グローバル投資家意識調査2024から得られる示唆──日本の資本市場に関係を有する回答者のデータを踏まえて

  • 2025-08-06

はじめに

PwCによるグローバル投資家意識調査(Global InvestorSurvey、以下GIS)2024が、2024年12月4日に公表されました※1。このサーベイは、PwCが毎年秋に、主として企業報告の受け手である資本市場関係者等に対して、グローバルベースでアンケートを行うものです。2024年は、24の国と地域の345人(Global 345、以下G345)から回答を得ています。

回答者は主に機関投資家で、職責別構成は、ポートフォリオマネジャー21%、アナリスト21%、チーフ・インベストメント・オフィサー23%などです。また、回答者の52%は業界経験10年以上です。彼らの投資対象は、資産クラス、投資アプローチ、時間軸などの面で多岐にわたります。また、所属機関の運用資産額は、回答者の53%において100億米ドル以上となっています。

本稿では、このサーベイ全体の内容を簡単に紹介した後、特に、「日本の資本市場に関係を有する回答者」の特色を、全体の回答者の特色との比較の形で浮き彫りにしつつ、いくつかの示唆を提示します。

なお、文中の意見に係る記載は、筆者達の私見であり、PwC Japan有限責任監査法人の正式見解ではないことをお断りします。

1 GIS2024の概要紹介

まず、GIS2024全体の内容を簡単に紹介します※2

(1)経済成長についてはおおむね楽観的

今後12カ月間の世界経済の成長について、プラス成長(0.5%超)を見込む回答者は51%、マイナス成長(0.5%超)を見込む回答者は31%でした。回答者は、おおむね楽観的な見方をしていると考えられます※3

いくつかの項目に対して、「今後12カ月間において、あなたの投資先やあなたがカバーする企業は、以下のような主要な脅威にどの程度さらされると思いますか?」という質問を行っています。

ここで、「極めて強くさらされている」または「強くさらされている」と回答した比率を項目別にみると、2022年調査時点との比較では、「マクロ経済の変動」が62%から34%へ、「インフレーション」が67%から31%へと低下しました。一方で、「サイバーリスク」と「地政学的対立」がそれぞれ36%と、最も高い比率となっています。

これらの脅威が認識される中、回答者の86%は、企業が有する危機管理能力が、投資判断において重要な要素であると考えています。また、60%は、サプライチェーンの不安定性に対応して、企業がビジネスモデルを再考することが重要であると考えており、68%はリスク軽減のためにこうした投資を増やすべきだと述べています。

(2)回答者が意識する4つの事項

GISでは、回答者が意識する事項として、①改革の必要性、②テクノロジーと人工知能(以下、AI)、③気候変動への適応、④コミュニケーションによる信頼、の4点を指摘しています。

①改革の必要性(Reinvention imperative)

いくつかの項目に対して、「あなたの投資先またはあなたがカバーする企業にとって、以下の項目に対応して価値の創造、提供、獲得の方法を変えることはどの程度重要ですか?」という質問を行っています。ここで、「極めて重要」または「とても重要」と回答した比率を項目別にみると、「技術の変化」が71%に達し、最重要課題として浮かび上がります。次いで、「政府の規制」64%、「顧客の好みの変化」61%、「サプライチェーンの不安定性」60%となっています。

②テクノロジーとAI(Technology and AI)

いくつかの項目に対して、「あなたの投資先またはカバーする企業がAIを導入している場合、あなたは現時点で次の項目をどの程度、課題あるいは機会とみなしていますか?」という質問を行っています。選択肢は、「大きな機会」「ある程度の機会」「ある程度の課題」「大きな課題」となっており、全ての項目で、前の2つの回答率が後の2つの回答率を上回りました。AIへの将来性に対して、機会が課題を上回る楽観的な評価といえます。特に、スケーラビリティ(事業規模拡大)、投資収益率の測定、労働力への影響などで、その比率が高い形となりました。

