サステナビリティ×マーケティングコミュニケーション

  • 2025-05-20

はじめに

現代社会では、私たちは日々膨大な量の情報に囲まれて生活しています。SNS、インターネット、テレビなど、多様なメディアを通して絶え間なく情報を発信しています。例えば、ある大手動画サイトは20億人以上の世界中のユーザーが閲覧し、毎日70万時間(約80年分)以上のコンテンツが新たにアップロードされています。これ以外にも多くのメディアがあり、世界中で大量の情報が発信され続けています。

一方で、私たちが使用しているスマートフォンやパソコンはパーソナライズ化されています。個人の好みや履歴に基づいて、アルゴリズムに従ってその人が好きそうだと思う情報がスマホやパソコンなどに表示されるため、同じニュースや検索結果でも人によって表示される内容が異なります。

このように情報があふれ、パーソナライズ化され、かつ情報を見る時間も限られている状況では、企業がターゲットとする相手に情報を正しく届け、期待する行動を促すことは難しくなっています。単に情報を発信しているだけでは相手に届かず、行動や認識の変化を期待することは難しいでしょう。

本稿では、持続可能な企業経営を実現させていく上で重要な取り組みの1つである多くのステークホルダーの理解・共感・共創をつくるための企業のサステナビリティコミュニケーションについて、ブランド価値を高め、具体的な成果につなげるための方策について考えます。「サステナビリティ×マーケティング×コミュニケーション」という3つのものを有機的に組み合わせた観点に立ち、その現状と課題、対応策についてわかりやすく解説します。

なお、文中における意見は全て筆者の私見であり、PwC Japan有限責任監査法人の見解ではないことをあらかじめ申し添えます。

1 企業のサステナビリティコミュニケーションの現状

企業のサステナビリティの取り組みをターゲットステークホルダーに伝えていくサステナビリティコミュニケーションは、日本のみならず世界的にもまだ発展段階にあります。まずは、企業のサステナビリティコミュニケーションの現状について、国内およびグローバルでの調査結果を見ていきましょう。

(1)国内

図表1はプライム市場上場企業で働く2,529名を対象に実施した、サステナビリティ情報開示に関する企業の認識についての調査結果です。図表1の左側は「企業がサステナビリティの取り組みを社内外のステークホルダーに伝えることの重要性」に関する認識について示しており、右側が「その実施状況」について示しています。

約8割の回答者は「サステナビリティの取り組みを社内外のステークホルダーや顧客に伝えることは重要である」と考えている一方、約7割は「社内外へ取り組みを十分に伝えることができていない」と考えています。

この大きなギャップはなぜ存在するのでしょうか。各社が情報開示やコミュニケーションにおける課題を明らかにし、それに対応することが必要になると思われます。

図表1:サステナビリティ情報開示に関する企業の認識

出所: PwC「コーポレートサステナビリティ調査2022」

(2)グローバル

グローバルの状況については、2023年に世界広告宣伝業連合(World Federation of Advertisers:WFA)が日本を含む48カ国で行った、サステナビリティのマーケティングに関するグローバル調査「サステナブル・マーケティング2030」を見てみましょう※1。この調査は、グローバルの幅広いエリアで、日本を含む各国のグローバル大企業のマーケティング部門の役職者938人や研究者等を対象に実施されました。

約8割の担当者は「企業は自社のサステナビリティへの取り組みについて、より勇気を持って発信する必要がある」と回答しました。一方で、企業の情報発信などのコミュニケーションにおいてマーケティングは非常に重要ですが、53%の担当者はサステナビリティに関するマーケティングの取り組みについて、「まだ開始していない」「開始しようとしている」「第一歩を踏み出したばかり」と回答しています(図表2)。

「かなり進んでいる」の10%と比較しても、まだまだサステナビリティにおいてマーケティングを活用した戦略的なコミュニケーションが進んでいないことが分かります。課題としては、35%が「サステナビリティに関するマーケティングの知識やスキルのギャップ」を挙げ、「社内のリソース不足」も同じく35%で上位の課題となっています。

