
LIBOR移行対応アップデート―ハイライト(2022年6月1日~7月15日)
今号ではFRBが公表したLIBOR法の施行案、英国FCAによる英ポンドシンセティックLIBORの公表停止時期にかかる市中協議のほか、米ドルシンセティックLIBORを巡る議論について取り上げます。
今号では、資本・流動性規制に対するARRCの提言や、レガシー契約への対応策についての議論、契約修正におけるAI活用の課題について取り上げます。
米国の連邦準備制度理事会(FRB)、通貨監督庁(OCC)、連邦預金保険公社(FDIC)は、ローンの参照金利指標に関する省庁間声明を発表しました。当該省庁・機関はこの声明において、「銀行は、その資金調達モデルや顧客のニーズに応じて適切と判断したいずれの金利指標も使用可能である」ことに改めて言及しています。また市場参加者に対し、LIBORの公表停止に備え、全てのローン契約に代替金利指標を特定するための堅牢なフォールバック条項を導入するべきことを強調しました。担保付翌日物調達金利(SOFR)は引き続き米ドル LIBORの代替金利指標として推奨されています。
この声明は、ニューヨーク連邦準備銀行が招集するCredit Sensitivity Group(CSG)のメンバーに向けて発信された書簡に続き公表されたものです。この書簡にて、政府機関などの公的部門は「商業用ローン商品での使用を想定した特定の信用感応度の高いスプレッドや金利を推奨する予定はない」ことを宣言していました。CSGは、SOFRが特にストレス期において資金調達コストを正確に反映していないのではないかという、多くの地方銀行から寄せられた懸念を受けて招集されたグループです。
規制当局が他の金利指標の使用について「異議なし」と表明したことを受け、市場参加者が現在検討しているあらゆる代替金利指標を公的部門が支持していると判断すべきではありません。また、代替金利指標としてSOFRを選択することはこれまでずっと自発的なものとされており、この声明は公的部門による方向転換を示すものではありません。CSGメンバーによる前述の懸念は現在も解消されておらず、今後も信用感応度の高い代替金利指標案やSOFRへのアドオンの検討・評価が継続されるものと考えられます。しかし同時に、こういった取り組みが、LIBOR の公表停止に向けた企業の準備を遅らせるものであってはなりません。規制当局は、特定の金利指標を使用することだけを理由に組織を批判することはないとしていますが、LIBORの公表停止に伴うリスク管理の取り組みが不十分であると判断された場合、監督当局がそれを見過ごすことはないでしょう。
LIBOR の公表停止まであと 1 年強となり、LIBORを参照するレガシー(既存)契約の修正に取り組む市場参加者が急増すると予想されます。SOFRを貸出金利として使用することに経済的なデメリットを感じる企業もあるかもしれませんが、レガシー契約の修正や移行を検討している取引相手に対応する準備を怠ると、より大きなリスクが発生する可能性があります。声明文にもあるように、迅速な対応が望まれています。
米国代替参照金利委員会(ARRC)は、LIBORから代替金利指標への移行に関する資本・流動性規制上の考慮事項について、FRB、FDIC、OCCに向けたレターを公表しました。本レターにおいてARRCは、規制当局と市場参加者が協力することにより、代替金利指標の採用の妨げになるような意図しない影響を回避すべきであると提案しています。また本レターには、以下の分野におけるガイダンスと救済措置に対するARRCの提言が含まれています。
また、規制上のガイダンスや行動に関する具体的な提言に加え、ARRCが考慮すべきと考える他の資本要件や流動性要件への潜在的な影響、LIBOR からの移行促進に対して起こり得る悪影響についても言及しています。
本レターは、昨年10月に、英ポンド・リスクフリー・レート・ワーキンググループがバーゼル銀行監督委員会(BCBS)と英国健全性監督機構(PRA)に向けて送った規制資本の影響に関する一連の書簡に続くものです。PRAは昨年末に同書簡に回答し、BCBSは今年6月にFAQを公表しています。
ARRC のレターは多岐にわたる分野をカバーしており、規制上の資本要件や流動性要件のほとんどに対応しています。「流動性」という用語は本レターの中で 70 回以上使用されており、具体的には、LIBOR 商品の流動性の低下や代替金利指標の流動性の進展という文脈で使われています。このような流動性へのさまざまな考慮は、銀行セクターの資本に影響を与えるだけでなく、既存商品の価値評価に直接的なインパクトを及ぼす可能性があることは明らかです。
