
不透明な時代と向き合う変革、生き残りの鍵に
関税政策を巡る混乱で世界経済の先行きは不確実性を増し、深刻化する気候変動の影響やAIをはじめとするテクノロジーの進化も待ったなしの対応を企業に迫っています。昨日までの常識が通用しない不透明な時代をどう乗り越えるべきか。これからの10年を見据えた針路の定め方について、PwCのグローバル・チーフ・コマーシャル・オフィサー(CCO)であるキャロル・スタビングスと、PwC Japanグループで副代表およびCCOを務める吉田あかねが意見を交わしました。
PwC Japan グループ代表
木村 浩一郎
作家・ジャーナリスト
佐々木 俊尚氏
作家・ジャーナリストの佐々木俊尚氏とPwC Japanグループ代表の木村浩一郎が、テクノロジーとの付き合い方やその先の社会のあり方をテーマに語り合う今回の対談。前編では、デジタル社会で重要なのは「スキルの習得」ではなく、どのような環境にも適応できる「マインドセット」だと提言されました。では、そうしたマインドセットを持った人材を、組織はどう評価し、活用していけばよいのでしょうか。さらに、テクノロジーが進化することで組織や共同体のあり方はどのように変わっていくのでしょうか。デジタル時代だからこそより必要になる人間の価値について掘り下げていきます。
木村:
デジタル化を進めるには、会社の評価指標も変える必要があるのではないでしょうか。日本の旧来の人事評価として、実績の積み上げ、さらにいえば知識量や過去の優れた業績によって評価も給料も上がるといった傾向がありました。一方、今は誰かが開発したツールによって業務が自動化されて生産性が高まったり、チーム間のコラボレーションによって新たな価値が生み出されたりすることがよくあります。そのような場合の価値は、上から下に一方通行で評価するのではなく、周囲からの評価も重要になります。現状ではまだこうした評価指標の変更が追いついていないように思います。
佐々木氏:
確かに、評価指標は変えなければいけませんね。日本でも2000年頃に成果報酬を取り入れ始めましたが、なかなか浸透しませんでした。デジタルデバイスやデータを活用すれば、どういう力学や相互作用によってアウトプットが生まれたのかを、より正確に分析することができるようになるはずです。また、特段目立った功績はないものの潤滑油としてチームを支えているメンバーのように、上司による観察や評価だけでは気づけなかった優れた人材の功績にもスポットライトを当てられるようになるかもしれません。人間による印象や直観に頼るのではなく、仕事の全体像を客観的に捉えて社員を評価する、その過程でこれまで見えなかった貢献も可視化されるようになる。テクノロジーの意義って、そういったところにあるんじゃないでしょうか。
佐々木氏:
近年、指示系統を持たず社員一人ひとりが意思決定をするティール組織や、小さなチームを編成してプロジェクトを遂行し、目的が達成したら解散して次のチームをつくり直すといったチーム運営法が注目されていますが、こうした働き方は全員の力量が揃わないとうまく機能しないことも多いです。ではそこで、デジタル技術を使いこなせない世代の社員をどう生かせばいいのか。私は全員がいわゆる弱肉強食の世界で競争をする状態ではなく、世代や能力にかかわらずどの社員にも居場所があり、なおかつ組織として機能する社会を目指すほうが健全だと思うんです。
木村:
日本は労働人口が減少しているわけですから、若い人たちやデジタルスキルが高い人たちに頼るだけでなく、総力を挙げて取り組む必要がありますよね。中高年世代のモチベーションをどのように高めるのか、どうやって背中を押すかは、とても重要な問題ですね。
佐々木氏:
その意味でも、先ほど述べたような今まで見えなかった社員の貢献度を可視化することには意義があると思います。全員がデジタルをフル活用する必要はなく、できる人間がアプリや仕組みをつくり、みんなで共有するチーム的な考え方が必要なのではないですかね。
木村:
そうなれば、自ずと会社の組織もピラミット型ではなく、フラット型になっていくでしょうね。
全員がデジタルをフル活用する必要はなく、できる人間がアプリや仕組みをつくり、みんなで共有するチーム的な考え方が必要なのではないですかね。
佐々木氏:
逆説的ですが、テクノロジーを活用することで、テクノロジーについていけない人たちを包摂することは可能だと思います。例えば、テキスト入力が苦手な人でも、AIスピーカーに話しかければコミュニケーションできるわけです。今後、さらにAIが賢くなれば、いずれは会話の相手がAIか人間か分からないという時代も来ると思います。そうなれば、高齢者の孤独や孤立といった社会問題の解決にもつながるかもしれません。
木村:
私たちが取り組む「デジタルアップスキリング」も、社会課題である情報格差(デジタルデバイド)の解消を目的の1つとしています。個人の努力や自己責任を求めるやり方には限界がありますから、人々が参加できる仕組みやツールを提供して社会全体のデジタルデバイドをなくしていく必要があると考えています。
