デジタル経済課税/第1の柱(利益A/利益B)の議論に関する最新動向について

  • 2025-05-20

はじめに

2021年10月8日、経済協力開発機構(OECD)は、BEPS包摂的枠組み(Inclusive Framework:以下「IF」)メンバーである140の国・地域のうち136カ国・地域が、多国籍企業が事業を行う場所において公平な税を負担することを確保するための2つの柱について合意したとして、「経済のデジタル化から生じる税務上の課題に対処するための2つの柱の解決策に関する声明」を公表しました※1

デジタル経済課税/第1の柱については、利益Aとして、大規模高収益の多国籍企業グループを対象に、物理的な拠点の有無にかかわらず事業活動を行って利益を稼得している市場国に対する新たな課税権の配分に関する議論が進められ、2023年10月、利益Aを実施するための多国間条約に係る包摂的枠組みでの現在の合意を反映したテキストが公表されています※2

一方、利益Bは、新たな課税権とは異なり、市場国で販売活動を行っている子会社等について、あらかじめ策定・公表された利益率の適用表(Pricing Matrix)に基づいて利益率を決定し、基礎的なマーケティング・販売活動に係る移転価格税制の執行の簡素化・合理化を目的とした枠組みとして、2024年2月、OECDは利益Bに関する最終報告書(以下「利益B最終報告書」)を公表し※3、導入国は2025年1月1日以降に開始する事業年度から適用可能とされています(図表1)。

本稿では、デジタル経済課税/第1の柱(利益A/利益B)の議論に関する最新動向について解説します。なお、本文中の意見に関する部分は著者の個人的見解であり、PwC税理士法人の公式見解ではないことを申し添えます。

図表1:第1の柱:利益配分イメージと対象企業グループ

出所:PwC作成

1 利益Aに関する議論の動向

(1)利益Aに関する議論の概要

第1の柱/利益Aに関する議論の背景としては、経済のデジタル化の進展に伴い、IT企業/デジタル企業は、市場国において物理的拠点を必要とせずに事業を行い利益を稼得することができる一方、現行の国際課税原則においては、その国に物理的な拠点、すなわち恒久的施設(Permanent Establishment:PE)がなければその経済活動が行われている市場国において課税を行うことができず、市場国で生み出された価値に見合った課税ができないという問題が生じていました。そのため、第1の柱は、市場国に対して適切に課税所得を配分するための国際課税ルールの見直しであり、大規模な多国籍企業グループを対象として、グループ全体の利益のうち通常の利益を超える残余利益の一部を、物理的拠点の有無にかかわらず、市場国に配分するルールとなります。

具体的には、大規模な多国籍企業グループ(グローバルの連結収益が200億ユーロ超かつ利益率10%超)を対象として、グループ全体の利益のうち、通常の利益とみなした利益率10%を超える利益を残余利益として、その残余利益の25%に相当する利益を、物理的拠点の有無にかかわらず、市場国での収益を配分キーとして市場国に配分する枠組みとして議論されてきました。

新たな課税権である利益Aの枠組みについては、これまでの租税条約および移転価格ルールとは異なる配分方式を採用し、加盟国に対して拘束力を持たせる必要があることから、既存の二国間租税条約とは別に、新たな課税権である利益Aを実施するための多国間条約(Multilateral Convention:以下「MLC」)の策定作業が進められ、2023年10月、現在の合意を反映したMLCの条文が公表されました。

(2)MLCの概要および発効要件

公表されたMLCの条文においては、残された未解決の論点はあるものの、利益Aの対象となる多国籍企業グループの定義、利益A配分市場国の特定、超過利益の配分対象市場国への配分、二重課税排除に係るメカニズム、および利益Aの配分等に関する確認制度などの税の安定性プロセス等、利益Aの制度設計の各構成要素に係る詳細な規定・手続きが定められています。

また、MLCの発効・適用開始プロセスについては、MLCテキストを最終化した後に署名のために公表され、各国による署名手続き、その後の批准手続きに入っていきます。しかしながら、利益Aを実施するためのMLCの発効要件については、MLC附属書1において主要国にポイントが付与されており(主要国に合計999ポイントが割当)、30カ国以上が批准すること、および附属書1に定める合計600ポイント以上に相当する締約国の批准書の寄託を発効要件としています。

図表2のとおり、主要国に割り当てられた合計999ポイントのうち、米国に486ポイントが付与されており、附属書1に定める合計600ポイント以上に相当する締約国の批准書の寄託に係る発効要件を充足するためには、米国が批准しなければ、MLCは発効しない仕組みとされているため、米国に事実上の拒否権があることとなります※4

