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なぜ「本物のサステナビリティ経営」が求められているのか

はじめに

2015年に国連サミットでSDGs(Sustainable Development Goals:持続可能な開発目標)が採択され、国連気候変動枠組条約締約国会議(COP)でパリ協定が合意されて以降、本格的に企業がサステナビリティに取り組むことを求められるようになりました。日本でも2020年10月、菅義偉首相が温室効果ガス排出量を2050年までに実質ゼロとする目標を宣言するなど、社会全体がサステナビリティを重視する方向に大きく転換しようとしています。

その一方で日本企業の多くは、サステナビリティを自社事業の存続にとっての重要経営課題とまでは本気で考えていないのが実状です。その結果、多くの企業がサステナビリティに多大なコストと人をかけて取り組んでいるにもかかわらず、どこか事業の本丸とは別世界で繰り広げられるアピール合戦の様相を呈しています。求められているのは、こうしたムダなサステナビリティ合戦ではなく、「本物のサステナビリティ経営」です。

本稿ではまず「本物のサステナビリティ経営」とは何かを示します。そして、なぜそれが求められているのかを論じるべく、サステナビリティ経営を取り巻く情勢・トレンドを概観します。そして、ここ数年で激変している諸外国や日本の政策、技術、ステークホルダー(利害関係者)の意識や行動が企業経営に与える影響を分析します。

1 「本物のサステナビリティ経営」とは何か

「サステナビリティ経営」をひと言で定義すると「長期で利益を出し続けるために、リソース配分を行う経営」です。そして、「長期で利益を出し続ける」ために必要な要素として次の3つがあります。

  1. その企業が長期にわたって市場から求められ続けること
  2. 供給(原材料、知財、人材など)を長期的に維持すること
  3. 社会から信頼され続けること

長期的な市場の行方を適切に見定めることは当然重要です。しかし、市場があっても、供給体制が維持できなければ、その要求に応えることはできません。また、社会から信頼されず、ブランド価値が毀損すると、長期的な事業継続は不可能になります。

さらに、「本物のサステナビリティ経営」を実践するためには、「環境・社会」と「経済」の関係と構造の理解が必要です。その上で、「環境・社会」の問題がどのように自社の市場や、供給の能力に影響を与え、社会から企業に対する要請を変化させるのかを深く理解し、実践に落とし込む仕組みを構築する必要があります。

「環境・社会」と「経済」の関係と構造

サステナビリティの考え方は、歴史的に変遷してきました(図表1)。

図表1 サステナビリティの考え方の変遷

第1世代(1980年代頃まで)では、環境、社会、経済は、それぞれ独立した存在と認識されていました。経済は利益を生み出し、その利益を環境や社会に還元するという発想のCSR活動が中心です。

第2世代(1990~2010年代頃まで)では少し進歩して、これらの3つの要素(経済、環境、社会)には重なる部分があることが認識され始めました。例えば、工場から出る排水や工場における労働安全の問題は、経済活動が環境や社会と重なる部分です。この重なる領域に関して、企業は「経済」と「環境・社会」がトレードオフだったとしても、コストをかけて対応すべき、と認識された時代です。ただし、図表1に示すとおり、円の重なりは全体のごく一部であり、「経済活動の大部分は、環境・社会とは関係ない」とみなされていました。

2010年代以降現在の第3世代では、この3つの円が完全に重なり合うものと認識されるようになります。親亀(環境価値)の上に子亀(社会価値)が乗り、さらにその上に孫亀(経済価値)が乗っているイメージです。この認識に基づくと、「親亀こけたら皆こける」、すなわち、環境(親亀)や社会(子亀)が傷つき破壊されたら、経済活動(孫亀)自身が成り立たなくなる。つまり、経済活動は環境・社会を前提としていて、事業活動全体が環境・社会と両立していなくてはいけないという考え方です。

サステナビリティ経営の本質は、「単に、何でもかんでも環境や社会に良いことをする」ということではありません。親亀・子亀・孫亀の三重構造を認識・理解し、親亀がこけないように「事業基盤である環境・社会を維持・増強しながら、経済活動としての事業を持続的に成長させる」ことです。これまでのビジネスが前提としてきた、「資源は無限にある、外部不経済は誰かが負担してくれる」という考え方は急速に崩れつつあります。それによって事業基盤が変わり、クライアントのニーズが変わり、カネの流れが変わり、競争環境も変わろうとしています。一企業のコントロールを超えて大きく変貌する外部環境の中で、企業はどのように適応し生き残れるか、戦略を考えなくてはなりません。

