ESG/サステナビリティ関連法務ニュースレター(2025年8月)

令和7年労働安全衛生法等の改正

  • 2025-08-27

労働安全衛生法及び作業環境測定法の一部を改正する法律(令和7年法律第33号)(以下「改正法」といい、改正法による労働安全衛生法の改正を「本改正」といいます。)が成立し、2025年5月14日に公布されました。改正法の一部は公布日に既に施行されており、今後は、2026年1月1日以降順次施行されていく予定です。

本改正は、建設アスベスト訴訟の最高裁判決や建設業において個人事業者の業務上の災害が相当数発生しているという実情等を踏まえて、主に、①個人事業者等に対する安全衛生対策、②職場のメンタルヘルス対策の推進、③化学物質による健康障害防止対策等の推進、④機械等による労働災害の防止の促進及び⑤高齢者の労働災害防止の推進に係る措置を講じるものです。本改正は、安全で健康的な作業環境の確保に資するものであって、企業において人権尊重の取組みを講じる上で重要な意義を有するものと考えられますので、本ニュースレターでは、改正法の主な内容及び今後事業者において対応が求められる事項について概説します。

1.本改正の経緯

従来、労働安全衛生法に基づき事業者に義務付けられている措置は、事業者に雇用される労働者を危険有害因子から保護するためのものとして位置づけられ、同法による保護対象は基本的に労働者に限定されてきました。しかし、いわゆる建設アスベスト訴訟の最高裁判決(令和3年5月17日最高裁第一小法廷判決)において、最高裁が一人親方等労働者には該当しない者についても労働安全衛生法第22条及び第57条で保護される旨の判断を示した1ことを受け、労働安全衛生法等の規制の見直しを図ることとなりました。労働政策審議会安全衛生分科会及び有識者で構成された検討会において、保護対象とすべき者の範囲、保護措置の内容、保護措置をとる義務を負う者等について議論が進められ、2023年10月、「個人事業者等に対する安全衛生対策のあり方に関する検討会報告書」(以下「検討会報告書」2といいます。)が公表されました。検討会報告書では、労働安全衛生法に関する制度を見直す必要性として、概要、以下のような事項が指摘されています。

  • 個人事業者等は労働者との混在作業が行われる可能性のある場所で就業していることも少なくない。
  • 個人事業者等の内、建設業で働く一人親方等の死亡災害は把握できるものだけでも、年間80~100件程度発生しているところ、その災害内容は労災と同様の作業中に発生しているものや、類似した原因によるものも少なくない。
  • それにもかかわらず、個人事業者等の業務上災害を網羅的に把握する仕組みがなく、災害把握のための仕組みの構築が必要である。
  • 個人事業者等の中には危険・有害作業に従事する者がいるが、有害物質に関する教育・説明が不十分なケースがある。

かかる状況を踏まえて、検討会報告書では、労働者が行うものと類似の作業を行う者については労働者であるか否かにかかわらず労働者と同じ安全衛生水準を享受すべきであるという考え方の下、講ずべき措置の内容や、措置を講じる義務を負う主体、罰則の有無等について整理を行い、厚生労働省に対して法改正等を提言しています3

本改正はかかる経緯を経て、今般成立したものです。

なお、本改正に先立ち、2022年4月、労働安全衛生法第22条に関連する、労働安全衛生規則等の11の省令が改正されています。この省令の改正により、2023年4月1日以降、事業者には、請負人(一人親方、下請業者)及び労働者以外で作業場所にいる者(資材搬入業者、警備員等)に対して、一定の措置を実施することが義務付けられました4

