2月に発刊した「LIBOR Transition Market update: February 16-28, 2021」の一部を抜粋し翻訳したものです。

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