2019年上期 PwC自動車産業セミナー モビリティ社会と自動車産業の将来動向

自動車産業は、大きなパラダイムシフトの時を迎えている。近年、自動車業界に大きな変革をもたらすものとして多大な注目を集めているのが、自動車を含むあらゆる交通手段がネットワークを介して接続されることでユーザーに新しいサービスを提供し、より便利で持続可能な社会を構築することを目指す「MaaS」(Mobility as a Service)である。実際、自動車メーカーもモビリティサービス専用の電気自動車(EV)の発表をはじめ、MaaSの推進に向けた異業種企業とのアライアンスを積極的に進めている。一方、地球温暖化防止という世界的な課題に対する解決策の一つとして、自動車のCO2排出量の低減が急務となっており、従来のガソリン/軽油を燃料とした自動車から、ハイブリッド車(HV)、プラグインハイブリッド車(PHV)、EV、燃料電池自動車(FCV)といった次世代車への移行は待ったなしの状況を迎えている。

こうした現状を背景に、PwCは変革期にある自動車産業界の動向を展望する「2019年上期PwC自動車産業セミナー」を6月に開催。「次世代モビリティの将来展望~MaaSおよびその先に続くスマートシティの覇者は誰だ~」と題し、PwC Japanグループ 自動車セクター 顧問の藤村 俊夫が、次世代自動車や地球温暖化といったトピックを絡めながらモビリティの今後の動向を解説した。また、「世界の自動車産業の現状と展望」では、PwCあらた有限責任監査法人 パートナーの手塚 謙二が、PwC Autofactsの2019年上期最新予測に基づき、各地域のトピックを織り交ぜて世界の自動車産業の現状と展望を語った。

CO2低減は世界的な課題自動車は新エネルギーへの転換が急務

冒頭、藤村は「地球温暖化の阻止に向けて、脱化石燃料化によるCO2低減は待ったなしの超緊急課題である」と訴えた。国連の調査機関であるIPCC(気候変動に関する政府間パネル)が2014年に発表した5次レポートによれば、現時点で年間330億トンのCO2が排出されており、温暖化や気候変動を阻止するにはCO2の排出量を2050年までに現状の70%、2100年には0%まで削減することが提言されている。「この状況において、世界のCO2総排出量に占める四輪自動車の排出比率はここ10年間で約18%を占める約60億トンで推移するなど、非常に影響度が大きい。そうした中、従来からの主燃料でありCO2排出量の大きい石油を原料とする軽油/ガソリンの利用を削減することが求められる。今後、自動車の燃料は天然ガスやバイオディーゼル、水素、PTL(Power to Liquid)、電気エネルギーへと置き換えられていく」と、藤村は補足した。

藤村によれば、2050年時点での自動車による石油消費量は、既存のエンジン効率化と車両軽量化、HV、PHV、EV、FCVといった電動車の導入、さらに石油燃料をバイオ/水素燃料に置き換えることで、5億トンまで減らせるという。「つまり、CO2についても同様の比率で削減が見込めるようになる」(藤村)

HVを主軸に拡大する次世代車 エンジン車もエネルギーの多様化が進む

CO2排出低減に向けた次世代車の導入順位について、藤村は「まずはエンジン車におけるバイオ燃料、天然ガス、水素への対応からはじめ、HV、PHV、レンジエクステンダーに対するシステム/モータ効率化などの適用を優先的に進めていくことが肝要」と語る。その上で、2050年時点での世界の自動車のセールスミックスを予測した場合、50%がHVなどの電動車と従来型のエンジン車がそれぞれ半分ずつを占める形となるという。また、2050年時点で先進国ではHVを主軸とする電動車の比率が高くなり新興国はエンジン車が主流となるとし、「今後、先進国は新興国に対して脱化石燃料化に向けた技術・金銭面での支援を行う必要がある」と藤村は訴える。

2050年までにCO2の排出量を17億トンにまで低減するという目標は、これまで述べてきたような電動車の導入や車両軽量化、エンジン熱効率向上とマイルドハイブリッドシステム化、そして脱石油に伴うバイオ/水素燃料の導入によって可能となる。「ここで重要なのは、今述べたようなCO2削減に向けた道筋を明確に定めることだ。各国は、パリ協定自主目標の達成に向けCO2規制強化案を真剣に検討すべきである。そのためにも道筋を定めていかなければ『誰が、いつまでに、何をやる』という方針を決められない。中国ではある程度定められているようだが他の国では全くできておらず、規制強化案と提案されている規制値案との間には大きな乖離があるのが実情だ」と藤村は警鐘を鳴らす。

自動車に新たな付加価値をもたらすMaaSの進展で、スマートシティが実現

日本政府が推進している「Society 5.0」では、スマートシティを軸とした「住みよく安心な社会」の実現に向けた取り組みが進められている。Society 4.0までは個々の技術が発展してきたが、Society 5.0ではそれらが融合することで付加価値がつけられた社会が実現される。「そうしたSociety 5.0を自動車の側面から見ると、『モビリティを売る、買う』といった軸から、MaaSへと転換しつつあり、その延長線上にスマートシティがある。MaaSにより多様なモノや情報が自動車と接続されるようになり、最終的にあらゆるものが自動車を通じて街とつながっていく。これによりスマートシティが実現される」(藤村)