2.本改正及びこれにより求められる事項の概要

本改正では、主に以下の視点からの改正が行われています。なお、以下では、改正法による改正後の労働安全衛生法を「法」といいます。

(1)個人事業者等に対する安全衛生対策の推進

(2)職場のメンタルヘルス対策の推進

(3)化学物質による健康障害防止等の仕組みの整備

(4)機械等による労働災害防止対策

(5)高年齢者の労働災害防止の推進

それぞれの改正内容の概要は、以下のとおりです。

(1)個人事業者等に対する安全衛生対策の推進

(ア)注文者等が講ずべき措置

  • 「個人事業者」及び「作業従事者」とは:前提として、本改正で新たに導入された「個人事業者」及び「作業従事者」という概念についてご説明します。従来、労働安全衛生法の保護対象は基本的に労働者に限定されており、事業者が講ずべき安全衛生管理体制、危険又は健康被害を防止するための措置等の保護対象は主に労働者でした。これに対し、改正法は、「個人事業者」(事業を行う者で、労働者を使用しないものをいう(法第31条の3第1項))を含む「作業従事者」(事業を行う者が行う作業に従事する者(法第15条))も保護対象に含めています。
    なお、この「個人事業者」や「作業従事者」の定義上、労働安全衛生対策に係る義務を負う事業者との間に請負契約、業務委託契約等の契約関係が存在することは要件とされていません。
  • 混在作業場所における措置義務対象の拡大:従前、下記の措置を講ずべき場面として、(特定)元方事業者等5の労働者と関係請負人6の労働者が一の場所又は同一の場所で作業を行う場合とされてきたところ、改正法はこれを(特定)元方事業者等に係る作業従事者と関係請負人に係る作業従事者が一の場所又は同一の場所で作業を行う場合に改めました。労働者に該当しない者(例:個人事業者や中小企業の役員)が作業に従事している場合も対象としている点で、労働安全衛生管理体制を構築すべき場面が拡張されています。

①統括安全衛生責任者の選任(法第15条第1項、同第3項)

②店社安全衛生管理者(法第15条の3第1項、同第2項)

③労働災害防止策(協議組織の設置及び運営、作業間の連絡及び調整、作業場所の巡視等)(法第30条第1項、同第2項及び同第4項並びに第30条の2第1項及び同第4項)

  • 救護に関する措置:従前、建設業等の事業者(仕事が数次の請負契約によって行われる場合、元方事業者)には、保護対象を労働者に限定して(「労働者の救護に関し」)、必要な機械の備付け及び管理、訓練、その他救護に関して必要な措置をとることが義務付けられていたところ、改正法は保護対象を作業従事者に拡張しました。これによって、個人事業者を含む作業従事者の救護に関しても所定の措置をとることが義務付けられるようになりました(法第25条の2第1項、法第30条の3第1項)。
  • 労働安全衛生法遵守に関する指導:従前、元方事業者に対しては、関係請負人及び関係請負人の労働者が労働安全衛生法に違反しないよう必要な指導を行うことが義務付けられていましたが、改正法では、関係請負人に係る作業従事者についても必要な指導を行うことが義務付けられています(法第29条)。
  • 危険な場所での危険を防止するための技術上の指導:従前、建設業の元方事業者は土砂崩壊のおそれがある場所、機械が転倒するおそれがある場所等の危険な作業場所における危険を防止するために、保護対象を関係請負人の労働者に限定して、技術上の指導その他の必要な措置を講じることを義務付けていました。これに対し、改正法は関係請負人に係る個人事業者等の作業従事者が作業する場合であっても同様の措置をとることを義務付けました(法第29条の2)。
  • 作業場所管理事業者の講ずべき措置:従前、混在作業場所における連絡調整については、建設業、造船業、製造業に限定して義務づけられていました(前記「混在作業場所における措置義務対象の拡大」参照)。しかし、このような限定的な規制状況が、二以上の企業が同一の作業場において同時に活動に従事する場合に、企業間で協力することを義務付けているILO第155号条約(1981年の職業上の安全及び健康に関する条約)を批准する上での障害となっていると指摘されてきました。かかる状況を踏まえ、改正法では、業種を問わず、作業場所管理従事者(仕事を自ら行う事業者であって、当該仕事を行う場所を管理するもの)に対し、その作業従事者及び作業場所管理従事者の請負人に係る作業従事者が一の場所で混在作業を行う場合であって、作業従事者のいずれかが危険・有害な作業を行うときは、作業間の連絡調整その他必要な措置を講じることを義務付けました(法第30条の4)。適用対象としては、例えば、卸売業業者の倉庫において、作業する店員と、フォークリフトで商品の搬出をする運送業者が混在する場合が想定されます。
  • 建設物等に関する労働災害防止措置:建設物等を請負人の労働者だけでなく作業従事者に使用させるときであっても、労働災害防止のために必要な措置を講じることが義務づけられました(法第31条第1項)。
  • 違法な指示の禁止:注文者(業種は問わない)は請負人に対し、当該請負人の労働者のみならず、当該請負人に係る作業従事者がその指示に従って作業を行った場合に法令に違反することとなる指示をしてはならないこととされました(法第31条の4)。

