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2025年10月、令和8年度(2026年度)から開始する「ビジネスと人権」に関する行動計画改定版(以下「新計画」といいます。)の原案1が公表されました。2020年10月に策定された「ビジネスと人権」に関する行動計画(2020年-2025年)(以下「旧計画」といいます。)は5年後に計画の見直しをするものとされており、今般その改定がされる予定です。
旧計画は、2011年に国連人権理事会において、最重要の国際基準として認知されている「ビジネスと人権に関する指導原則」(以下「指導原則」といいます。)が採択され、2014年に指導原則を各国ごとに実施するための行動計画(「ビジネスと人権に関する国別行動計画」(National Action Plan、「NAP」と略称が使われることがあります。))の策定が求められたことによって策定されています。2025年12月3日現在、世界35か国がNAPを策定しています2。
旧計画は、指導原則の他、「経済協力開発機構(OECD)責任ある企業行動に関する多国籍企業行動指針」(以下「OECD多国籍企業行動指針」といいます。)、「国際労働機関(ILO)多国籍企業及び社会政策に関する原則の三者宣言」(以下「ILO多国籍企業宣言」といいます。)等を踏まえ作成されています。
NAPは国の行動計画であり、当該計画に記載された国の課題意識及び今後の取組の理解は、「ビジネスと人権」の潮流の把握に有用と思われます。本ニュースレターでは新計画の概要を解説します。
旧計画の策定及び実施の目的は、「責任ある企業活動の促進を図ることにより、国際社会を含む社会全体の人権の保護・促進に貢献し、日本企業の信頼・評価を高め、国際的な競争力及び持続可能性の確保・向上に寄与すること」にありました。
新計画においても、上記の行動計画の策定目的及び位置づけは変わっておらず、企業が人権尊重の責任を果たし続けることは、公正で持続可能な経済・社会の実現に寄与するとともに、社会からの信用の維持・獲得や企業価値の維持・向上にも繋がり、社会全体の人権の尊重とビジネスの一層の促進という好循環を定着させることに資するとの考えから、新計画の策定及び実施を通じて以下の4点の実現を目指しています。
(1)国際社会を含む社会全体の人権の保護・促進
(2)「ビジネスと人権」関連政策に係る一貫性の確保
(3)日本企業の国際的な競争力及び持続可能性の確保・向上
(4)SDGsの達成への貢献
また、新計画の構成は以下のとおりとなっています。
第1章 |
行動計画が改定されるまで
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第2章 |
優先分野
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第3章 |
政府から企業への期待表明 |
第4章 |
今後の行動計画の実施及び見直しに関する枠組み
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旧計画では、指導原則の「人権を保護する国家の義務」、「人権を尊重する企業の責任」及び「救済へのアクセス」の3つの柱の分類を踏まえ、関連する取組を分類し整理をしていました。
新計画では、3つの柱を前提としつつ、行動計画をさらに効果的に実施する観点から、従来、関係府省庁が政策領域ごとに、点ないしは線として実施してきた施策を、ビジネスと人権の観点から横断的に面として捉え直し、日本が取り組むべき優先分野を明示し、それぞれの分野における日本政府の「課題認識及びこれまでの取組」及び今後の「取組の方向性及び具体的施策の例」が示されています。
以下では各優先分野の概要を解説します。
新計画においては上記のとおり第2章に8つの優先分野が掲げられています。
旧計画においては、①政府、政府関連機関及び地方公共団体等の「ビジネスと人権」に関する理解促進と意識向上、②企業の「ビジネスと人権」に関する理解促進と意識向上、③社会全体の人権に関する理解促進と意識向上、④サプライチェーンにおける人権尊重を促進する仕組みの整備、⑤救済メカニズムの整備及び改善の5つを優先分野としていました。
旧計画の優先分野であった④サプライチェーンは新計画でも優先分野とされており、⑤救済メカニズムについても救済へのアクセスとして新計画の優先分野に挙げられています。他方、旧計画の優先分野であった①ないし③の「ビジネスと人権」に関する理解促進と意識向上については、新計画では履行推進のための能力構築とされており、日本におけるビジネスと人権に関する取組が啓蒙の段階から実質的な取組内容の高度化の段階に引き上げられていることが窺えます。