※1 https://wfanet.org/leadership/planet-pledge/sustainability-2030/about

図表2:サステナビリティに関するマーケティングの取り組み状況

出所:WFA「Sustainable Marketing 2030」をもとにPwC作成

(3)まとめ

日本だけでなくグローバルにおいても、企業のサステナビリティ情報をステークホルダーに積極的に発信していくことは重要と認識されていますが、現状はまだできていないという共通の課題があります。

現在、企業のステークホルダーに対するサステナビリティ情報のコミュニケーションは、基準対応や、投資家や株主などの要求事項を踏まえた開示のためのデータの網羅性の確保に多くのリソースが割かれています。データベースとしての拡充が進み、要求事項の網羅性は少しずつ高まりつつあります。

一方で、企業のサステナビリティ情報開示をマーケティングコミュニケーションという観点から見ると、より多くのターゲットへ戦略的に重要なメッセージを伝えて認識を変化させ、共感や行動変容というような成果につなげるための積極的なコミュニケーションはまだ実施できていない状況です。

膨大なリソースをかけて作成したサステナビリティ情報は、情報を自ら閲覧しに来たESG格付け機関や株主などのごく一部のステークホルダーに限定的に伝達されており、彼らの要求項目を網羅できているかどうかという受け身で静的なコミュニケーションになっています。企業が発信するいくつものコーポレートコミュニケーションの中で、サステナビリティ分野はまだマーケティングの知見が活かされていない状況です。

2 サステナビリティマーケティング

企業は自社の活動として商品やサービスをつくって売る際にマーケティングを行い、ターゲットである顧客の理解を深めながら商品やサービスを磨き上げていきます。一方で前述の調査「サステナブル・マーケティング2030」の結果からも分かるとおり、企業のサステナビリティ活動においてはマーケティングはまだ十分に活用されていない状況です。

(1)マーケティングの定義

公益社団法人日本マーケティング協会では、マーケティングの定義を「顧客や社会と共に価値を創造し、その価値を広く浸透させることによって、ステークホルダーとの関係性を醸成し、より豊かで持続可能な社会を実現するための構想でありプロセスである」としています※2。マーケティングは「顧客の欲求と満足を探り、価値を創造し、伝え、提供することにより、その成果として利益を得ること」であり、それ故に、マーケティング活動は企業の持続的成長を支え、競争を勝ち抜くための力の源泉となっていると同協会は説明しています。

※2 公益社団法人日本マーケティング協会

(2)サステナビリティでのマーケティング活用による成果の可視化

企業は自社の商品やサービスの訴求のためだけではなく、サステナビリティ活動およびステークホルダーとのコミュニケーションにおいてもマーケティングを活用していくことで、自社の活動を届けたいターゲットステークホルダーとしっかりと結び付くことができます。その結果、ステークホルダーの行動変容など目に見える形の「成果」の創出につながります。

一方で、そのための詳細な目的設定やターゲット分析、それに紐づく取り組みとKPIを定量的に設定できている企業はまだまだ少ない状況です。前述の「サステナブル・マーケティング2030」の調査結果にもあるとおり、サステナビリティとマーケティングのそれぞれの知見に関するリソース不足の問題もありますが、次のフェーズとしては、作成したサステナビリティ情報資源をさらに効果的に活用していく段階への移行が期待されています。

3 企業のサステナビリティ情報開示におけるターゲットへのアプローチ方法の状況

次に、サステナビリティコミュニケーションの中でも、現在各企業が積極的に行っているサステナビリティ情報開示を取り上げ、具体的にどのようにターゲットにアプローチしているかを分析します。

企業は、サステナビリティというテーマで外部とコミュニケーションをとるにあたって、サステナビリティWebサイト、サステナビリティレポート、統合報告書、有価証券報告書など、法定開示・任意開示をいくつもの媒体(外部との接点)に分けて情報を発信しています。

一例として、TOPIX100の企業100社の統合報告書、サステナビリティレポートの開示取り組み状況の調査結果を紹介します。

(1)統合報告書の開示状況

統合報告書の開示手法に関しては、PDFのみの開示が79%、次いでPDFとHTMLの両方での開示が15%、HTMLのみでの開示が2%となりました(図表3)。まだまだPDFのみでの開示が約8割と大半ですが、この数年でHTMLでの開示も少しずつ増えています。