こうしたモビリティからMaaSへのパラダイムチェンジにおいて鍵となるのが、通信・ネットワーク技術だ。より高速な無線通信を実現する5G(第5世代移動通信システム)の後押しでネットワークに接続可能な「コネクティッドカー」が実現され、膨大な数の車がソースとなって多くの情報が収集可能となり、ビッグデータとして活用できるようになる。そうしたデータを用いることで車両開発の効率化をはじめ自動運転やシェアリング、さらには地域別の天気情報の配信といった、ユーザーにとって有用な情報サービスの提供が可能となる。「今後、コネクティッドカーから得られた各種情報をブロックチェーンや情報銀行を活用し、エンドユーザーに提供し対価をもらうビジネスモデルの構築も進んでいくだろう」と、藤村は語る。

MaaSを進めていく上で異業種の企業間の提携は不可欠となる。今後、異業種企業の連携がさらに加速し、多種多様なコネクティッドの開発競争が始まるだろう。この企業間連携には大きく三つの形態があると藤村は説明する。それは、(1)自動運転に必要な特定のテクノロジー領域を独占する「専門領域特化型の提携戦略」、(2)自社の領域で不足している部分を補い合う「トータルシステム構築型の提携戦略」、(3)中国で行われているような「政府主導型の提携戦略」だ。藤村は「一見、自動車業界とは無関係だと思われるような業種との連携の動きが、将来のスマートシティ構想につながり今後さらに加速する」と強調する。

最後に、藤村は「コネクティッドを制するものが、MaaSおよびそれに続くスマートシティ構想実現の覇権を握る。例えば、中国は通信・ネットワークの面では世界を席巻するまでに成長したが、自動車に関するハードシステム/ソフトウェア開発といったモノづくりは道半ばで、海外企業と提携せざるを得ない。世界で戦うには、日本も日本連合として連携を組み、米国連合、中国連合に対抗していく必要がある」と強調した。

コネクティッドを制するものが、MaaSとそれに続くスマートシティ構想実現の覇権を握る

新興国市場が牽引する世界の自動車産業

続いて登壇した手塚からは、世界の自動車産業の市場動向と今後七年間の生産予測について解説が行われた。

はじめに世界の自動車生産台数予測であるが、2018年末に9,330万台だった世界の自動車生産台数は2025年には1億1,000万台にまで増加するとの予想が示された。この数値は前回の調査結果から270万台減となっているが、米中関係の摩擦、中国市場の成長の減速を考慮し補正をかけた結果、算出された数値だという。

「中でも成長に対する貢献度は、新興国市場が83.5%を占めており、台数にして1,440万台の増加が予測されている。さらに地域別に分析すると、生産台数増加の最も大きな割合を占めるのは新興アジア太平洋地域であり、約67%となると予想される」と手塚は説明する。

また、2025年までの七年間における国別生産台数の増加予測では、中国がトップの約7,900万台で、2位で2,000万台のインドをはじめとする他国を大きく引き離している。

HV、PHV、電気自動車、FCVといったガソリン/ディーゼル以外の代替燃料車の生産台数については2018年から2025年にかけて高い増加率で生産が行われ、2025年には一年間に2,700万台が生産される見通しが示された。

講演では、北米や南米、欧州、東欧、中東・アフリカ、日本、韓国などの各市場についても予測が示された。特に現在最も注目を集めているのが、アセアン、中国、インドなどの新興アジア太平洋地域である。アセアンでは、タイ、インドネシアを中心に高成長が続いており、生産台数は、タイでは2018年と2025年の比較で年間60万台増加の280万台、同様にインドネシアでは年間50万台増加の170万台にまで達すると予測されている。手塚は「このように新興アジア太平洋地域の製造業全体の中でも、自動車産業は重要な位置付けとなっている」と語る。

しかし、中国市場を見ると、2018年の自動車販売台数は28年ぶりに減少に転じ、前年比3.9%減の2,590万台となった。「中国都市部では自動車の販売が飽和している状況が見られる。対して、中国政府は地方都市に対する対策としてディーゼル車をNEV車(新エネルギー車)へと買い替える際の補助や購入者に対するインセンティブを提供するなどの施策を展開している」(手塚)

そして、インドの自動車産業については、緩やかながら非常に順調な成長を遂げていくことが予想されている。インドのGDP成長率は以前よりその伸び率は若干下がってはいるものの、製造業の成長ペースの加速を背景に7.1%という高い数値を今後も維持すると予測されている他、可処分所得、個人消費も右肩上がりの数値を示しており、これらの調査結果からも非常に有望な成長市場であることが示唆されている。

自動車の販売台数は2018年に過去最高の395万台を実現。2019年に入ってからは販売台数の伸びの弱まりが見られつつも、商用車やバンの販売は好調で、今後も継続した成長が予測される。「自動車の生産台数予測についても2018年の470万台から2025年には680万台にまで増加する。インドは内需だけでなく輸出量も多く、内需に陰りが見えたとしても、輸出が稼働率を押し上げると考えられる」と手塚は語る。

最後に、インドにおけるパワートレインの生産予測についても「2018年では約13万2,000台しか生産されていなかったが、政府による環境問題への取り組みを背景に2025年には生産数も100万台を超えるだろう」とし、手塚は講演を締めくくった。続くQ&Aセッションでは、参加者から新興国市場に関する質問が多数あり、同市場への日本企業の関心の高さがうかがえた。

現状の自動車生産における貢献度は新興国市場が最も大きく、約7割を占めるのが新興アジア太平洋地域だ


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