日本とスウェーデンのサステナビリティレポーティングが進むべき道

2020-07-31

はじめに

先日、日本企業と私の母国であるスウェーデンの企業のサステナビリティレポーティングの主な違いは何だと思いますか、という質問を受けました。これがきっかけとなり、日本のサステナビリティレポートの現状やスウェーデンのレポートと比較することで、日本のサステナビリティレポートの品質向上につながるのではないかと考え、本稿を執筆する運びとなりました。

私は、サステナビリティレポーティング領域のコンサルタントとして10年以上の経験を有しています。2009年にPwCスウェーデンに入社後、すぐに従来の財務報告よりも非財務報告の方が今後は企業にとってより大きな重要性を持つようになると感じ、非財務情報の開示支援業務などに従事しました。2018年にPwCあらた有限責任監査法人へ入社後は、クライアントのサステナビリティレポーティングの発展と改善を支援しており、大手企業とプロジェクトを進める機会に恵まれています。本稿の結論はこうした経験に基づいています。

私たちの周りにはESG※1,CSR※2,非財務報告といったサステナビリティにまつわるさまざまな言葉が存在しますが、実際に何を指しているのかわかりづらく、混乱することがあります。本稿では、このような概念をすべて網羅する「サステナビリティレポーティング」という用語を使用します。また、統計・数値情報については、東京証券取引所のTOPIX100の上位50社(時価総額ベース)と、ストックホルム証券取引所のOMX30の上位30社の企業が発行した、2019年度のサステナビリティレポートに基づいています。

サステナビリティレポーティングの歴史と発展

サステナビリティレポートを比較する際に重要な点の一つは、サステナビリティレポーティングが発展し、成熟してきた期間を考慮することです。財務報告が数百年のうちに成熟したのに対して、サステナビリティレポーティングは比較的新しい概念であり、財務報告と同様に定着するまでにはまだ長い道のりがあります。

日本のサステナビリティレポーティングの歴史を振り返ると、1990年代に大企業が環境報告書を発行するようになり、2000年代には大企業にとってCSR報告書の発行が当然のこととなりました。そして2015年、サステナビリティレポーティングが本格的に注目され始めました。そのきっかけとなった出来事は次の三つだと考えています。日本の年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)がPRI※3に署名したこと、2014年に日本版スチュワードシップ・コードが、そして2015年には日本のコーポレートガバナンス・コードが採択されたことです。これは、上場企業は遵守すべき新しい一連のガイドラインや期待に応える必要があるということを意味しています。その結果、環境・社会問題やガバナンスの実践に関する情報開示が急速に発展しました。この発展の速さを示す例としては、自主的な統合報告書※4の発行シェアのうち日本の大手上場企業が占める割合がトップクラスであり、またTCFD※5※6サポート企業の絶対数において、日本は第一位の国であるという事実があります。

スウェーデンのサステナビリティレポーティングの歴史も類似しています。環境報告の義務化は1990年代に導入され、2000年代初頭にはほとんどの主要企業が自主的にCSR報告書を発行していました。2008年は、すべての上場企業に対して取締役会の構成や役員報酬などのコーポレートガバナンス慣行に関する開示を義務づけるスウェーデン版コーポレートガバナンス・コードが発表された、決定的な年でした。同年、すべての国有企業に対してGRI※7レポートの義務化と非財務データの第三者保証の導入も行われました。当時の貿易産業相によるこの決定は「測定できるものは達成できる」という原則に基づいて行われ、民間セクターに対する基準の設定につながり、自主的なGRIレポートは大規模な上場企業の間でデファクトスタンダードとなりました。

その後、2014年にEUは非財務情報開示(NFR)指令※8を採択し、公益企業(主に大規模な上場企業および金融機関)に対し、環境、社会問題、人権、腐敗防止に関する重要なリスクと方針についてのレポートを義務づけました。この指令はスウェーデンの会社法に組み込まれ、2017年に施行されました。NFRやスウェーデンの法律では、レポートのフォーマットや企業がレポートすべき指標を正確に規定していませんが、サステナビリティレポートとその内容は最終的には取締役会が責任を持つべきであることを明示しています。このことが、レポートの質と企業がレポーティングに費やすリソースに大きな影響を与えていると考えられます。