ここで注意すべきは、サステナビリティ経営は、通常の経営戦略に後付けするものではなく、根幹の経営戦略そのものであるという事実です。また、サステナビリティ経営戦略は通常の経営戦略より時間軸が長期である点にも留意すべきです。長期的な変化は構造的変化であり、一定程度、予測が可能です。したがって、どのような変化が起きようとしているのかを理解し、現在の自社の強み・能力(ケイパビリティ)でその変化に対応できるのか、対応できない部分があるとしたら何が足りないのかを考え抜き、強い意志をもって自社の変革をリードして、変化を乗り越える。それこそが、すなわち「本物のサステナビリティ経営」なのです。

2 サステナビリティ経営を取り巻く情勢・トレンド

2.1 親亀・子亀がこける日は目前

2010年代以降、親亀・子亀・孫亀の構造(図表1)が顕著に認識されるようになった理由は、人間の活動が自然の自浄作用・回復のキャパシティを超えつつあるという危機感からです。

例えば、人間がどれだけ環境に依存しているかを表す「エコロジカルフットプリント」という指標があります。この指標は、人間活動が環境に与える負荷を、資源の再生産や廃棄物の浄化に必要な1人当たりの陸地・水域の面積として示しています。2020年時点でその面積は実際の面積を60%超過していると言われ、現在の生活を維持するには地球1.6個分の自然資源が必要ということを示しています※1。エコロジカルフットプリントをベースに考えても、人間の活動はすでに地球の自浄作用と回復のキャパシティを超えていることがわかります。

ビジネスにおいても「環境(親亀)がこける日は目前」と思える出来事が少しずつ起きています。例えば、「今まで問題なく調達できていた海洋資源や農産品などの原材料が、高騰して調達しにくくなった(あるいは、調達できなくなった)」といったケースです。こうした事実をきっかけに、人々はようやく「自分で自分の首を絞める構造」に気づき始めているのです。

2.2 人間の経済活動が環境に及ぼす影響

人間の経済活動が急拡大したことで、大気中のCO2濃度は上がり、地表面の温度は上昇を続けています。1880~2012年の間に、世界平均気温は0.85℃上昇した※2と言われ、気温上昇は今後さらに加速する可能性があります。国連気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の予測※3によると、将来の気温上昇を2℃以下に抑えるという目標のもとに開発された排出量が最も少ない「低位安定化シナリオ」でも、1986~2005年を基準として2100年末には0.3~1.7℃上昇するとされます。

また、人類は人口増加に伴い、食料やエネルギーの需要を満たすため次々と自然を開発しました。そのため、CO2の吸収源となる森林などの自然や生態系・生物多様性が年々失われています。世界資源研究所(WRI)※3によると、2019年の1年間だけで、地球全体では約380万ヘクタールの熱帯原生林が消失し、これによって18億トンのCO2の吸収先が失われたと言われています。それだけでなく、森林面積の減少は地球温暖化を加速させています。

さらに、人間の経済活動は地球上の生態系にも大きな影響を与えています。1970~2016年の間に、哺乳類、鳥類、両生類、は虫類、魚類の個体群(一定範囲に生息する一種類の生物グループ)は地球全体で平均68%減少しています※4。また、生物多様性および生態系サービスに関する政府間科学・政策プラットフォーム(IPBES)の報告書によれば、今後数十年でさらに100万種が絶滅するおそれがあるとされています。

多様な生物を育む海洋の汚染も深刻です。最近、ニュースなどで海洋プラスチックによる汚染が大きな話題となっている。このまま海洋プラスチック汚染が進めば、2025年には、海洋の魚とプラスチックごみの割合が重量比で3対1にまで増え、何も行動を起こさない場合、2050年にはなんとプラスチックごみのほうが魚の量を上回ると予測されています※5

これら、環境における4つの課題「CO2・気候変動」「水」「廃棄物と資源循環」「生物多様性」は互いに結びついています(図表2)。人間の活動は原材料の枯渇・災害の激甚化を着々と進行させているのです。

図表2 人間の経済活動が環境に及ぼす影響

2.3 環境・社会を守るための動き

親亀(環境)・子亀(社会)がこける日が目前に迫る中、親亀・子亀を守るための動きが世界中で活発化しています。

CO2・気候変動をめぐる規制・ソフトローの動き

環境関連の規制・ソフトロー(政府や国際的イニシアチブ)の動きとして最も顕著なのは、CO2・気候変動をめぐる動きです。気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)をはじめとして、いくつかの重要な国際的イニシアチブに関して、グローバル企業を中心に賛同や参加を表明する流れが強まっています(図表3)。