(イ)個人事業者等が講ずべき措置

  • 労働災害防止への協力:本改正によって、従前の義務主体である労働者に加えて、労働者以外の者で労働者と同一の場所において仕事の作業に従事するものであっても、労働災害を防止するために必要な事項を守るほか、事業者その他の関係者が実施する労働災害防止措置に協力する努力義務を負うこととされました(法第4条)。
  • 機械の安全性:事業者(厚生労働省令で定める数以下の労働者を使用する者に限る。)又は個人事業者(これらの者が法人である場合には、その代表者又は役員)である作業従事者(「作業従事役員等」)が、労働者と同一の場所において作業を行う場合に、以下の義務を負うこととされました。

①使用する機械等は所定の規格又は安全装置を具備すること(法第42条第3項)

②機械等について定期的な自主検査を実施し、その結果を記録すること(法第45条第2項及び同第3項)

  • 安全衛生教育の受講:作業従事役員等に対し、労働者と同一の場所において危険又は有害な業務に就く際は、当該業務に関する安全衛生のための教育を受講することを義務付けました(法第59条4項)。
  • 申告及び災害状況調査:検討会報告書において、個人事業者等の業務上災害について網羅的に把握する仕組みがなく、災害把握のための仕組みの構築が必要不可欠な状況となっている旨が指摘されていました7。これを受け、事業場内において労働安全衛生法違反の事実がある場合、従前から規定されている労働者に加え、作業従事者が当該事実を都道府県労働局長、労働基準監督署長又は労働基準監督官に申告し、是正措置をとるよう求めることができる旨が規定されました(法第97条第1項及び同第3項)。また、業務に起因して作業従事者が負傷・疾病・死亡した場合、厚生労働大臣が調査を行うことができることとされました(法第100条の2)。

(2)職場のメンタルヘルス対策の推進

  • 従前、常時使用する労働者の数が50名未満の事業場においては、ストレスチェック及び高ストレス者への面接指導の実施は当分の間努力義務とされていたところ、これを義務化しました(本改正による労働安全衛生法附則第4条の削除)。

(3)化学物質による健康障害防止等の仕組みの整備

  • 従前の化学物質規制の状況及び課題:危険・有害な化学物質の譲渡・提供に際して課される労働安全衛生法上の義務としては以下の①ないし④があります。

危険有害な化学物質を譲渡・提供する者(メーカー、卸売等)による

①危険有害情報(化学物質の名称、人体に及ぼす作用等)のラベル表示

②譲渡・提供の相手方への安全データシート(SDS)の交付

譲渡・提供を受けるユーザー企業等による

③危険性・有害性等の調査(リスクアセスメント)

④ばく露低減措置(例:必要な保護具の使用)

従来、上記①ないし④の対象は特別規制による個別規制の対象となっている物質に限定されていましたが、物質の多様化や国際的な潮流を踏まえ、2023年の労働安全衛生法施行令の改正によって、GHS分類の結果、危険性又は有害性があるもの全てが規制の適用対象とされるよう、対象物質が拡大されました(対象物質は今後も順次追加される可能性があります)。
かかる経緯の下、本改正では、以下のとおり、化学物質による健康障害防止等の仕組の更なる規制強化が図られました。

  • 罰則:SDS等による通知義務を負っているにもかかわらず、通知をしなかった又は虚偽の通知をした場合、6か月以下の拘禁刑又は50万円以下の罰金に処せられることとなりました(法第57条の2第1項、法第119条第4号)。
  • 通知事項に変更が生じた場合:従前、通知事項に変更が生じた場合の再通知は努力義務とされていましたが、これが義務化されました(法第57条の2第2項)。
  • 営業秘密である成分の非開示:SDSについて、通知義務対象となる化学物質の成分に「秘密として管理されている製品の情報その他の事業活動に有用な情報であって、公然と知られていないもの」が含まれる場合、当該成分の化学名における成分の構造又は構成要素を表す文字の一部を省略し、若しくは置き換えた化学名(代替化学名等)を通知することが認められることとなりました(法第57条の2第3項)。代替化学名等の具体的な表示方法は今後指針が定められる予定です。

(4)機械等による労働災害防止対策

  • 技能講習修了証の不正交付への対処:技能講習を実施する民間登録機関が不正に技能講習修了証を交付する等の不正事案が生じていたことに鑑み、技能講習修了証を不正に交付し又はこれと紛らわしい書面を交付した者に対し、これらの書面の回収を命ずることができる旨が規定されました(法第76条の2)。また、この命令に従わない登録教習機関(登録を受けて技能教習又は教習を行う者)の登録を取り消したときは、10年を超えない範囲で再登録できない期間を指定することができるとされました(法第77条第4項)。

