韓国半導体産業の現状および成長のための今後の施策

  • 2025-05-20

はじめに

2024年の韓国経済は2.2%程度成長し、2023年の1.4%より成長率が高まる見通し※1です。2024年に入ってから半導体中心に輸出が増加しているためであり、半導体輸出額は不振だった2023年と比較して40%以上増え、全体の輸出に占める割合も2023年の15.6%から20%超まで高まりました※2。しかし、徐々に半導体輸出が鈍化する兆しが現れています。

韓国では2024年12月3日に宣布された戒厳令とそれに続く政治的混乱の中、産業支援政策が停滞した状況が続いています。「半導体戦争」が激化する中、政治不安のため対外国家信用度は低くなり、資金力が弱い半導体業界の中小・ベンチャー企業に悪影響を与えかねない状況です。また米国ではドナルド・トランプ氏が2期目の大統領を務めることから、関税リスクに対する対策も今後必要となってきています。

このような状況の中、韓国政府は韓国の半導体産業の成長のためにどのような施策を行っていくのかを紹介します。なお、本文中の意見に関する部分は著者の個人的見解であり、PwC韓国の公式見解ではないことを申し添えます。

1 韓国内半導体産業の現況

輸出額の推移

2018年以降、韓国は半導体産業の大部分の分野において輸出市場シェアが減少傾向にあります。韓国の代表的な輸出品目であるメモリ半導体は、2018年に29.1%を記録するなど世界輸出市場シェア1位を維持してきましたが、その後中国の勢いに押され2位となり、2022年には18.9%まで下落しました※3

2022年における半導体輸出の割合は、メモリ半導体が56%(サーバー需要)、非メモリ半導体が44%(モバイル需要)でした。これは国内企業が高い競争力のあるスマートフォン産業と連携したため、非メモリ半導体が発展したことが大きく影響しています。

2023年の韓国の半導体産業の輸出額は1,310億9,000万米ドルで、250億2,300万米ドルの貿易黒字を達成したものの※4、これは最近5年の間で最も低いレベルです。2023年の韓国の半導体輸出は前年比で20%減少しており、同期間の韓国全体の輸出減少幅が7%であることから、大幅に下落していることがわかります。これは、今後の成長可能性が大きいAI関連システム半導体の競争力が不十分であるためであると考えられます。

しかし、依然として半導体産業は韓国の経済と産業をリードする存在であることは明らかです。特に2024年上半期には半導体輸出(月間)が連続2桁の増加を見せていることは注目すべき点です。これはサーバーやPCなどの需要が大幅に拡大し、半導体輸出が好況であったためであると考えられます。

韓国の主力分野であるメモリ半導体はまだ競争上の優位性を持っていますが、中国の急速な追い上げによりその優位性は失われつつあります。したがって、グローバルなメモリ半導体供給を安定させるために国内製造能力を高める必要があると考えられます。

2 半導体産業育成のための施策

ここ数年、韓国政府が半導体産業の育成のために行った施策は次のとおりです。

(1)国家先端戦略産業特別法(半導体特別法)制定【2022年8月】

韓国政府は2022年8月4日、国内先端産業のグローバルな技術競争力向上のため、国家先端戦略技術の外国流出を統制するとともに、自国企業を体系的に育成する制度運営などを内容とする「国家先端戦略産業競争力強化および保護に関する特別措置法(以下「特別法」)を施行しました。

特別法は国家先端戦略技術を保有した企業に対する支援と、保有企業が海外買収・合併、合弁投資などを進めようとする場合、産業通商資源部長官の承認を受けるようにするなどさまざまな規制を含んでいます。特別法の主な内容は以下のとおりです。

需給安定化のための施策

自然災害や国際通商条件の急変などにより、国家先端戦略技術関連品目の安定的な需給および産業供給網に支障が生じ、国民経済活動が著しく阻害されるおそれがある場合、政府が国家先端戦略技術関連品目の事業者、需要者、輸出入または輸送や保管を業とする者または公共機関に対して、緊急需給安定化のための調整を行えるようにしました。これには、国家先端戦略技術関連品目の国内優先供給など、供給計画の樹立、実施および変更、国家先端戦略技術関連品目の保管、備蓄または譲渡などの措置が含まれます。