公的部門は、財務報告、税務および証拠金規制などの分野において、規制上の救済を提供することで移行にかかる障害を取り除くことに協力的ですが、規制当局がARRCのレターに明記されている要求の全てに対応する意思があるか、あるいは対応可能かどうかは分かりません。ARRC の提言の中には、比較的現実的な方法で解決できるものもあり、BCBSが提供しているガイダンスの採用などがその一例と言えます。米国の規制当局がこのガイダンスを採用すれば、世界的な整合性の促進につながるでしょう。その他のケースでは、ある銀行の自己資本の増加が、単に金利指標の変更によるものなのか、またそもそものリスクの増加を反映したものなのかを確認することが困難な場合もあるでしょう。また、移行は実際にリスクの増大をもたらすということを根拠に、その備えとして自己資本と流動性の増加を正当化するケースも生じ得ます。
同様に、規制当局がモデルガバナンスへの要件緩和を促すようなこの提言に従うかどうかは不明です。LIBOR 移行に伴うモデル変更の多くは、複雑なものになることが予想されます。規制当局は、モデルガバナンスへの要件のハードルを下げるよりもむしろ、モデル変更の通知、バックテスト、その他のレビュープロセスの要件が、まさにこのような事象(LIBOR移行)に対処するために設計されたものであると指摘するかもしれません。
経済的に正しい答えは、これらの中間にあると考えられます。結果的に増加した自己資本と流動性の要件が、追加で発生した実際のリスクに対して大きすぎる場合もあれば、適切である場合もあるでしょう。
現時点において、銀行は本レターを利用して、自行の分析を進めるとともに、規制上の救済策がない場合に起こり得る悪影響を理解したうえで、LIBOR移行による資本・流動性ポジションへの影響にどのようにアプローチすべきかを策定するための理論的根拠を準備すべきです。このレターの分析は銀行以外の金融機関にとっても必読です。このレターにはLIBOR 移行の過程で銀行が直面すると考えられる取引ベースのコスト圧力の一端が示されていますが、こうしたコスト圧力は投資家と借り手の双方のリスク管理コストに影響を及ぼす可能性があります。
国際スワップデリバティブ協会(ISDA)は、先般手続を開始したIBORフォールバックプロトコルに関するバーチャルフォーラムを開催しました。以下は、ISDAの法務部長であるKatherine Tew Darras氏の開会挨拶を含む、イベントにおける発言の引用をISDAのTwitterアカウントの投稿から抜粋したものです。
「Tom Wipf氏は、LIBORの移行期限である2021年末を控え、業界の対応は順調かという質問に対して、『概ね順調である』と回答。加えて、『特に大手金融機関の対応は十分であり、勉強会や顧客への対応も順調に進んでいる』と述べています」
「『フォールバックはIBORからの主要な移行手段として設計されているわけではないが、公表停止または代表性喪失の発表があった際、IBORのエクスポージャーを持つ市場参加者のための重要なセーフティネットとなるといえる』とTew Darras氏は述べています」
「『堅牢なフォールバックが整備されたことで、市場参加者は自主移行への自信とキャパシティを高めることができるようになる。代替金利指標を推進し流動性を構築することは市場全体の優先事項である』とTew Darras氏は述べています」
「『IBORを参照する非清算デリバティブのエクスポージャーを持つ企業は、ISDAフォールバックプロトコルへの署名・批准を検討すべきである。もし批准しないのであれば、企業は監督当局からリスクへの対処方法を質問された場合の回答を準備しておくべきだ』とHeather Pilley氏は述べています」
米国上院銀行委員会での証言において、Randal Quarles FRB副議長は、LIBORに紐付くレガシー契約への対応策が1、2カ月以内に公表される可能性があると発言しました。また、米国市場では法律の枠組みが英国と異なることから、いわゆるシンセティックLIBORをベースにした解決策に対し注意を呼びかけました。この翌日、Quarles副議長は下院金融サービス委員会において、レガシー契約が2021年以降も大幅な変更なしに既存の条件で満期を迎えることを可能にするメカニズムへの取り組みについて暗に示唆ました。このメカニズムがどのようなものか、また既存の法的解決策の提案とどのように関係するのかは明らかにされていません。連邦レベルと州レベル(ニューヨーク)では、フォールバック条項がない、あるいは不十分な契約において、LIBORの公表が停止した場合に、法律によるLIBOR 代替を促進する法案が検討されています。