図表2:各国に割り当てられたポイント

ポイント
ベルギー 9
カナダ 6
中国 94
デンマーク 4
フランス 56
ドイツ 45
香港 88
インド 15
アイルランド 21
日本 47
韓国 11
メキシコ 2
オランダ 15
サウジアラビア 2
スペイン 15
スイス 34
英国 49
米国 486
その他 0

出所:PwC作成

  • 利益Aの対象となる企業グループの最終親会社の所在地国や規模を考慮して割り当てられたと考えらえるポイント。
  • 合計999ポイント。そのうち、米国に486ポイント、残りの国は513ポイント。
  • 下の3つの効力は、一定のポイント数の充足が条件。
    • 売上高基準の引き下げ:賛成国のポイント数合計600ポイント以上
    • MLC発効開始:MLC批准国のポイント数合計600以上
    • MLC自動失効:(離脱国発生により)MLC適用国のポイント合計550未満
  • いずれも米国が賛成・批准・適用継続しなければ充足できず、利益Aについて、米国に事実上の拒否権がある仕組み。

(3)利益Aに関する現在の議論およびデジタルサービス税(DST)の動向

2023年12月のOECDの公表では、MLCの策定スケジュールに関して、条文を2024年3月末までに最終決定し、2024年6月末までに署名式を開催する予定でした。しかしながら、現在においても、OECDからMLCの最終文書は公表されておらず、未だ条文の最終化を目指している段階にあり、IF加盟国での利益Aの枠組みに関する議論は継続し交渉は難航している状況にあります。

一方で、米国においては、共和党はこれまでOECDを中心とした第1の柱/利益Aの議論について支持していません。利益Aによる市場国への利益配分の対象となり得る大規模高利益率の巨大IT企業を多く抱える米国にとっては、利益Aの導入による税収減が想定されるため、米国の国益に鑑みれば、国際協調の枠組みは劣後せざるを得ないとの立場と考えます。さらに2024年11月の米国大統領選挙におけるドナルド・トランプ氏の勝利のみならず、米国議会上院下院ともに共和党が過半となる議席を確保したことから、条約の批准に必要な米国上院議員の3分の2以上の賛成を確保することは極めて困難な状況と考えます。

利益A/MLCの議論は、デジタルサービス税(Digital Service Tax:DST)の動向とも密接な関係があります。DSTは、英国やフランスなどの欧州各国やインド、トルコといった国で導入されており、オンライン広告やデジタルコンテンツ等のオンラインを通じたサービスの提供による収益が一定規模を超える企業に課税する仕組みです。特に米国大手IT企業などが課税対象となっています。

DSTを巡っては、米国が米国IT企業を狙い撃ちにした一方的措置であるとして反発し、DST導入国との間で対立が生じていましたが、2021年10月の包摂的枠組み合意において、すでにDSTを導入している国についてはMLCの発効に伴って廃止し、それ以外の国については2023年末までにDSTを新たに導入しないこと、すなわち凍結することに合意しました※5。MLCの条文においては、MLCの発効と引き換えに既存のDST(MLC附属書に対象となる9のDSTリストが掲載)を撤廃することとし、それ以外のDSTまたは今後施行されるDSTについては、MLC締約国会議においてレビューを行い、DSTと判断された場合には利益Aの配分を否認すると規定されています。

しかしながら、MLCの発効が不透明で見通しが立たない現在の状況においては、既存のDSTが存続し、また新たなDSTを導入する動きが広がることが想定されます。例えば、カナダは2024年6月に新たにDSTを制定しましたが、米国通商代表部(USTR)は、カナダのDSTは米国企業を差別しているとして、米国・メキシコ・カナダ協定(USMCA)に基づき、米国がカナダとの紛争解決協議を要請したことを明らかにしています。さらに、トランプ政権の発足により、米国が新たにDSTを導入した国に対して関税引き上げなどの報復的措置を取る可能性も想定され、今後のDSTの導入を巡って政治的な紛争発生リスクが懸念されます。

2 利益Bに関する議論の動向

(1)利益Bに関する議論の概要

第1の柱/利益Bは、移転価格による紛争やコンプライアンスコストの軽減を図ることを目的とし、基礎的なマーケティング・販売活動(baseline marketing and distribution activities)に関する独立企業間原則の簡素化・合理化するためのアプローチです。特にキャパシティの低い国(lowcapacity jurisdictions)のニーズに焦点を当てつつ、議論が進められてきました。