注目すべき点は、多くの回答者が、AIと労働者との間にトレードオフがあるとは認識していないことです。例えば、「あなたの投資先またはカバーする企業は、以下の項目に対応するために、自社の行動をどの程度、推進、あるいは抑制させるべきでしょうか?」という質問に対して、「ある程度推進する」または「大幅に推進する」と回答した比率を項目別にみると、「現在の従業員のスキルアップ」に対して74%、「AIソリューションの大規模な採用」に対して73%となり、双方が両立しています。

③気候変動への適応(Climate transition and adaptation)

(1)で言及した「今後12カ月間において、あなたの投資先やあなたがカバーする企業は、以下のような主要な脅威にどの程度さらされると思いますか?」という質問において、「気候変動」について「極めて強くさらされている」または「強くさらされている」と回答した比率は30%でした。

いくつかの項目に対して、「次のような気候関連の取り組みを行っている企業への投資をどの程度増やしますか?」という質問を行っています。「ある程度増やす」または「大幅に増やす」と回答した比率をみると、多くの項目で70%を超えており、気候関連のさまざまな行動をとる企業への投資を増加させることに同意しています。特に「サプライヤーやコミュニティと協力して、持続可能なバリューチェーンを構築する」という項目に80%という最も高い支持が集まっています。

いくつかの項目について、企業のネットゼロ移行計画を評価する際に「きわめて重要」または「とても重要」と回答した比率をみると、「ガバナンス」が72%、「設備投資または事業費支出」が67%と高水準でした※4。また、71%の回答者が、企業がESG・サステナビリティを企業戦略に組み込むことを支持しています。

課題としては、回答者の44%が、企業のサステナビリティ指標に関する報告に根拠のない主張が含まれていることを挙げました。また、回答者の73%が、サステナビリティ情報に関する保証において、財務諸表監査と同等の詳細なレベルを求めています。

もっとも本調査は、米国大統領選の結果が確定する以前に行われたものです。トランプ新大統領の現下の施策を踏まえて、上記の回答者の意識が、現状では変化している可能性がある点に留意が必要です。

④コミュニケーションによる信頼(Trust through communication)

いくつかの項目に対して、「財務実績を除き、あなたの投資先またはあなたがカバーする企業を評価する際に最も重要なのは、次のどれですか?」という質問を行っています。最も回答者比率が高かった指摘項目は、「コーポレートガバナンス」(40%)と「イノベーション」(37%)でした。

企業がリスクと機会をどのように管理しているかを評価する際に、回答者の61%は「投資家向けコミュニケーション」、同じく57%は「企業との対話」などの、複数の情報源に依存しています※5。企業から発信される質的データが注目される中で、回答者の62%は、AIが企業の公表情報を分析する上での大きな機会を提供すると感じています。

2 「日本の資本市場に関係を有する回答者」の属性に関する整理

ここからは、「日本の資本市場に関係を有する回答者」に焦点を当てた分析を試みます。それに先立ち、「日本の資本市場に関係を有する回答者」のデータを、以下の2つのグループに分けて整理します。

①「日本の資本市場に投資等を通じて関係を有する回答者」99名(Invest in Japan 99、以下I99)

ここでは、その本拠地が日本であるか否かを問いません。一例として、投資対象が日本を含むグローバルな市場である回答者が該当します。職責別構成比は、アナリスト(セルサイド・バイサイド・クレジット)が27%(G345では21%)、ガバナンススチュワードシップ専門家が14%(同12%)、チーフ・インベストメント・オフィサーが19%(同23%)、ポートフォリオマネジャーが14%(同21%)となっています。前2者の比率はG345より高く、後2者の比率はG345より低い点が特色です。

②「日本に本拠地を構える回答者」54名(Based in Japan54、以下B54)

日本国内に本拠地を構える回答者であり、おおむねI99の部分集合となっています。職責別構成比は、アナリスト(セルサイド・バイサイド・クレジット)が45%(G345では21%)、ガバナンススチュワードシップ専門家が19%(同12%)であり、G345はもとよりI99よりも高い構成比で、投資や分析の現場に近い方々の回答比率が高い印象です。半面、チーフ・インベストメント・オフィサーは6%(同23%)、ポートフォリオマネジャーは7%(同21%)であり、G345はもとよりI99よりも低い構成比である点が特色です。こうした職責別構成比の特色は、これから整理する回答者の特色にも反映される可能性があります。

