
エンタテイメント&メディア業界 グローバルトレンドと日本の立ち位置-日本コンテンツの海外展開に向けた展望- 第2回:日本コンテンツの海外展開に関する考察と展望
PwCコンサルティング ディレクターの岩崎明彦が、国内・海外のコンテンツ市場の状況および、日本コンテンツの海外展開にあたり必要となる戦略について解説します。
PwC Japanグループは2025年2月18日、メディア関係者を対象に、「エンタテイメント&メディア業界 グローバルトレンドと日本の立ち位置-日本コンテンツの海外展開に向けた展望-」を開催しました。当日はPwC Japanグループからエンタテイメント&メディア業界のプロフェッショナルが登壇し、業界全体の世界的動向や日本コンテンツの海外展開に関する考察について講演しました。本連載では2回にわたり、その様子を紹介していきます。
今回はPwCコンサルティング合同会社 ディレクターの岩崎明彦による、日本コンテンツの海外展開に関する考察と展望についての講演をお届けします。ここでは、国内・海外のコンテンツ市場の状況および、日本コンテンツの海外展開にあたり必要となる戦略について解説していきます。
※法人名、役職、内容などは2025年2月時点のものです。
本稿の内容は、PwCの「エンタテイメント&メディア・インダストリー・イニシアチブ」による、日本コンテンツの海外展開に関係する各種分析結果に基づいて開催されました。
「エンタテイメント&メディア・インダストリー・イニシアチブ」は、2024年3月にPwCコンサルティング内で発足した政策シンクタンクです。本組織は、エンタテイメント&メディア(E&M)業界の国際競争力強化および経営高度化を目指し、政府省庁への政策提言やレポートの発刊などを行っています。
PwCでは、コンテンツ業界を取り巻く生態系を「コンテンツ」と「5つのC(5C)」でモデル化しています。このモデルは、左側に国内市場、右側に海外市場を配置し、それぞれの生態系構造を視覚的に捉えたものです。
国内市場に目を向けると、中心に位置するのは「コンテンツ」となります。コンテンツの例としては、漫画、アニメ、ゲーム、映画などが挙げられます。アニメを例にとると、アニメ作品(Contents)が放送・配信(Channel)を通じて消費者に届き、同時に関連グッズ(Commerce)が販売されます。関連グッズは、販売されて換金化されるので、お金に変わって資金(Capital)となり1つの循環が生まれます。
さらに、Channelの下には、ファン同士が集うCommunityが存在しています。例えば、アニメの主題歌を歌うアーティストのライブイベントや、ファンイベントがこれに該当します。また、最近ではクリエイターやアーティストと直接つながるオンラインプラットフォームも生まれており、ファン(Community)とクリエイターが、共感・感情でつながるという1つの流れがあります。その上で、クリエイター(Creater)に資本(Capital)が投下され、次のコンテンツが作られるという循環が作られています。このように、国内では、コンテンツ(Contents)を起点として、メディア(Channel)、商品(Commerce)、ファン(Community)、資金(Capital)、クリエイター(Creater)へと価値が循環するコンテンツ生態系が成立しています。
海外市場の場合、先行しているのはアニメを中心としたコンテンツであると言えます。これらは主にグローバルなOTT(Over The Top:インターネットを介したコンテンツ配信)事業者など、配信(Channel)を通して展開されており、アニメなどの日本コンテンツが広く視聴者を獲得しています。特に、北米、アジア、欧州のZ世代を中心に広く人気を博しています。
一方、需要の高さに反して海外各国の現地における関連グッズ(Commerce)の供給は十分ではなく、この領域に「ホワイトスペース」が存在しているとみています。また、Communityに関してもファンイベントやライブなどが部分的に展開されているものの、依然としてホワイトスペースが存在しています(図表1参照)。
図表1:コンテンツ業界の課題分析(PwCコンサルティング仮説)
こうした状況を踏まえ、近年ではE&M業界以外の企業がコンテンツ生態系への参入を図るという動きを活発化させています。例えば、総合商社は自社が持つ物流インフラや海外現地法人とのネットワークを生かして、Commerce領域への参入を検討しています。また、通信キャリアはChannel領域における海外展開を進め、金融機関・投資家はCapital領域におけるコンテンツファンドなどの資金提供の動きを進めています。さらに出版社やIPホルダーも、自らのIPを海外展開したいという強い意向を持っています。
このように、異業種の企業がおのおのの本業を生かし得意とする機能を提供することによって、コンテンツを中心とした生態系に参入を図る動きがみられています。
日本コンテンツの海外展開における今後の勝ち筋として、国内で形成されている「5Cモデル」をそのままの形で海外に展開していくという考え方が必要だとPwCでは捉えています。これからの日本コンテンツ産業の海外戦略においては「コンテンツ生態系の輸出」が鍵となるのです。
次に、海外市場における日本コンテンツの商品流通(Commerce)やファン活動(Community)の市場規模について、その実態とポテンシャルを最新のデータとともに紐解いていきます。