利益Bの適用対象取引は、国外関連者から商品を購入し第三者に対して基礎的なマーケティング・販売活動を行う販売事業者を検証対象企業として、片側検証が可能な移転価格算定手法により信頼性ある価格が算定できる経済的特徴を有するなどの要件を充足する取引を対象としています。利益Bの適用対象となる販売事業者に係る移転価格算定手法については、従来のベンチマーク分析に基づき利益水準を算定するのではなく、グローバルなデータセットを基礎としてOECDにより開発されたPricing Matrixに基づき利益水準を決定するアプローチとされています。

具体的には、図表3のPricing Matrixを用いて、検証対象法人の実績利益率が、当該法人の産業グループ、および売上高営業資産比率(OAS)と売上高販管費比率(OES)に対応したPricing Matrixの該当セルの売上高経常利益率(ROS)±0.5%の範囲内であれば、利益Bに基づく利益水準に合致しているとして調整は不要となります。

また、検証対象法人の実績値がPricing Matrixから導き出される範囲(ROS±0.5%)から外れた場合、税務当局は、当該対象取引に係る利益水準をPricing Matrixの該当するセルのROSに調整すべきとされています。

図表3:グローバルデータセットに基づくPricing Matrix

機能集約度 売上高営業資産比率(OAS) 売上高販管費比率(OES) 産業グループ1 産業グループ2 産業グループ3
A 45%以上 どの水準でも(any level) 3.50% 5.00% 5.50%
B 30%以上45%未満 どの水準でも(any level) 3.00% 3.75% 4.50%
C 15%以上30%未満 どの水準でも(any level) 2.50% 3.00% 4.50%
D 15%未満 10%以上 1.75% 2.00% 3.00%
E 15%未満 10%未満 1.50% 1.75% 2.25%

※各産業グループに含まれる産業は以下のとおり。
グループ1:生鮮食品、食料品、家庭用消耗品、建設資材・消耗品、配管用品および金属
グループ2: ITハードウェアおよび部品、電気部品および消耗品、家畜飼料、農業用品、アルコール・タバコ、ペットフード、衣類履物およびその他アパレル、プラスチックおよび化学品、潤滑油、染料、医薬品、化粧品、医療・健康製品、家電製品、消費者向け電化製品、家具、家庭およびオフィス用品、印刷物、紙および梱包資材、宝石類、繊維・皮・毛皮製品、国産の新車および中古車、自動車部品・用品、混合製品およびグループ1またはグループ3に記載されていないその他の製品および部品
グループ3:医療機器、産業車両・農業車両を含む産業機械、産業用工具、産業用その他さまざまな部品
出所:OECD (2024), Pillar One - Amount B: Inclusive Framework on BEPS, p. 27 Table 5.1をもとにPwC作成

(2)利益Bの適用に関する枠組み

利益B最終報告書における利益Bの適用に関する枠組みについては、各国が、自国居住者である適格対象取引を行っている販売事業者に対して、利益Bを選択適用できるオプションとして位置付け、2025年1月1日以降に開始する事業年度から、利益Bを導入することができることとされています。

また、利益Bのアプローチは、適用対象取引の価格設定について、OECD移転価格ガイドラインに基づく一般原則(通常の独立企業間価格(ALP)ルール)の簡素化措置と位置付けられており、利益Bを導入しない国においては、引き続き従来どおりのALPルールが適用されることになります。このため、利益B導入国においては利益Bのアプローチは独立企業間価格を提供するものとして取り扱われますが、一方で、利益Bを導入しない国においては、当該アプローチは独立企業間原則を提供するものとして取り扱われず、利益Bに基づく適用結果は、当該取引に係る国外関連者の所在地国(相手国)に対して拘束力を有しないこととされています。

この結果、利益Bが各国の選択適用となったことに伴い、適用対象取引の関連者所在地国である取引相手国が利益B非導入国である場合、同一の取引に対して2つのルールが併存して適用されることになります。特に、適用対象取引について、ベンチマーク分析による利益水準とPricing Matrixから算出される利益水準に乖離がある場合には、移転価格課税のリスクが想定されることに留意が必要と考えます。

(3)利益Bに関する最近の動向

OECD/包摂的枠組みにおける利益Bの議論については、特にキャパシティの低い国(low-capacity jurisdictions)のニーズに焦点を当てつつ、移転価格による紛争やコンプライアンスコストの軽減を図ることを目的として議論が進められてきました。利益Bの最終報告においては、利益Bを導入する国がキャパシティの低い国である場合には、IF加盟国は、当該国の国内法および行政慣行に従い、当該簡素化・合理化アプローチに基づき決定された結果を尊重し、二国間租税条約が有効である場合には、二重課税排除のためにあらゆる合理的措置を講ずることについてコミットするとしています。