佐々木氏:
今、世の中には自己責任を求めすぎる傾向がありますね。一般的に社会を構成する要素として、行政を指す「公」と個人を指す「私」、地域コミュニティなどの「共」があるといわれますが、日本はこの「共」が非常に弱い。また世界と比べても社会保障は特に弱く、その理由は「公」の役割を会社が担っていたからです。共同体も社会保障も崩壊しつつある今だからこそ、もう一度、新しい共同体の概念をつくる必要性があると感じています。最近のシェアハウスブームや、若い人たちが社外で勉強会やイベントを開催するといった行動は、その萌芽ではないかと考えています。会社、組織、家族といった「公」や「私」と密接に関係する強いつながりではなく、そうしたものとは縁のない、テクノロジーを活用した風通しのいい弱いつながりの共同体です。私自身も東京・軽井沢・福井の3拠点を移動しながら暮らしていますが、その先々でこうした弱いつながりの共同体が生まれることを実感しています。強いつながりより、弱いつながりのコミュニティを複数持つほうが自己のセーフティーネットとして有効と考える人が増えているように思いますし、これからますますそうした方向へ進んでいくのではないでしょうか。
木村:
オンラインでの会議やメッセンジャーアプリなど、テクノロジーが人間同士のコミュニケーションをより便利に、より手軽にしている今日ですが、私は、テクノロジーがどれだけ進化しても、人間同士の信頼関係がなければ社会は成り立たないという基本は変わらないと考えています。
佐々木氏:
同感です。テクノロジーが人間の仕事や家事をさらに代替するようになったとしても、より便利にするにはどうしたらいいだろうと考えるのは人間の仕事です。そこで最終的に残るのは、やはり人と人のコミュニケーションですからね。
木村:
人と人のコミュニケーションから感動や共感が生まれる。そうした人生の醍醐味はこれからも変わりませんよね。
同時に、これまでの信頼は人と人との直接的な接触で培われてきましたが、これからはネットやデジタルを介して成り立つものになることが予想されます。そうなると、デジタルの仕組みを開発する際に、人間の関与が今以上に求められる。「信頼」を後付けするのではなく、最初からどうつくり込んでいくかが重要になると思います。
佐々木氏:
組織心理学者のアダム・グラント氏の著書『GIVE & TAKE』に、ギバー(与える人)とテイカー(奪う人)という定義があります。インターネットがなかった時代には、奪う人が得をし、与える人は「あの人はいい人だけど損をしている」といわれることがありましたが、SNSが普及して人の貢献が可視化されるようになると、逆に奪う人は「あの人はいつも人の手柄を奪っている」と露呈してしまう。だからこれからは無償の善意を与えられる人が最終的に得をするのだと書かれていて、私はすごく納得したんです。いかに人から信頼してもらえるかを誰もが考える時代になれば、仕事もうまく回るようになると思いませんか。
木村:
人間は思いやりや協調性といった人間ならではの能力を発揮し、もっと人間らしくなる。そう考えると、将来は明るいですね。
佐々木氏:
そうなんですよ。テクノロジーが進化すると人の心が奪われると考える人がいますが、僕は逆に人間らしくなっていくと思っています。そういう時代を迎えるためにも、貴社にはテクノロジーがすべての基盤になるという概念をしっかり広めていただきたいと思っています。人間とテクノロジーが溶け込んでいく中で、人間はもっと自由に人間的になるという概念は非常に重要ですから、ぜひそれを後押ししていただければと思います。
私自身も「アナログ世代」ではありますが、PwCのデジタルアップスキリングをはじめ、日頃の実践を通じて自身や社員のマインドセットの変革に取り組んでいます。デジタル社会を発展させていくには、人と人のつながりを大切にしながらテクノロジーを駆使して新たな価値を示すことが必要です。佐々木さんとの対談を通して、私たちは自ら率先してテクノロジーを取り入れながらこれからの社会のあり方を提示していくプロフェッショナルであり続けたいと改めて実感しました。(木村)
1961年生まれ、兵庫県出身。毎日新聞社、月刊アスキー編集部を経て、2003年に独立し、フリージャーナリストとして活躍。テクノロジーから政治、経済、社会、ライフスタイルに至るまで幅広く取材・執筆を行う。『時間とテクノロジー』(光文社)、『広く弱くつながって生きる』(幻冬舎)、『そして、暮らしは共同体になる。』(アノニマ・スタジオ)など著書多数。
1963年生まれ。1986年青山監査法人に入所し、プライスウォーターハウス米国法人シカゴ事務所への出向を経て、2000年には中央青山監査法人の代表社員に就任。2016年7月よりPwC Japanグループ代表、2019年7月よりPwCアジアパシフィック バイスチェアマンも務める。
※ 法人名、役職、本文の内容などは掲載当時のものです。