3 GIS2024の回答者を取り巻く市場環境

GIS2024の回答者を取り巻く市場環境(前回調査時点の2023年9月から今回調査時点の2024年9月までの1年間)は、おおむね以下のとおり整理できます。なお、米国大統領選の結果については、今回の回答への影響は限定的と考えられます。

【株式市場】

  • 米国は高値圏でなお上昇基調
  • 日本は35年ぶりの新値(円ベース)を達成後、当該水準を維持

【為替】

  • 円・米ドルレートは、1米ドル=140~160円の間で推移

【政策金利】

  • 欧州・米国は、緩やかに政策金利が低下
  • 日本はゼロ金利が解除されて有金利時代に(政策金利が上昇)

【地政学】

  • ロシア・ウクライナや中東などで、政治的な分断の局面は継続

4 GIS2024の回答者を取り巻く制度変革

続いて、制度変革の状況について整理します。

図表1に整理したように、前回調査時点(2023年9月)では、国際(グローバル)には、国際サステナビリティ基準審議会(以下、ISSB)によるサステナビリティ開示基準「IFRSS1」および「IFRS S2」や、自然関連財務情報開示タスクフォース(以下、TNFD)の「v1.0」の公表などが注目されていました。日本特有の話題としては、少額投資非課税制度(以下、NISA)の新制度開始(2024年1月)を契機とした個人の株式投資活動の活発化、開示制度では、有価証券報告書におけるサステナビリティ情報開示の開始などが注目されていました。

図表1:GISの回答者を取り巻く制度変革

(注)GRI:グローバル・レポーティング・イニシアティブ、EFRAG:欧州財務報告諮問グループ、TISFD:不平等と社会関連財務情報開示関連タスクフォース、OECD:経済協力開発機構出所:PwC作成

その後、今回調査時点(2024年9月)までの1年間では、国際(グローバル)・日本ともに、サステナビリティ情報開示の整備が進みました。とりわけ日本では、日本取引所グループ(以下、JPX)によるカーボン・クレジット市場の開設、金融庁による「インパクト投資に関する基本的指針」の公表、経済産業省による「AI事業者ガイドライン」や特許庁による「知財経営への招待~知財・無形資産の投資・活用ガイドブック~」の公表が注目されました。また、投資家への影響という意味では、金融庁による「アセットオーナー・プリンシプル」の制定など、資本市場の枠組みの変革が、相次いで生起した印象があります。

今回調査時点以後の注目点としては、国際(グローバル)では、国際監査・保証基準審議会(以下、IAASB)や国際会計士倫理基準審議会(以下、IESBA)によるサステナビリティ開示情報の保証に関する枠組み整備、日本では、サステナビリティ基準委員会(以下、SSBJ)によるサステナビリティ開示基準の確定やJPXによる企業情報開示の英文化充実、などが挙げられます。

5 日本の資本市場に関係を有する回答者の特色

ここからは、GIS2024を参照しつつ、「日本の資本市場に関係を有する回答者」の特色について考えます。まず、全体的な経済成長やリスク・脅威としての認識項目に関して考察します。

(1)向こう12カ月の経済成長についてはより悲観的

最初に、向こう12カ月の経済環境について確認します(図表2)。ここで、「横這い」または「マイナス成長」と考える関係者の比率は、G345の48%に対して、I99・B54とも57%に達しました。G345よりも「日本の資本市場に関係を有する回答者」の方が、より悲観的な印象です。

図表2:今後12カ月で経済が成長または後退すると考える回答者の割合

出所:PwC作成

(2)サイバーリスク、地政学的対立、気候変動への脅威意識がより強い

今後12カ月以内に、企業がさらされる脅威の項目について検討します(図表3)。G345において最も脅威と指摘される「サイバーリスク」(36%)について、I99が47%、B54が46%といずれも高水準です。日本社会のサイバーリスク対策の必要性の高さを浮き彫りにしています。「地政学的対立」(同36%)も、I99で42%、B54で52%と高水準です。米中対立や朝鮮半島情勢をより身近に感じている可能性があります。「気候変動」(同30%)は、B54で43%と高水準です。日本本拠地の資本市場関係者は、地震や台風等の影響を強く意識しているものと思われます。

