シリーズ:TCFD開示に向けたビジネスにおける気候変動リスクと機会の理解 第4回:不動産セクター

2020-11-06

第4回:不動産セクター


建物は、大量にエネルギーを消費し、CO2 も多く排出しています。国際エネルギー機関(IEA)*1によると、ビル運営事業および建築業を含む建設セクターは世界全体のCO2排出量の約40%を占めており、その原因には、建築資材として利用する木材を調達するための森林伐採、高炭素建築資材の利用、照明や空調など建物の運営時のエネルギー使用が挙げられます。パリ協定で合意された2050年までに世界の平均気温上昇を産業革命以前に比べて2度未満に抑制するという目標に向けて、不動産セクターにおける低炭素・脱炭素の取り組みは大いに期待されています。

今回は「TCFD対応の現状とハイリスクセクターにおける気候リスク・機会の概要」で紹介したTCFD(Task Force on Climate-related Financial Disclosures、気候関連財務情報開示タスクフォース)が定義する気候関連のハイリスクセクターのうち、材料と建物セクターに含まれる不動産管理および開発セクターを取り上げ、具体的なリスクやビジネス機会と不動産セクターへのインパクト、対応の方向性について整理します。なお、文中の意見にわたる部分は筆者の見解であり、所属する組織を代表するものではない旨をあらかじめお断りしておきます。

不動産セクターのリスク・機会

不動産セクターではCO2排出削減を目的とした気候関連の規制の導入および強化によって、建物のZEB/ZEH (ネット・ゼロ・エネルギー・ビル/ハウス)化などに関する規制が進むことが予測されます。これによって、建築・改修にかかるコストの増加や、規制の条件に適合しない不動産の価値低下が生じると考えられます。

また、不動産セクターは大雨、洪水、台風などの異常気象や気象災害による影響を受けやすく、異常気象の激甚化によるリスクが想定されます。物件の損壊による修繕コストの増加、水害などが多発する地域に立地する物件の価値低下が予測されます。

一方、気候リスクへの適時適切な対応は、資源効率向上による運営コストの削減につながります。また、テナントや住民の防災意識や環境意識の高まりが考えられ、こういったニーズに対応した物件は相対的に評価が向上する可能性があります。

不動産セクターのリスク・機会
移行リスク・機会

移行リスク・機会

不動産セクターにおいては、コスト削減および物件の価値向上を目的に、省エネ化、再生可能エネルギーの導入、グリーンビル認証の取得に向けた取り組みが以前から行われています。しかし、2050年までにCO2排出量を実質ゼロにする目標を掲げる欧州グリーンディールなどによって、各国の気候変動対策は加速しており、さらなる対応が求められています。不動産投資を行う金融機関は、自社ポートフォリオにおけるCO2排出量の将来予測を立て、それが2050年までに必要とされるCO2削減経路と比較してどのような水準かを把握しなければなりません。今後、明確な目標および進捗管理のための指標を設定することが必要になるでしょう。

例えば、オーストラリアの不動産事業者は、自社ポートフォリオにおけるCO2排出量をネットゼロにする目標を設定し、自社のCO2排出強度に関する将来予測を複数の気候シナリオ下のCO2削減経路と比較した上で対応を検討することで、移行リスクの未然防止に取り組んでいます。国内の不動産事業者でも、長期的なCO2排出削減目標を設定し、目標達成に向けて再生可能エネルギー導入や物件改修に取り組む動きが見られます。今後は、各社が設定している削減目標がパリ協定で合意された2度目標が求める水準と整合しているかどうかを開示することへの期待が高まっていくでしょう。

Dodge Data & Analyticsの調査*2によると、世界中の建設会社、建築家、デベロッパーを含む回答者はグリーンビルディングが普及する主なドライバーとして環境規制への対応(33%)と並び、顧客からの需要(34%)を取り上げています。そのため、CO2排出量削減にタイムリーに対応することは、移行リスクを低減できるだけでなく、消費者の環境意識の高まりを受けた、環境性能が高い物件の需要拡大機会の取り込みや、長期的な事業の安定化や投資家評価の向上にもつながると考えられます。