(5)高齢者の労働災害防止の推進

  • 事業者の努力義務:近年増加している高年齢労働者は、他の年代と比較して労働災害の発生率が高く、災害が起きたときの休業期間が長くなる傾向にある点に鑑み、事業者に対して、高年齢者の特性に配慮した作業環境の改善等、必要な措置を講じる努力義務を課しました(法第62条の2条第1項)。
  • 厚生労働大臣による指針の策定:厚生労働大臣は法第62条の2第1項に基づき、事業者が講ずべき措置に関して適切かつ有効な実施を図るために必要な指針を公表するものとされました(法第62条の2第2項)。この指針については、「高年齢者の安全と健康確保のためのガイドライン(エイジフリーガイドライン)」8を参考に検討されている段階であるため9、企業は指針の策定状況を注視して、高年齢者の労働災害防止のために必要な措置を講じていくことが望ましいと思われます。

本改正は、労働者のみならず個人事業者等を含む多様な人材が安全に、かつ安心して働き続けられる職場環境の整備を推進するため、事業者に新たな義務を課し、又は、既存の義務の範囲を拡大するものであり、働き手の人権尊重の取組みを行う上で重要な改正であると考えられます。

また改正法の一部は2025年5月14日に既に施行され、多くは2026年1月1日から段階的に施行されることとされています。そのため、企業としては、専門家の助言を受けて、改正法のうち自社に適用のある条項及びその施行日を予め特定し、施行日までに、社内規程の制改定や必要な措置を講じる体制を整備しておく必要があります。

1 建設アスベスト訴訟は、建設業務に従事していた元労働者等とその遺族等が、石綿による健康被害を被ったのは、国が規制権限を適切に行使しなかったからであるとして、国家賠償法に基づく損害賠償を請求した訴訟です。最高裁は、一人親方等労働者に該当しない者が安全衛生法第22条及び第57条に基づく保護対象に含まれるかという争点に対し、労働安全衛生法第22条(に基づく特定化学物質障害予防規則)は、特別管理物質を取り扱う作業場という場所の危険性に着目した規制であり、その場所において危険にさらされる者は労働者に限られないため、その場所で作業する者であって労働者に該当しない者も保護する趣旨の規定である旨判示しています。また、安全衛生法第57条に関しては、労働者に健康被害を生ずるおそれのある物の危険性に着目した規制であり、その物を取り扱うことにより危険にさらされる者は労働者に限られないため、同条は労働者に該当しない者も保護する趣旨の規定である旨判示しています。

2 「個人事業者等に対する安全衛生対策のあり方に関する検討会 報告書」(令和5年10月)(https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_36009.html

3 検討会報告書の提言を踏まえた対応の一環として、本改正に先立ち、2024年5月28日、厚生労働省から「個人事業者等の健康管理に関するガイドライン」(https://www.mhlw.go.jp/content/001257620.pdf)が公表されました。同ガイドラインにおいては、(i)健康管理に関する意識の向上、定期健康診断の受診等個人事業者等が実施すべき事項、(ii)健康診断受診費用への配慮、メンタルヘルス不調の予防、注文条件に関する配慮、医師との面談の機会の提供等注文者等が実施すべき事項が具体的に記載されています。

4 基発0415第1号(令和4年4月15日厚生労働省労働基準局長)(https://www.mhlw.go.jp/content/11300000/000930497.pdf)。

5 元方事業者とは請負契約(契約が2以上ある場合には、最も先次の請負契約)における注文者を意味し、特定元方事業者とは元方事業者のうち特定事業(建設業及び造船業)を行う者を意味します(法第15条第1項、労働安全衛生法施行令第7条第1項))。「(特定)元方事業者等」と記載しているのは、本文に挙げた各義務の主体には、特定元方事業者(法第15条第1項)、建設業に属する事業の元方事業者(法第15条の3)、製造業に属する事業の元方事業者(法第30条の2)等があり、義務の内容によってその主体が異なるためです。

6 関係請負人とは元方事業者の当該事業の仕事が数次の請負契約によって行われるときは、当該請負人の請負契約の後次の全ての請負契約の当事者である請負人を指します(法第15条第1項)。

7 検討会報告書6ページ参照。

8 「高年齢労働者の安全と健康確保のためのガイドライン(エイジフレンドリーガイドライン)」(https://www.mhlw.go.jp/content/11302000/000609494.pdf

9 本改正の概要に関する説明8頁(https://www.mhlw.go.jp/content/11300000/001497667.pdf

令和7年労働安全衛生法等の改正

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執筆者

北村 導人

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山田 裕貴

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