図表3:統合報告書の開示手法

出所:PwC作成

(2)サステナビリティレポート

サステナビリティレポートの開示手法に関しては、PDFのみの開示が全体の50%となり、発行している企業のうち93%と大半を占めました(図表4)。近年では徐々にHTMLでの開示やサステナビリティWebサイトへの統合が増えつつありますが、まだまだメインはPDFでの開示となっています。一方で、発行していない企業の割合は全体の46%となりました。

図表4:サステナビリティレポートの開示方法

出所:PwC作成

(3) マーケティングコミュニケーションの観点から見た情報開示の現状の課題

PDFでの開示は、HTMLと違って利用者の詳細な利用実態の把握が難しくなります。利用者がどのトピックを見て、次にどのページに移動して何に興味を持っているか、そして利用者は目的を達成してエンゲージできたのか、逆に直帰率はどうなっているかといった非常に重要な利用実態のデータが取得できないからです。

実際に企業の担当者にヒアリングしたところ、PDFで開示している理由としては「利用者のニーズとして使いやすい」、「過去の情報のアーカイブとして残る」などが挙がりました。また、PDFを残しつつHTML化した理由は「情報をタイムリーにアップデートしやすい」が主なものでした。一方で、HTML化して利用者の詳細なアクセス情報を可視化しても、そのデータをまだ効果的に活用できていない状況です。

(4)まとめ

自社のサステナビリティ情報を発信する各媒体は、既存ユーザーやターゲットステークホルダーとの重要な接点であり、利用実態や利用者のニーズ等のデータが集まる場所です。しかし、現在は自ら閲覧しに来た人だけという限定された層に向けた接点になっています。せっかく用意した接点や情報をごく一部の利用者だけではなく、より多くのターゲットとのコミュニケーションに活用し、そこで集まったデータを上手く分析・活用することで、現状のコミュニケーションにおける課題の可視化と、より効果的なコミュニケーションに向けた改善に繋げていくことが重要です。

4 おわりに

企業のサステナビリティのコミュニケーションという観点でいうと、自社のサステナビリティの取り組みや情報の網羅性だけでなく「伝える力」を強めようとしている企業が少しずつ増えていますが、まだまだ少ない状況です。多くの企業からの大量の似通った情報の海の中で、十分にターゲットに伝えることができている企業は限られています。

その中で企業は、ステークホルダーの共感を高め共創につなげていくために、自社のサステナビリティコミュニケーションの成果を可視化して最大化するマーケティングの観点を取り入れる必要があります。現在のコミュニケーションに関する諸データを分析し、より詳細で具体的な目的・ターゲット・KPIなどを設定し、トラッキングしながら継続的に改善していくことが重要になってきます。

一方で、マーケティングの知見だけではなく、サステナビリティの知見も重要になってきます。欧州ではサステナビリティについてのマーケティングコミュニケーションを行う上で、グリーンウォッシュに対する規制が強化されています。

該当するメッセージが相手に誤解を与えるようなグリーンウォッシュになっていないか、第三者から検証されているものかどうかなどの検証が求められ、すでに、違反と判断された複数の大手企業の広告などが禁止されるなどの措置がとられています。欧州域内で事業を展開する企業への影響は大きく、グローバルでのサステナビリティに関する知見を踏まえた上でマーケティングコミュニケーションを実行することが大切になっています。

「サステナビリティ×マーケティング」を掛け合わせた積極的なコミュニケーションは、共感やファンを生み出し、ブランド価値を高め、自社の活動にポジティブな影響を戦略的に起こすことにつながります。それは静的な情報開示から動的なサステナビリティコミュニケーションへの進化といえます。そして自社のサステナビリティ活動のさらなる成果の創出と、なかなか見えづらい部分もあるサステナビリティ活動の成果の可視化につながっていくのではないかと考えます。


執筆者

PwC Japan有限責任監査法人
サステナビリティ・アドバイザリー部
マネージャー 吉留 正浩