つまり、スウェーデンと日本では、サステナビリティレポーティングにおける1990年代からの歴史は類似しているものの、EU加盟国であるスウェーデンでは義務づけられた法定開示の道を選びましたが、日本では現在も自主的な開示が中心となっているという点において異なっています。

レポートの長さ‐情報量の多さ vs 簡潔明瞭さ

日本企業のサステナビリティレポートに触れたときに私が驚いたのは、レポートの内容が極めて包括的で、平均ページ数が113ページと長大であることでした。ガバナンス、マテリアリティ分析、企業が重要と判断した課題に関する数値データの開示だけでなく、運営施設における特定のプロセスの導入や、会社が主催する従業員のためのボランティア活動の詳細など、企業が実施した個々の取り組み事例やケーススタディも多く含まれていることがあります。

このような取り組みはもちろん望ましいものですが、投資家の視点から見てどの程度の関連性があるか疑念が残ります。逆に、会社としてどのように特定のリスクを管理しているか、または機会に資本を投入しているかについてはあまり言及されていません。アナリストを含む投資関係者は、個々の取り組み事例などに関する情報よりも投資先企業の全体的な企業戦略や業績に関心を持っていることがほとんどです。これらのケーススタディなどでレポートを埋めることは、メリットよりもデメリットが大きいのではないかと懸念しています。レポートを企業間の比較に使用しづらくなるだけでなく、全体的なメッセージやアナリスト・投資家が投資判断に使用する連結情報がぼやけてしまう傾向があるからです。

加えて、日本企業は財務的な影響と非財務的な影響の両方を網羅した統合的なレポートの作成に多大な力を注いでいます。つまり、日本のレポートには、サステナビリティ関連の情報に加えて、財務情報も多く含まれており、結果的にレポート量が増えているのです。豊富なレポート自体はすべての企業の目標であるべきなのですが、私の経験では、日本のレポートには「統合」が少なく、「組み合わせ」が多くなっています。財務情報と非財務情報の両方があるにもかかわらず、両者の関連性や相互依存性があまり明確になっていないことが多いのです。志は良いのですが、今のところその情報量の多さゆえに読者にとっては利用しにくくなっているのかもしれません。

一方、スウェーデン企業のレポートの平均ページ数は49ページで、日本企業の平均の半分以下です。もちろんスウェーデン企業のレポートにもケーススタディや個別の取り組みのハイライトはありますが、内容は全社的な戦略や経営手法、成果に重点が置かれている傾向があります。このアプローチは投資家やアナリスト、その他のステークホルダーにとって、レポートをより利用しやすいものにしていると感じています。有価証券報告書と比較してみると、例えば個々の販売取引がどのように成立したか、あるいはコスト削減活動が特定の工場にどのような影響を与えたかといった例は有価証券報告書に掲載されていません。有価証券報告書には、企業間で比較可能な形式で連結情報が記載されており、第三者の意思決定のベースとして使用されています。サステナビリティレポートも有報と同様の扱いを受けるべきではないでしょうか。

また、スウェーデンの企業は、財務報告を有価証券報告書に限定し、簡潔なハイライトのみをサステナビリティレポートに掲載する傾向があり、これがサステナビリティレポートの情報量を抑えるのに役立っています。レポートの主な目的が投資家にとって有用な情報を開示することであるならば、このようなスケールダウンされたアプローチが好ましいのではないでしょうか。企業が真に「統合された」レポートを簡潔で利用しやすい形式で作成することに成功した場合には、もちろんこのアプローチがより望ましいでしょう。日本企業は企業報告の改善を積極的に追求しているので、異なるアプローチを採用すれば、おそらくスウェーデンの企業よりも早く優れたレポーティングの方法を確立できるかもしれません。

