M&Aインタビュー ビーム社PMIの要諦‐‐買収後の4年間を振り返って

2019-07-10

サントリーホールディングス株式会社
取締役専務執行役員
経営企画・財経本部長
肥塚 眞一郎 氏

ビーム社PMIの要諦‐‐自立性を尊重しながら放任しない

――一つのターニングポイントとなったビーム社のM&Aが行われた当時、肥塚さんはどんなお仕事をされていたのですか。

肥塚 氏 ビーム社の買収が行われた時期(2013年末~2014年5月)、私はサントリー食品インターナショナルで上場の実務責任者として上場を終え(2013年7月)、そのCFOの立場にありました。買収後ちょうど1年のタイミングで、2015年4月サントリーホールディングスに戻ってきて、ビーム社(現ビームサントリー社)も担当することになりました。

ビーム社買収のニュースを聞いたとき、価値の評価は難しいところですが、金額(総額160億ドル)だけを見れば、驚きは大きかったと思います。しかし、海外のネットワークとブランドを手に入れ、ステージを2段、3段アップするという意味では将来的な展望を期待できる。この部分は、買収後の我々のやり方に依ると思っています。

――ビーム社買収当時の御社の状況と、PMIのポイントと感じられることを教えてください。

肥塚 氏 問題はビーム社という独立経営していた上場企業に、サントリーという新たな親会社が入ってきたという点です。もともと自立して経営していた会社側からすれば、執行・オペレーションまで入ってきて欲しくないというのが一般的な考え方でしょう。彼らの自主性、自立性をある程度尊重しながらも、放任しない。この二つの距離感をはかりながら、バランスをとるのが、PMIの大きな一つのポイントだろうと思っています。

買収完了5カ月後の2014年10月、新浪(剛史)がサントリーホールディングスの社長に就任します。新浪は経営課題の中心に、ビーム社との統合・発展を通じた、サントリーグループのグローバル化を据えました。そして、グローバル化のための手を次々に打ち始めた。ポイントはどこまでセントラライズ(中央集権化)するか、企業のオートノミー(自治権)をどこまで持つかにありました。換言すれば、ガバナンスと経営の権限移譲のバランスの取り方です。

新浪が最初に実行したのは、ビームサントリーの取締役会へのメンバー入り、定期的な経営状況のモニター、重要課題のレポート・議論といった当然行うべきことに加えて、ビームサントリーとして人事委員会をつくり、エグゼクティブの人事権をサントリーが持っていることを明確にすることでした。監査の役割を担う人間をビームサントリーの本社があるシカゴに常駐させて、客観的に見ていく体制も新たに追加しました。

当然、それまでにもキーとなるポジションには日本から人材を送っていました。例えば、企業文化の違いや物事の考え方を理解してもらうために、ビームサントリーのマット・シャトックCEO及び社内とうまく橋渡しする役割としてCEOアドバイザーを置き、ファイナンスや監査にもメンバーを送っています。生産部門でも当初から取締役会メンバーが入っていました。新浪就任後、前述のような手を打ったことまでがPMIの第1ステップでした。

――肥塚さんがお入りになったときの状況はいかがでしたか。

肥塚 氏 当時、まだ統合が進行中の段階でした。例えば、生産性向上のため工場の統合や、海外の販売組織や販売チャネルの何カ国かでの統合の方向性や筋道は決まっており、私が入った時期は実行段階でした。月次での経営数値の確認は当然、行っています。サントリーの取締役会でも月次でビームサントリーのトップが報告します。そうした形でお互いのビジネスの理解が第1ステップとして進んできている状況でした。

ファンクション間コミュニケーションが協働を生み、シナジーを発現する

――これから山を越えなければならないと思われるものはどのようなものでしたか。

肥塚 氏 コミュニケーションの質・量が圧倒的に少なかったことです。ファンクション同士のコミュニケーションをもっと増やさなければお互いの理解が進まない。そこで、2015年4月からは、マトリックス組織的なものにチャレンジしました。ビームサントリーとサントリーのヘッドクォーターとの関係をより近くするために、それぞれのファンクションが協力し合う関係をつくる。そのためにコミュニケーションの質量を増やすことに尽力しました。

留意点は親会社と子会社という上下関係の意識にありました。「上から言われたからやらなければならない」というコミュニケーションでは、下と見なされている人たちには不満がたまります。そういう関係をできる限り廃して、お互いの強みをオープンに発言しあい、コラボレーションして、一つのチームとしての進み方について議論を重ね、ベストな状況を目指すことを意識的に行うようにしました。ファンクション同士が話し込むことで、徐々にお互いの理解が進んだと思います。

――どんな成果が見えてきましたか。

肥塚 氏 コミュニケーションの活発化によって、さまざまなアイデアが生まれ、成果が現れてくるようになりました。例えば、日本の生産技術を使ってビームサントリーの工場に応用すれば不良率を下げられて生産性が上がるとか、エネルギー効率が改善するといった成果が出ています。あるいは「ウィスキー・カウンシル」というチームをつくって、互いの品質向上のために自分たちの有する知見や経験を持ち寄って意見交換することでヒントが生まれてきました。

