人的資本経営の実現に向けたDEIB戦略の重要性―DE&Iのその先― 第1回セミナー登壇者
近年、日本企業の間にも人財を資本として捉える人的資本経営の考え方が広まっています。PwCコンサルティング合同会社(以下、PwCコンサルティング)では、人的資本経営の実現にはDE&I(ダイバーシティ、エクイティ&インクルージョン)にBelonging(ビロンギング:帰属意識)を加えたDEIBが重要であると考え、2024年1月より開催している全4回のセミナーにて人的資本経営におけるDEIB戦略の実現に向けたヒントを伝えています。
その第1回が2024年1月30日に開催されました(オンデマンド配信ご視聴のお申し込みはこちら)。第1部ではPwC Japan有限責任監査法人の北尾聡子が人的資本開示初年度の分析結果と開示2年目に向けたポイントを解説。第2部ではパーソルホールディングス(以下、パーソル)の山崎涼子氏、株式会社メルカリ(以下、メルカリ)の趙愛子氏を招いて、男女賃金格差是正に向けた各社の取り組みについてパネルディスカッションを行い、第3部では男女賃金格差是正の支援ツールとしてPwCコンサルティングが開発した「男女賃金格差分析ツール」を紹介しました。以下、各セッションの要旨を記載します。
金融庁による改正内閣府令により、一定の要件に該当する企業には2023年度以降の有価証券報告書において、女性活躍推進法等に基づく3指標「女性管理職比率」「男性育児休業取得率」「男女間賃金差異」の開示が求められています。
PwC Japan有限責任監査法人
北尾 聡子
PwC Japan有限責任監査法人では、2023年3月期の有価証券報告書において女性活躍推進法等に基づく人的資本開示を行った企業890社を対象とし、開示内容の調査・分析を実施しました。同監査法人の北尾聡子は、開示初年度の傾向と開示2年目に向けたポイントを以下のように述べました。
単年度の開示が多く見られましたが、投資家やその他ステークホルダーからは複数年での推移を見たいというニーズがあると思われます。中には、過去5年の推移を開示している事例も見られたので、今後の開示する際の参考としていただければと思います。
個社ベースでの開示が多く見られましたが、金融庁は任意で連結ベースでの開示を推奨しています。有価証券報告書をこれまで連結ベースで開示している会社は、投資判断に有用と思われる連結ベースでの開示を検討することをお勧めします。
「女性管理職比率」については実績と目標の両方を開示した企業が6割以上という結果でした。これに対し、「男性育児休業取得率」と「男女間賃金差異」については実績と目標の両方を開示した企業は少なく、実績のみを開示した企業の割合が6割以上でした。改正内閣府令は、実績だけでなく目標をあわせて開示することを推奨しています。3指標の全てにおいて、実績と目標、加えてその目標達成に向けた進捗状況や具体的な取り組みを開示することが重要であり、それが差別化のポイントになると考えます。
冒頭、パーソルとメルカリの両社の取り組みについてお話いただきました。
パーソルホールディングス株式会社
山崎 涼子 氏
山崎氏:
パーソルでは2019年からグループのDI&Eの活動を通して「一人ひとりが能力を最大限発揮して活躍できる風土」を作ることを目的にしています。当初は働き方に注力した制度整備や、DI&Eを現場で実践するために知ってほしい基礎知識のインプットを実施していましたが、取り組みは不十分でした。2021年からは経営陣とともに目標や重要戦略・施策を推進していくため、社長直轄の委員会を設置してジェンダーやダイバーシティに関する議論を強化しました。
パーソルグループでは「企業内の男女平等」というポリシーを掲げており、2030年には無期社員の女性比率を37%とすることを目標としています。DI&Eの中期経営計画では「自組織が多様な人材が活躍できる組織に変わっていくこと」を掲げ、女性管理職比率と男性育休取得率を定量目標のKGIとし、管理職プールの女性比率や残業時間をKPIとして設定しています。
KPI、KGI以外の取り組みとして、以下の3つを実施しています。
今後の課題として、2024年度以降は女性管理職比率の予測値が目標値に満たない見込みであり、取り組みの強化が必要だと感じています。引き続き経営陣との議論を通じて骨太の方針を検討していく予定です。
株式会社メルカリ
趙 愛子 氏
趙氏:
メルカリのI&Dの方針では「機会の平等」に焦点を当て、比率などの結果目標ではなくプロセスに目標とKPIを設定しています。また入社から退職までにおける差別の撤廃と機会の不平等の解消に注力しており、男女の賃金格差の是正に取り組んでいます。
男女の平均賃金の差は37.5%あり、主な要因は等級分布の差であることが重回帰分析によって明らかになりました。一方で等級や職種の条件を統制しても要因を特定できない格差が7%ありましたが、原因は入社時のオファー年収の格差であると判明しました。そのため、是正措置として報酬調整を行ったところ、格差を2.5%にまで縮小できました。メルカリでは中途入社者が9割を占めるため、前職の年収を参照したオファー年収によって社外の格差を再生産してしまっていたと考えております。
以上の分析結果をもとに、以下3点に取り組みました。
短期的には性別のみを理由とした給与の差がない状態を目指し、中長期的には男女賃格差解消に向けて、プロセスKPIのモニタリングを軸にさまざまな仕組みやカルチャー変革を進めていく方針です。
続いて、パーソルの山﨑氏、メルカリの趙氏、PwCコンサルティングの北山乃理子と吉田亜希子によるパネルディスカッションを実施しました。
PwCコンサルティング合同会社
北山 乃理子
北山:
取り組みのご紹介ありがとうございます。DEIBを推進するにあたり、パーソル、メルカリが目指す姿はどのようなものでしょうか。
山崎氏:
パーソルでは「はたらいて、笑おう。」というグループビジョンを掲げており、自分がどう「はたらく」のかを自分自身で決めることが重要だと考えています。社員自身が選択することで社員の可能性を広げていく、という姿を目指しています。
趙氏:
メルカリではI&Dステートメントを2023年に刷新しました。社員全員がバックグラウンドにかかわらずフルポテンシャルを発揮することにより、ミッション達成に向けてドライブをかけるという状態を目指しています。つまり、社員全員がリーダーシップを持って、現場で自立的にI&Dが推進されている状態です。
北山:
最終的には社員が自ら考えて動くことを目指しているという点が両社に共通していますね。先ほどのお話の中で言及のあった経営層のコミットメントについて、もう少し詳しく教えていただけますか。
山崎氏:
経営層には、現場のリアルを伝えることを意識しています。例えばデータを示すときには、よりリアルな想像ができるよう、割合ではなく実際の数字を提示しています。そうすることで、同じ俎上での議論が可能になります。
趙氏:
経営層による議論のタコツボ化を防ぐために、社外の事例から学ぶことを意識しています。その上で、実際のデータを用いて、どのように意思決定すべきかを経営とともに考える場を設けるなどして、経営層にI&Dの考え方を内在化してもらえるよう取り組んでいます。
PwCコンサルティング合同会社
吉田 亜希子
吉田:
リーダー自身の自分事化が重要であるということがよく言われますが、実現するのは難しいですよね。実現のポイントの1つとして、誤った意思決定がビジネスにどのようなインパクトを与えうるのかを経営に理解していただくのは効果的だと思います。そのためにも、人事による経営のサポートとして、客観的なデータ分析結果をバイアスなく提示することが重要です。
北山:
経営層から社員へと視点を移し、社内浸透という観点ではどのような工夫をされていますか。
趙氏:
等級ごとに求められるI&Dの行動を具体的に定義しています。半期に1度評価を行うため、上長との対話の中でI&Dについて定期的に振り返る機会が生まれています。
また、インクルージョンはビジネススキルの1つであると位置づけており、スキルとして伸ばしていくという観点からさまざまなプログラムを開催しています。
山崎氏:
社員向けのDI&Eに関するイベントを月に1回開催している他、社員との接点が最も多いと考えられる現場の管理職に対して、必要なインプットや、実践のヒントを提供する場を継続的に設けています。
広報部門とも連携したDI&Eのメッセージ発信も、施策の1つです。社外に対して情報発信を行うことで、社員が自社の取り組みを客観的に理解することにもつながると考えています。
北山:
いずれも継続的な取り組みが重要ということですね。お二人とも、貴重なお話をありがとうございました。
吉田:
最後に、これまでのディスカッションを踏まえ、PwCが考える「DEIB推進に向けて、目指す姿を実現するためのポイント」をお話しさせていただきます。
多くの日系企業では、“D”(ダイバーシティ)が一定程度存在するところまでは到達していると思います。今後は、各企業のビジネス活動において、“E”(エクイティ)や“I”(インクルージョン)を経てどのように“B”(ビロンギング)まで辿り着くか、というストーリーを描き、それに紐づける形で施策を実施することが求められます。
DEIはあくまで手段であり、最終的には“B”につながっていることが重要です。それにより、個人が能力を遺憾なく発揮することで組織のパフォーマンスにも貢献する、という好循環が実現できます。
本質的なDEIBの実現のためには、個別課題に対して対症療法的に施策を打っていくのではなく、DEIBを取り巻くあらゆる視点から多様な施策に取り組むことが必要です。ビジネス上の戦略とアラインさせながら、マネジメントの仕組みやカルチャーにDEIBの考え方を組み込んでいくことで、自律的に日々の業務の中でDEIBを体現できるようになります。
こうした観点から、PwC Japanグループでは、DEIB推進に対してあらゆるレイヤーでの支援が可能です。第3部では、そのサービスの1つである「男女賃金格差分析ツール」をご紹介します。
男女賃金格差の開示機会を企業の価値向上にうまくつなげるためには、単に差異に関する数値を公表するだけでなく、格差の根本原因を分析して特定することや、それらを踏まえて是正に向けたアクション・施策をビジネス戦略とアラインさせて描くことが重要です。
PwCコンサルティングが開発した「男女賃金格差分析ツール」は、多様な分析指標を組み合わせることで男女賃金格差の要因を分析できるBIダッシュボードです。これは男女賃金格差解消に向けた現状の把握から、要因の分析、施策の検討と実行、モニタリングまでの一連のサイクルに対応しており、各社でのDEIB実現に貢献します。
近年、日本企業の間にも人財を資本として捉える人的資本経営の考え方が広まっています。それにより、働く人の多様性を認め尊重する従来のD&I(ダイバーシティ&インクルージョン)に、不公平な競争環境の是正(Equity:エクイティ)を加えたDE&Iの推進が不可欠になってきました。その流れは、男女賃金差異の公表義務化により加速しています。
加えて、企業における従業員の居心地や心理的安全性などの帰属意識(Belonging:ビロンギング)が従業員のパフォーマンスに大きく影響することも分かっています。
このような背景から、PwCコンサルティング合同会社では、人的資本経営の実現にはDE&IにBelonging(ビロンギング)を加えたDEIBが重要であると考えています。
本セミナーでは、人的資本経営におけるDEIB戦略の重要性を解説するとともに、DE&Iの先のDEIBを実現する道筋を作るヒントを4回にわたってお伝えします。
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