[Value Talk]AIと共に生きていくための日本企業の在り方を問う

“人生100年時代”。テクノロジーを活用したデジタルトランスフォーメーション(DX)の推進を背景に、AI導入の重要度がさらに高まっている。PwC Japanグループは、企業のAI活用を支援し加速させることを目的とした新施設「AI Lab」を、7月1日にPwCのエクスペリエンスセンター内に開設した。6月に開催された開設記念イベントでは、オリックス株式会社 特命顧問 高橋 秀明氏とロンドン・ビジネススクール 教授 リンダ・グラットン氏といった有識者を迎え、PwCのエキスパートと共に、AIと人が創出する未来のビジネスや暮らし、日本企業の進むべき方向性などをテーマに議論を展開した。

高橋 秀明氏

オリックス株式会社 特命顧問

米国NCR/AT&Tに25年、富士ゼロックスに6年勤務し、日米でトップマネージメントを務めた。その後大学教員や国内外の社外取締役を歴任し、現在は起業家・社会起業家のメンターやアドバイザーとして活動している。

リンダ・グラットン氏

ロンドン・ビジネススクール 教授

人材論、組織論の世界的権威であり、首相官邸による「人生100年時代構想会議」のメンバーでもある。『LIFE SHIFT―100年時代の人生戦略』など一連の著作は20カ国語以上に翻訳されている。

スコット・ライケン

PwC米国法人 パートナー エマージング・テクノロジー・リーダー

PwCエマージング・テクノロジー部門を統括し、最新テクノロジーを使った経営改革やデジタル化をリードしている。日本企業へのアドバイザリー実績が豊富で、ゲストスピーカーとしてグローバル会議での登壇も多い。

久保田 正崇

PwCあらた有限責任監査法人 執行役専務(アシュアランスリーダー/監査変革担当)

海外子会社との連携、内部統制、組織再編、コンプライアンスなどに関する監査およびアドバイザリーサービスを専門とし、2019年9月から執行役専務(アシュアランスリーダー/監査変革担当)就任。監査業務変革部長、AI監査研究所副所長を兼任。

※法人名・役職などは掲載当時のものです。

まずはAIを使う目的を明確に

ボンデュエル

グラットンさんが提唱する“人生100年時代”を実現するには、AIやロボティクスなどのテクノロジーを活用して、私たちのビジネスや生活の変革を図ることも欠かせなくなってきます。ここでは、未来における最先端技術の役割について考えていきましょう。

まず、ビジネスでAIを活用するのに最も必要な要素とは何かについて、皆さんの持論をお聞かせください。

久保田

私は今、監査のDXを進める立場にありますが、実は監査のビジネスモデル自体はこの150年でほとんど変わっていません。それをいかに時代の変化に合わせて変えていくかという中で、AIを含めたテクノロジーと向き合い、監査のカルチャーに取り入れていくことが重要になってきます。そのために欠かせないのが、経営層からのサポートやコミットメントです。さらに、AIのスペシャリストや、AIを正しく理解している人材に力を発揮してもらうことが求められてくるでしょう。

高橋

同様の質問をさまざまな会社の経営者から受けるのですが、久保田さんが話したように「経営者のサポートとAIの専門家の両方が必要だ」と答えています。ただ、もう一つ、より重要な事柄として“何のためにAIを導入するのか”という目的の明確化を挙げています。一般的にAI導入の目的としては、生産性向上と新市場の創出の二つがあり、後者の方が難しくなってきます。いずれにしても、目的を決めないまま、単に“同業他社がやっているから使ってみよう”というだけの経営層が多く見受けられるのが現実です。

ライケン

現場のマインドの変化も大事だと思います。特に大企業の中間管理職がAIによって自分たちの仕事が奪われるのでは、と恐れる傾向にあるのではないでしょうか。そうした現場の人材の間に存在する精神的なバリアを、まずは取り除いていくことが求められるでしょうね。

DXおよびAI推進に向けた組織体制は目的に応じて判断すべき

ボンデュエル

続いて、社内でAIの利活用を促進させるための組織体制や人材について考えたいと思います。各部署が個別に進める独立型がいいのか、それとも全社横断型がいいのか、さらにはAIの専門家以外にどのようなスペシャリストを置くべきか‐多様な議論があり、判断に迷っている企業も多いですよね。

高橋

独立型でいくか、それとも全社横断型にするのかという判断は、AI導入の目的と深く関係してくるはずです。例えば目指すのが生産性向上である場合は、いくつもの部署をまたいでプロセスの変革が必要となりますから、全社横断型で進めるのがふさわしいでしょう。一方、AI活用がもたらすベネフィットの最も大きい新市場を創出するとなると、ある部署にスペシャリストをかき集めて独立型で進める方が首尾良くいくと思います。

グラットン

スペシャリストについては、大きく二つのタイプが求められると思います。一つ目は科学系のスペシャリストです。データ、アルゴリズム、そしてあらゆるAIツールに精通しているような方ですね。次に、彼らと組んでインパクトのある結果をもたらすことができるのが、芸術家系のスペシャリストです。新しいプロセスやツールが生まれた理由を説明することに長けており、ツールの価値を最大化するためにそのデザインにもこだわります。ライケンさんが精神的なバリアについて触れましたが、芸術家系スペシャリストはバリアを取り除く存在だと思っています。

上の世代にこそ活躍の機会が

ボンデュエル

これから高齢者やそれに続く「ニューオールド世代」と呼ばれる人たちが増えていく中、そうした世代の人々がビジネスを通じて社会に貢献するために、AIはどのようにサポートできるでしょうか。

