これからの病院経営を考える

第20回 第2章 市町村における公立病院の実態と展望 病院の存続を占う3つの重要指標の基準値

  • 2024-04-26

アジェンダ

第1章

市町村における公立病院の実態と展望 板挟みに遭う公立病院と3つの重要経営指標

第2章

市町村における公立病院の実態と展望 病院の存続を占う3つの重要指標の基準値

第3章

存続が危ぶまれる市町村立病院と、再編・統合の必要性

連載コラム「これからの病院経営を考える」の第20回「市町村における公立病院の実態と展望」の第1章では、公立病院が自らの将来像を検討する中で病院の規模・形態変更が視野に入った際は、場当たり的に方針を決めるのではなく、以下3つの経営指標に基づき、客観的に判断すべきことについて解説しました。

  • 病院自体の経営状態の指標:①修正医業収支比率
  • 病院を設置する自治体の財政指標:②財政力指数、③実質公債費比率

第2章では、日本全国に853施設ある公立病院の中で、第1章で区分した4類型のうち最も数が多い市町村立病院(506施設)を概観した後、上記の3つの指標それぞれについて、具体的な基準値を明らかにしていきます。

市町村立病院の概観

図表1のとおり、病床数の最頻値が50~100床となっており、規模の小ささが目立ちます。修正医業収支比率では85~90%の病院が最も多いものの、70%を下回る病院も目立ち、非対称な分布を示しています。

図表1 市立病院における医業収支比率の推移および医業収支の経年変化

①修正医業収支比率

修正医業収支比率がどの程度に至ると、病院機能が維持できなくなるのでしょうか。図表2は総務省が公開しているデータをもとに、2014年度以降に診療所となった24の市町村立病院(うち19病院が100床未満)を抽出し、診療所化の前年から最大3年間1の修正医業収支比率の分布(上段)を示したうえで、2019年度の市町村立病院の修正医業収支比率の分布(下段)と比較したものです。最頻値は40~50%であり、対照群の最頻値80~90%と比較しても分布の違いは明らかであり、両群の平均値には有意な差が検出されました(p<0.001, Mann-Whitney U test)。診療所化群における修正医業収支比率の平均値・中央値とも56%であることを踏まえると、これらの比率が60%を切った場合、病院機能の維持は極めて難しくなるといえます。

図表2 市町村立病院の修正医業収支(上:診療所化群、下:対照群)

しかし、修正医業収支比率が60%を上回っていれば市町村立病院の経営が安泰であるとは到底言えません。なぜならば、人口動態の変化による患者数の減少が、修正医業収支比率に対する長期的な押し下げ圧力となっているほか、修正医業収支比率は加速度的に悪化する性質があるためです。まず人口動態についてですが、国民医療費全体の6割以上を占め、人口1人当たり国民医療費でも65歳未満の4倍近くに上る2高齢者の動向が医業収益に大きく影響すると仮定したうえで、人口指標と修正医業収支比率の相関を調べてみました(図表3)。

全体としては、市町村の総人口・高齢人口・高齢化率・可住地人口密度のいずれも、当該市町村が設置する病院の修正医業収支比率との相関は弱いとの結果になりました。他方、中央値以下に限定すると、高齢人口の減少や人口密度の希薄化と、修正医業収支比率の悪化との間には、中程度の相関が確認できました(それぞれr=0.54、r=0.51)。人口5万人未満の都市では、2020年をピークとして高齢人口が既に減少段階にあると予測されていることから3、人口規模の小さい市町村では多死社会が到来し、過疎化と相まって患者数が減少したため、病院の収益性が悪化している可能性が示唆されます。

続いて、上で相関が確認された修正医業収支比率と、高齢人口・可住地人口密度の関係を図表4で示しました。市町村立病院の修正医業収支は、市町村の可住地1㎢あたり人口密度が400人、または高齢人口が10,000人を下回ると80%を切り、可住地1㎢あたり人口密度200人または高齢人口5,000人を下回ると70%にまで下落することが分かります。また、回帰曲線の形状からは、修正医業収支の変化率は一定ではなく、人口密度と高齢人口の減少に伴って急激に悪化することが読み取れます。

多くの自治体では過疎化と多死が進行しているため、病院の経営は今後急激に悪化し、あっという間に診療所化が目前の修正医業収支比率60%に至る可能性が高いと考えられます。従って、60%を大きく上回る場合でも具体的な対策をすぐに始めるべきであり、これまでの議論を踏まえて以下の基準を提案します。