図表3:今後12カ月以内に、企業が以下の脅威にさらされている/極めて強くさらされていると考える回答者の割合

出所:PwC作成

(3)4つの視点に関する特色

続いて、1(2)で紹介した回答者(日本の資本市場に関係を有する回答者)が意識する4つの事項(改革の必要性、テクノロジーとAI、気候変動への適応、コミュニケーションによる信頼)については、以下のような特色を指摘できます。

①改革の必要性

技術の変化に対する意識や人材育成・CO2削減・サプライチェーンの安定化への意識がより強い

図表4は、企業が価値の創造、提供、獲得の方法を変えることが重要と考える項目です。G345において最も重要と指摘された「技術の変化」(71%)について、I99では79%、B54では80%の回答者がその必要性を強く意識しているようです。技術革新への期待の強さがうかがわれます。

図表4:以下の項目に応じて、企業が価値の創造、提供、獲得の方法を変えることが重要だと考える回答者の割合

出所:PwC作成

次に、投資先またはカバーする企業が、どのような項目に対処するための行動を推進する必要があるかについて検討します(図表5)。G345において最も必要性が指摘された「従業員のスキルアップ」(74%)について、I99では84%、B54では85%と、より強く認識しています。日本企業の方が人材育成をより強く求めていることが分かります。さらに、「二酸化炭素排出量を削減する」(64%)については、I99で68%、B54で80%と強い要求が見られます。また、サプライチェーンの安定化も重要な課題です。G345において高い必要性が指摘された「サプライチェーンのリスク低減」(68%)については、I99で76%、B54で78%と、高い期待を寄せていることが確認できました。

図表5:投資先またはカバーする企業が、以下の項目に対処するための行動を推進する必要があると考えている回答者の割合

出所:PwC作成

②テクノロジーとAI

AIに対する意識はより強い

同様に、図表5からは、G345において高い必要性が指摘された「AIソリューションの大規模な採用」(73%)について、I99・B54とも、さらに高い比率で必要性が強く意識されていることが分かります。

テクノロジー・AIのもたらす生産性向上の意識はより強い

生成AIのもたらす変化のうち、G345において指摘された生産性向上(66%)については、I99やB54でもほぼ同水準の高い意識を感じています(図表6)。また、収益の増加よりも従業員数の減少の効果を強く認識しているようです。収益の増加を感じる比率は、I99・B54ともに50%に満たず、G345(63%)ほどの認識の強さはありません。従業員に対する影響は、G345では増加と減少が拮抗していますが(32%)、I99・B54では従業員が減少すると考える比率は約40%で、増加すると考える比率を大きく超えています(図表6は増加すると考える比率を示していることに留意してください)。

図表6:生成AIによって、今後12カ月間で投資先またはカバーする企業で、以下の項目が増加すると考える回答者の割合

出所:PwC作成

③気候変動への適応

気候変動に対する脅威はより深刻

図表7は、投資またはカバーする企業を評価する上で重要な項目です。「気候」については、G345の28%に対して、I99で35%、B54で44%と高水準です。日本が本拠地の資本市場関係者は、自然災害の影響を強く意識していると考えられます。

図表7:投資またはカバーする企業を評価する際に、以下の項目が重要であると考える回答者の割合

出所:PwC作成

図表8では、投資またはカバーする企業を考察する際の、より具体的な検討項目を聞いています。「ESGサステナビリティ戦略への組み込み」は、G345の43%に対して、I99で47%、B54では57%と高水準です。この投資家の姿勢は、前述の図表5においても、「二酸化炭素排出量を削減する」の比率がG345(64%)に対して、I99で68%、B54で80%と高水準であることから明らかです。