図表3 CO2・気候変動に関係する国際的イニシアチブ

また、注目すべき政府の動きとしては、欧州グリーンディールやEUタクソノミーが挙げられます。EUを中心として2050年のネットゼロに向けた政策や企業情報開示の新たな規制化です。EUの動きは、他の国・地域に先駆けてネットゼロに向けた具体的な政策・情報開示の枠組みを示すものであり、その後を追う国・地域に対する影響力が大きく、デファクトスタンダードとなる可能性もあります。

欧州グリーンディールは、欧州委員会が2019年12月に発表した、2050年までに温室効果ガスの排出を実質ゼロ(気候中立)、2030年までに55%削減を目指す政策です※6。成長戦略として、雇用を創出しながら温室効果ガスの排出削減を目指します。エネルギー、建設、モビリティ、食品分野の温室効果ガス削減、サーキュラーエコノミーの推進、生態系・生物多様性保全、有害化学物質対応、金融分野のサステナブル投資計画を政策的に推進することとしています※7

また、EUタクソノミー(タクソノミーは「分類」という意味)は、すべての経済活動と投資をサステナビリティに貢献するかどうか分類するための枠組みです。EUタクソノミーの目標は、欧州グリーンディールのサステナブル投資を促進する政策の核として、投資家、金融機関、企業に透明性を提供し、EUの環境目標に貢献する経済活動への資金を集めることです。

サステナブルへシフトする投資家・金融機関

投資や融資においても、対象をよりサステナブルなビジネスにシフトしていく動きが加速しています。責任投資原則(PRI、投資の意思決定を行う際、投資先企業の環境・社会問題・企業統治への取り組みを考慮・反映すべきとする原則)に賛同して署名した機関の数は、2007年の185から、2020年には3038に跳ね上がり、運用資産残高は10兆ドルから約103兆ドルに急増しています※7。年金基金では、ノルウェー公的年金基金(GPFG)、カリフォルニア州職員退職年金基金(CalPERS)、日本でもGPIFなどがESG投資(環境・社会・企業統治に配慮している企業を選別して行う投資)に積極的です。

投資家が連携してESGに関する協働エンゲージメントを行う動きもあります。経済産業省が国内外の主な運用機関に対して行った「ESG投資に関する運用機関向けアンケート調査※8」によると、資産運用機関の95.8%がESG情報をエンゲージの対象としており、ESGを考慮するうえで重視する国際的イニシアシブとして90%以上の機関が前述のPRIとTCFDを挙げています。この結果にも表れているように、機関投資家はESG情報を投資判断などに活用するうえで、特に気候変動やTCFDに関する企業情報開示の期待を高めています。

こうした動きを背景に、国連主導のイニシアチブである国連責任投資原則(PRI)と気候変動対応を企業に求める4つの機関投資家団体によって「Climate Action 100+」(2017年12月から5年間のプロジェクト)という国際的イニシアチブが発足しています。温室効果ガス排出量が多い企業約100社に対する協働エンゲージメントを通じて、TCFDに沿った開示を求めていく活動などを行っています。現在このイニシアチブに参加している投資家数は、2020年末時点で500を超え、参加機関の合計運用資産総額は50兆ドルを超えています※9

企業や政府よりも信頼される国際機関やNGO

これまで企業にとって国際機関やNGOは重視されることの少ないステークホルダーでした。しかしこれらの組織は次第に規制やソフトローへの影響力を強めており、今では無視できない重要なステークホルダーになりつつあります。

特に、前述のSBTやRE100などの影響力が大きい国際的イニシアチブは、世界資源研究所、世界自然保護基金(WWF)、The Climate Group(TCG、英国に本部を置く環境NGO)などの国際NGOや、国連グローバル・コンパクト(UNGC)などの国連関連のイニシアチブが主導し、ソフトローをけん引していることに注目すべきでしょう。なぜなら政府や企業が主導するよりも、大衆からの信頼度が高いからです。ある調査では「エシカル(倫理的)」であるとされる指標は、NGOが1位、次いで企業、メディア、政府の順となっており、企業や政府よりもNGOのほうが信頼されていることが明らかになっています※10

一般消費者の行動が企業を動かす

近年、世界的にエシカル消費(環境、社会、人に優しい消費のこと。「倫理的消費」とも)に対する意識が一般の人々の間で高まってきています。2020年に日本の消費者庁が実施した調査では、エシカル消費に対する意識が高まっていることが示されています。例えば、エシカル消費につながる商品・サービスについて、「これまで購入したことがあり、今後も購入したい」「これまでに購入したことはないが、今後は購入したい」と答えた人の割合が合わせて81.2%で、2016年度調査結果の61.8%と比較して上昇しています※11

このように企業のサステナビリティ推進が重要と考える消費者は増加しています。そして忘れてはならないのは、消費者の多くは各企業の従業員でもあるという点です。従業員のサステナビリティへの関心は高まっており、自分が勤務している会社にもサステナブルな事業運営を求める傾向が強まってきています。