ライケン

AIは、今まさに新しいコミュニケーションの形を生み出しています。ソーシャルメディアにVRやAR、それにAIを組み合わせることなどで可能となるコミュニケーションですね。こうしたコミュニケーションを通じて、ニューオールドの世代にも高齢者にもより快適な世界をつくっていくことができるはずです。とりわけ日本の場合は、ロボティクスやVRといったテクノロジーで世界をリードしている上に、ロボットをパートナーとして受け入れることのできる土壌がありますから、高齢者やニューオールド世代は社会に価値を提供しやすいと言えます。

ロボティクスとAIの組み合わせでAI先進国を目指すべき

ボンデュエル

もっと日本にフォーカスしてみましょう。グラットンさんは日本政府による“人生100年時代”に備える議論に参加されていますね。AIはこれらの領域に貢献でき、また国家の生産性向上に寄与するテクノロジーだと思います。ただ、米国や中国が日本より先を行っている印象を持っています。日本はAI先進国に追い付けるでしょうか。

グラットン

ええ。その国のコアコンピタンスとAIを組み合わせることで、効果を最大化できるのではないでしょうか。先進的なのがイギリスで、同国のコアコンピタンスと言える健康医療技術とAIの活用による価値創出を目指し、積極的に取り組んでいます。具体的には、ロンドンを拠点としている世界一流の病院のいくつかを舞台に、AIベンチャーと医療機関が密接に連携しながら多様な実験を行っています。

ボンデュエル

日本に当てはめると、やはりロボティクスがコアコンピタンスと言えるでしょうか。

グラットン

そのとおりだと思います。

ボンデュエル

この点について、高橋さんの見解をお聞かせください。

高橋

日本の場合、学年に応じて教える内容があらかじめきっちり決まっているなど、教育システムが非常に硬直的です。しかし、こうした状況を逆手に取ることで、むしろチャンスが生まれるのではと見ています。そのカギを握るのが、子どもたちが学校以外の場で過ごす時間です。国家レベルのAI戦略が効果を示すには、子どもの頃からAIに対する親近感を養っていくことがすごく重要だと思います。そうしたAIに親しむ場を、学校の外で設けるようにすべきでしょう。例えばスタンフォード大学のある先生は、ゲームを用いてテクノロジーを子どもたちに教えています※。そうすると、本当に十年後にはその子どもたちがテクノロジーのワークフォースの一員に育つといいます。十年も時間がかかるのかと感じるかもしれませんが、こうした状況を変えるには無理に急いでもうまくはいきません。そして、日本は物事をゆっくりと変化させることに関しては寛容ですから、国家としてゴールを見据えて一歩ずつ階段を上っていくのが功を奏すのではないかと見ています。

PwC Japanグループ データ&アナリティクス リーダー ヤン・ボンデュエル

経営者はAIに期待し過ぎないよう注意を

ボンデュエル

少々ネガティブなテーマとなりますが、AIをはじめとした最先端テクノロジーに投資する際に、多くのビジネスリーダーが犯しがちな間違いは何でしょうか。

久保田

やはり高橋さんもお話ししていたように、何のためにという目的を考えずにテクノロジーだけ導入しようとしてしまうことでしょう。どんなに素晴らしいテクノロジーでも、使い道がない、自社の文化と相容れないとあっては効果が期待できないのですから。

ライケン

この変化の激しい時代に、五年後のテクノロジーの趨勢すら見えないのにそれより先を考えようとしてしまうのも良くないと思いますね。最先端テクノロジーへの投資というものは、あくまで実験として短期的に考える必要があるでしょう。

高橋

それと、期待をし過ぎないことも大事ですよね。AIなどの新しいテクノロジーというのはまだプルーフができていないからこそ注目が集まるのですから、部下から100できると提案されたからといって、経営者までもが100を期待してしまうのは失敗の元と言えるでしょう。

地に足を着けながらチャレンジを

ボンデュエル

最後に、AIや最先端テクノロジーをビジネスに活用する際の日本企業に向けたアドバイスを頂けますか。

グラットン

まず、一人ひとりの従業員を独立した大人として扱って十分な情報を提供し、自分自身で変わることのできる機会を与えることです。その上で、そうした変化を促すようなサポートを企業として行うようにするのが良いのではないでしょうか。

ライケン

私もそのとおりだと思います。世界は本当にものすごい速さで変化していて、追い付くのを待ってはくれません。そのため、企業には全ての従業員を変化の当事者として巻き込んで、一緒に変わり続けることが必要となるわけです。それは働く人々の将来のためにもなるのですから、企業は積極的に働きかけるべきでしょうね。

高橋

あとは、人生は一回だけだという事実をまず受け入れた上でチャレンジするというマインドを持つことではないでしょうか。

久保田

そうですね。チャレンジと同時に、しっかりと地に足を着けるということも同じぐらい重要だと思っています。それは自社のカルチャーであるとか、コアコンピタンスであるとかを見失わないようにすることでもあるでしょう。そして、AIをはじめとした最先端テクノロジーが自社にどのようにマッチするかをしっかりと見据えることを強く推奨したいですね。

ボンデュエル

皆さんとの議論を通じて、この先、“人生100年時代”を迎える日本そして日本企業がAIを巧みに活用してさらなる成長を遂げていくという未来が見えた気がします。本日はありがとうございました。