国家先端戦略技術の輸出および海外M&Aに対する規制

特別法は国家先端戦略技術保有者が、①当該技術を外国企業等に売却または移転等の方法で輸出しようとする場合、②海外買収・合併、合弁投資等を進めようとする場合に、産業通商資源部長官の承認を受けるよう規定しました。また、承認されていない輸出や承認されていない外国人投資に対して、産業通商資源部長官は中止、禁止、原状回復などの措置を命ずることができるといった内容も含まれています。

国家先端戦略技術に対する保護措置

特別法は、国家先端戦略技術の流出を防止するために国家先端戦略技術保有者に対して、①保護区域の設定・出入許可と出入時の携帯品検査、②国家先端戦略技術を取り扱う人材の離職管理および秘密保持等に関する契約締結等の保護措置、などの措置を取れるようにしました。

資料提出命令など

産業通商資源部長官または関係行政機関の長が、監督のために必要な場合、国家先端戦略産業に関連する機関、法人、団体に対してその業務に関する報告または資料提出を命じることができます。また、産業通商資源部所属の公務員が事業場等に立ち入り、書類を検査したり関係者に質問をするといった措置を取ることができます。提出命令に違反した場合、過料が科されることがあり得ます。

国家先端戦略産業関連企業に対する支援

特別法は国家先端戦略産業を営む中小企業および中堅企業のために、①研究開発、実証、安全管理および関連基盤施設の構築、②研究開発または研究装置運営のための専門人材支援および人材養成のための教育プログラムの開発と運営、③専門研究員が従事する指定業者を選定するための優遇推薦、④海外高級人材の誘致、などを支援できるようにしました。また、国家先端戦略産業に関連する企業に対して「租税特例制限法」、「地方税特例制限法」など関連税法の規定により租税の減免を受けられるようにしました。

(2)国家先端産業育成戦略【2023年5月】

政府は2023年5月、国家先端戦略産業に対する5カ年育成基本計画を発表しました。半導体・ディスプレイ・二次電池に続いて「バイオ」分野を新規に先端戦略産業に指定し、2027年までに550兆ウォンを超える規模の民間投資を達成するとしています。

基本計画は、先端産業投資が支障なく成し遂げられるように、新規国家産業団地の早期造成、規制緩和、産業別の支援計画などの内容を盛り込んでいます。

政府はまず大規模な製造能力確保のために投資環境を整えることとし、半導体340兆ウォン、ディスプレイ62兆ウォンなどと予想される先端産業に対する民間投資が円滑に行われるよう、政府レベルでのインセンティブ提供に注力します。

国家的プロジェクト支援のために先導事業を新設し、企業投資効果を最大化するために税額控除などの政府支援を強化します。また、許認可・インフラなどへの支援強化によりスピード感のある投資も促進する予定です。迅速な先端産業立地支援のために合計15個の新規の国家産業団地を造成し、国家先端戦略産業の主要拠点は特化団地に指定します。

また、政府は先端技術人材育成を主要戦略として提示しました。半導体の場合は2031年までに3兆2,000億ウォン、ディスプレイは2025年から2032年までに9,500億ウォン、二次電池は2024年から2028年までに1,500億ウォン、バイオは2024年から2028年までに3,000億ウォンを投入し、今後、原発、防衛産業、未来モビリティなどにも指定拡大を検討することとしました。

さらに、2023年からの5年間、先端産業の核心技術の研究開発に4兆6,000億ウォン規模の支援を行うとともに、先端産業特性化大学院を運営し修士・博士級の優秀な人材を育成します。産業界主導の人材養成と政府支援拡大内容を盛り込んだ「先端産業人材革新法」制定も推進します。技術の海外流出防止のために「専門人材指定制度」を運営し、審議手続きなども簡素化することとしました。

(3)租税特例制限法制定(Kチップス法)【2023年4月】

米国チップス法は、バイデン前政権による代表的な産業政策である半導体支援法です。正式名称は「半導体チップと科学法(CHIPS and Science Act of 2022)」で、米国に半導体施設を建てた企業には最大30億米ドルの補助金を支給するという内容です。補助金を受けた会社は10年間、中国などの国家への半導体施設の投資に制限を受けることになります。チップス法の受益対象には、米国内の半導体投資を約束した韓国や台湾の企業も含まれています。

韓国政府も2023年4月に半導体産業支援のための税額控除拡大を主な内容とする租税特例制限法(通称、Kチップス法)を制定しました。Kチップス法は半導体のような国家戦略技術施設投資額および研究開発(R&D)に対する税額控除率を拡大する内容を含んでいます。具体的には次のとおりです。