以下では各優先分野の概要を解説します。
新計画では、政府はサプライチェーンにおける人権リスクに対応する実践的な取組の推進と国内企業の大半を占める中小企業による理解の促進等を課題としています。海外で事業を展開する日本企業や海外と取引のある企業との間では欧米諸国で進む人権DDの実施や情報開示を義務化する法制度への対応が急務となっている状況からも、企業及びそのサプライチェーンが投資やビジネスを展開する上での予見可能性及び透明性を向上させるための取組が必要となっています。取組の方向性としては以下が挙げられています。
①サプライチェーン上における企業の人権尊重の取組を促進する情報提供や支援策に関するマルチステークホルダーとの議論の継続
②独立行政法人等が指導原則に沿って人権尊重に取り組むことの確保
③諸外国との対話・連携を通じた、指導原則の履行推進に向けた取組
④労働者等の幅広い層の人々が恩恵を受ける経済連携協定(EPA/FTA)及び投資協定の締結・履行への継続的な努力
⑤ディーセントワーク(働きがいのある人間らしい仕事)実現のための努力の継続
⑥中小企業等の取引条件・取引慣行の改善
新計画においては、社会的に弱い立場にある、①ジェンダー平等、②外国人労働者、③子ども・若者、④障害者及び⑤高齢者をテーマとして、各テーマの課題認識及びこれまでの取組並びに取組の方向性及び具体的施策の例を示しています。
①ジェンダー平等については、ジェンダーに基づく差別やハラスメント、暴力への対策を課題としています。旧計画においては法の下の平等において女性活躍の推進の記載の他に、性的指向や性自認に関する理解の促進やジェンダーには留意する点の記載があるのみでしたが、新計画ではジェンダー平等として取り上げ、より重視しているものと思われます。
②外国人労働者については、2027年4月に運用開始予定の育成就労制度を意識し、増加する外国人労働者が日本において共生できる社会を実現するために宗教、生活習慣、労働文化の違い等の相互理解等を推進していくことや、外国人労働者が、長時間労働やハラスメント等のさまざまな人権侵害リスクに対し言語や文化の壁、情報アクセス格差等により声を上げることが難しい状況を綜合的に解決していくことを課題としています。
③子ども・若者については、情報化が進展し、インターネット利用の低年齢化が進む中、企業のマーケティング活動による過度な商業的搾取、オンライン上での個人情報侵害や有害なコンテンツへのアクセス、あるいは若年層がアルバイトで不当な労働条件に置かれること等、現代の子ども・若者が直面する新たなビジネスと人権の課題に対する明確な認識と対策が必要としています。
④障害者については、企業活動においては、情報・物理的アクセシビリティの欠如や、採用・昇進における不当な差別、ハラスメント、そして障害を理由とした不当解雇等の多くの人権侵害のリスクが依然として存在しており、特に、精神障害や発達障害等、外見からは分かりにくい障害がある人々への理解不足や合理的配慮の十分な提供を課題としています。
⑤高齢者については、日本において急速に進行する高齢化を背景に、高齢者が年齢を理由に雇用等の社会参加の機会を奪われることや、増加する身寄りのない高齢者であっても地域において安心して暮らせる社会づくりを進めることを課題としています。
これまでの取組や上記の課題を踏まえ、多様な状況を抱える全ての人々が、ライフステージに応じ、多様な生き方や働き方を選択することができるような社会を実現し、持続可能かつ競争力のある日本社会を目指すため、取組の方向性の概要としては以下が挙げられています。
①(テーマ共通)ライツホルダーの状況を考慮し、「誰一人取り残さない」ための、人権保護の視点に立った制度設計・運用及び見直しの実施
②(テーマ共通)マイノリティ別の施策で得られた情報や好事例の提供
③(個別)ジェンダー平等をめぐるビジネスと人権の課題を克服するための施策の実施
④(個別)技能実習制度の課題解決に向けた着実な法改正の実施
新計画では、高度なAIシステムの設計、開発及び導入に当たり、事業者は、法の支配、人権、適正手続、多様性、公平性、無差別、民主主義及び人間中心主義を尊重すべきであり、現に存する、①プライバシーの侵害、犯罪への使用など、人権や安心を脅かす行為、②機密情報の流出、サイバー攻撃の巧妙化等セキュリティ上のリスク、③誤情報、虚偽情報、偏向情報等が蔓延する問題、④知的財産権の侵害リスク、⑤透明性の確保、⑥AI利用者の責任、⑦国際的な規律・標準との調和等に対して、国内においてもガバナンスを強化した上で慎重に検討する必要があるものとしています。科学技術とイノベーションは日本の経済成長における原動力であり、社会課題の解決等においても重要性が増す一方で、人権課題は多岐に及んでいるため、人権を尊重しつつAIテクノロジーの開発・利用を推進し国際競争力を高めるために、技術開発と並行して人権リスクに配慮した施策を講じる点が重要となっており、取組の方向性としては以下が挙げられています。