2019年9月に国連気候行動サミットがニューヨークで開催された際に、流通大手企業の1000人以上の従業員が「グローバル気候マーチ」という抗議デモに参加すると発表し、当該企業に対して2030年までのゼロエミッションの達成などを求めました。その結果、同社はデモの前日に2040年までのカーボンニュートラル実現などを発表しました。これは従業員の動きが大企業の経営を動かした事例といえます。そして、世界中のさまざまなグローバル企業も、彼らの重要なステークホルダーの外圧もしくは内発的な動機によって動き始めています。これらの巨大企業の動きはそのサプライヤーや同業他社にも波及していくと予想されています。

3 日本の企業経営の「三方良し」は本当に良いのか?

最後に、日本の企業経営について見てみましょう。

かつて、日本企業の多くは昔から「売り手によし、買い手によし、世間によし」という「三方良し」経営を行っていました。この三方は、社会、顧客、自社の3つを指します。それは日本の良い伝統でもありました。しかし、今となってはこの三方では小さいといえます。この三方を「世界」そして「地球」に拡大するグローバルな「三方良し」が求められているのです。なおかつ、このサステナブルな「三方良し」を外発的だけではなく内発的にも実現する、そういった経営が求められています。

また、「よし」の捉え方についても、一面的・我田引水的にならないように注意すべきです。「石炭発電は安価なエネルギー源であり、途上国の発展に欠かせない。途上国の人々の生活の質の向上という『よし』を生み出している」という主張をしばしば耳にします。石炭火力発電は安価なエネルギーとして、長年、途上国の発展を支えてきたというプラス効果は確かにあったといえます。だからといって、「大きな環境負荷を生み出す」というマイナス効果を無視してよいわけでは決してありません。「安価で、かつ、環境負荷の少ないエネルギー源」に変更すべきであり、代替できる物がなければ「それを開発したい」という強い思いが、新しい技術革新につながります。自分に都合の良い「よし」だけに焦点を当てていると、より良い「よし」を実現する可能性を閉ざしてしまうことになりかねないのです。

4 おわりに

本稿では、なぜ「本物のサステナビリティ経営」が求められているのか、その背景(Why)を論じました。これらを踏まえて、サステナビリティ経営で何に対応すべきか(What)、サステナビリティ経営をいかに実現・実践するか(How)については、紙幅の都合上、拙共著『SXの時代※12』にて論じることとします。

サステナビリティをめぐる世界の動きが加速化する中、受け身・外発的なサステナビリティ経営では、今後の変化の中をうまく泳ぎきることはできません。それゆえ、なぜ国際社会がこうした方向性に動いているのか、世界が、企業に「社会の一員」として求めていることの本質は何か、その背景にある「長期的構造変化は何か」を理解したうえで、より積極的に未来を予見し、プロアクティブに企業変革を進める必要があります。すなわち、内発的な「本物のサステナビリティ経営」が求められているのです。


※1 WWFジャパン「生きている地球レポート2020」,2020

※2 IPCC, “Climate Change 2013: The Physical Science Basis,” 2013.

※3 WRI, “We L ost a F ootball P itch of P rimar y R ainforest E ver y 6 Seconds in 2019,” June 2, 2020, https://www.wri.org/blog/2020/06/global-tree-cover-lossdata-2019( 2020年12月21日閲覧)

※4 IPBES, “Summar y for Policymakers of the global assessment report on biodiversity and ecosystem services,” 2020.

※5 WEF, “The New Plastics Economy Rethinking the future of plastics,” 2016.

※6 駐日欧州連合(EU) 代表部「脱炭素と経済成長の両立を図る「欧州グリーンディール」」,2020年2月18日 https://eumag.jp/behind/d0220/(2021年3月22日閲覧)

※7 PRI, “PRI Signatory growth,” 2020.

※8 経済産業省「ESG投資に関する運用機関向けアンケート調査」,2019

※9 Climate Action 100+, “GLOBAL INVESTORS DRIVING BUSINESS TRANSITION,”https://www.climateaction100.org/(2020年12月26日閲覧)

※10 Edelman, “2020 Edelman Trust Barometer,” January 19, 2020, https://www.edelman.com/trust/2020-trust-barometer(2020年12月7日閲覧)

※11 消費者庁「エシカル消費(倫理的消費)に関する消費者意識調査報告書の概要について」,2020

※12 坂野俊哉・磯貝友紀『SXの時代――究極の生き残り戦略としてのサステナビリティ経営』日経BP,2021


執筆者

磯貝 友紀

PwCあらた有限責任監査法人
パートナー 磯貝 友紀