2024年6月、日本政府はクールジャパン戦略の改訂版を発表し、2022年時点で4.7兆円と目される日本コンテンツの海外売上を2033年には20兆円まで拡大するという目標を掲げました。しかし、そもそもこの「4.7兆円」は日本コンテンツを取り巻く市場全体の実態を正確に捉えた数字なのでしょうか。
PwCが独自に行った日本コンテンツの海外市場調査では、2022年時点で少なくとも11兆円規模の市場が既に存在しているのではないかとの推計結果が出ており、政府の見込みと大きく乖離しています。これは、政府が示している4.7兆円という数字が主に映画・番組・アニメなど、クールジャパン戦略に記載されている市場(図表2のa-①参照)が中心となっているのに対し、PwCではより広範な定義で市場を捉えているためです。
政府との差分の1つ目は、キャラクターやアニメのグッズ商品・音楽などのCommerce領域です。この領域には推計で2.1兆円規模の市場が存在しています(図表2のa-②参照)。
2つ目は、動画配信やSNSを通じたクリエイターエコノミーで、約2.2兆円規模の市場があると試算されています(図表2のc参照)。ここには、配信プラットフォーム上の広告収益や、ファンからの投げ銭、関連商品の販売などが含まれます。なお、これはあくまでプラットフォーム上の総売上であり、クリエイター自身に還元される金額とは異なります。そのため、この2.2兆円をいかにクリエイターに還元するかという問題は、別の重要な論点として存在しています。
3つ目は違法流通で、この領域だけでも2兆円規模に達しています(図表2のd参照)。
最後はライブ・イベント市場で、約1,400億円と推計されています(図表2のb参照)。この領域は海外で実施するアニメ系アーティストなどによる音楽ライブが中心ですが、開催頻度や観客動員数に限界があり、現在のところ数千億円規模にとどまっています。
図表2:PwCコンサルティングによる日本コンテンツの海外市場推計
これら全てを合計すると、日本のコンテンツの海外市場は現時点で少なくとも11兆円規模に達していると推定され、政府目標である2033年の20兆円達成に向けて、既にその半分以上が実現していることになります。
特に注目すべきは、Commerce領域(図表2のa-②参照)とクリエイターエコノミー(図表2のc参照)の成長余地です。キャラクターグッズなどの物販は既に高い収益性を示しており、SNSや動画を通じた新たな収益モデルも確立されつつあります。一方で、ライブ・イベントの市場規模は、私たちの予想に反し数千億円規模にとどまる結果となっており、今後の展開次第ではさらに大きく伸びるポテンシャルがある領域であると言えます。
最後に、これまでの分析結果を踏まえて、今後の求められる戦略を明確化します。日本政府の掲げる20兆円規模という目標には戦略的な方向付けが不可欠です。PwCでは、以下の3つの要素を重視することが必要だと考えます(図表3参照)。
図表3:政府目標20兆円を達成するためには、戦略を立てる必要あり
1つ目の要素は国・地域ごとの市場特性の見極めです。各国や地域がどの程度の市場規模を持つのか、またどれだけの成長率が見込まれる市場であるかを精査することが重要です。加えて、日本のIP・コンテンツが現地でどれほど受け入れられやすいか、といった親和性の見極めも欠かせないものとなります。文化的背景や消費行動、既存のファンベースなどを加味しながら、どの国・地域で優先的に展開を行うかを、考慮していく必要があります。
2つ目は、PwCが提唱する「5Cモデル」の中でも、特に重要な3つのC、「Channel」、「Commerce」、「Community」について具体的な戦略を立てることです。
メディア(Channel)においては、どのようにして現地の人々に日本のコンテンツを認知してもらうか、また放送や配信などのメディア戦略をどう組み立て視聴者を獲得していくかが鍵となるでしょう。また、商品(Commerce)においては、現地での商品カテゴリーごとの浸透度や消費傾向を捉えた上で、商品ビジネスのプランニングを行うことが必要になる他、イベント(Community)においても、ファンとの接点をいかに深めコミュニティを形成できるか、施策が求められます。この3つの領域において、具体的な戦略を立案していくことが、今後の成長に直結すると言えます。
最後の1つはサプライチェーンに関する戦略です。IPの取得や開発に始まり、商品企画・製造・卸・小売まで、一連のサプライチェーンが存在する中で、どこまでを自社で担うべきかを慎重に見極める必要があります。IPホルダーとしてライセンス供与のみにとどまるのか、それとも製造や流通、小売まで一貫して関与するのか、自社の強みやリソースを踏まえた戦略的判断が求められます。とりわけ、自社のケイパビリティでカバーしきれない領域については、他業種やパートナー企業との連携・アライアンスを積極的に活用していくべきでしょう。
今後、E&M業界では上述した3つの要素を軸に、具体的かつ解像度の高い戦略設計を進めていくことが必要となるでしょう。急成長する海外市場の中で、日本コンテンツを展開していくために、冷静かつ柔軟な判断が今まさに求められています。
2025年2月18日に開催したセミナー「エンタテイメント&メディア業界 グローバルトレンドと日本の立ち位置」の内容を、全2回にわたって掲載したコラムは以上です。
2025年もセミナーや記事などを通して、さまざまな情報を発信する予定ですので、ご期待ください。
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