指導原則において、人権侵害リスクを特定・防止する手段として人権DDの実施を求めるようになって以降、欧州を中心に人権DDのみならず、環境デュー・ディリジェンス(以下「環境DD」といいます。)の法制化の動きが進んでいます。EUによるCSDDD3や欧州森林減少防止規則(EUDR)4のように、バリューチェーンにおける人権DD及び環境DDを実施する義務を自国の企業以外にも課す動きも見られ、人権DD及び環境DDは日本企業にとっても対応が迫られる課題となっています。そこで、環境と人権の双方に対する日本企業の取組を促進するため、取組の方向性としては以下が挙げられています。
①人権課題と環境課題の双方を視野に入れた環境DDの推進
②気候変動への適応と緩和政策における人権への配慮
企業による人権尊重を実現するために、指導原則を踏まえて求められる能力構築体制は、政府を始めとする各種機関による情報発信やセミナーの開催、ガイダンスの提供等に基づき、企業側のビジネスと人権に関する認識向上を図ることに加え、企業のニーズに応じた相談に対応し必要な支援を提供することであるとされています。企業の取組を継続的かつ体系的に支援する観点や下支えする支援を行うため、取組の方向性としては以下が挙げられています。
①中小企業を含む企業に対する情報・助言・支援等の提供
②教育・研修の実施による啓発の促進
有価証券報告書やCSRD及びCSDDD等に基づく「人権」に関する事項の企業による情報開示は、人権DDのサイクルの一部を構成しており、企業は、株主、従業員(求職者を含む。)、顧客(消費者)、投資家、地域社会等のステークホルダーに対して、人権を含むサステナビリティ関連の情報を含めた適切な情報開示をし、人権を尊重する責任を果たしていることを説明する必要があります。さらに、企業人権ベンチマーク(CHRB)等企業の人権尊重に関する取組の評価指標も、主に公表資料を基に評価を行っているところ、仮に企業が人権尊重の取組を十分に行っていても、開示情報が不足していれば適切な評価が行われず、日本企業のスコア低下につながりかねないという課題があります。
今後、日本企業が国際競争力を維持し、持続可能な発展を遂げていくためにも、情報を戦略的に開示し、経営の透明性を高め、ステークホルダーとの相互理解を深めることで、共通の社会的課題の解決に取り組む必要があります。そこで、取組の方向性としては以下が挙げられています。
①国際的な基準の動向を踏まえ、企業による人権尊重に関する情報開示について必要に応じた議論の実施
②情報開示の好事例集の周知等を通じた企業の情報開示の充実化の促進
指導原則では、公共調達を始めとする公契約における相手方企業に対する政府の監督を国家の義務として規定しており、日本は、企業による人権尊重のための取組を促進するために公共調達も活用してきましたが、企業の人権尊重の取組の十分性に関する客観的な評価が実務上困難を伴っていました。また、人権尊重の取組を要件とすることで、ビジネスと人権の取組が大企業で先行している中、中小企業が公共調達から排除され得ることに懸念があり、そうした課題への配慮をしながら実効性を高めるため、取組の方向性としては以下が挙げられています。
①公共調達における企業等による人権尊重の推進
②国際約束及び現行法令の範囲内での補助金事業における企業等による人権の取組の審査基準等への組入れの検討
指導原則で求められる苦情処理メカニズムの理解を深め、日本で整備されている各種制度の認知度、利用率及び実効性を高めていくことが課題となっています。そこで、救済の仕組みを重層的に整備し、実際の人権救済に結び付けるのみならず、日本企業の人権意識を高め国際的な信頼・評価を向上させるため、取組の方向性としては以下が挙げられています。
①日本NCP(各国連絡窓口)5機能強化に向けたステークホルダーとの対話・エンゲージメントの機会の設定
②個別法に基づく人権救済の状況を見定めつつ、人権救済制度の在り方についての検討の継続
③指導原則に準拠した企業等の苦情処理メカニズムの構築・運用の促進
④個別法令に基づく対応の継続・強化
⑤独立行政法人等が運用する苦情処理メカニズムの適正な運用及び必要に応じた見直し