比較可能性の向上‐レポーティングのフレームワークを活用

今回の調査では、スウェーデン企業のレポートの83%がGRIサステナビリティ・レポーティング・スタンダードに準拠していると主張しています。一方、日本企業では、60%がレポート内でGRIに言及してはいますが、実際にスタンダードに準拠していると主張しているのはわずか14%でした。

サステナビリティレポーティングを担当するアナリストは、サステナビリティレポートの改善点として比較可能性を常に指摘します。このことからも、GRIサステナビリティ・レポーティング・スタンダードのようなレポーティングフレームワークを徹底して適用することが重要だと考えられます。なぜなら企業間における一貫性のある比較可能なレポーティングを推進するだけでなく、同じ企業の情報開示における長期的な比較可能性も推進するためです。さらに、レポーティングをフレームワークに合わせることで、S&P Global(DJSI)、CDP、FTSEなどの主要な格付け機関が求める公開開示や透明性に関する多くの項目を自動的にカバーすることができ、ESG格付け全体にプラスの影響を与えることができます。

レポーティングプロセス全体を通してフレームワークを適用することは、企業自身にとっても有益です。フレームワークによって、事前に定義された方法で情報に優先順位をつけ、整理することができるため、どの情報を含め、どの情報を省略するかを決定しやすく、全体のプロセスをよりスムーズに進めることが期待できるからです。

情報の信頼性の担保‐外部保証の利用

サステナビリティレポーティングは財務情報に比べて信頼性が低いと批判されることがあります。企業がこの問題に対処する方法の一つとして、レポートに対する外部保証があります。日本とスウェーデンでは、サステナビリティレポーティングに関する第三者機関による自主的な保証を選択している企業の割合は日本66%、スウェーデン72%とほぼ同程度でした。また両国とも、会計監査でいうところの合理的保証ではなく限定的保証を選択するのが一般的です。

両国の大きな違いは保証の範囲です。保証を受けている日本企業のほぼすべては、保証の対象が特定の個別指標および数値的な業績指標であり、その中でも最も一般的に保証されている項目は温室効果ガスの排出量です。対照的に、保証を受けているスウェーデン企業の大半は、サステナビリティレポート全体を保証対象としており、個々の指標のみを保証対象とした企業は少ないです。スウェーデンの保証提供者が使用する基準※9はほとんどの場合GRIサステナビリティ・レポーティング・スタンダードです。

繰り返しになりますが、スウェーデンのアプローチは、企業間のレポーティングの適合性を向上するものです。保証提供者は、要求されるすべての開示が含まれていること、数値データが規定通りに表示されていることを確認するほか、GRIで規定されている基本的なレポーティングの原則が守られているかどうかを評価するよう期待されています。これには、「マテリアリティ(組織が取り組むべき重要課題)」や「ステークホルダー」などのレポート内容の定義に関する原則や、「完全性」「正確性」「明瞭性」などの報告の質の定義に関する原則が含まれます。これにより、レポートが全体としてどのようにステークホルダーのニーズを満たしているか、また、定量的情報と定性的情報の両方のデータがどのように提示されているかについて、レポート会社と保証提供者の双方が思案、そして評価するようになります。このことがより有用なレポーティングを促進していると言えます。

目指している方向を説明する‐関連性のある目標と指標を設定すること

財務報告と非財務報告の両方でしばしば批判されるもう一つの側面は、過去の業績に焦点を当てており、先を見越した情報が不足していることです。未来のパフォーマンスを測定することが不可能である一方で、企業は収益の成長、将来のROE、そして堅実性などの財務パフォーマンスに関連した目標を開示することがあります。これは株主および他のステークホルダーに対し会社の行く先を提示し、過去の実績と合わせて、取締役会と経営陣が戦略を実行する上でどれだけ成功しているかを評価するためのツールとなります。

サステナビリティに関するデータも、同じように扱う必要があります。つまり、温室効果ガスの排出削減、従業員の多様性、サプライヤーのESGリスク評価などの最も重要な課題について、企業は関連性のある測定可能な目標を設定し、それらの目標に対するパフォーマンスについて実績値とともに、外部に発信すべきなのです。日本では、大企業の約60%が重要な課題に関する目標を設定していますが、逆に、10社中4社は未だに目標を設定していないことになります。