図表8:投資またはカバーしている企業について考える際、以下の項目に同意する、または強く同意する回答者の割合

出所:PwC作成

水資源に関する意識は高くない

図表7に戻ると、G345のみならず、I99やB54においても、定量的な情報より定性的な情報を重視する傾向が見られます。具体的には、「マネジメント能力」「イノベーション」「人的資本管理」などがあります。注目すべき点としては、「水資源」について、B54は定量・定性ともに回答数が0件であったことが挙げられます。「水資源」は、日本において十分な論点になっていないことを示唆していると考えられます。

④コミュニケーションによる信頼

企業からの発信をより重視

次に、企業がリスクと機会をどう管理しているかを評価する上での情報源等について検討します(図表9)。企業自身からの投資家向けの発信情報を重視する傾向はグローバルでも日本でも同じですが、その比率はG345、I99、B54という順番で大きくなります。例えば、企業評価に財務報告を活用すると答えた割合は、G345の55%に対して、I99では61%、B54では67%である一方(図表9「企業」の「財務諸表および注記開示」)、アナリストレポートを活用すると答えた割合は、G345で54%、I99で53%、B54で48%にとどまります(図表9「サードパーティー」の「アナリストレポート」)。

図表9:企業がリスクと機会をどのように管理しているかを評価する際に、以下の情報源について相当、または極めて広い範囲で利用している回答者の割合

出所:PwC作成

日本の資本市場関係者は、財務報告を軸として企業からの発信情報を重視する姿勢が伺えます。図表9の「サードパーティー」を見ると、ソーシャルメディアや生成AIに対する評価は、G345では前者が32%、後者が42%です。これと比較すると、日本の資本市場関係者における両者への信頼度は著しく低いといえます。図表7に戻り、投資家が重視する企業からの発信情報項目の内訳についてI99およびB54とG345と対比すると、次の3点を指摘できます。

  • I99・B54の方が「コーポレート・ガバナンス」の意識が高い(I99:54%・B54:59%、G345:40%)
  • I99・B54の方が「人的資本管理」の意識が高い(I99:51%・B54:65%、G345:37%)
  • I99・B54の方が「税の透明性/責任」への意識は低い(I99:7%・B54:4%、G345:18%)
企業との対話を重視する姿勢は共通だがそのアプローチには違いがある

図表9に示したように、信頼できる情報源として「企業との対話」と答えた割合は、G345:57%、I99:62%、B54:65%となり、グローバルでも日本でも高い割合を示しています。

その内容は、図表10のように、日本の資本市場関係者はグローバルよりも、企業と「定期的にエンゲージメントしている」割合が高いようです(G345:40%、I99:47%、B54:48%)。一方で、グローバルは日本よりも「特定領域についての関心や懸念がある際にエンゲージメントしている」割合が高くなっており(G345:45%、I99:37%、B54:26%)、企業との対話のアプローチに違いがあると思われます。

図表10:投資またはカバーしている企業とのエンゲージメントのレベルを最もよく表す項目に対する回答者の割合

出所:PwC作成

サステナビリティ開示の信頼性を高めるには経営陣の一貫した取り組みが重要

サステナビリティ開示に対する信頼を高める取り組みとして、日本の資本市場関係者は、過去からの一貫性のある報告、経営陣に対する信頼、経営陣の戦略遂行能力が重要であると回答しています。

一方で、図表11に示したデータでは、より実務的な回答、例えば「記述情報」(G345:47%、I99:37%、B54:33%)や「役員報酬のサステナビリティ目標の関連付け」(G345:49%、I99:35%、B54:26%)などでは、グローバルのほうが高い割合を示しており、日本と大きな意識の乖離が見られます。

図表11:企業のサステナビリティ報告を評価する際に、以下の項目が信頼を与えるかに対する回答者の割合

出所:PwC作成

気候変動以外の開示基準等への理解度の向上が必要

サステナビリティ報告に関するさまざまな開示要求がある中で、日本ではISSB基準(IFRSサステナビリティ開示基準)やCSRD以外の開示要求に対して理解していると答えた割合が低くなっています(図表12)。例えば、「EU AI規制法」について、G345は51%が理解していると回答した一方で、I99は44%、B54は17%にとどまっています。