旧計画では、各府省庁において関連する施策を実施するとともに、行動計画の実施状況を、毎年、連絡会議において確認しつつ、検討すべき課題について議論し連携を図っていました。また、多様なステークホルダーとの対話の機会として、円卓会議・作業部会6が開催されていました。旧計画が定める各分野における「今後行っていく具体的な措置」については、年次レビュー7における「行動計画施策実施状況一覧」のとおりそれぞれ進展が見られています。しかし、各種の施策が効果的・効率的に実施されるため、既存のモニタリング体制においても、各府省庁において、客観的、定量的な指標やKPI設定に取り組む中、行動計画全体の進捗を測る新たな評価方法として、どのような指標の設定が実現可能かつ有益かという点については、引き続きステークホルダーとも協議しつつ検討を行い、その実施体制についても検討を行っていく必要があり、取組の方向性としては以下が挙げられています。
①日本の優先課題領域の定期的な特定及び関連施策のアウトプット、アウトカム、インパクト評価等の実施に向けた検討
②定期的に評価を行う実効的な体制の構築の検討
③施策の進捗状況と目標の達成度について、ステークホルダーに対する分かりやすい開示の実施に向けた検討
新計画において、政府は企業に対して、「国際スタンダードと日本企業が進出している国が定める国内法令との差(ガバナンス・ギャップ)にも配慮しながら、人権リスクはどこにでも存在することを前提に、引き続き、その規模、業種等にかかわらず全ての日本企業が、国際的に認められた人権及び『ILO宣言』に述べられている基本的権利に関する原則を尊重し、人権尊重の取組に最大限努めることを期待する。」と表明をしています。
具体的には、企業は、指導原則に沿って人権尊重の責任を果たすため、(1)人権方針の策定・公表、(2)人権DDの実施、(3)自社が人権への負の影響を引き起こし又は助長している場合における救済が求められるとしています。
新計画は令和8年度(2026年度)から開始し、公表から5年後を目途に「ビジネスと人権に関する行動計画の実施に係る関係府省庁施策推進・連絡会議」において、改定の必要性を適切に判断することとなっています。
旧計画からの5年間の間には、世界でデュー・ディリジェンスに関する法律が整備され、日本においても2022年に「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のためのガイドライン」8、2023年に「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のための実務参照資料」(「実務参照資料」といいます。)9がそれぞれ公表され、企業に求められる対応が具体的となってきました。
今後は、さらに、ビジネスと人権への認識の広がりに伴い、今まで人権デュー・ディリジェンスを行っていなかった中小企業に対してもその実施が求められ、また、海外を含むバリューチェーン上の人権尊重への対応が強く求められていきます。そして、今後の企業活動においては、上記の優先分野を重視した人権デュー・ディリジェンス等の取組が求められることとなります。
急速に変化する外部環境の下、企業が「ビジネスと人権」に関する適切な取組を遂行するためには、自社のリソースのみならず、専門家や業界団体の協力を踏まえて、その対応の具体的内容とその効果測定などを適時に決定し、遂行していく必要があります。
1 https://www.mofa.go.jp/mofaj/files/100913063.pdf
3 https://www.pwc.com/jp/ja/knowledge/news/legal-news/legal-20240926-1.html
4 https://www.pwc.com/jp/ja/knowledge/news/legal-news/legal-202501126-1.html
5 OECD多国籍企業行動指針の普及、OECD多国籍企業行動指針に関する照会処理、問題解決支援のため、各国に連絡窓口(National Contact Point)が設置されています。日本NCPは2000年に設置され、外務省、厚生労働省、経済産業省の3省で構成されています。
6 https://www.mofa.go.jp/mofaj/fp/hr_ha/page23_003546.html
7 https://www.mofa.go.jp/mofaj/fp/hr_ha/page24_001838.html
8 https://www.meti.go.jp/press/2022/09/20220913003/20220913003-a.pdf
9 https://www.meti.go.jp/press/2023/04/20230404002/20230404002-1.pdf
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