スウェーデンでは90%の企業がサステナビリティにおけるKPIを設定しており、比較的多くの企業が実際にサステナビリティ戦略を策定していることがうかがえます。この主な理由は、法規制にあると考えられます。スウェーデンの法律に組み込まれたEUのNFR指令では、企業は重要課題に関連するKPIをレポートするか、あるいはKPIが設定されていない場合はその理由を説明する必要性が規定されています。この「遵守せよ、さもなくば説明せよ(Comply or Explain)」という原則のもとでは「遵守できなかった旨を説明する」という選択肢を使いたがる企業は少なく、その結果、圧倒的多数の企業がKPIと目標をレポートすることになりましたが、これはおそらくこの規制の当初からの狙いでしょう。

終わりに

このように、スウェーデン企業と日本企業のサステナビリティレポートへの取り組み方にはさまざまな点で違いがあります。日本企業はより多くの情報を開示する傾向がありますが、それが常に企業やステークホルダーの利益になるか疑問が残ります。一方、「スウェーデン式アプローチ」には下記の4点に要約される優れた特長があります。

  • 簡潔かつ明瞭にする‐ステークホルダーのニーズに基づいて最も関連した情報だけにその内容を制限しレポートを比較的短くする。財務情報と非財務情報の両方を記載する場合は、両者の関連性をできるだけ明確かつ簡潔に記す。
  • フレームワークを積極的に活用する‐最後に内容索引を載せるだけでなく、レポーティングプロセス全体を通して使用することで、情報を関連性がありかつ比較可能なものにする。
  • セカンドオピニオンを得る‐個々の指標だけでなく、基礎となるレポート原則についても第三者による保証を受けることで、レポートをさらに洗練させることができる。
  • 目的を明確にする‐サステナビリティ戦略の目的はどこにあるのか、会社やステークホルダーにもたらす利益はどこにあるのかを伝えるために、関連性のある測定可能な目標を設定する。

こうした異なるアプローチからの学びが、日本のサステナビリティレポーティングの改善につながることを願っています。

注記

※1 ESGはEnvironment(環境)、Social(社会)、Governance(ガバナンス)の略で、非財務情報とパフォーマンスの3つの主要なカテゴリーを表している。この用語は主に投資家側のビジネスコミュニティで使用されているのに対し、サステナビリティやCSRは企業が自らの実践やパフォーマンスを説明するために使用されている。

※2 CSRはCorporate Social Responsibility(企業の社会的責任)の略であり、1990年代から2000年代にかけて企業が一般的に使用していた用語であり、事業慣行における環境保護や社会的配慮への貢献を説明するために使用されている。ヨーロッパでは、この用語の大部分は「サステナビリティ」という用語に取って代わられている。

※3 責任投資原則(Principles for Responsible Investments)。金融サービス業界における責任投資の実践を促進するための国連主導のイニシアチブ。

※4 統合報告とは、IIRCが公表したガイドラインに従って、企業が財務・非財務の両方の価値創造のスペクトル全体を統合的に記述することを目指す概念。

※5 気候関連財務情報開示に関するタスクフォース(Task force on Climate-related Financial Disclosures)。気候変動がリスク、機会、戦略、ガバナンスの観点から企業にどのような影響を与えるかについての自主的な開示を促進するためのイニシアチブ。

※6 TCFD 2019状況報告書[PDF 8,142KB]

※7 Global Reporting Initiative(グローバル・レポーティング・イニシアチブ)。サステナビリティレポーティングのための世界で最も広く参照されている(自主的な)基準を発行している非営利団体。

※8 非財務開示に関するEU指令は2014年に採択され、2017年にすべてのEU加盟国で施行された。この指令は、サステナビリティ開示のための最低限の要件を定めているが、加盟国がより包括的な要件を導入することができるように開放されている。

※9 保証手続きに対する「基準」のこと

執筆者

エリック リンドゥホルム
マネージャー, PwCあらた有限責任監査法人

※ 法人名、役職、コラムの内容などは掲載当時のものです。

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