  • 半導体等国家戦略技術施設投資に対する税額控除率の引き上げ(2023年1月投資分から適用)
  • 2023年の1年間、一時的に投資した金額に対してより多くの税額を控除する一時投資税額控除制度を導入:基本控除率を上回り、2023年に直前3年平均に比べて増加した投資金額の10%を追加控除
  • 租税特例制限法に基づく税額控除の恩恵は、国内企業だけでなく外国企業にも適用される。

施設投資の場合、税額控除率は大企業では8%から15%に、中小企業は16%から25%に高まりました。

(4)2024年経済政策方向【2024年1月】

韓国政府は2024年1月、「2024年経済政策方向」を発表し、先端産業クラスターの造成を重点的に支援し、半導体産業の育成を加速させる方針を定めました。半導体、二次電池、バイオ、未来モビリティ、水素産業を集中的に育成するための先端産業クラスターの造成にむけて、関連省庁間の緊密な連携により支援を行うとしています。

具体的には、政府は先端産業クラスターの迅速な造成のため、2024年第1四半期中に特化団地基盤施設支援関連告示改正を行い、先端および小部長特化団地総合支援方案を示し、先端戦略事業特化団地に大規模電力の適期供給方法を定めました。また、政府は先端産業に2024年~2026年の3年間で150兆ウォン以上の政策金融を供給して資金を支援します。

前述のとおり、2023年に半導体など国家戦略技術に対する税額控除率の引き上げ、臨時投資税額控除の再導入などを主な内容とする租税特例制限法改正案(Kチップス法)が施行されましたが、政府は施設・R&D投資促進のための施設投資に対する臨時投資税額控除は2024年12月まで1年延長しました。

それ以外に、政府は半導体、二次電池、未来モビリティ、ロボットなど先端産業などの施設投資に対して金融支援を行い、経済団体・協会・自治体と協業して投資が困難な企業を支援する「投資エクスプレス」という制度を2025年に新設します。

さらに、半導体産業支援方向に関する詳細な指針を設けました。関係省合同半導体メガクラスター造成方案を発表し、システム半導体市場シェア10%達成、サプライチェーン自立率50%達成を目標に、2047年までに合計622兆ウォンを投資する計画です。また、メガクラスター内の3大地域(板橋、水原、平澤)に研究開発・教育拠点を構築します。政府の発表によると、世界最大規模(2,102万㎡)、世界最大生産量を保有する最先端メモリ半導体の生産基地になる見込みです。

3 今後の施策

これまで発表した投資戦略および法改正を踏まえて、最近発表された施策は次のとおりです。

半導体生態系支援強化方案

韓国政府は2024年11月27日に開催された産業競争力強化関係長官会議で「半導体生態系支援強化方案」を発表しました。中国の追撃、米国の新政府発足などにより半導体業界では不確実性が増しています。これに対し、韓国政府は活用できる資源を総動員して半導体産業の危機克服と再跳躍のために企業を積極的に支援する方針を明らかにしました。

まず、国会での協議を経て半導体クラスター基盤施設に対する企業負担を大幅に軽減する方針を決定しました。大手企業の工場が集まる龍仁・平澤の半導体クラスターの送電インフラ事業費は計3兆ウォン水準と推算されますが、そのうち60%の1兆8,000億ウォンに達する地中化費用を政府が負担します。また、国家先端戦略産業特化団地に対する政府支援限度額は最大500億ウォンとされていましたが、大規模投資事業を行うには金額が不足しているという指摘を受け、引き上げることにしました。さらに、先端技術分野海外優秀人材流入プログラムを活性化し、4大科学技術院※5などの優秀教員に対するインセンティブおよび特性化大学院を拡大し、先端産業専門人材養成も推進します。

また、企業のR&Dや施設投資に対する税制支援も大幅に拡大します。国家戦略技術投資税額控除対象に研究開発機器などのR&D・施設投資を含め、半導体企業に対する国家戦略技術投資税額控除率を引き上げる方針です。石英ガラス基板、銅箔積層板(CCL:Copper Clad Laminate)用銅箔およびガラス繊維、錫インゴットなど半導体製造の主要原材料※6に、2025年に割当関税を適用して円滑な国内半導体生産を支援する計画です。

韓国政府は半導体支援のための予算案・税法改正案を国会と緊密に協議し、国会の「半導体特別法」制定議論にも積極的に参加するなど、国内半導体競争力強化を継続推進していく計画です。