それぞれの機能が同様な行動をとることで、互いに「いいパートナーだ」と実感する部分が増えています。

ビーム社にあってサントリーになかったもの、例えば体系的なリスクマネジメントの仕組み等はそのまま取り入れて、当時のビーム社のリスクマネジメントの責任者が、グローバルリスクマネジメント委員会の副委員長として参加するなど、協働する局面も増えてきました。

その中の一つに、共同での商品開発があります。サントリーでもビームサントリーでもそれぞれ研究開発を行っていますが、一緒になって商品をつくればこれまで実現できなかった商品がつくれるのではないか。例えば、幸いにして海外で評価されている日本のウイスキーを、海外向けに開発して売っていく。また、欧米でジャパニーズ・クラフト・ジンを売って行くには、どう作っていけばいいかを考える。日本だけでは、こうした商品開発は出てこなかったと思います。これも、統合の大きなポイントで、マーケットを知っているビーム社と商品開発に経験を持つサントリーが一緒になることで生まれたシナジーの一例です。今後、こうした一つのチームとして商品を作り、それを世界に売っていく形ができあがれば、かなり高いレベル感のシナジーを作り出すのではないかと思っています。

――経理財務部門ではどのように進められましたか。

肥塚 氏 ファイナンス面では、買った金額に見合う成長をしなければなりませんから、高い成長、売上、利益、キャッシュを求めますが、数字だけではなく具体的なプラン作成のプロセスについて常に話し合っています。年間サイクルや来期のプランを作るにあたって、「どんな考え方で、何をモットーに」という話を頻繁に交わします。そこで、お互いの考え方がわかってくるし、リスクやオポチュニティを相互に理解できます。高い目標ではあるがビジネスサイクルを理解して、「ここを目指そう」という話し合いをフランクに行います。

ビームサントリーのCFO組織は、どちらかというと計数中心ですから、ビジネスの話をするときは、常にCFOとCSO(Chief Strategy Officer;最高戦略責任者)、必要に応じてCMO(Chief Marketing Officer;最高マーケティング責任者)等関連するテーマの責任者も議論に加わってもらいます。

事業と数字の背景にあるブランドや国別の状況といった具体的な課題を一つのテーブルで共有し議論する。ときには、日本側から課題を投げかける。そうした場を作ることで彼らの中で議論が深まり、「取締役会で来年の計画はこの論点についてしっかり議論しよう」ということになります。論点や課題意識については、新浪と私とで共有していますから、新浪のリクエストとも共通している。ビームサントリーのマット・シャトックCEOと新浪とは(月次報告会以外に)少なくとも月1回以上はやりとりしています。CFO同士も同様です。多層的に仕事を進められる構造になったと思います。

PMIと人材育成‐‐関係づくりと理念の浸透

――M&Aで環境が大きく変化したとき、社内の人材はどう対応されましたか。

肥塚 氏 買収当初、サントリーグループ内にグローバル経験豊富な人は多くはいませんでしたが、言葉の問題はさておき、人と人との関係を先につくってしまうというところがあったかもしれません。ビーム社買収直後に海外経験豊富な新浪が着任し真ん中に座ったことは一つのポイントだったと思います。中堅世代は層が厚くなっており、徐々に人材への対処もなされていくと思います。

――サントリーの「やってみなはれ」という経営理念は有名です。海外では「go for it」と英訳されていたのが、最近は「やってみなはれ」で統一されたとか。これは、買収した会社でも浸透している?

肥塚 氏 はい。「やってみなはれ」と「go for it」ではニュアンスが異なります。誤解を招かないためにもローマ字で「YATTE MINAHARE」としました。その考え方を正しく伝えるために、2015年、「サントリー大学」(新浪学長)を開校しました。その中で、とくに海外各社のリーダー層を日本に招いて、創業の精神を共通価値として共有し、国や言語、文化を超えて一つになる。山崎蒸溜所に行って歴史を学ぶ、創業ファミリーから直接話を聞くなどの場を作り、改めてサントリーがどういう考え方で仕事をしているかを伝える。そんなことを積み重ねています。利益三分主義(顧客や社会に利益を還元していく)や「水と生きる」(世の中に水の恵みを提供する企業として、貴重な水を守る。使用する水の2倍の水源を涵養するなど)といった考え方はリーダー層だけでなくメンバーも大いに共感できるものです。こうした理念を共有して、世界中のサントリーグループで何ができるかを考え、一歩ずつ歩を進めていく。こうしたことを通じてサントリーという会社を理解し、企業文化の違いを縮めることにつながっていくのだと思います。真の統合に向けてまだ課題が多いですが、継続して取り組んでいくつもりです。

――本日は大変よいお話をありがとうございました。

※本インタビューは日本CFO協会のM&A部会の企画にPwC Japanグループが協力し実施しました。

肥塚 眞一郎 氏

サントリーホールディングス株式会社
取締役専務執行役員
経営企画・財経本部長
肥塚 眞一郎 氏

【聞き手】

首都大学東京大学院 経営学研究科教授
日本CFO協会 主任研究員
松田 千恵子 氏

 

PwCあらた有限責任監査法人
パートナー 顧 威(ウェイ クウ)

※法人名、役職、インタビューの内容などは掲載当時のものです。