Quarles副議長のコメントは、市場参加者に対し回答よりも疑問を残すことになるでしょう。既存の条件で契約が満期を迎える仕組みができれば、LIBOR ベースの既存エクスポージャーの移行方法がもう1つ増えることになりますが、Quarles副議長はそのような仕組みではタフレガシー契約(LIBOR の停止前に修正できない契約)の問題は解決できないことを認識しているようです。この解決策がどのような形であろうと、全ての当事者のニーズや選好を満たす普遍的な解決策にはならないと考えられます。企業が経済的な影響をコントロールしておきたいと考えていることを踏まえれば、LIBORエクスポージャーの積極的な移行は引き続き多くの関係者に支持されるでしょう。
既存のLIBORエクスポージャーに対処するために、どのような解決策やツール、メカニズムが最終的に利用可能になるかは依然として不確実ですが、企業はそのために既存の契約書の契約条項を理解する取り組みを遅らせるべきではありません。実際、契約内容をより深く、より包括的に把握している企業は、公的部門や業界の解決策の詳細が明らかになったときに、自社の移行戦略を容易に適応させられると考えられます。
企業が正式な移行戦略を策定する際には、既存の LIBOR エクスポージャーのポートフォリオ全体の契約条項を完全に理解することが必須となります。大規模かつ複雑な金融機関のみならず、小規模な銀行、資産運用会社、保険会社においても、何千もの契約書の特定・分析が求められます。この作業にテクノロジーを活用する組織も増えています。しかし、多くの業界関係者とやり取りする中で、このプロセスにおいて人工知能(AI)を使うことのメリットと潜在的なデメリットに対する疑問が出始めています。
AIは既存のLIBORベースの契約を修正する役割の一端を担っているものの、その名の通りの知的な役割は果たせないかもしれません。テクノロジーは、契約分析のデータ抽出プロセスにおいては非常に有用です。しかし、特に個別のビジネスローン契約の場合には、フォールバック条項の微妙な違いや、マスター契約、注釈、保証および修正の間の複雑な相互依存関係があり、また処理するデータ量が膨大であることから、関連するLIBOR 条項の特定と抽出作業は多くのリソースを必要とする、エラーが発生しやすい作業となっています。
すべての企業のニーズに対応する単一のソリューションはないものの、契約のデジタル化、抽出・分析にテクノロジーを利用することで、抽出プロセスの迅速化と精度の向上を実現できます。例えばツールの利用により以下が可能となります。
契約管理ツールは、AIや自然言語処理(NLP)を採用したものを含め、手動での分析の必要性や、契約修正戦略の策定に必要な専門家の法的判断に取って代わるものではありません。法的な契約書には通常、複雑な条件付き条項、意思決定ロジック、前置・後置条項が含まれており、これらすべてに解釈が必要となります。
法律やビジネスの専門家を代替するのではなく、ソフトウェアを使い契約の母集団を処理しやすい形に変換することで、対応の処理速度を上げることができます。これにより、企業は希少な法務やビジネスのリソースを、さまざまなタイプの契約の修正に向けた戦略の策定に、より効率的に利用することが可能になります。
※本コンテンツは、PwCが2020年10月に発刊した「LIBOR Transition Market update: November 1-15, 2020」の一部を抜粋し翻訳したものです。
今号ではFRBが公表したLIBOR法の施行案、英国FCAによる英ポンドシンセティックLIBORの公表停止時期にかかる市中協議のほか、米ドルシンセティックLIBORを巡る議論について取り上げます。
今号では、カナダ銀行間取引金利(CDOR)の公表停止の発表と米ドルLIBORスワップの事前転換について解説します。
今号では米国財務会計基準審議会が発表したLIBOR移行ガイダンスの「サンセット日」を2022年12月31日から2024年12月31日に延長し、ヘッジ関係で使用できる金利指標のリストを修正し、SOFRに基づく金利を追加する提案の公開草案について取り上げます。
今号では米国におけるLIBOR法案の可決と、米国フェデラルファンド(FF)金利の引き上げによるSOFRレートの動き、ISDAのイベントにて業界関係者より発信された米ドルLIBORの公表停止に向けた対応などにかかるコメントを取り上げます。