基準①

修正医業収支比率が70%以下の市町村立病院は、ただちに抜本的な経営改善策に着手し、80%以下の場合も新たな収益強化策を検討し、実行に移すことが必要である

続いて、病院を設置する市町村側の分析に移ります。

②財政力指数

財政力指数は経年で安定的な指標であり、特に2011年以降の市町村では0.50±0.01の範囲で推移しています。病院を診療所化した市町村における診療所化の前年から最大3年間の財政力指数(上段)を、2021年度時点で病院事業を有している市町村(下段)との間で比較したものが図表5です。

診療所化した市町村の中央値(0.34)は対照群(0.45)から0.11ポイント低く、両群の平均値も有意差ありとの結果が得られました(p<0.001, Mann-Whitney U test)。分布からは、診療所化した市町村における最頻値は0.20~0.30、次いで頻度が大きいのは0.10~0.20であり、対照群の0.70以上と比べて顕著な違いがみられました。財政力指数が0.40以下の割合は、診療所化した市町村で61%、対照群で44%と大きな差が観察されました。

財政力指数も、人口動態に強い影響を受けているとみられ、図表6によれば、高齢化率と高い負の相関、また可住地面積1㎢あたり人口密度と高い正の相関がそれぞれ確認できます。

また、図表7のとおり、修正医業収支比率とは異なり、財政力指数と人口指標は概ね線形の関係を示します。

財政力指数の低下は、留保財源の減少を介して病院会計への繰出を含め、自治体が政策的に使える予算が減少していることを意味します。よって、高齢人口の割合が増え、過疎化が進む多くの自治体においては、病院事業の不安定性が高まっています。上記の分析結果から、具体的な基準として以下の基準を提案します。

基準②

財政力指数が0.30を下回る市町村は、速やかに病院の診療所化や再編・統合に着手すべきである。同指数が0.40以下の市町村は病院の経営状態や一般会計からの繰出の将来予測を踏まえ、今後も病院機能を維持すべきか否かを検討する必要がある

③実質公債費比率

実質公債費比率は、財政力指数と異なり経年での変化が大きいため、2005年以降に病院を診療所化した市町村の診療所化直近3カ年の数値と、同年の全国平均とを比較しました。結果は図表8のとおり、診療所化した病院を有する市町村の実質公債費比率の平均値は、一貫して全国平均を上回って推移していました(⊿=3.63±2.14%)。

図表9、10のとおり、実質公債費比率と高齢化率との間には中程度の正の相関があり、両者は概ね比例していることが確認できます。このことから、税収減による償還速度の鈍化や、高齢化に対応するための地方債起債が実質公債費比率を押し上げている可能性が示唆されます。前述のとおり、実質公債費比率はこれまでは減少傾向にありましたが、今後の高齢化率の上昇は実質公債費比率の押し上げ圧力となり、公立病院の建て替えや機器の入れ替えに際しての資金調達を難しくすると考えられます。

なお実質公債費比率については、地方債の発行に総務大臣などの許可が必要となる18%4や、早期健全化基準の25%および財政再生基準としての35%5といった数値がしばしば取り上げられますが、実質公債費比率が逓減している以上、これらの固定値と比較する意義はあまりありません。ある市町村の実質公債費比率が18%以下であっても、その数値が当該年の全国平均から大きく乖離する場合は警戒が必要です。年による揺らぎも考慮すると、以下の基準が導出されます。

基準③

実質公債費比率が当該年度の中央値を2.5~3.0%(2021年では10.0%)上回る市町村では借入による病院への大規模投資を控え、1.5~2.0%(同9.0%)上回る市町村であっても、病院の持続性に関する将来予測を踏まえ、新たな借入の要否については慎重に判断すべきである

連載コラム「市町村における公立病院の実態と展望」の後篇「存続が危ぶまれる市町村立病院と、再編・統合の必要性」では、上記の基準①~③に照らし、現時点で病院の持続可能性が危険水域にある施設を特定したうえで、地域医療の維持のために必要な方策を検討します。

1 新型コロナウイルス感染症関連の補助金による医業収益の膨張の影響を除くため、2019年度以前の数値に限定

2 厚生労働省令和3(2021)年度国民医療費の概況

3 内閣府令和4年版高齢社会白書

4 地方財政法施行令第4条

5 地方公共団体の財政の健全化に関する法律施行令第7条・第8条

執筆者

堀井 俊介

パートナー, PwCコンサルティング合同会社

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増井 郷介

ディレクター, PwCコンサルティング合同会社

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金野 楽

シニアアソシエイト, PwCコンサルティング合同会社

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