投資税額控除率の引き上げ

2024年11月27日に政府が発表した「半導体生態系支援案」の核心は、半導体分野の税制支援拡大であるといえます。韓国では、半導体、バッテリー、AI等を国家戦略技術として指定し、国家戦略技術の事業化施設およびR&Dに対し優遇控除率適用しています。国家戦略技術は基本的に大・中堅企業15%、中小企業25%等の投資税額控除率が適用されています。2023年の税制改正により、大企業・中堅企業基準で投資金額の8%だった投資税額控除率が2倍近く引き上げられています。さらに、半導体素子、ディスプレイパネル、バッテリーセル等については大企業と中堅企業の役割が大きいことから、税額控除率を15%まで大幅に引き上げられています。政府はさらに半導体企業の国家戦略技術投資税額控除率を引き上げることにしています。

2024年7月に発表された税制改正案では、この優遇措置の適用期間が2027年末まで3年延長されます。また、国家戦略技術に先端半導体素材・部品・装備関連技術などが追加され、支援対象も拡大します。当初、政府と国会は大・中堅企業20%、中小企業30%などで5%ポイントずつ控除率を上げる方案を検討していましたが、最終的には、2024年12月国会の審議を経て、基本の税額控除率に変更はなく、直近3年の平均投資額を超えて投資を行った場合の追加控除率が、これまでの3%(一般、新成長・源泉技術事業化施設)または4%(国家戦略技術事業化施設)から、ともに10%に引き上げられることになりました。

金融支援の拡大

韓国政府は2025年に素材・部品・装備、設計・開発、製造など半導体産業全般に14兆ウォン以上の政策金融を供給することにしています。産業銀行による半導体低利貸出プログラム(4兆2,500億ウォン)をはじめ、設備およびR&D投資融資、保証料減免および保証比率の引き上げ、輸出代金未収による損失補償等、「多角金融支援」に乗り出す計画です。また、1,200億ウォンの新規半導体生態系ファンドを造成し、2025年内に200億ウォン規模の「システム半導体共生ファンド」投資も推進する予定です。

4 おわりに

韓国の企画財政部(経済政策を推進する行政機関)の関係者は「国会の『半導体特別法』制定議論に積極的に参加し、追加的な財政・税制支援課題も国会と迅速に協議する」とし「半導体生態系強化のための主要課題をスピード感あるように推進する」と明らかにしました。

2024年7月に税制改正案が発表されましたが、国内半導体産業に対する危機感が深刻であることから、その後わずか5カ月で、政府が税制・財政・金融・インフラにわたる半導体支援策を追加で提出しました。最近、中国が半導体投資を増やし生産を拡大していること、また、米国の第2期トランプ政権発足による半導体補助金の縮小など政策変化の可能性も大きくなったためです。

政府関係者は、2024年12月3日に宣布された緊急戒厳令および尹錫悦(ユン・ソンニョル)大統領弾劾可決などが実物経済に及ぼす影響は限定的としており、過去2回の弾劾局面(2004年・2016年)においても株価は弾劾案可決以後短期間に移転水準を回復しました。ウォン・ドル為替レートは国会弾劾案可決前後に大幅に変動しましたが、それは国内の弾劾問題よりは主にドルの流れに影響を受けたものです。

しかし、過去2回の弾劾の時より現在の対内外経済条件ははるかに脆弱な状態であるといえます。過去の弾劾局面には、中国の高成長(2004年)、半導体の景気好調(2016年)などの対外条件による輸出改善を通じて成長を支えましたが、今回は環境の不確実性が高まり、主力産業のグローバル競争力も低下している状況です。政治の混乱は長引く可能性が高く、景気の停滞が続くと見込まれており、韓国経済の今後については状況を慎重に見守る必要があると思われます。


※1 韓国開発研究院

※2 韓国産業通商資源部

※3 韓国対外経済政策研究院

※4 韓国関税庁貿易統計

※5 韓国科学技術院(KAIST)、光州科学技術院(GIST)、大邱慶北科学技術院(DGIST)、蔚山科学技術院(UNIST)

※6 ①石英ガラス基板(フォトマスク原材料)、②銅箔積層板用銅箔およびガラス繊維(印刷回路基板(PCB)原材料)、③錫インゴット(露光装置レーザー生成用錫塊)


執筆者

PwC韓国(三逸会計法人) 
国際租税2チーム(日系企業担当)
マネージング・ディレクター
原山 道崇