物理的リスク・機会

TCFDが提示している気候リスクの定義によると、物理的リスクは急性(サイクロン、ハリケーン、洪水といった異常気象の激甚化)と慢性(平均気温や海面の上昇といった、長期的な気候影響)に分類されます。不動産の場合は、双方からの影響を受けると考えられます。例えば、水害などによる建物の損壊に加え、平均気温の上昇による空調設備の運用にかかるコストの増加といった影響があり得ます。また、海面上昇によって、沿岸部の土地や物件の価値が将来的に減少する可能性もあります。不動産は、建設時および建物の利用の間、常に物理的リスクに晒されています。これに対して、ある海外の不動産開発業者は、気候変動による影響に関する公開データを基に、開発プロジェクトの運営計画に長期的な物理的リスクの評価と対応を組み込む試みを始めています。

物理的リスクの性質や度合いは、地理的な位置によって大きく異なります。複数の国・地域に物件を保有している不動産事業者にとっては、ポートフォリオ全体の物理的リスクを評価するのは簡単ではありません。例えば、不動産投資を行う海外大手の資産運用会社で、自然災害に関する過去のデータを基に洪水や暴風によるポートフォリオの損失額の推定に取り組んでいる事例が見られますが、TCFDが推奨しているような21世紀後半を見据えたシナリオ分析を実施している事業者は2020年9月現在ではまだ多くありません。

日本は世界的に見ても自然災害が多い国として知られており、国内の不動産開発・管理事業者は、以前から洪水などによるリスクを評価する際にハザードマップを活用しています。しかし、既存のハザードマップは過去のデータを基に作成されているため、気候変動による将来的な影響を加味したリスク評価には十分でない可能性があります。

気候変動アナリティクスの専門ベンダーや研究機関は、複数の気候シナリオを組み込んだ「新時代」のハザードマップを開発しており、今後は気候変動を加味した異常気象による物理的リスクをより正確に評価できるようになるでしょう。しかし、より重要になるのは、物理的リスクが不動産ポートフォリオに与える財務影響を定量化する手法です。PwCで開発した国内不動産の気候変動による価値変化を測定する分析モデルでは、特にIPCC (気候変動に関する政府間パネル)が設定するRCP(Representative Concentration Pathways)シナリオのうち、世界の平均気温が最も高くなるなど、気候変動による影響が最も顕在化するとされるRCP8.5シナリオ下では、一部地域で不動産価値が悪化するリスクが一定程度大きいことを確認しています。また、PwCあらた監査法人が製造業での将来の災害リスクを分析したところ、日本国内における風水災の激甚化により、売上額が大幅に減少する可能性があるという結果が導き出されました。

物理的リスク・機会

終わりに

グローバル不動産サスティナビリティベンチマーク(GRESB)は、2018年にTCFDが使用している物理的リスクや移行リスクの定義を採用したレジリエンスモジュールを立ち上げ、参加者による気候変動への対応に関する回答を求めています。日本国内においても、世界最大級規模の年金基金である年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)が、2020年3月に不動産投資家メンバーとしてGRESBに加盟しているため、不動産投資分野において気候変動を含むESGへの考慮が求められる動きが一層加速しそうです。こうした状況を背景に、不動産事業者は早急に長期的な気候変動対策を推進することが重要です。

注記

*1:IEA&UNEP「2019 Global Status Report for Buildings and Construction」
https://www.worldgbc.org/news-media/2019-global-status-report-buildings-and-construction

*2:Dodge Data & Analytics「World Green Building Trends 2018 SmartMarket Report」
https://www.worldgbc.org/news-media/world-green-building-trends-2018-smartmarket-report-publication

執筆者

チューニナ オルガ

マネージャー, PwCサステナビリティ合同会社

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