利益Bに係る政治的コミットメントの対象となる国については、2024年6月に公表された利益Bに関する追加ガイダンスにおいて、最終報告書の「キャパシティの低い国々」に代えて、「(利益B)対象国(covered jurisdiction)」として中立的な用語が用いられ、その定義およびリストが公表されました。これは、利益Bに係る政治的コミットメントが、2024年3月までに利益Bを適用する意思を表明したOECDまたはG20加盟国である低中所得国まで拡大されたことを受けたものとしています。

また、2024年9月には、IF加盟国の政治的コミットメントの実施を促進するための「権限ある当局間のモデル協定」(Model Competent Authority Agreement on the Application of the Simplified and Streamlined Approach)が公表されました。これは、利益B対象国による簡素化・合理化アプローチの適用によって生じる可能性のある二重課税を排除するため、相互協議における権限ある当局間のモデル協定に係るツールとして提供されています。

さらに、2024年12月18日、米国財務省および米国内国歳入庁は、米国内国歳入法典(Internal Revenue Code)第482条(移転価格税制に係る規定)に基づく基礎的なマーケティング・販売活動に係る独立企業間原則の新しい簡素化・合理化アプローチ(Simplified and Streamlined Approach 、以下「SSA」)を規定する規則案(proposed regulations)を公表する予定であるとするNotice(以下「通知」)を公表しました。

本通知で説明されているSSAは、OECDより公表された利益B最終報告書の内容を踏まえ、利益B最終報告書における簡素化・合理化アプローチと実質的に整合的な枠組みとして説明されており、米国納税者は、2025年1月1日以降に開始する事業年度において、適格対象取引について利益Bに係るアプローチ(SSA)を選択適用できるとしています。

本通知そのものは、SSAの適用に係る規則案の公表予定をアナウンスしたものという位置付けですが、米国がOECD/IFにおいて議論されてきた利益B最終報告書を実質的に導入し、基礎的なマーケティング・販売活動について、独立企業間原則を反映した固定利益率(Pricing Matrix)に基づいて利益水準を決定するアプローチを実施することを表明したものとして注目されます。

また、日本の2025年度税制改正大綱では、「移転価格税制の適用に係る簡素化・合理化については、今後、国際的な議論及び各国の動向を踏まえて対応を検討することとし、当面は実施しない。他国が本簡素化・合理化を実施する場合については、現行法令及び租税条約の下、国際合意に沿って対応する。」とされ、日本は、2025年度は利益Bを導入しないものの、今回の米国内国歳入庁による通知の公表を踏まえ、2026年度以降に導入される可能性が想定されます。

各国は、2025年1月1日以降に開始する事業年度から、基礎的なマーケティング・販売活動に係る適用対象取引に対して利益Bの適用を選択できるとされており、米国をはじめとしてグローバルに事業展開する日本企業においては、今後の米国を含めたグローバルでの各国の動向に注視していくとともに、移転価格ポリシーの検証・見直しなど実際の導入を見据えた検討・準備を進めていく必要があると考えます。


※1 https://www.oecd.org/content/dam/oecd/en/topics/policy-issues/beps/statement-on-a-two-pillar-solution-to-address-the-tax-challenges-arising-from-the-digitalisation-of-the-economy-october-2021.pdf

※2 https://www.oecd.org/en/about/news/press-releases/2023/10/inclusive-framework-releases-new-multilateral-convention-to-address-tax-challenges-of-globalisation-and-digitalisation-.html

※3 OECD(2024),Pillar One - Amount B:Inclusive Framework on BEPS https://www.oecd.org/en/publications/pillar-one-amount-b_21ea168b-en/full-report.html利益B最終報告書における簡素化・合理化アプローチは、OECD移転価格ガイドライン(OECD Transfer Pricing Guidelines)第4章の附属書として組み込まれている。

※4 米国議会で条約・MLCを批准するためには米国上院議員の3分の2以上の賛成が必要。

※5 その後、2023年7月、MLCの発効が遅れていたことから、DSTの新規導入停止措置を1年延長することに合意。ただし、この延長は2023年末までに利益A対象グループの60%以上の最終親会社が所在する30カ国以上がMLCに署名することを条件としている。


執筆者

PwC税理士法人
ディレクター 城地 徳政