図表12:以下の規制に関する企業開示を、投資の意思決定プロセスにおいて、深く考慮した、または極めて深く考慮した回答者の割合

出所:PwC作成

サステナビリティ保証への認識は今後の課題

次に、サステナビリティ保証について図表13図表14で検討します。「投資先またはカバーする企業のサステナビリティ情報が保証されている場合は、それをより信頼する」ということに同意(強く同意、どちらかというと同意を含む)する割合は、G345で76%、I99で68%、B54で76%であり、いずれの資本市場関係者も保証により信頼が高まることに同意しています(図表13)。

図表13:以下の記述に同意または反対した回答者の割合(I99)

出所:PwC作成

図表14:以下の記述に同意または反対した回答者の割合(B54)

出所:PwC作成

しかし、「企業は、自社が選択した項目だけではなく、全ての重要なサステナビリティ情報について保証を得ることを要求されるべきである」(G345で同意は72%)、「企業のナラティブな開示、サステナビリティ指標、KPIは、財務諸表監査と同じレベル(合理的な保証)で保証されるべきである」(G345で73%)、「サステナビリティ情報に関する保証レポートには、財務諸表の長文監査報告書に記載されている詳細レベルを含める必要がある」(G345で73%)という項目の回答比率は、I99やB54では同意が70%に届きませんでした。サステナビリティ保証の実務の浸透によって、この傾向は今後変わっていくと考えられます。

そのほか、図表15図表16からは、サステナビリティ情報への保証について、以下の点が指摘できます。

  • 日本では、財務諸表監査等のメソドロジーへの習熟を重視する傾向が、いくぶん強いようです。例えば、図表15において、「職業的懐疑心を有する専門家であり、経営陣の見積もりと判断の合理性を評価できる」と指摘する回答者の比率はI99で73%、B54で76%となり、G345の71%より高くなりました。
  • 保証報告書の利用(図表16)について、「何か注意すべき点がないかを確認するために読む」という回答者の比率は、G345の40%に対してI99で43%、B54で41%となり、グローバルより比率が高くなりました。保証報告書から補足的な情報を得られることを期待しているようです。

図表15:保証業務実施者の業務を信頼するために、以下のことが重要である、または非常に重要であると考える回答者の割合

出所:PwC作成

図表16:サステナビリティ報告に関連する保証レポートを読んでいる回答者の割合

出所:PwC作成

6 おわりに

これまで見てきたように、GIS2024における「日本の資本市場に関係を有する回答者」の傾向には、G345とは多少異なる側面もみられました。上場企業に製造業が多いと投資家に認識されていることや、日本独自の政策への意識などが影響している可能性が考えられます。

技術革新やサプライチェーンの安定化への意識の高さ、テクノロジー・AIのもたらす生産性向上への意識の高さは、投資家からのメッセージとして、上場企業に代表される企業報告の発信者はしっかりと受け止める必要があります。さらに、気候変動に対する脅威がG345よりも深刻である点は、天災の頻発が企業経営に及ぼす影響の大きさとして、重要視されるべきでしょう。

企業報告の受信者(主として、アセットオーナーやアセットマネジャー)は、企業からの発信を重視する姿勢がなぜ日本では高いのかを、改めて検討する必要があるかもしれません。ソーシャルメディアや生成AIの活用に、より一層注力する必要性もあるのではないでしょうか。

企業報告の発信者・受信者双方への示唆として、対話方法の柔軟性、双方向の対話の必要性が挙げられます。定期的なコミュニケーションにとどまらず、さまざまな形態でのコミュニケーションが、相互の信頼構築に繋がるものと考えます。今回のサーベイにご協力頂きました幅広い資本市場関係者の方々に謝意を示しつつ、本稿を閉じたいと思います。

グローバル投資家意識調査2024の詳細はウェブサイトからご確認ください。https://www.pwc.com/jp/ja/knowledge/thoughtleadership/global-investor-survey-2024.html


執筆者

PwC Japan有限責任監査法人
上席執行役員、トラスト・インサイト・センター長
パートナー 久禮 由敬

PwC Japan有限責任監査法人
ステークホルダー・エンゲージメント・オフィス
ディレクター 手塚 大輔

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