
不透明な時代と向き合う変革、生き残りの鍵に
関税政策を巡る混乱で世界経済の先行きは不確実性を増し、深刻化する気候変動の影響やAIをはじめとするテクノロジーの進化も待ったなしの対応を企業に迫っています。昨日までの常識が通用しない不透明な時代をどう乗り越えるべきか。これからの10年を見据えた針路の定め方について、PwCのグローバル・チーフ・コマーシャル・オフィサー(CCO)であるキャロル・スタビングスと、PwC Japanグループで副代表およびCCOを務める吉田あかねが意見を交わしました。
作家・ジャーナリスト
佐々木 俊尚氏
PwC Japan グループ代表
木村 浩一郎
デジタル化の進展によってビジネスや社会環境が急速に変化する中で、私たちはどのように働き方や生き方を変えていけばよいのでしょうか。とりわけ「アナログ世代」といわれる中高年が取り残されないためには、そして企業がその世代の人材を活用し続けるためには、どんな取り組みが必要なのでしょうか。長年、ITと社会の変化をテーマに執筆を続け、新たな価値観を提言してきた作家・ジャーナリストの佐々木俊尚氏と、PwC Japanグループ代表の木村浩一郎が、テクノロジーとの付き合い方やその先の社会のあり方をテーマに対談しました。テクノロジーが人間にもたらす真のメリットとは? デジタル化が進む上で求められる考え方とは? これからのデジタル社会を生きるヒントが見つかるはずです。
木村:
先般、PwCでは「デジタル環境変化に関する意識調査」を実施しました。日本国内の約2000人の老若男女に、デジタルトランスフォーメーション(DX)に対する意識を伺ったのですが、それによると、全回答者の2割弱が「将来テクノロジーが自分の仕事に与える影響」について「心配している」あるいは「恐怖を感じる」と回答しています。この結果について、佐々木さんはどのように感じられますか。
佐々木氏:
なるほど、これはほぼ想定通りですね。私は過去10年以上、総務省の「情報通信白書」の編集に関わっていますが、そこでは「日本人は他国に比べてITに対する恐怖心が強い」という傾向が見られました。例えば、「トラブル時の対応に不安があるのでシェアリングエコノミー型サービスを使いたくない」といった回答をするのは、海外と比較しても日本のほうが多いですね。
木村:
私たちの日本での調査結果において特に注目しているのは、テクノロジーを十分に使いこなせていないと思われる方々が多い40~50代、いわゆるアナログ世代です。
調査結果によると「業務の自動化が自分の仕事を危険にさらすと心配しているか」「今後3~5年の間にテクノロジーが自分の仕事を変えるか」という質問に対し、45歳以上の世代は約半数が「心配を感じていない」「自分の仕事は変わらない」と回答しています。ここから、DXがもたらす変化を自分事と捉えていない実態が見えてきます。
佐々木氏:
仕事はテクノロジーの進化に応じてなくなったり、新たに生まれたりするものという認識が薄いのでしょうね。過去の例を見ると、1950年代に米国の物流業界でコンテナ船の登場による「コンテナ革命」が起きたとき、港湾作業者らは「我々の仕事が奪われる」と大規模なストライキを起こしました。確かに、コンテナ船の登場で仕事を奪われた人はいたかもしれませんが、実は新たな仕事も生まれているんですよね。ここ数年で見ると、ウェブデザイナーやウェブプロデューサーといった職業が増えていますが、かつてはそのような仕事はありませんでした。目の前の仕事がなくなるかどうかに一喜一憂するより、臨機応変に新しい仕事を受け入れるマインドを持つことが、いつの時代も必要なのだと思います。
図1 自動化が自分の仕事を危険にさらすと心配しているか
図2 今後3~5年の間にテクノロジーが自分の仕事を変えると思うか
木村:
おっしゃる通り「コンテナ革命」は流通を飛躍的に発展させ、経済を豊かにする原動力になりましたね。先日、AIの研究者にお話を伺う機会があったのですが、その方は「AIが進化したおかげで、以前は自分でチェックするしかなかった年間3000本以上の論文のエッセンスをAIが読み取ってくれるようになり、研究が大いにはかどっている」と喜んでいらっしゃいました。その話を聞いて、テクノロジーの進化は人間の仕事を奪うのではなく、むしろ人間の可能性を広げるものだと実感しました。
佐々木氏:
我々の業界でも同じことがいえます。1980年代まで、フリーランスのジャーナリストも電話対応や資料整理のためにアシスタントを雇うのが一般的でしたが、携帯電話やクラウドなどが普及して不要になりました。今やPC1台あればどこでも仕事ができる。それを生かして私はこの数年、東京・軽井沢・福井の3拠点を移動しながら生活するようになり、これまで出会う機会のなかったような人たちと交流することが増えました。テクノロジーの進化がもたらす最大のメリットは、人間を消耗させる雑務から解放し、その空いた時間をより人間的な営みに使えるようにすることだと思います。
木村:
テクノロジーにより省力化が進み、本来やるべきことに時間を使えるようになったという意味で、今はとてもエキサイティングな時代といえますね。
テクノロジーの進化は人間の仕事を奪うのではなく、むしろ人間の可能性を広げるものだと実感しました。
木村:
私自身の経験を申し上げると、かつての監査業務では、何百、何千の項目を手作業でチェックしていました。それが今では、AIなどのツールを活用することで生産性が飛躍的に上がっています。もちろん、その効果は効率化だけではありません。クライアントに寄りそった提案や価値創造などに、より多くの時間を使えるようになりました。これほど明確な効果があるにもかかわらず、アナログ世代がデジタル化に消極的であるという状況について、佐々木さんはどのようにお考えですか。
佐々木氏:
もはやデジタル化の必要性は自明です。その理由を問うことは、17世紀のイギリスで家内制手工業をやっている時代にタイムスリップして、「なぜ蒸気機関を使わないのですか?」と質問するに等しいと思います。蒸気機関の存在がいったん当たり前の前提条件になってしまえば、それに抵抗する人もいなくなるわけです。もはや世界中がテクノロジーをベースに仕事をしているのだから、日本だけそこから逃れられるはずがありません。
先述の「コンテナ革命」の例もそうですが、イノベーションは一朝一夕で起きるわけではなく、日々進化しながら現れてくるものです。通信手段1つとっても、電話が発明され、ファクス、携帯電話が登場し、今やそれがメッセンジャーアプリに変化している。私たちはこれまでも、その時代の技術に適応しながら仕事をしてきました。DXによる変化が激しい時代にあっても、そうやって適応していくのはビジネスパーソンとして当たり前の選択ではないでしょうか。
木村:
ビジネスはいつの時代も周囲と関係を築きながら価値を見いだすものですから、周囲と合致しない技術に固執していたら、時代に取り残されてしまいますね。
佐々木氏:
仕事に限らず、SNSの普及で人との連絡が格段に取りやすくなりましたよね。それこそ1回つながれば、10年でも20年でも人間関係を保つことができるようになった。しかも、国内だけでなく世界にもつながることができます。これを「新しいテクノロジーはよく分からないから電話かメールしか使わない」と宣言していたらどうなるか……。もちろん個人の自由ではありますが、過去のテクノロジーに固執することは、コミュニケーションの壁を作り、機会損失の拡大につながるのは確かだと思います。
佐々木氏:
人間が習得したスキルは、テクノロジーの進化によって必ず陳腐化します。今はまだ文書作成ソフトや表計算ソフトを習得すれば仕事で使えますが、いずれAIが進化して、細かなスキルを身に付けなくてもドキュメントを作成できるようになるでしょう。つまり、大事なのはスキル習得ではなく、ネットワークの基本となるレイヤーモデルを理解するとか、クラウドのアプリケーションをサービスとして使うとはどういうことなのかとか、そういうベーシックな構造について思考を磨くことではないでしょうか。そうしたスキルの根幹をなす仕組み・構造を理解できていないと、新たなテクノロジーが出てきたときに「いち早くスキルを習得しなくてはいけない」という抑圧的な気持ちが生まれてしまうのだと思います。
木村:
同感ですね。急速なデジタル化が進む中で、「スキルを習得しなければ」と身構えるのではなく、デジタルを「あって当たり前のもの」として慣れ親しんでいく、つまりマインドセットを変えることが非常に重要だと思います。これは簡単なことではありませんが、そのために弊社では「デジタルアップスキリング」という取り組みを始めました。この特徴は、新しい経験を重ねて人間的な広がりを育む「アップスキリング」を重視していて、過去のスキルを否定して学び直すものではないことです。
この取り組みの一環として、個人や組織のデジタルリテラシーをスコア化するツールを開発しました。アプリを使って特定の質問に答えるだけで、デジタルに対する価値観、意欲、態度、スキルなどを可視化できるのです。そのスコアを見れば、デジタルに対する各々の強みや弱みが一目瞭然になります。まずは個人のマインドセットを変えて、組織風土に浸透させていきたいと考えています。
佐々木氏:
そのアプローチは非常に興味深いですね。同年代の人と話をすると、例えば「深層学習を学びたいんだけど、何の本を読めばいいですか?」といった相談をされることがあるのですが、「入門書を読むことから始めて地道に積み上げる」という発想をまず変えたほうがいいと思うんです。デジタルなアプリケーションはまず使ってみて、見よう見まねでやっていくうちに段々と分かってくることが多い。今の中高年は「マニュアル世代」と呼ばれた世代ですが、マニュアルを外れて失敗することを恐れず、何でもアジャイルにやってみるという姿勢が必要ではないでしょうか。
1961年生まれ、兵庫県出身。毎日新聞社、月刊アスキー編集部を経て、2003年に独立し、フリージャーナリストとして活躍。テクノロジーから政治、経済、社会、ライフスタイルに至るまで幅広く取材・執筆を行う。『時間とテクノロジー』(光文社)、『広く弱くつながって生きる』(幻冬舎)、『そして、暮らしは共同体になる。』(アノニマ・スタジオ)など著書多数。
1963年生まれ。1986年青山監査法人に入所し、プライスウォーターハウス米国法人シカゴ事務所への出向を経て、2000年には中央青山監査法人の代表社員に就任。2016年7月よりPwC Japanグループ代表、2019年7月よりPwCアジアパシフィック バイスチェアマンも務める。
※ 法人名、役職、本文の内容などは掲載当時のものです。